《めブルーム〜極甘CEOの包囲網〜》Bloom10 七転び八起きも、あなたの傍でなら【2】
* * *
瞼に白をじて、眉を顰める。重怠いと鈍い意識が、私をどこかに引っ張ろうとする。そんな中で目を開けると、すっかり見慣れた天井が視界にってきた。
「……翔?」
隣にいたはずの翔の気配を追えば、ベッドの半分は空だった。シーツにれてみると溫もりは殘っていなくて、彼が隨分前にそこから抜け出したことを語っている。
いつもは私が起きるまで待っているか、そうじゃないときはキスで起こしてくるのに、珍しいな、と思う。床に落ちていた翔のシャツを借り、リビングに急いだ。
「翔?」
「あ、起きてきちゃったか」
苦笑した彼は、キッチンから顔を覗かせた。その手にはフライパンを持っている。
「オムレツって意外と難しいんだな」
フライパンの中では、ミンチや玉ねぎと一緒に卵も混ざっている。お世辭にもオムレツとは言いがたい狀態だった。
「でも、いい匂いだよ」
「味つけには自信がある。見た目は……あれだけど」
「いいじゃない。翔が作ってくれたことが嬉しいよ」
「じゃあ、食べるか」
翔が作ったオムレツもどきをに移して、テーブルに移する。いつものように「いただきます」と聲を揃えたあと、スプーンで掬って口に運んだ。
「あ、おいしい!」
「本當に?」
「うん。生のトマトかな? すごくジューシーだし、材も々ってるね」
ミンチと玉ねぎ以外にも、人參、ピーマン、セロリとだくさんだ。ケチャップじゃなくて、わざわざ生のトマトでソースを作っているところにこだわりをじる。
これまでにも、彼の料理は口にしたことがある。ただ、いつもは『ザ・男飯』といったような、丼ものやラーメンばかりだったため、オムレツというのは意外だった。
「なんで急にオムレツを作ろうと思ったの?」
「無に食べたくなったんだよな。レシピサイトを見ればできると思ったけど、オムライスも作るのが苦手だったのを忘れてた」
肩を竦めた彼に、笑いが込み上げてきた。
クリスマスの今日は、午前中はゆっくり過ごして午後から水族館に行き、夜は翔が予約してくれているディナーを楽しむ予定だ。
「志乃、お願いがあるんだけど」
「どうしたの?」
朝食後にソファでタブレットを見ていた彼は、メールチェックをしていたらしい。ただ、それももう終わったようで、朝食の片付けを済ませた私は傍に行った。
笑顔を向け、翔の要を待つ。次いで紡がれたのは、予想だにしない言葉だった。
「俺の髪、切ってくれない?」
「えっ……」
「年末にいつものサロンに行くつもりだったけど、できれば志乃に切ってほしいんだ。ほら……高校時代の約束、覚えてる?」
それは、今朝見ていた夢の続き。あのとき、彼はこう言った。
(『香月が容師になったら、俺を一番最初の客にしてよ』)
「〝香月が容師になったら、俺を一番最初の客にしてよ〟ってやつ」
私の心の中の聲と、翔の穏やかな聲音が重なる。
「で、でも……」
「大丈夫だ。志乃ならできるよ」
彼はいったい、どこまで覚えているんだろう。私のように全部を覚えているとは思えないけれど、なくとも私が大切にしていた思い出の一部を鮮明に記憶してくれている。だって、あのときとまったく同じ言葉を口にしたから。
「失敗するかも……」
「坊主にならなきゃいいよ。髪なんてすぐに生えてくるから、肩の力を抜いて」
なんだか難しい注文だ。肩の力を抜いてヘアカットするなんて、今の私には考えられない。ただ、それがエールだというのもわかるから、息をひとつ吐いて頷いた。
その後、どこで切るかと相談して、大きな鏡があるパウダールームに決まった。
ヘッドスパ用のチェアは角度を変えられるため、カットにも向いている。用していた商売道は手れをしていたから、すぐにでも使える。
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