《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》報奨

正直、あんな人達との繋がりがあり、十年も形だけでも家族だったとは思いたくない。恥ずかしい。

「その、姉上の婚約者が英雄ライリー=ウィンターズ様だと知ってそのような噂を流しているんですか……?」

そう、そこは気になりますわよね。

異母妹は父に聞いてわたしの婚約者を知っているはずだ。そうでなくとも、この間會った時にライリー様の名前をうっかり口にしてしまったので、調べようと思えば出來るだろう。

夫人が小さく息を吐く。

「知っているようですわ」

「えっと、その噂を流してる令嬢は姉上が伯爵家に養子にったことは知らないとか……」

「いえ、それはないわ。あの子には先日偶然會った時にきちんと伝えましたもの。その際に姉と呼ばぬよう注意もしたのですけれど……」

アーヴの言葉に返事をすれば更に困した顔で一度口を噤んだ。

その変なものを飲み込んでしまった時のような気持ちは分からなくもない。

「……僕の考え違いでなければ、それって王家が信頼している騎士であり國の英雄でもあるライリー様だけでなく、ライリー様を近衛に選ばれた第二王子殿下も、王家の方々も侮辱していませんか? ベントリー家のことも、そのようなを養子に取るような品のない家だと遠回しに言われている……のですよね?」

「ああ、全くその通りだ。このベントリー伯爵家が子爵家風に軽く見られたものだな」

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伯爵が聲を低くして頷いた。

どう見ても夫人と共にご立腹のようだ。

アーヴは怒りよりもその行が理解不能なのか困が先立っている風である。

「生家がをおかけしてしまい申し訳ありません……」

いたたまれずに謝罪を口にすると全員が「それは違う」と否定してくれた。

「もうエディスはあの家を出たのだから無関係だよ」

「そうよ、あなたはもう我が家の娘ですもの」

「うん、姉上は何も悪くないよ」

「そうですよ、エディスに非道な行いをしておきながら尚あなたを悪し様に言う彼らがどうかしているんですよ」

めと言うか、し同の混じった聲音で言われて、自分の中でも確かにそうだなと思えた。

わたしはもうアリンガム子爵家と絶縁している。

だから今後あの家の人達がどうなろうと関係ない。

心配そうに見つめられて、大丈夫だと笑い返す。

「そうですわね、わたしはもうベントリー家のエディスですわ。あの人達が何をしようとわたしの責任ではありませんわよね」

「そうだよ、姉上はもう僕の姉上なんだから、他の人が勝手に姉上のことを姉と呼ぶのは許せないな。もしその令嬢と會ったら僕も言っておくよ」

ムッとした表でアーヴが言う。

「ありがとう、アーヴ。でもあの人達は人の話を自分の良いようにしか聞かないから言うだけ無駄だわ。それよりも変に関わると纏わり付かれるかもしれないし、見つけても話しかけられても無視した方がいいわ」

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「確かに。エディスの元婚約者より家格が上だと分かれば乗り換えようと近付いてくるかもしれません」

「うえぇ。……っと、失禮しました。そういうことなら話しかけないようにします」

心底嫌そうな聲を出したアーヴはすぐにライリー様がいることを思い出して口調を直した。

それにライリー様がつぶらな瞳を細めて笑う。

「ああ、言葉を崩してください。私達は義理とは言えど、いずれは兄弟になるのですから」

「じゃあ兄上と呼んでもいいですか? 僕のこともアーヴと。親しい人はそう呼びます。それにライリー様も口調を崩してください」

「分かった。よろしくな、アーヴ」

「うん、よろしく、ライリー兄上」

男同士だからライリー様とアーヴがニッと笑い合う。

なあにそれ、凄く羨ましい!

「ずるいわ、アーヴ。ライリー様、どうかわたしにも普段通りの話し方をしてくださいまし。アーヴばかりと仲良くされたら寂しいですわ」

婚約者のわたしには他人行儀な口調なのに。

ライリー様の服をしだけ摑んでお願いすると、慌てたようにライリー様が振り向いた。

「あっ、すまない。……分かった、これからはそうしよう。エディスもそうしてくれるか?」

「あら、わたしは最初から砕けていましたわよ」

「そういえばそうだったな」

すぐに口調を改めてくれたライリー様が笑う。

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初めて會った時のことを思い出したようだ。

「はあ……。それにしても、このような噂を流したあの家をどうして差し上げましょうか」

夫人が頭の痛い話だと言いたげに溜息を吐く。

王家を、第二王子を、ベントリー家を、そしてライリー様を馬鹿にしたあの人達を許しはしないだろう。

伯爵がそれに小さく唸った。

「ふむ、いっそのこと格の違いを見せてやろうではないか。ウィンターズ殿、よろしければドレスや裝飾品を注文している服飾店を教えていただけますか? 英雄の婚約者となる娘のために我々も盡力したいのです」

ライリー様がすぐに頷いた。

「なるほど。では後ほど紹介狀を書いて送らせていただきます。私だけではエディスのしさを出し切れないかもしれませんが、ベントリー家に見ていただけたら最高にしい婚約者と舞踏會を共に出來そうですね」

