《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》それぞれ
* * * * *
フィリスと母親は舞踏の間から牢へ連行された。
牢は暗く、じっとりとってカビ臭く、薄汚れていた。るのを躊躇ったフィリスの背を無にも連行してきた騎士が中へ押しやり、鍵をかける。
ドレス姿で牢にいる様は稽だった。
本來、貴族はただの牢ではなく貴族用のもっと清潔で過ごしやすいものがある。
しかしフィリスと母親はただの牢へれられた。
つまり、二人は貴族籍ではないと暗に言われているのだった。
それに気付いたフィリスは牢の鉄格子を摑んだ。
「開けて! ここから出して! わたしを誰だと思っているのよ?! こんなこと、何かの間違いですわ!!」
んでみても誰も戻ってこない。
聞こえるのは母親のすすり泣く聲ばかりだ。
「開けて! 開けなさいよ!! 誰かっ!! リチャード様っ!! お姉様!!」
婚約者の名前を呼んでみても、姉の名前を呼んでみても、び聲が木霊するだけであった。
それでもしばらくの間、フィリスはんだ。
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んだが、やはり誰一人として現れることはない。
疲れて薄汚れた床へ座り込んだフィリスは先程までいた舞踏の間での出來事を思い出していた。
お姉様を子爵家に戻そうとしただけなのに。
まさかあの噂が王族を侮辱するものだったなんて思いもよらなかった。姉の悪い噂を流せば、醜聞で婚約者だというあの恐ろしい外見の化けと別れて戻ってくると思っていた。
フィリスはそれだけしか考えていなかった。
それがあの化けを貶め、結果的に王族をも貶める容だったなんて何かの間違いだ。
……間違い。そう、勘違いしてるのだ。
フィリスは別にあの化けのことも、王族のことも侮辱する気はなかった。姉をどうにかしたかっただけ。
そのことを言えばきっと解放してもらえるはず。
それにきっとリチャード様が助けに來てくれるわ。
だってこのお腹の中にはリチャード様のお子がいるのだもの、オールドカースル伯爵家はきっとわたしを助け出してくれるわ。
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……お父様がわたしの本當のお父様ではないって本當なのかしら。
だとしたら本當にわたしは子爵令嬢でも、特別なを引く貴族でもないということになるの?
思わず噛み締めたに痛みが走ったので慌てて噛むのをやめる。指でそっとでれば僅かにが滲んでいた。
貴族のを引いている。
だから自分はそこらへんにいる平民とは違う。
そうやって持っていた自信が崩れていくのをじ、フィリスは苛立った。
このらしくしいわたしが平民のはずがない。
……そうだわ、きっとお姉様が何かしたのよ。
確か化けは第二王子の近衛隊長だと聞いた覚えがある。きっとその伝手を使って第二王子に近付き、王家お抱えの魔師を権力で言いくるめて噓の結果を出させたに違いない。
噂も、お姉様が勝手に解釈して第二王子に伝えたのだ。だから王家を侮辱したと勘違いされているのだ。
ベントリー伯爵家だってそうだ。
お姉様みたいな人を養子にするのが悪いのよ。
わたしは本當のことをお友達に話しただけだもの。何も悪いことはしていないし、噂を流したのは話を聞いたお友達よ。
悪いのは噂を広めた彼達じゃない。
ああでも、今はリチャード様が來るのを待つしかないわ。自分ではここを出られないもの。
……絶対に許さないわ、お姉様。
* * * * *
貴族用の牢として使われる部屋に連行されたリチャードは呆然と部屋のソファーに座り込んでいた。
部屋の窓には鉄格子がはまり、扉は重厚な木で出來ていて開けられないし、外には見張りの騎士が立っている。
室にはソファーとテーブル、ベッド、機と椅子がある。壁紙は柄のない質素なもので、置かれている家もそうだ、床に絨毯は敷いておらず、日當たりが悪く暖爐のない部屋はひんやりと冷たい。
……何でこんなことになったんだ?
