《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》ウィンターズ男爵家
「ちょっと派手じゃないかしら?」
ほんのりオレンジがかった黃のドレスを鏡で見ながら、リタに問う。
しかしリタは「そんなことございませんよ」と訳知り顔で笑った。
「旦那様の生家へ挨拶に行かれるのですから、綺麗になさいませんと。しいというのはそれだけで相手に好印象を與えますからね」
「それはそうでしょうけれど……」
「旦那様だって家族にこんなにしい婚約者を紹介出來て、きっと鼻高々ですよ」
それでもまだ服裝に悩むわたしをリタが「さあさあ、もうお時間ですからホールへ參りませんと」と部屋から連れ出した。
確かにもう時間なので今から著替える余裕はない。
諦めてホールへ向かえば、先に來ていたらしいライリー様が振り向いた。
わたしの全をサッと見て手を差し出す。
「しいお嬢さん、お手をどうぞ」
顔を上げればつぶらな瞳がパチリとウィンクした。
あらやだ、かわいい。
「ありがとうございます。変なところはありませんか? 派手過ぎたりしていませんでしょうか?」
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ライリー様の手にわたしの手を重ねる。
「いや、おかしなところなんてない。君は今日も綺麗だ。ドレスもよく似合ってる」
引き寄せられて、軽く抱擁される。
最近のライリー様はし積極的だ。
それがとても嬉しい。
「良かった、ライリー様の家族に変なだと思われたくありませんもの」
そう、今日はライリー様の生家へ向かうのだ。
本當は婚約してすぐに行くべきだった。
でも何かと慌ただしくてギリギリになってしまった。ライリー様も言ってくれないのだもの。
ユナに聞かれなかったら婚約者の家族に挨拶にも行かないようなだと思われてしまうところだった。婚約発表まであと三日だけれど気付いて良かった。
ライリー様のエスコートで馬車に乗り込む。
ライリー様のご実家は男爵家だそうで、し離れているが王都に住んでおり、馬車で行けば案外簡単に會いに行ける距離にあった。
男爵家に到著すると既に人影が屋敷の前にいた。
お屋敷は子爵家のものよりやや小さいが、狹いというほどではなく、きちんと手れされているためとてもスッキリとして見えた。全的にシンプルな印象だった。
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ライリー様の手を借りて馬車を降りる。
「皆様初めまして、ベントリー伯爵家が長エディス=ベントリーでございます。婚約をお許しいただけたというのに挨拶が遅くなり、申し訳ありません」
丁寧にカーテシーを行い挨拶をする。
「私はライリーの父のウィリアム=ウィンターズです。ウィンターズ男爵家の當主を務めております。あなたの事は伺っておりますのでお気になさらずとも大丈夫ですよ」
一歩前へ出てそう言ってくれたのがライリー様のお父上であるウィリアム様だった。
大柄で、厳しい顔立ちで、響くような低い聲だけれど口調や言葉遣いは穏やかそうな人だ。
「こちらにいるのが妻のヨランダと長のサヴァナです。長男のヘイデンと次男のサディアスは今日は出仕しておりますので、また改めて紹介致します」
黙って側に控えていた二人が紹介に合わせてカーテシーをしてくれる。
それに小さく頷き返す。
ライリー様は六人家族で末っ子なのね。
お父上はややオレンジがかった金髪に茶金の瞳、お母上は金髪に金の瞳、お姉様はお母上に似て金髪に金の瞳。ライリー様を含めて全員とても姿勢が良い。
そうして居間に通される。
お屋敷の中は外観と同様で裝飾は控えめ、品や骨董品などはなく、代わりに家族の絵がよく見かけられた。
質素だけれど家族を大事にしているのが分かる。
居間には家族全員が揃った絵が飾られていた。
今よりもし若いお父上とお母上、お父上によく似た青年は長男のヘイデン様かしら。その橫にお母上によく似た青年と。こちらが次男のサディアス様とサヴァナ様ね。
と、いうことは殘った青年がライリー様?
