《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》オールドカースル伯爵家

* * * * *

何がどうなっている?

聞こえて來た噂にオールドカースル伯爵は頭を抱えていた。

次男のリチャード=オールドカースルはつい二週間ほど前に婚約を破棄して新しく婚約を結び直した。

元の婚約者はエディス=アリンガム嬢。

あまり記憶に殘らないであった。長だが地味で、いつも俯きがちで靜かで、義理の娘になるはずだったが碌に言葉をわしたこともなかった。

理由はリチャードが「あんな婚約者、恥ずかしくて一緒にいたくない」と言ったことによる。

そのため息子の婚約者でありながら、五年間ほぼ関わることがなかった。

そうして新しく婚約を結んだのは、エディス嬢の異母妹となるフィリス嬢であった。

だがその婚約も順風満帆なものではない。

よりにもよって、異母姉と婚約している狀態でリチャードは異母妹に手を出したのだ。

せめて婚約を破棄か解消してからにすれば良いものを、本人に聞いたところ、リチャードはエディス嬢と婚約した當初から異母妹のフィリス嬢に惹かれていたというではないか。

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アリンガム子爵家に頻繁に出掛けていたのも、実はフィリス嬢に會うためだったとも言われた。

その挙句に婚約もしていないフィリス嬢とを重ね、既にごもらせてしまった。

アリンガム子爵家は裕福で、伯爵家とは言えどさほど裕福ではない我が家を盛り立てるために政略結婚を決めたのだ。

すぐに言っていればエディス嬢との婚約を解消して、フィリス嬢との婚約を早い段階で結べたものを、リチャードは五年も婚約者を放置してその異母妹に熱を上げていた。

リチャード本人からフィリス嬢がごもったと聞いた時は驚きのあまり椅子を蹴倒してしまったほどだ。

ごもってしまった以上は仕方がないとアリンガム子爵家へ話をもっていけば、子爵はあっさりと姉妹の婚約のれ替えを了承した。

オールドカースル家としては金銭的支援さえしてもらえれば、婚約者がエディス嬢でもフィリス嬢でも良かった。

新しい婚約者のフィリス嬢は明るく、らしく、社的で、理想の義理の娘に見えた。

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だからリチャードとフィリス嬢の仲を認め、エディス嬢との婚約を破棄する旨の書類と婚約屆を出した。

リチャードが自で言うからと任せていれば、今度は王家主催の舞踏會という場で婚約破棄を言い渡したと自信満々に言われて意味が分からなかった。

何故、王家主催の舞踏會でそんなことを……。

育て方を完全に間違えたと気付いたがもう遅い。

おまけに人目のある場所でフィリス嬢の妊娠を口に出してしまったのだ。

未婚の、それも婚約もしていない令嬢がを許したと知れ渡るのは時間の問題だった。しかも異母妹が異母姉の婚約者を寢取ったと嘲笑われるのは明らかだ。

婚約屆を出したばかりだが、急いで婚姻屆を出さねばならなくなった。

何か言われても実は既に婚約は破棄されていて、エディス嬢がそれに気付かず、フィリス嬢とリチャードは婚姻していたのだと誤魔化せば醜聞の度合いも多はマシになるかもしれない。

そう思っていたのにいつまで経っても婚約屆が承認されたという報せが來ない。

リチャードから聞いた話ではフィリス嬢はもうすぐ妊娠3ヶ月目にるという。これ以上時期がずれると妊婦の腹が膨らみ誤魔化せなくなってしまう。

それだけでも困っていたのに、聞こえて來た噂によるとリチャードに婚約破棄されたエディス嬢が子爵家を絶縁されて、どういうわけか英雄と謳われるライリー=ウィンターズと婚約したそうだ。しかも子爵家を出て婚約者の屋敷にを寄せている。

ライリー=ウィンターズは地位は騎士爵位程度だが、王家の信頼が厚く、國が英雄と認め、第二王子直々に近衛隊長に選ばれた男だ。

たとえ伯爵家よりも下位の騎士爵位であろうとも、獅子の魔獣の呪いをけていようとも、數ある伯爵家の中の一つに過ぎないオールドカースルと比べた場合、どちらの方が優位なのかは考えるまでもない。

そんな男の元にエディス嬢はいる。

リチャードに捨てられたはずが、より良い婚約者を手にれたというだけでも衝撃的な出來事である。

あの地味で靜かながどうやって英雄と出會い、婚約まで至ったのかも疑問だった。

だが問題は流れてきた噂だ。

名前は伏せられていたが、とある令嬢が家から絶縁されて婚約者の下にを寄せているが、実は毎夜を許しているから婚約出來たのだとか、婚約者に冷遇されて質素な裝いしか許されないのだといった容だ。

そうして、それらを言い出したのはフィリス嬢であった。

このように哀れな異母姉を救いたい、両親を説得して絶縁を取りやめてもらったのだと、親しい友人達に言いふらしているようなのだ。

姉を救いたいと言いながら姉の評判を落としている。

その矛盾に眉を寄せつつ、その噂の問題點に気付き、顔が真っ青になった。

その噂は『王家の信頼厚い英雄は絶縁されて行き場のない娘を婚約者として引き取り、無な真似を行い、その上で冷遇している』つまり『王家は見る目がなく、そのような者を英雄と呼んでいる』と侮辱しているようなものだ。

