《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》新しい婚約者

* * * * *

仕事を終え、婚約屆の承認が下りたことを聞いてから帰宅する。

今日一日ショーン殿下の護衛だった部下達に「家に年若い婚約者が待っていてくれるなんて羨ましい」とからかわれ、エディス嬢が本當に自分の婚約者になったのだとし実が湧いた。

午後に登城したアリンガム子爵とエディス嬢は親子というには々服裝に差があった。

アリンガム子爵は分に相応しい服裝だが、娘のエディス嬢は子爵令嬢にしては質の悪い野暮ったいドレスを著ており、あまり顔も良くなく、口數もなかった。

それでも気弱に戻ったのではなくただ黙っていただけのようで、自ら絶縁を申し出たことにし驚いたが、扱いを見れば頷けるものである。

父親に嫌味を投げ付けた時などはのすく思いだった。

屋敷へ向かう馬車の中で思い出し笑いをしてしまう。

それに婚約期間中から我が家で引きける條件を知った時の彼の瞳。

純粋な驚きと喜びのが浮かび、キラキラと輝く菫に見つめられてしドキリとした。

単にあの家にこのまま戻すのは哀れだと思って殿下に提案しただけで、ほぼ同によるものだったはずなのに、エディス嬢はふわりと嬉しそうにはにかんでいた。

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確かに貴族の夫婦で九つ程度の歳の差は珍しくもない。

れた以上、彼が嫌がらない限りは婚約者として真面目に接していこう。

俺のような恐ろしい外見でも良いと言ってくれる貴重なだ。

屋敷に著いた馬車から降りて玄関の扉を開ける。

「ウィンターズ様、おかえりなさいませ!」

見たこともないが、家令とメイド二人と共に立っていた。

驚きに固まる俺に気付かずが寄って來る。

「このような素晴らしいお屋敷に迎えてくださり、ありがとうございます。それに部屋も、々と配慮していただいたと聞いてとても嬉しく思いました」

思わずメイドを確認するとエディス嬢につけたはずの者達である。

もう一度を見る。

輝く絹のようなプラチナブロンドは真っ直ぐで、白いに見覚えのあるしい菫の瞳、にしては長ですらりと手足が長い。こちらの言葉を覚えていたのか化粧は酷く控えめだ。

「エディス嬢、ですよね?」

「はい。お恥ずかしいことに今までは侍もメイドもおらず、なりを整えられず地味な姿をしておりましたが、これが本來のわたしでございます。その、ウィンターズ様のお気に召しませんでしょうか……?」

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両手で恥ずかしそうに頬を挾んで俯く彼の肩からさらりと髪がこぼれる。

「い、いや、とてもしいと思います。正直、私には勿ないほどです……」

確かに調査書ではアリンガム子爵家では彼は世話をしてもらえなかった。

い頃にしくとも、長したらそうでもないということもあるため、彼もそうだと思っていた。

だが考えてみればい頃に既にあれだけ母親に似ていたのだから、長したら社界で有名だったしい母親に瓜二つに育っていても不思議はない。

むしろ化粧も何も手をれていない狀態でさえ『ちょっと地味な令嬢』だったのだ。寶石も原石よりも人が手をれた方がしくなるように、彼もきちんと磨かれればこれほどしくなるということか。

「まあ、嬉しい! ですがわたしは今日から名実共にウィンターズ様の婚約者ですもの、勿ないだなんておっしゃらないでくださいませ。むしろ英雄と呼ばれる方の婚約者として恥ずかしくない姿で安心したのです」

どこか冷たさのある相貌も嬉しげに頬を染めると一気に親しみが湧く。

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の異母妹も庇護らしい容姿であるが、こちらは儚げで淑やかなだ。長や外見のしさに違いはあれどもある意味では姉妹なのだと頷ける。

これは今後、々と噂が立ちそうだ。

だが一つだけ分かることがある。

と婚約を破棄したリチャード=オールドカースルは悔しがるだろう。

「私もあなたに恥じないよう努力します。では、一度著替えてくるのでエディス嬢は先に食堂へ行っていてください。先に食事を始めていても構いませんよ」

そう聲をかければ不満そうにエディス嬢がムッとした表を見せた。

「嫌ですわ。せっかくウィンターズ様のお帰りをお待ちしておりましたのに、一人で食事をするなんて寂しいではありませんか」

大人っぽいがそれをすると隙が生まれて可らしく見える。

獅子の呪いをけて以來、と接することが減っていたため、何だか落ち著かない気分にさせられる。

目の前のが婚約者となったのだ。

あの地味で哀れな令嬢ではなく、幸せそうに笑う儚げで淑やかなが。

「そうでしたか、それはすみませんでした」

「あら、謝らないでください。わたしが勝手に待っていただけですもの。先に食堂に行っておりますけれど、焦らなくてよろしいので來てくださいね。一緒に食事を致しましょう?」

