《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》それぞれの夜

* * * * *

屋敷に帰宅して、すぐにエディスの護衛から今日の報告を聞いた。

街へ出掛けたエディスはとても喜び、しがっていたものも買えたようだが、そこで彼の異母妹と鉢合わせてしまったらしい。

王都でも人気の文店に行けば彼のお眼鏡に適うものがあるだろうと選んで行かせたが失敗だったか。

と異母妹が言葉をわし、突然異母妹が手を上げたそうだ。

護衛が止めたため事なきを得たが思わず唸り聲がれてしまう。

……彼は家を出たというのにまだ暴力を振るおうとするとは許せん。

護衛がビクリと肩を揺らしたのですぐに唸るのは抑えたが怒りまでは抑え切れない。

話によれば異母妹はアリンガム子爵と絶縁したエディスが平民落ちしたと思い込んでいたという。

だからといって暴力を振るって良い理由にはなるまい。

エディスは最後まで異母妹に毅然とした態度で接していたらしい。

せっかく彼が街で初めて買いをした日だったのに。

辛い思いをしていないだろうか。恐ろしくはなかっただろうか。

今日に限ってエディスは出迎えに來ず、夕食も先に摂ったがあまり口にしなかったとオーウェルから聞いて心配になる。彼はいつも明るく振舞っているが、だからといって傷付いていないわけではないだろう。

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玄関ホールからそのままエディスのいる客間へ向かう。

扉を叩けば、中から現れたのはし若い方の侍だった。

「エディスは?」

端的に問うてもしっかりと返される。

「お嬢様はソファーで休んでおられます。今日はティータイムはされませんでした。夕食もいつもの半分ほどしか召し上がらず、どこか疲れた様子で、旦那様のお戻りを待っておられるようでした」

「そうか。中にってもいいか?」

「よろしいかと思われます」

が頷き、扉を開けて脇へ除ける。

扉を潛って室ると侍の言う通りソファーに座ってエディスは眠っていた。

そっと近付き、起こさないように細心の注意を払って隣に腰掛ける。

眠っているの顔をジッと見るのは失禮にあたるが、その目元が赤くなっていないことにホッとした。もしかしたら異母妹との再會でアリンガム子爵家での記憶を思い出して泣いているのではと気になっていたから、彼が泣いていないと分かってし安心した。

がかけたのかブランケットを羽織っているが、しずり落ちかけている。

それを直してやれば「ん……」とエディスが小さくじろいだ。

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「…………ライリーさま……?」

うっすら開いた菫の瞳がぼんやりと俺を見る。

「ええ、私はここにいますよ」

最近の日課になりつつあるが、彼の頬に手の平でれる。

すると彼の細い手が上から重ねられる。

「……おかえりなさいませ」

「ただ今戻りました」

どこかふわふわとした聲音に苦笑混じりに返事をする。

エディスは俺の手に頬りをして小さく息を吐く。

「ライリー様、甘えてもいいですか……?」

控えめに、囁くように問われて頷き返す。

「ええ、いいですよ」

そう言えば細い手が俺の手から離れ、両手がこちらへばされる。

ハッと構える間もなく折れそうな細いが倒れて來た。薄い肩に細い腰、全的に細過ぎる。重なぞ俺の半分もないかもしれない。

的にけ止めると細い腕が背中に回されるがした。

同時に腕の中にいるエディスのから力が抜けるのが分かった。

「嫌なことがありました」

ぐりぐりと元に頭がり付けられる。

その頭を手の平でそっと慎重にでれば、はあ、と溜め息が聞えてきた。

「……護衛から報告を聞きました。よく頑張りましたね」

俺の言葉にエディスは「うん」と小さく返事をする。

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ぎゅっと抱き著く腕に力がこもり、また頭をり付けてくる。

慣れない様子で甘えてくる仕草にドキドキと心臓が脈を打つ。

同じく年下の婚約者を持つ部下が時折「年下の婚約者がかわいい」と惚気ていたが、今ならばそれが分かる。見た目は儚げななのに積極的で、でも実は甘えるのがちょっと下手で、慣れていないのに甘えたくて不用に寄ってくるのがいい。

嫌なことがあったと言いながら婚約者おれにひっついて甘えてくる。

あれがしいとか、これがしたいとか、そういう我が儘はなく、ただくっついているだけだ。

だがそれがエディスにとっては癒しになるのだろう。

そうしてしばらくすると気分が落ち著いたのかエディスが顔を上げた。

目が合い、ふにゃりと照れたように緩く笑う。

「ライリー様、ありがとうございます」

……年下の婚約者がかわいすぎる。

* * * * *

ビリリと布の裂ける音が部屋に響く。

やわらかな薄紅の、フリルがついた可らしいクッションは無慘にも切り裂かれて中の綿が零れかけてていた。もう修繕するのは難しいだろう。

ティーセットは床に落とされて割れており、用意された有名店の焼き菓子は絨毯の上に散らばり、中には踏み潰されたものもある。立ち上がった際に倒れた椅子もそのままに、テーブルクロスやヌイグルミ、クッションなどは鋭利なもので切り裂かれてズタズタにされている。それらがあちらこちらに投げ捨てられている。