ははは、と伯爵とライリー様が笑い合う。

予想とは違った方向からだけど仲良くなった新しい父と婚約者の姿がちょっとおかしかった。

夫人も「それは良い案ね」と言い、アーヴも「しい姉上を見るのが楽しみだね」と乗り気である。

話の流れからしていくら子爵家の中では裕福な方で、オールドカースル伯爵家の援助があったとしても、恐らくベントリー伯爵家の財力には敵わないのだろう。

王家の方々より煌びやかにならないといいのだけれど。常識ある人達なのできっとその辺りは心配いらないか。

* * * * *

「ねえ、彼らは馬鹿なの?」

ベントリー家に招かれた翌日。

界で流れている噂について話をすると、即座に調べ上げたショーン様は心底呆れた顔をした。

護衛に控える騎士達は微かに顔を強張らせている。

「君は僕たち王家が英雄と認める人で、その人を貶める発言をするということは、僕たち王家はそんな人を英雄と讃えるような見る目のない者だと言っているようなものだろうに」

ショーン殿下の言葉に護衛騎士が小さく眉を寄せる。ライリーも當然だが顔を顰めていた。

まさにそうであったからだ。

「それに格上のベントリー家は持ちの悪いを養子にした上に何の責務も果たしていない、という風にも聞こえてしまうでしょう」

「そうなんだよね、そこでまたエディス嬢をそんな家に養子として紹介した第二王子ぼくは〜って更に王族を侮辱することになるんだけど……。分かってないよね、絶対」

分かっていたら不敬な噂を流しはしないだろう。

ショーン様と顔を見合わせて小さく息を吐く。

「何であんなのが子爵家なんだろうね。いや、うん、正確には現當主の祖父の代で功績をあげて爵位を授かったのは知ってるけど、そもそもその後は何もなくて慌ててオールドカースル家と政略結婚しようとしてるんだもんね」

この國では爵位を授かった後に三代以に何かしらの功績をあげるか、上の爵位の者を迎えれるかしないと下位貴族は爵位を返上するという法がある。

そうしなければ下位貴族ばかりが増え過ぎてしまうからだ。三代で何もせなければその後も期待出來ないという判斷である。

アリンガム子爵家は娘の代で三代目だ。

そこで爵位が上のオールドカースル伯爵家より婿養子をれることで、何とか爵位を保とうとしているのだろう。

なくとも娘の代はそれでどうにかなる。

つまり現當主の祖父はそれなりの人であったが、その息子や孫は大したことがないということか。

「どう致しましょうか」

今はまだそこまで大々的に噂は広がっていないようだが、一週間後の舞踏會の頃にはさすがに大勢の貴族の耳にるだろう。

「放っておけばいいよ」

噂について書かれた報告書をショーン様が機の上へ放り出す。

その様子から、馬鹿馬鹿しいと思っているのが読み取れたし、ライリー自も正直呆れている。

「よろしいので?」

「気付く者は関わらないし、気付かない馬鹿は周囲からの評価が下がる。噂を流してる張本人達も然り。もし婚約発表の場で騒ぐようなら僕が出る」

をおかけします」

「いいよいいよ、國の英雄のためだからね」

まあ、そうなるかどうかは彼ら次第だけど。

そう言ったショーン様がニヤリと笑う。

こんなことをしているのだ、婚約発表の場でアリンガム子爵家が黙っているとは到底思えない。

王家を遠回しながらも侮辱するような噂を流しているのだから、その罰が下っても仕方がないだろう。

「それより前回の魔獣討伐の報奨、何か思い付いた? 王家としても早めに報奨を渡さないと困るんだよね」

前回、ライリーは巨大な豬に似た魔獣を討伐した。

周辺の村に被害が出ていたそれを討伐し、それに対する報奨を與えねば、英雄を軽んじていると思われかねない。

しかしライリーは既に騎士の爵位を賜り、元貴族の屋敷を與えられ、十分生活していけるだけの給金や報奨金をけ取っていた。

ライリーは一騎士として國のため、王家のため、國民のためにを捧げるつもりなので、これ以上の爵位は不要である。

そうして今はしい婚約者もいる。

「でしたら魔を一ついただけないでしょうか」

エディスの顔を思い浮かべて、ライリーは言う。

し前にエディスが異母妹と再會したそうですが、暴力を振るわれそうになりました。護衛をつけていたので幸い何もありませんでした。けれど、今後は私の婚約者として様々な方面から狙われる可能があるかと」

「ああ、そうだね、英雄の婚約者や妻は弱點でもあるからね。作るなら防系の魔がこめられたものかな?」

ショーン様が小首を傾げ、しかしすぐに元へ戻す。

「でもそれなら本人に聞いて魔も見た目もどういうものがいいか決めた方が良さそうだよね。普段に付けるものになるんだし」

そういうことで再度エディスが呼ばれることになった。

* * * * *

晝食前にライリー様から手紙が屆いた。

何でも、以前魔獣を討伐した時の報奨を魔に決めたのだが、わたしに関係があるので登城してほしいということらしい。

わたしに関わるってどういうことかしら?

