《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》異母姉妹

* * * * *

「何よ、この紅茶! ぬるいじゃない!!」

ガチャンと派手な音を立ててティーカップが割れる。

カップを投げられたメイドは震えながら地面に頭をりつけ、椅子に座る令嬢に「申し訳ございません、申し訳ございません」と謝罪の言葉を繰り返した。

ハニーブロンドにエメラルドグリーンの瞳を持つ令嬢はフンと小さく鼻を鳴らし、別のメイドに新しい紅茶を持ってくるように言い付けると、苛立ちをぶつけるために殘っていたソーサーも土下座するメイドに向かって放った。

それがし顔を上げかけていたメイドの額に當たり、傷から僅かにが滲んだ。

ソーサーを投げられたメイドは怯えたようにまた頭を下げる。

「もう下がっていいわ。鬱陶しい」

そう言われてメイドは苛立つ令嬢を刺激しないようにそそくさと部屋を出て行った。

代わりにって來た別のメイドが新しい紅茶を淹れている間も、令嬢は気分が落ち著かないのか綺麗に整った爪の先を噛んで眉を顰めている。

フィリス=アリンガムは異母姉のエディス=アリンガムが大嫌いだ。

しい母と貴族の父の間に生まれたことは、い頃のフィリスにとっては自慢の一つだった。平民という部類の中でもしく、半分とは言えど高貴なを引く自分は特別なのだと思っていたし、周囲もしくらしいフィリスには甘かった。

人の子だが、それでも他の平民より裕福な暮らしも良かった。

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七歳になると父親が母と自分を迎えに來てくれた。正妻が病で死に、やっと迎えに來ることが出來たと笑顔の父に言われ、やはり笑顔の母がそれをとても喜んでいたのを覚えている。

その日からフィリスは貴族の仲間りをした。

夢見ていた暮らしは想像以上で、今まで暮らしていた家よりも大きな屋敷に使用人がいて、毎日可いドレスを著たり綺麗になりを整えられたり、まるでお姫様のような暮らしにが弾んだ。

でも一つだけ嫌なことがあった。異母姉の存在だ。

初めて異母姉のエディスを見た瞬間、フィリスは敗北に包まれた。

それまでしいらしいと誰からも譽めそやされていたフィリスだが、一つ年上のエディスはそれ以上にしく、らしい顔立ちをしていたのだ。立ち居振る舞いも貴族の令嬢らしく優雅で、聲は涼やかで落ち著いたもので、すらりと長い手足に凜とした雰囲気のあるだった。

自分よりもしく、自分よりも気品に溢れ、自分と違い生粋の貴族令嬢。

そんな異母姉がいるだけでも衝撃なのに、その異母姉は自分を拒絶する。

許せないとフィリスは思った。

フィリスにないものを持っている異母姉は持っていない異母妹のフィリスに優しくするべきだ。

そして父が異母姉をしていないこと、それによって異母姉は使用人からも冷たくされていることに気付くと愉快で笑ってしまった。異母姉にないものをフィリスは持っている。

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お父様のもお母様のも、全ての人からされるべきなのはわたしなんだわ。

母も前妻の子が疎ましかったのか異母姉に対して辛く當たった。

父は何も言わなかった。

だから異母姉には何をしても許されると思った。

実際、異母姉から前妻の品を取り上げても怒られなかったし、しい顔が悔しくて叩いても何も言われなかった。ドレスを破った時でさえ父は見ないふりをした。母は異母姉に意地悪をすると褒めてくれた。

「平民である私達を見下すような子だもの、継母ははである私が躾けなければ」

そう言って、母は異母姉を鞭で打った。

いつもは澄ました顔の異母姉がその時は痛そうに顔を歪めて、いい気味だと母と共に笑った。

異母姉の婚約者が初めて家に訪れた時もフィリスは最初から奪うつもりで近付いた。

異母姉の婚約者・リチャードは目し下がった優しそうな顔立ちの男の子で、平民の子供よりもしい顔立ちをしており、フィリスは一目でに落ちてしまった。

その頃には既に異母姉の輝きは鈍り始めていたのもあってリチャードも異母姉に対してあまり好意的ではなく、異母姉よりも異母妹のフィリスの方を気にしていることに気付いていた。

フィリスはリチャードが來る度に無邪気な妹を裝って二人の茶會に混ざった。

そのうちリチャードは異母姉ではなくフィリスとばかり話すようになり、名目上は異母姉に會いに來てとのことだったが実質はフィリスに會いに來るためとなり、時には使用人を連れて二人で出掛けることもあった。

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そうしてついに既事実を作り異母姉からリチャードを奪った。

両家にその話をした時はめたものの、最終的には両家はフィリスの胎に宿る子を認め、異母姉の婚約を破棄してフィリスとリチャードで結び直した。

五年もかかったが、それでも最高な気分だった。

舞踏會という人目のある場でリチャードが異母姉に婚約破棄を言い渡したのも最高に楽しかった。

その後に妊娠の話をされてしまったのはしまずいと思ったが、貴族の中にも妊娠してから結婚するというのは時々あることだと聞いていたのでそのうち人々の中から忘れ去られるだろう。