は酷い荒れ様だった。

その部屋の主はまだ気分が晴れないのか薄紅のクッションに鋏を突き立てた。

「何よ何よ何よ! お姉様のくせに! 地味で暗くてつまらないのくせに!!」

ざく、ざく、と何度も鋏がクッションに埋まる。

主人がハニーブロンドをして怒る様をメイドや侍は部屋の隅でひっそりとやり過ごす。

こういう時に下手に手を出すと自分達にまで暴力が振るわれる。

だから嵐が過ぎるのを待つように、靜かに息を殺して自分の存在を薄めるのだ。

「メイドだけじゃなく護衛までつけて生意気なのよ!!」

薄紅のクッションが壁に投げ付けられて中が舞い散った。

フィリスはそれでも怒りが治まらず、自の爪を噛み締めた。

數日ぶりに見た姉は、ドレスは変わらず地味で野暮ったいものだったがしくなっていた。

元々姉がしいのは分かっていた。だからしくなれないように支度を整えるためのものを今までは全て排除してきた。メイドも、化粧も、裝飾品も、ドレスも。必要なものは全て母とフィリスが取り上げた。

そうすると面白いほどに姉のしさは輝きを失い、最近は地味で冴えない姿になった。

それで安心していたのだ。お姉様はわたしよりも下だと。

化けの下にもらわれていったところで地味で冴えない令嬢なら相手にも好かれないと思った。好かれなければ良い扱いはしてもらえない。つまり、お姉様は一生地味で冴えないでいるしかない。

そう、思っていたはずなのに――……

「何でしくなってるのよ? どうして伯爵家の令嬢になってるのよ?! 化けに好き勝手にされて泣いてるはずでしょう?! ありえない!! お姉様がわたしより上だなんて許さないわ!!」

狂ったように「ありえない」「許さない」と繰り返してフィリスは暴れた。

それでもその手が一瞬、自の腹部にれるとピタリときを止める。

「……ああ、だめね、興するとお腹の子に良くないってお母様も言っていたわ」

我に返って靜かになったフィリスに侍がそっと近寄った。

「お嬢様、お疲れでしょう。さあ、椅子へどうぞ」

「ええ、そうね、なんだか疲れちゃった」

腹の子のことになるとフィリスは素直になった。

他のメイド達が室の後片付けをする中でフィリスは倒れていない方の椅子に腰掛ける。

はすぐに味のさっぱりとしたレモン水を用意した。

今までフィリスは紅茶やハーブティーを好んで飲んでいたが、妊娠後は醫者に控えるように言われ、本人が気にするようになったため果実水を飲むことが増えたのだ。

レモン水を飲むとに殘ったモヤモヤとした気持ちも消えてフィリスは息を吐く。

それでも異母姉について考えることはやめられなかった。

あのお姉様を好いてくれる殿方なんていないわ。きっと何か汚い手を使ったのよ。……そう、例えばしてを使って落としたとか。それくらいしかお姉様は持っていなかったはずだもの。絶対にそうよ。だって同じ屋敷に住んでいて何もないなんてあるはずがないわ。

フィリスの顔に笑みが浮かぶ。

「ああ、お姉様……。お可哀想なお姉様。淑が婚姻前に殿方にを許すなんて、恥ずべきことだわ」

フィリスとリチャードもそうであったはずなのに、自に関しては既に忘れている。

いや、二人は確かにし先走ってしまったがその後にきちんと婚約した。婚約屆が承認されれば、今度は婚姻屆が出される予定だ。何よりフィリスとリチャードはし合っている。

異母姉のようにしくなるためにを売ったわけではない。

「そうだわ、お父様に相談しましょう。お姉様が可哀想だから助けてあげるようお願いするの。そうすればお姉様はうちに帰ってきてくれるわ」

婚姻前にを許しただと知れ渡れば多分養子先だろう伯爵家も異母姉を見限るだろう。

異母姉が家に帰ってくれば全てが元通りになる。

これからも異母姉はフィリスの下にいなければならないのだ。

そうしてフィリスは母と一緒に異母姉に意地悪をする。ずっと、ずっと、いつまでも。あのしい顔に鞭の跡をつけてやったらどんな顔をするだろうか。想像するだけでフィリスはがすく思いがした。