そこにはキリリと表を引き締めた青年が立っていた。この家の男は皆大柄で、がっちりとした格で、ライリー様はほんのりオレンジがかった金髪を短く刈り上げて後頭部に流し、切れ長の鋭い目は濃い金、スッと通った鼻に薄いという顔立ちは十分丈夫と呼べるものだった。
思わずまじまじと絵を眺めてしまった。
「この方はライリー様、ですのよね?」
橫にいる本人に聞いてみる。
「ああ、五年前の俺だ」
どこか困った風な聲音で返事があった。
それはし懐かしさをじているようでもある。
「黃金の並みも呪いの影響かと思っておりましたけど、元々そのでしたのね。瞳も。それにおも大きいのは変わりませんわ」
お顔立ちをよく見ようと絵に近寄る。
不思議ね、獅子のお顔と元のお顔は何だか似ている気がした。どこがとは上手く言えないが雰囲気が似通っている。
「元の俺と今の俺、どちらがエディスの好みだろうか?」
「もちろん今のライリー様ですわ」
ライリー様の問いに即答する。
「でも元のライリー様も丈夫だわ。凜々しくて、し厳しくて、鋭い目元が格好良くて素敵だと思います」
「そうか? 昔は目付きが悪いとよく言われたんだが」
「切れ長だと睨んでいるように見えてしまうことがありますものね」
絵を見ながら話しているとコホンと咳払いが聞こえてきた。
振り向けばライリー様のお父上が、まじまじとわたし達を見遣る。
「仲が良いとは聞いていたが、本當のようですね」
普段のようにライリー様と接していたのだけれど、ライリー様の外見をともしないわたしに驚いたようだ。
「ええ、わたしにとってライリー様のお姿は理想の殿方そのものなのです。こんな素敵な方、他にはおりませんもの」
「理想、ですか……?」
わたしの言葉にお父上が小首を傾げる。
確かにこの世界の人にとっては理解し難いかもしれない。獣人という概念自ないものね。
ライリー様が苦笑する。
「父上、エディスにとっては呪われたこの姿が好みなのだそうです」
お父上が何とも言えない微妙な顔をされる。
「それは……」
「変わっているでしょう? ですが、そのおかげで彼と出會えたと思えば、最近はこの姿もそう悪いものではないと思えるようになりました」
「……そうか、お前がそのように前向きになれたのはエディス嬢のおかげなのか」
「ええ」
ライリー様の言葉にお父上が微笑んだ。
わたしはライリー様の言葉にしていた。
そんな風に思っていてくださるなんて嬉しいわ。
ここがライリー様のお屋敷であったならば、のあまり抱きついているところである。
ソファーを勧められてライリー様と並んで腰掛ける。もう隣同士になるのは當たり前になったわね。
使用人が紅茶や軽食、お菓子などをテーブルへ並べ、靜々と下がっていく。
「改めてウィンターズ男爵家へようこそ、エディス嬢。あなたのように外見を気になさらない方とライリーが出會えて良かったです。このようににはあまり好まれない外見になってしまったので我々もずっと心配していたのですよ」
厳つい顔の目を下げたお父上は、男爵家の當主ではなく、一人の父親の顔に見えた。
けれど訂正しなくてはならないところがある。
「いいえ、それは違いますわ」
「と、言うと?」
「ライリー様のこのお姿はわたしにとって最高に格好良いのです。この獅子の雄々しいお顔も、キリッとしているのに意外とつぶらな瞳も、丸いお耳も、ふさふさの鬣も、わたしは大好きなのです! むしろこれほど格好良い方に何故婚約者が出來なかったのか不思議なほどですわ!!」
他にも威嚇する唸り聲は重低音でお腹に響くようだけれど、グルグルと機嫌の良い時はし甘えるようなじて可らしくて、尾もゆらゆら揺れてそこもまた可くて、でも顔はやっぱり凜々しい獅子のお顔なのがギャップがあっていいのよね!
そのうちわたくしの手をぺろんしてくれないかしら。
舌はネコ科だからザラザラしてるのか、それとも人間と変わらないのか。ザラザラしてたらキュンとしてしまうわ!