異母姉はリチャードに泣いて縋るか気絶するか。

どちらにしても面白いと思っていたのに。

予想に反して異母姉は冷靜だった。

婚約者を奪ってやったのに涙一つ見せず、淡々と話した上で了承した。

……何よ、それ。面白くない。

でも恐ろしい容貌の化けと異母姉が踴ってるのを見て溜飲が下がる。

婚約者に捨てられたからってあんな化けを選ぶなんて可哀想なお姉様。

からかってやろうと舞踏會を終えて帰宅すると異母姉を呼びつけた。

しかし、異母姉は既に休んでいるらしく別邸に鍵をかけられてれなかったとメイドに言われて腹が立った。婚約破棄された挙句に化けと踴った慘めな異母姉を詰って遊びたかったのに。

それならばと翌日に呼び出そうとすれば、どういうわけか先に父が異母姉を呼んでおり、異母姉は別邸に戻るとまたも鍵をかけてメイドを無視した。午後には父とどこかに出掛けてしまうし、帰っていてもやはり呼び付けを無視するのだ。

わたしを二度も無視したのだ。しさの消えたあの顔を鞭で打ってやろう。

そう考えて別邸に向かうともぬけの殻になっていた。

わけが分からず父の下へ行くと、異母姉は家を出て行ったという。

昨夜舞踏會で一緒に踴っていた化けと婚約してその下へ逃げたらしい。

しかも異母姉はアリンガム子爵家と絶縁までしたのだと父は言った。

父は「これでお前に子爵家をあげられる」と喜んでいたけれど、わたしは異母姉がいなくなってつまらないと思った。異母姉に意地悪をすると気分が良かったし、お茶會では地味な異母姉を庇ってやればわたしが良く思われるから最高だったのに。

「化けと婚約するなんて可哀想」

子爵家を絶縁されたのなら今の異母姉は平民だ。

婚約を破棄された平民の異母姉と化けはきっとお似合いね。

「ひざ掛けをちょうだい。お腹を冷やすのは良くないの」

メイドにひざ掛けを持ってこさせて腹にかける。

するリチャードとの子がここにいる。

リチャードは伯爵家の次男で、見目も良いし、生まれてくる子はやがてアリンガム子爵家を継ぐだろう。もしの子だったとしてもわたしかリチャードどちらに似ても見目の良い子になるはずだ。その見目の良さでより上の爵位の者を止めればもっと子爵家は良くなる。

異母姉がいなくなったのは殘念だが、邪魔者は消えた。

両親に、婚約者にされるのはわたしだけで十分だ。

化けの下で異母姉が嘆く姿を想像すると気分が良くなる。

「本當に、お可哀想なお姉様……」

両親にもされず、貴族の令嬢という立場も保てず、化けにもらわれるなんて。

* * * * *

ライリー様がお仕事に行くのを見送り、午前中はお屋敷の中をオーウェルに案してもらった。

三階は主人達、今はライリー様だけだがいずれはわたしも住む場所で、気になったけれどそこは遠慮しておいた。今後の楽しみに取っておきたいのと、勝手にライリー様の住む區域に立ちるのは躊躇われたからだ。

二階はほとんど客間で、一階は応接室や遊戯室、食堂などがある。

実は庭が建の裏手にあって、そこでは庭師が畑をやっており、そこで育てた野菜は食卓で出てくるのだと教えてもらった。ライリー様は庭に花を植えるよりも畑にして野菜を作る方が効率が良いと考えているらしい。そもそもあまり花に興味がないそうだ。そんなじはしていたので驚きはしなかった。

使用人達は案外気さくで、れ違う時に挨拶をすると明るく返される。

彼らは殆どがライリー様の生家から來ているそうで、ライリー様の呪いに関して誰もが理解しており、仕える主人を恐れてはいないそうだ。

ただ、わたしが「ライリー様はお可らしい」と言うと微妙な顔をされた。

晝食は一人で食堂で食べた。

昨夜と今朝はライリー様とだったが、広い食堂で一人で食べるのはし寂しい。

十年間、ほぼ一人で食事をしてきたから慣れているはずなのに。

そうして午後になると仕立て屋がやって來た。

部屋にると々神経質そうなを筆頭に數名のがおり、わたしにすぐさま禮を取って名乗ったが、顔を上げてわたしの姿をしっかりと見ると聲を上げた。

「まあ、なんてことでしょう!」

々神経質そうなはアイーダさんといい、エルランド服飾店のデザイナーで、ユナの話では最近貴族の間で有名な仕立て屋だということだった。

鋭い目で見られて何かと思えば、アイーダさん曰く、どんなにもしくなる権利があり、ドレスなどはをよりしく飾るために存在するものであり、しいはそれに見合った服裝であるべきらしい。