「お父様のところへ行ってくるわ。戻って來るまでに部屋を綺麗にしておいてちょうだい」

そう侍やメイドに言い付けてフィリスは自室を後にする。

大好きな父の書斎へ行き、その扉をノックしようとして、中から聲が聞こえてきた。

どうやら中には母もいるらしく、二人の言い爭うような聲がした。

「あなた、どうしてエディスを手放したのですか! あれが適當にどこかの貴族の息子と子をしてくれれば、可いフィリスの子は政略を気にせず好いた相手と結婚出來たでしょう!? あんな見た目でもあれは生粋の貴族なのですから、貴族でなくとも裕福な商家の妾にしても良かったでしょうに!!」

「仕方ないだろう。第二王子殿下に勧められた見合いを子爵家が斷るなぞ出來るはずがない! それにお前はあれを嫌っていたじゃないか、いなくなったお蔭でフィリスはずっと家にいるし、子爵家をそのままあの子に渡せるのだぞ?」

「それはそうですけど……。でもあれの婚約相手は英雄と名高いライリー=ウィンターズではありませんか。あの騎士は見た目は恐ろしいけれど王家からの信も厚いと聞きます。現に第二王子殿下の近衛隊長を務めているとか。……あんな子がうちのフィリスよりも良い相手と婚約だなんて……」

「それは……。だがあの化けだぞ?」

母の言葉に衝撃が走る。

異母姉の婚約相手がわたしよりも良い?

リチャード様よりも、あの化けの方が上? お姉様は子爵家から絶縁されたのに、伯爵家の令嬢になっただけではなくわたしよりも良縁の婚約者を見つけたというの?

……そんなはずないわ。わたしの方が幸せなはずよ。

お父様にもお母様にもされて、お姉様の婚約者だったはずのリチャード様はわたしを選んでくれて、するリチャード様との間に出來た子がお腹の中にいて、わたしは幸せなのよ。

わたしの方が幸せなのは変わらないけれど、お姉様が幸せになるのは許せないわ。

扉をノックするとお母様とお父様の聲が止み、し間を置いて「れ」と許可が出る。

扉を開けてると途端に二人の顔に笑みが浮かんだ。

「ああ、可いわたしのフィリス、こちらへいらっしゃい」

母に呼ばれて行けば抱き締めてくれる。

「フィリス、どうした? 何かしいものでもあるのかい?」

先ほどの言い爭いとは違う優しい聲で父が話しかけてくる。

それにわたしは悲しげな表を作ってみせた。

「お父様、今日、街でお姉様にお會いしたのです」

「エディスに?」

父の眉が顰められたが気付かないふりをする。

「はい、お姉様は質素なドレス姿で裝飾品は何もに付けておりませんでした。もしかして、新しい婚約者の方から冷たく扱われているのではと思うと、わたし、悲しくて……。お姉様は家を出てしまいましたが、わたしのお姉様に変わりはありませんもの」

何とか涙を一滴零し、母のに顔を寄せる。

を震わせて母に抱き著けば、父が寄せていた眉を下げて優しく言う。

「おお、私のフィリスはなんて優しい子なんだ。家を出て行くような親不孝な者にまで心を砕いて……」

父が席を立つとわたしごと母を抱き締める。

「ねえ、お父様、お姉様はきっと辛い思いをしていらっしゃるわ。そんなの嫌よ。何とか我が家に連れて帰ってこられないの? あのままではお姉様がお可哀想……」

「……ううむ、エディスとは既に絶縁してしまっている。第二王子殿下が証人となっている以上は無理矢理に連れ戻すのは難しいだろう。それに相手は英雄と呼ばれる男だ。荒事では勝てん」

肩を落とす父に心で小さく毒吐く。

何よ、お父様はわたしのために何だってするとよく言っていたじゃない。

それなのにこれは難しいだなんて言って、やる気がないんだわ。

々と頭の中で考えて妙案が浮かぶ。

「そうだわ、わたし、お友達にお姉様のことをお話するわ。そうしてお友達が他の方にお姉様の辛い狀況を広めてくだされば、いくら英雄といわれる方でも噂を気にしてお姉様を手放してくださると思うの」

言いながら心で自畫自賛する。

そうよ、とってもいい案じゃないかしら?

わたしと違ってお姉様は社は全くしなかったから、助けてくれる相手もいないもの。きっと噂を広めれば英雄だろうと自分の評判を気にして、噂の元になったお姉様と婚約を解消か破棄するはずだわ。

父は「さすがは私の可い娘だ。フィリスは頭が良いな」と褒めてくれた。

母も「それならきっとあれを取り戻せるわ」とうっそり笑う。

絶対にお姉様は幸せになんてさせないわ。

死ぬまでわたしのお姉様おもちゃでいてもらわなきゃだめなのよ。

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