「はい、分かりました」

にこりと笑って二人のメイド――今後は侍か――を連れてエディス嬢がホールを後にする。

その背が完全に消えてからつい本音がれてしまった。

「……いや、あれは変わり過ぎだろう?」

ほっほっほっ、とい頃から仕えてくれていた家令が愉快そうに笑っていた。

* * * * *

食堂でウィンターズ様を待っているとそう時間をかけずに彼は戻って來た。

お屋敷の中だから上著をいでおり、ラフな格好である。

暑いのかシャツは袖を捲っていて太くがっしりとした腕が覗いている。釦も一つ外してあるのか首元はかな鬣でふさふさとして、見える範囲はやはりで覆われていた。あれだけの並みだと確かに服をきっちり著込むと暑そうだ。

ウィンターズ様はテーブルのいわゆるお誕生日席に座った。

わたしはその反対側。ちょっと離れているけれど、テーブル自し大きいくらいなので話すのに支障はない。婚姻したら近付けるかも、と思うとそれも一つの楽しみになる。

「お待たせしました」

「いいえ、さほど待ってはおりませんわ」

席につくと食事が運ばれてくる。

食事の容は平民に比べれば豪華だが、貴族にしてはやや質素というくらいか。

口にしてみると味付けはやや薄めで食材の味を大事にしているのか、あっさりとしていながらも、ほどよくスパイスや塩味が効いて食べやすい。

貴族のパーティーなどで出る食事はスパイスがふんだんに使用されてこってりとした濃い味が多く、わたしはそれが苦手だった。前のわたしもそうだったのか、このあっさりとした味付けは素直に味しいと思えた。それにばかりでなく野菜やチーズ、魚なども使われているから健康に良さそうである。

今日の晝食とは違い、味しくて、つい黙々と口にしてしまう。

ただ量が多くて食べ切ることは出來なかった。

「どうしました? 何か口に合わないものでもありましたか?」

手が止まったわたしに気付いてウィンターズ様が問いかけてくる。

「いえ、どれもとても味しいです。あっさりとした味付けでいつもより多く食べてしまいました。殘してしまうのは申し訳ないのですが、もうお腹がいっぱいで……」

「気にっていただけたなら良かったです。あなたの好みが分からなかったので々と出したら量が多くなってしまったようですね。殘しても問題ないですよ。次からはもうし量を減らしてもらいましょうか」

「はい、そうしていただけたら嬉しいですわ。こんなに味しい料理を殘すのは心苦しいですもの」

食べられるならもうし食べたいくらいだと思いながら殘った料理を見れば、ウィンターズ様の雰囲気がふっと和らいだ。

もしかして今、笑ったのかしら?

自分のお屋敷だからかウィンターズ様は昨夜や今日の午後に會った時よりもずっと寛いだ様子だ。

口直しにレモン水を飲みながら、食事をするウィンターズ様を眺める。

大きな手には々小さいだろうカトラリーで用に料理を切り分けて口に運んでいる。口を開けると大きな白い牙がチラと覗く。綺麗な牙ね。食べを口にれると何度か噛んで飲み込む。

食のは食べを磨り潰す歯がないから、あまり噛むことが出來ないのね。

きちんと噛まずに飲み込んで胃を悪くしないのかしら。

あら、口元にちょっとソースがついてるわ。かわいい。無意識なのか赤い舌がぺろりとそれを舐めとって、それからナプキンで口を拭く。ぺろんもするのね、やだ、かわいい。かわいいしか言ってないけれど本當かわいい。