「エディス、落ち著け。父上の前だ」
「も、申し訳ありません、わたしとしたことがつい……」
ライリー様談義となると熱くなってしまう。
でもライリー様ご本人はそろそろ慣れたようだ。
それまで黙っていたお母上が口を開いた。
「つまり、あなたは全くライリーの外見が怖くなく、それどころかこの姿を好きだとおっしゃるのですね?」
その問いかけにパッと笑みが浮かぶ。
「はい、そうなのです!」
「一生このままだとしても婚姻をすると?」
「ええ、もちろんですわ。何でしたら毎日鬣を櫛で梳いて整えて差し上げたいほど好きなのです」
堂々とを張ればお父上もお母上も黙ってしまわれた。
代わりにお姉様が「ぷふっ」と小さく吹いた。
「やだ、とっても面白い子ね! 獅子が怖くないなんてとっても度があるみたいだし、この子ならきっとライリーも幸せになれると思うわ。そうでしょう?」
「はい、エディスとならば幸せになれると思っています。それに彼を幸せにしたいとも考えています」
お姉様の言葉にライリー様がしっかりと頷いた。
まあ、わたしはもう幸せなのに。
食住の質も良くて、好きな人と同じ屋の下で暮らせて、良くしてくれる使用人達がいて、優しい養子先の家族がいて、これ以上の幸せなんて怖くなりそう。
でもライリー様と婚姻したらいずれは子供もほしいわ。その子が人間でも、獣人でも、する自信があるもの。
「……そうですね、ライリーが決めたのならば私達が口出しをする必要はないようですね」
「ああ、こんなに真っ直ぐにお前をしてくれる人と出會えて良かった」
お母上もお父上も微笑を浮かべてわたし達を見る。
ああ、良かった、反対されなくて。
もしも反対されたとしても絶対に離れませんが、それでもライリー様の実家に反対されたままというのは嫌だったから。
「父上、母上、それでは……」
ライリー様の聲に喜が混じる。
「うむ、二人の婚約を認めよう」
「ライリーの地位を目當てにするような娘であったなら、反対するつもりでしたが。それは杞憂だったようですわね」
「だから言ったではありませんか。この獅子の顔をともしない子ならば大丈夫だと」
三人とも顔を見合わせて頷いた。
それにライリー様を見れば、ライリー様もわたしを見下ろしていて、二人で笑い合う。
やはり家族に祝福されてというのが一番だ。
生前のわたしはに興味がなかったから、こういう経験は初めてだ。記憶を思い出す前のわたしには好きな人と結婚する幸せなんて想像もつかなかった。
それが現実に起こるだなんて人生は不思議なものだ。
しかもわたしとライリー様の婚約は第二王子殿下、つまり王族の方々にも認めてもらえているのだ。
今度こそ、婚約破棄などということはないだろう。
ライリー様はリチャードと違って無責任なことはしないお方だもの。安心だし、リチャードとは比べるべくもなく信用出來るわ。
「舞踏會には私達も出るから、二人の婚約発表が今から楽しみだな」
厳つい顔で朗らかに笑うお父上は嬉しげだった。
そうよね、もしもわたしみたいなのがいなかったらライリー様は一生結婚出來なかったかもしれないのよね。
だから家族の皆さんは好意的なのかしら?
わたしはライリー様と出會うまで、人の運もなかったのかもしれない。
ライリー様と出會えたからこそ、こうして素晴らしい人達とも出會えたのでしょうね。
「わたし、ライリー様の婚約者になれて幸せですわ」
そう言えばライリー様がグルグルと唸る。
「それは俺の臺詞だ。あの日、聲をかけてくれてありがとう、エディス」
そっと抱き寄せられて鬣に顔を埋める。
ああ、格好良くてモフモフで最高だわ。
そんなわたし達をウィンターズ家の三人や使用人達が溫かい目で見ていることに気付くのは數秒後のことだった。
挨拶が無事に済んで本當に良かったわ。
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