第二王子殿下の宮へ來るように、ショーン様の名義の手紙も一緒にあった。

そちらを読んで納得する。

この國の英雄であるライリー様は他國にも名が知れている。一騎當千の男に婚約者、つまり弱みが出來るわけだ。當然この國を良く思わない國からしたら最高の的だ。何せこの國最強の男を封じられるかもしれない可能が生まれたのだ、これを狙わないはずがない。

それに異母妹と再會した際に暴力を振るわれそうになったこともライリー様から聞き、功績をあげたライリー様自がわたしを守る魔んだため、そのような運びとなったそうだ。

ついては、それをに著けるわたしの意見を聞きたいので自の宮まで來るように、ということだった。

特に予定もないので午後に伺いますとライリー様と第二王子殿下の両方に手紙を書いて返送した。

今から向かっても晝食の時間になってしまう。

早めに晝食を食べて、登城するためにドレスを著替えて、馬車に乗って登城する。第二王子の宮へ到著したのは午後の二時くらいだった。

「お呼びと伺い參上致しました。第二王子殿下におかれましては機嫌麗しく……」

殿下のいらっしゃる部屋に通されたわたしが口上を述べ始めると、殿下自ら手で制する。

「そういう堅苦しいのはいらないよ、エディス嬢。さあ、そこに座って」

「ありがとうございます、失禮します」

促されて向かい側のソファーに腰掛ける。

そこには既にライリー様がいたので、隣り合っている。

今日は早くライリー様と會えて嬉しいわ。

膝の上で握っている拳にそっと手を重ねるとライリー様がわたしを見て僅かに目を細めた。

それが笑みだと分かっているわたしも微笑み返す。

「仲が良いようで何よりだ。急に呼びつけて悪いね。手紙に書いた通り、エディス嬢が普段著けるものだから君の意見も聞きたかったんだよ」

配慮いただきありがとうございます」

「どういたしまして。で、ここにあるのが魔石なんだけど、防系の魔を付與しようと思ってるんだよね」

テーブルの上には銀に輝く寶石のようなものがいくつか置かれている。恐らくこれが魔石なのだろう。魔は魔石に魔を付與したものの総稱だ。

「防といっても々あるんだ。理のみ、魔のみ、両方、それらをけ流すものから打ち消すもの、弾き返すもの。種類は沢山ある。その中でどういうものがエディス嬢に合っていると思うかな?」

うーん、と考える。

を使える人はないので理の方を優先するべきかしら。でもそれでもし魔師に狙われたら手も足も出ないわね。

け流して周囲の人が怪我をするのは嫌だわ。

打ち消すか、弾き返すか。……そうね。

「出來れば理も魔も両方弾き返すものであれば、と思います。それなら攻撃されても周囲に被害が及び難いでしょう」

「やっぱりそうなるよね」

殿下は何度か頷いた。

「もし可能であれば相手に跳ね返るように出來ますでしょうか?」

「それは弾くじゃなくて、攻撃してきた相手にそのまま返すって意味?」

「はい。これなら攻撃した者が誰かすぐ分かりますし、返った攻撃でけなくなったところを捕まえることも出來るかもしれません」

ショーン殿下がニヤリと笑う。

何だか凄みのある笑みに思わずライリー様の手をギュッと握ってしまった。

「面白そうだね、それ。じゃあ防というより反をかけた方が良いかも。條件付けは『裝著者への害意ある攻撃』でどうだろう」

「よろしいのではないでしょうか」

「じゃあそれで付與するよ。形に希はある?」

「ではアンクレットでお願い致します。人目につかない場所なら相手も油斷すると思います」

ライリー様が頷き、わたしも頷くと、ショーン殿下が魔石に手を翳して詠唱を口にする。

本で読んだ知識では、魔は魔言語を何かに書き記すか口に出すことで魔力を消費して魔が発されるという。

テーブルの上の魔石達がのように潰れて一つに合わさり、もにょもにょとこねられ、り輝きながら段々と形が出來上がっていく。

「こんなものかな」

パリッと最後にが散ってそれが出來上がる。

の魔石は銀の丸い粒が連なった細のアンクレットに変化した。

「はい、完。これでライリーへの報奨問題も解決したかなあ。エディス嬢は今後は離さず著けてね」

「あ、は、はい! ありがとうございます!!」

ひょいと投げられたそれを慌ててけ取る。

陣に顔を背けてもらい、連れて來たリタに足首へ著けてもらった。

試しにと殿下が投げたクッションはわたしに當たる直前に跳ね返り、殿下が難なくそれをけ止める。

「問題なさそうだね」

ニコニコと笑みを浮かべる殿下に、わたしは何だかとんでもないものをけ取ってしまったような気がした。

そうしてしばし殿下とライリー様と談笑した後にお屋敷へと帰ったのだけど、アンクレットが外れなくなっていることに気付いたのは夜になってからだった。

離さず著けてと言われたが、外せないとは。

まあ、でも外れる心配がなくなったと思えばいいわ。どうせ普段は見えないし、とても軽いから邪魔にもならないものね。

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