つまるところ、わたしが野暮ったいドレスを著ていたことにショックをけたようだ。

「これは中古のドレスですね? しかも型を見る限り三年は前のものでしょう。お嬢様のような方が著るには相応しくありません。何故このようなドレスをお召しに? それに裝飾品もないようですが……」

した様子のアイーダさんになんだか申し訳ない気持ちになる。

「お恥ずかしいことに生家では厄介者扱いされておりまして、類も裝飾品も満足に買ってはもらえなかったのです。それを知ったライリー様が『あなたは相応しい恰好をすべきだ』とおっしゃってくださったのです」

ああ、昨日のことなのに思い出すだけでがドキドキしてしまうわ。

そんなことを言ってくださったのはライリー様だけ。

元婚約者ですら、わたしが酷い扱いをけていることを知っていて無視していたもの。

「これは失禮致しました。お嬢様は良い婚約者様に恵まれましたね」

「ええ、最高に素敵な方でわたしは幸せ者なの」

にこりと笑えばアイーダさんの神経質そうな顔に穏やかな笑みが浮かぶ。

それから全を採寸して、わたしに似合うデザインのドレスを選び、それらを見ながらわたしの好みを反映したデザイン畫が沢山出來上がった。

半分以上は普段著だが、舞踏會や晩餐會などの夜會用やお茶會など人から招待をけた時なんかに著るちょっとおしゃれなドレスなどもそこそこにあって、結構な數になった。

更には既製品だけれどと夜著や著、コルセットなどが持ち込まれて、その殆どを買うことになった。

金額的にとんでもない額になるだろう。

大丈夫かと心配したがリタが「旦那様よりお嬢様に見合ったもので必要なものは全て買うよう言われております」と言い切り、あれもこれも「お嬢様に必要なものです」と注文していくので買い控えることも出來なかった。

「でも買い過ぎではないかしら? ライリー様のお金なのに……」

近衛騎士の給金と、魔獣を討伐した報奨金。

騎士としてを張って得ているお金を湯水の如く使っていいものか……。

しかしリタはそうは思わなかったらしい。

「お嬢様は必要最低限のものすらなかったのです。買わなければなりません。それに婚約者の様子は旦那様の評判にも関わるので、お嬢様には分に相応しい恰好をしていただきませんと旦那様が婚約者をげていると勘違いされてしまいます。婚約者にドレス一つ贈れない忽者扱いされるかもしれませんよ」

地味で野暮ったいドレスでライリー様の橫に並んで夜會に出たとしよう。

流行りどころか似合っていないドレスをに纏ったわたしを連れてライリー様が歩くとしよう。そのライリー様はきちんとした格好をしていたら、確かに婚約者のわたしに興味がないか、げているか、贈りをする甲斐すらない男だと周りから見られるかもしれない。

服裝なんて本人の問題と思われるかもしれないが、この貴族社會では男側の方が裕福であれば婚約者に夜會用のドレスや裝飾品を贈るのは婚約者としての義務でもある。

……リチャードは來訪時のお伺いの手紙以外何もくださらなかったわね。

そういえば以前、どこかのお茶會でどこかの令嬢に「婚約者からドレスや裝飾品は贈られていらっしゃらないの?」と聞かれた気がする。それに対してわたしが何と答えたかは忘れてしまったが。

「そう……。そうね、社界ではそういう噂は立ちやすいものね」

リチャードの時は何とも思わなかったけれど、ライリー様が悪く言われるのは嫌だわ。

「ええ、ええ、何よりしいお嬢様がしい裝いで毎日お出迎えしてくだされば、きっと旦那様も仕事の疲れなんて吹き飛びますよ」

「ふふっ、それは言い過ぎだと思うけど、そう思っていただけたら嬉しいわ」

それでわたしにしっかり惚れてくれたらもっと嬉しい。

普段著のドレスはある程度出來上がっているものにし手直しをする程度なので數日で屆くと言われ、夜會用のドレスはもうしかかると謝罪されたが、今のわたしはすぐに出る夜會もないので焦らなくていいと伝えておいた。

部屋を出て、自室へ戻ると遅めのティータイムをとる。

疲れた様子のわたしのためにユナがジャムのたっぷりった紅茶を用意してくれた。

知識としては知っていたけれども、紅茶にジャムをれたものは初めてで、ほんのりと優しい甘さとジャムの香りが紅茶と共に口の中に広がって大変味しかった。

甘い紅茶に甘いお菓子や軽食なんて太りそうね。

だけど採寸したアイーダさんに「お嬢様はもうしお食事を摂られた方がよろしいですね。今のままでは細過ぎます。きちんと食事をすればもっとスタイルが良くなるでしょう」と注意されたのを思い出す。

十年間食だったからすぐに食事量は増やせないが頑張ろう。

まあ、アリンガム子爵家にいた時と違って三食しっかり食べておやつも食べているから、そう心配しなくても自然に型は健康的になっていくでしょうけれど。

ぽっちゃりにならないようにこっそり運しようかしら。

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