《めブルーム〜極甘CEOの包囲網〜》Bloom3 遠くの親類より再會した初の人?【5】
「うーん……香月、やっぱりひとつ條件を出してもいい?」
心のを探るような雙眸に、たじろぎそうになる。いささか不安を覚えたけれど、諏訪くんなら無理難題を突き付けるようなことはないと思い直し、小さく頷いた。
「香月が仕事に慣れるまではここにいてくれないか?」
理由がわからない條件に、小首を傾げる。彼にしてみれば私が早く出ていった方がいいはずなのに、そうじゃないのだろうか。
「あの、どうして……?」
戸いを浮かべれば、諏訪くんがにっこりと笑う。
「ほら、俺が仕事を教えるって言っただろ? 會社で時間が取れないときとかは家でアドバイスできるし、一緒に住んでる方が香月の様子もよくわかる。仕事に慣れたかとか、つらくないか……とかさ」
そういうものなのかなぁ、と心の中でごちる。
「もちろん、家で仕事をさせようとか思ってないし、ブラック並みに働かせるつもりもないよ? でも、會社では俺がずっと見れるわけじゃないからさ」
微妙に納得し切れなかったけれど、これからお世話になる會社の社長であり、私の面倒を見てくれるのは彼だ。私の選択肢はひとつしかなく、素直に承諾した。
「ただ、もしそれまでに香月が俺との同居が無理だと思ったら代替え案を考えるから、そのときは遠慮なく言って」
きっと、諏訪くんなりに気遣ってくれたんだろう。けれど、私は彼との同居を無理だと思う自分自のことを、まったく想像していなかった。敦子に會うまでは無理だと思っていたし、ありえない展開だと考えていたはずなのに……。いつの間にか、ここで料理をする自分の姿を思い描いていた。
「香月?」
「えっ……? あ、うん……。わかった」
早くも、諏訪くんの優しさに甘えすぎているのかもしれない。そう思うと申し訳なくなって、一刻も早く仕事を覚えようと意気込んだ。
「あ、でも、諏訪くんはいいの? 人とか……」
「今はいないし、そんなこと心配しなくていいよ。しばらくは誰とも付き合う気はないし、香月のせいでどうこうなったりしないから」
またしても、がチクリと痛む。モヤモヤとしたものが込み上げてくるのはわかるのに、なにが私にそうさせているのかがわからない。
「じゃあ、あの食は前に付き合ってた人が選んだの?」
「え?」
きょとんとした彼が、目を瞬かせる。私は無意識に詮索してしまったことに気づいて、慌てて口を開こうとした。
剎那、諏訪くんが噴き出し、それを隠すように右手で口元を覆うようにした。明らかに笑いを噛みしめている彼に、いたたまれなくなる。
「そんなこと気にしてたんだ」
「だ、だって……」
「あれはそういうのじゃないから」
「でも、ペアの食なんて――」
「うん、引き出の定番だよな」
にこにこと微笑む諏訪くんが、私をじっと見つめてくる。次の瞬間、意味を理解した私の頬が、ボッと音を立てたように熱くなった。
「……っ、そうなんだ! 引き出だったんだね!」
必死に明るく振る舞っても、どんどん墓を掘っていく気がしてならない。余裕を纏う彼が目を眇め、おかしそうにクスッと笑った。
「同級生はまだ獨が多いけど、仕事の付き合いでは結婚式に行くことが多いんだ。なぜか引き出がペアの食ばかりでさ」
バームクーヘンの方がまだありがたいんだけど、と苦笑した諏訪くんは、ローテーブルに置いていたマグカップを手にした。
「これも先月末に出席した結婚式の引き出だったな。最初は実家に持って帰ってたんだけど、母から『置く場所がないからもういらない』って言われてからは自分で使うようになったんだ。料理はあんまりしないから、食にはこだわりもないし」
事実を知った今、恥でいっぱいになる。頬の熱はなかなか冷めなくて、それが余計に恥ずかしかった。
「これで安心した?」
一方で、彼はなぜか嬉しそうにの端を吊り上げていて、私に向けられている表はなにか言いたげに見えて仕方がない。被害妄想かもしれないけれど……。
それに、気になってはいたものの、事実がわかって安心したかと言われればそういうことでもない気がする。ただ、自分でも自分の気持ちがわからなくて、上手く答えられそうになかった。
そんなことも見かされてしまいそうで、諏訪くんの顔をまともに見られない。彼がそれ以上はなにも言わずにいてくれたことが、せめてもの救いだった――。
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