見た目は雄々しいのに仕草はかわいいなんて最高だわ。

「その、エディス嬢、あまり見られていると食べ難いのですが……」

「ごめんなさい。ウィンターズ様のお食事姿がお可らしくて、つい」

「……そんなことを思うのはあなただけだと思いますよ」

正直に話せば苦笑された。

「食事の姿は怖がられることが多いのです。口を開ける際にどうしても牙が見えてしまいますし、この牙で噛まれたらと想像してしまいやすいのでしょうね」

ウィンターズ様は自の口元をでながら小さく息を吐く。

わたしから見たらとても面白いし、かわいいのに。

「そうでしたのね。でもウィンターズ様は魔獣ではありませんもの、噛まれる心配なんて必要ありませんのに。皆さん心配ですのね」

こうして紳士的で人間らしいウィンターズ様を見ていれば分かるだろうに。

「いいえ、強ち間違いでもないのですよ。戦いの中では何が起こるか分かりませんから、場合によっては牙や爪を使うこともあります」

「まあ、素敵。きっと勇敢に立ち向かわれるのでしょう」

普段は紳士的なのに戦う時は猛獣のように熱的なのかしら。

それはとてもカッコいいのでは?

知れば知るほど惚れ直してしまいそうだわ。

「ええ、まあ」

「魔獣に噛み付くとどんなお味がしますの? 味しいのですか?」

「基本的にまずいですよ。それにとてもいです。あれは料理には向かないですね」

大きく息を吐く様子からして全く味しくないのだろう。

「それは殘念ですわ。食べられるのなら一度口にしてみたかったのに」

そう言えば小さく唸るようにウィンターズ様が笑う。

ぐるぐると機嫌の良さそうな唸りもかわいいわね。

食事はそのように穏やかに過ごすことが出來た。

母が亡くなって以降、誰かと楽しく食事を共にすることなどなかったので楽しい一時だった。

その後は居間に移して明日の予定を話し合って、ウィンターズ様は明日も當然お仕事で、いつ聞いたのか明日の午後に仕立て屋を呼んだのでドレスや普段著を買ってくださるとおっしゃってくれた。

一応持って來た服はどれも古く、地味で、野暮ったいものね。

「今は元がつくとは言えど子爵令嬢なのだから、それに見合った裝いをすべきでしょう。それにしくなったあなたに地味な裝いは似合いませんよ」

と、言われて斷れるだろうか。無理だわ。

だって好きな人にしいなんて言われて喜ばないがいるかしら。

「ですがわたしはお金を持っておりませんし……」

「それに関してですが養子となる家からあなたの生活費は出していただくことになります。そうでなかったとしても、私は自分の婚約者にドレスを贈る甲斐くらいは持ち合わせているつもりですよ」

「そ、そうですのね……」

婚約者って、自分の婚約者って言ったわ!

嬉しさで顔が赤くなってしまう。

ああ、リタ、ユナ、そんな微笑ましげに見ないでちょうだい。余計に照れてしまうじゃない。

「そういえば、近衛騎士は高給取りなのですね。このような大きなお屋敷に使用人までいて驚きました」

話を逸らすために質問するとウィンターズ様が首を橫に振って否定された。

「給金は他の騎士よりかは高いものの普通はこれほどの贅沢は出來ませんよ。私は魔獣討伐の報奨金があったことと、英雄ならそれ相応の暮らしをせよと言われたこともそうですが、一番の理由は騎士寮だと周囲の目が気になって休まらないので寮は諦めました。それにこの屋敷も魔獣討伐の報奨でいただいたものですから実はタダで手にれたようなものですね」

だから大したものではないですよ、と言う。

……改めてウィンターズ様の凄さが分かる。

こんなお屋敷を報奨でいただけるなんて、相當強い魔獣を討伐したのだろう。それに多分だけど魔獣が出る度に英雄として討伐に出て、討伐したら報奨金をけ取っているのだと思う。

近衛の給金と魔獣討伐の報奨金。

見た目も最高で強くて高給取りな婚約者。

「今更ですが、わたしが婚約者でよろしいのでしょうか? 顔が広いわけでもなく、子爵家の生まれという以外に目立ったものもございませんし」

今のわたしはちょっと綺麗になったけれど、それだけで、何かウィンターズ様の利益になるものはない。

「あなたは私をれてくれました。私にはそれだけで十分だと思っております」

「ウィンターズ様……」

しかもこんなに格も良いだなんて反則だわ。

「あの、もしよければこれからはライリー様とお呼びしても? わたしのことはどうかエディスと」

「ええ、構いませんよ。婚約屆の承認も下りましたし、婚約者としてよろしくお願いしますね、エディス」

「はい、こちらこそよろしくお願い致します、ライリー様!」

エディスと呼ばれてのうちが溫かくなる。

絶対、絶対にウィンターズ様とは別れませんわ。

むしろ幸せにしてみせますわ!

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