急いで噂を消そうとしたが、全く効果がない。

フィリス嬢に注意しても「わたしはお姉様を取り戻したいだけなのに」と泣いて、リチャードにそれを責められるので話にならない。

アリンガム子爵に事実を確認すると、本當にエディス嬢は子爵家と絶縁してライリー=ウィンターズと婚約してそちらに居を移しているという。

しかも証人は第二王子だというではないか。

それはエディス嬢は英雄の妻となる資格のある令嬢だったという証でもあり、リチャードも我がオールドカースル家もそんなを捨てた見る目のない者達と謗られよう。

王族が認めた婚約にアリンガム子爵家は泥を塗った上で、王族が英雄の妻に相応しいと認めた者の評判を落とそうとしている。

いくつもの不敬を重ねていることに気付いていないアリンガム子爵家を見て愕然とした。

このような家と縁を持とうとしていたなんて。

しかし婚約屆は出してしまった。それが承認されていれば、逆に破棄を申し出ることも出來たのだが、まだ未承認なので破棄も出來ない。

そこでようやく承認に時間がかかっている理由に思い至った。

わざと承認を遅らせられているのだ。

オールドカースル家がアリンガム子爵家を切り捨てることが出來ないように、誰が見ても両者に関係があると分かるように、逃げられないように。

今、オールドカースル家とアリンガム子爵家は婚約関係を互いにんでいるという狀態で止まっている。

この噂によりアリンガム子爵家を裁く時、オールドカースル家も芋蔓式に釣り上げるためだ。

逃げ場はない。

オールドカースル家は、アリンガム子爵家が罰されるまで怯えて過ごすしか道は殘されていないのだ。

どこで間違ってしまったのだろう。

リチャードとエディス嬢とで婚約を結んだ時か。

それともその婚約を破棄して異母妹と結び直した時か。

そもそもアリンガム子爵家を選んだのが間違いだったのか。

後はもうアリンガム子爵家に大人しくしているよう注意することしか出來ないが、子爵家には金銭的支援をけているのであまり強く言えない。

今までの支援金を返せと言われても返せない。

暴走した馬の引く馬車から降りられないように。

走り出した運命は止まらない。

それに気付いた伯爵は呆然と頭を抱えていた。

* * * * *

リチャードは父であるオールドカースル伯爵に自室での謹慎を言い渡されて苛立っていた。

するフィリスは妊娠しており、出來る限りその傍についていてやりたいと思っていたのに、父はアリンガム子爵家に行くのを控えろなどと言う。

……わけが分からない。

フィリスに聞いたがエディスは子爵家に絶縁されて、ライリー=ウィンターズという男の屋敷にを寄せているらしい。

何でもエディスはその男にを許す代わりに屋敷に置いてもらっているそうだ。

そうしてどんな手を使ったのか伯爵家の養子にまでなったらしい。これは本人に聞いたそうだ。それも、オールドカースル家よりも上のベントリー家にという話だ。

ライリー=ウィンターズといえば英雄と呼ばれている獅子の呪いをけた化けみたいな外見の男だ。

哀れなだ。自分に捨てられたからといってあんな化けに頼るだなんてどうかしている。

それに婚姻前にを許すなんて軽なだ。

異母妹のフィリスは俺のために他の男と婚約をせず、五年間も待っていてくれるような一途ななのに、異母姉はそうではなかったか。

あんなとは婚約を破棄して正解である。

「しかしベントリー伯爵家か……」

同じ伯爵家と言っても爵位の中に優劣がある。

オールドカースル家は伯爵位の中では下位に、ベントリー家は高位に位置する。向こうの方が家格は上だ。親しい間柄でもないので流もあまりない。

捨てたが自分よりも上にいるなど不愉快だな。

だが、フィリスの言うことが事実であるならば、エディスは伯爵家の令嬢にあるまじき行いをしていることになる。

噂もいずれベントリー家に屆くだろう。

そうなればベントリー家は養子縁組みを解消するに違いない。そのようなを養子にしておくと家の品位が落ちるからだ。

そうして伯爵令嬢という地位がなくなれば、今度はライリー=ウィンターズとの婚約もなくなる。

恐らくライリー=ウィンターズは伯爵令嬢になったエディスを妻に據えることで自の地位を確固たるものにしようと考えているはずだ。

最終的にはエディスは子爵家に戻らざるを得なくなるだろう。

今まで貴族令嬢として生きてきたが市井に出て生きていけるわけがないから、生家に戻るしかない。

そうなればエディスは今度こそ嫁ぎ先がない。

捨てただが、フィリスが言うならば子爵家に置いてやってもいい。

そうだ、エディスが私よりも高い位置にいるなんてありえないのだ。許されるはずがない。あのは常に私の下にいるべきなのだ。

地味で、野暮ったくて、可げのない長

本當にいつだって自分を苛つかせるである。

「ああ、フィリスはどうしているだろうか。會いに行けないなら、せめて手紙だけでも送ってやろう」

機に向かい、便箋を取り出しながらするフィリスを思い出して笑みが浮かぶ。

謹慎が解けたら一番に會いに行かなければ。

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