痛む右手の甲をもう片手で押さえながら考える。
地味で野暮ったいエディスを捨てて、らしくしいフィリスを手にれた。
私に捨てられたエディスはどういうわけか、子爵家と絶縁し、國の英雄と呼ばれるライリー=ウィンターズと婚約を結んだ。獅子の魔獣に呪われた化けだ。
いい気味だと思っていた。
地味で野暮ったいあれにお似合いだと。
フィリスが言うには酷い扱いをけているそうで、捨てられたというのは憐れなものだとのすく思いだった。
五年もあんなに時間を取られた腹立たしさも、それで良くなったと思ったのに、エディスはまたどうやったのか伯爵家の養子にった。
それもベントリー伯爵家だ。
オールドカースル伯爵家よりも格上の家にエディスがいるなど、ふざけるなと言いたかった。
けれどもフィリスが「噂が流れていますから、お姉様はそのうち養子を解消されるはずですわ」とめてくれたのだった。
今回の舞踏會でエディスは噂に曬され、婚約者に蔑ろにされ、伯爵家からも嫌がられて、最終的には平民に落ちるしかない。
そう、思っていたのに。
舞踏の間に現れたエディスは以前のエディスと全く違っていた。
輝くような艶のあるプラチナブロンド、雪のように白い、ぱっちりとしたしい菫の瞳、嫌だと思っていた長はすらりと長い手足も相まってスタイルが良く、今まで俯きがちでまともに見たこともなかった顔立ちは整っており、繊細で儚げな印象だった。
誰もが振り向くようなになっていた。
橫にフィリスがいるにも関わらず見惚れてしまった。地味で野暮ったいエディスはもういない。
……しい。
元は自分の婚約者だったがあんなにしいなんて、何故婚約している間にそうしなかったのか。
しければ捨てたりなどしなかったのに。
その後、フィリスがエディスのところへ行ったが何やらショックをけた様子で戻ってきた。
適當な椅子に座らせて休ませている間にエディスを追い、廊下で待ち伏せ、話をしただけだった。
確かに多暴だったかもしれないが、あれはエディスが言うことを聞かなかったから仕方なくそうしただけで、あれが私の言うことをきちんと聞いていればこんな大事にはならなかっただろう。
なのに、どうして私はここにいるのか。
フィリスの流した噂は王家を侮辱した。
そして子爵家は取り潰しとなる。
ならもうフィリスを妻には出來ないし、子爵家がない以上はフィリスの下に婿りする理由もない。しているけれどアリンガム子爵家令嬢という立場込みでしていたのだ。
今のフィリスはするに値しない。
しかも私は第二王子殿下に虛偽の証言をしたことになってしまっている。
ここに拘束されているのはそのせいだろうか。
……何故、こうなったのか。
元は、そう、エディスと婚約した時からだ。
そもそもあれが間違いだった。
そうしてエディスがあのように地味で野暮ったい格好でいたから、私はあれを捨てることになったのだ。
最初からしく裝っていれば良かったものを。
そう考えると苛立ちが募る。
そうだ、全てはエディスが悪い。
あれのせいで私は今こんな目に遭っているのだ。
私ばかりが悪いわけではない。
* * * * *
ああ、やはりこうなってしまったか……。
控えの間に移させられたオールドカースル伯爵はソファーに座り、頭を抱えていた。
夫人は倒れてしまったので今は別室で休んでいる。
子爵家の流した噂はオールドカースル伯爵家と関わりがないとショーン殿下は明言してくれたが、それだけだ。
格上のベントリー伯爵家の令嬢に遠回しとは言えど妾か人になれと迫り、害そうとしたなどと、リチャードは一何を考えている?
しかも王族に対して虛偽の申告もした。
どちらも正式に抗議文が屆くだろう。
そうなれば相手側が納得する方法でリチャードを罰さねばならん。
それをしても、オールドカースル家は社界で爪弾きとなることは避けられまい。
生半可な罰ではダメだ。
「切り捨てるしかないか……」
リチャードをオールドカースル伯爵家から絶縁することで、リチャード自への罰にもなり、オールドカースル家も逃れられる。
それでも全く足りない。
伯爵位を返上し、子爵位へ落ちることで王家へ逆らう意思がないことを示さねば。
ベントリー伯爵家へは誠意を見せるために、謝料を払う必要がある。仕方がない。そちらは土地を売って何とか捻出するしかなさそうだ。
幸い、我が家にはまだ長男がいる。
爵位も落ち、貧乏になるが。
今回の件でオールドカースル伯爵は當主の座も手放すことにした。
優秀な長男に任せて妻と共に隠居しよう。
れた溜め息は重々しいものであった。
* * * * *
貴族用の牢として扱われている部屋へ連行され、アリンガム子爵は呆然と出り口に佇んでいた。
まだ、起こったことが信じられなかった。
フィリスが流した噂が王族を侮辱する容だったこと、それが王族の下まで屆いていたこと、爵位の剝奪や財産の沒収、國外追放。
そして最もしいと思っていた娘が実は自分のを引いていなかったこと。
合いが同じだから疑いもしなかった。
政略結婚でけれた妻と違い、したとの間の子だからと信じていたし、心の底からしていた。
いフィリスが嫌がったから魔師に多額の金を握らせて『の判別』をやったことにさせた。
まさかそれが今になって掘り起こされるとは。
あの『の判別』は法で定められたものだ。
それを破ったのだ。
噂の件だけでも爵位剝奪と國外追放である。
既に財産も沒収となっている以上、殘っているのはこののみだ。
貴族は筋を重要視するため『の判別』を偽るのは重罪に問われるだろう。
何故あんなことをしてしまったのか。
可いフィリスをしていただけなのに。
……私に下されるのは処刑か、毒杯か、いずれにせよ待っているのは死だ。
だが、それはある意味では救いのような気がした。
妻に騙され、する娘は実子でなく、実子だったはずのエディスには絶縁という形で見放された。
エディスは私達を助けてはくれないだろう。
長年母子共に放置した。妻がげていても無視していた。フィリスに実母の形見を奪われたから返してしいと言われた時にも私は取り合わなかった。
私達が先にエディスを捨てたのだ。
だから助けなどありえない。
先程までいた舞踏の間でも、私達が第二王子殿下に罪を暴かれている間、エディスは冷たい眼差しでこちらを見ていた。家族のの欠片もなさそうな表だった。
他人の子を騙されて大切に育て、実の子をげていたと社界では笑い者だろう。
それを聞くことは恐らく葉わない。
もう、何もかもがどうでもいい。
私は間違ったのだ。
妻と出會ったあの瞬間から破滅は始まっていた。
もう私に出來ることは何もない。
子爵はただ死を待つのみだった。
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