《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》獅子の呪い(2)

その言葉にショーン様と俺はハッとした。

今まで『呪い』は解くものだと思っていた。

そうすることでしか、かけられた効果を消すことは出來ない、そうするしかないと。

しかし、もしも解かなくてもいいとしたら?

「以前、殿下はフィリスに聲を縛る魔をかけましたよね? あの狀態で更に上から一定時間聲を縛る呪文を無効化する、もしくは聲を解放する魔をかけたらどうなっていたでしょうか」

「無効化する魔であれば指定した時間の間は聲が出せるようになり、解放する魔であれば恐らく先の魔法の効果が相殺されて聲が出るようになる。……かも? 呪いと言ってもあくまで持続の魔であるわけだし……」

今度はショーン様が黙り込んだ。

きっと今、あの頭の中で凄い勢いで魔式を組み上げて、それを試した場合の結果を予測しているに違いない。

その間、エディスが手に取ったクッキーを食べている。その橫顔は真剣だ。

數分考え込んでいたショーン様だったが、不意に顔を上げると満面の笑みを浮かべた。

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「うん、いけるかもしれない」

「ほ、本當ですか?」

その自信のこもった笑みに思わず聞き返してしまう。

ショーン様は一つ頷いた。

「呪いを全て無効化することは出來ない。獅子の呪いを完全に打ち消すには僕が五人いても足りないと思う」

「そうですか……」

「でも一時的に無効化するだけなら大丈夫じゃないかな。魔力の質の差を考えるとかなり短時間になっちゃうけど」

やはり完全には難しいか。

エディスがまた言った。

「一部だけにしたらいかがでしょう? 例えば外見だけ本來の姿に戻るだけで、他の呪いの影響はそのままにしておくというのは?」

「うーん、それなら多時間は稼げるけど」

そもそも魔を重ねがけしても、人間の魔力の方が不安定だから効き目が弱いんだよねとショーン様が零す。

それでもエディスは諦めなかった。

「ではライリー様が持つ獅子の魔力を使う魔を重ねがけしてはダメなのでしょうか? 魔をかけるのは殿下か他の魔師で、その魔に使われる魔力はライリー様の魔力にと設定したらいかがです? 呪いは獅子の魔獣がかけたものですから、ライリー様に引き継がれた魔力も質は同じかそれに近いのではないでしょうか?」

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「そうか! その手があったね!!」

勢いよく立ち上がった殿下が別のテーブルから大きな紙とペンを持ってきて床へ広げる。

そこに座り込み、インク壺を片手にガリガリと紙へ魔式を描き始めた。筆圧でペン先があっという間にダメになってしまいそうな勢いだ。

で護衛にあたっていた騎士達もチラと様子を窺っており、ショーン様の側仕えは新しいインク壺とペンを持って待機している。

そうして十五分ほどかけ、ペンを二本も潰し、ショーン様はその魔式を描き終えた。

立ち上がったショーン様が振り返る。

「どうする? 試しにやってみる?」

その目は期待に輝いている。

「どのような魔にされたのですか?」

「エディス嬢の言う通り、一時的に外見だけ本來の姿に戻るようにしたよ。変化を一つに絞れば使用される魔力もなくて負擔はかからないはず。人間の姿に戻るけれど、獅子の姿と同じで筋力やの頑丈さは変わらないと思う」

エディスの方を振り返れば彼はニコリと笑う。

「ライリー様のお好きになさってください」

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「……分かった」

は獅子の姿が好きなはずなのに止めなかった。

俺は一度深呼吸してショーン様へ近寄る。

「試します」

「そう言うと思ったよ。じゃあ紙の上に乗って。あ、破かないよう気を付けて」

「はい」

言われた通り、そっと魔式の描かれた紙の上へ立つ。

ショーン様が何故かエディスを手招く。

こそこそと何やら耳打ちすると、エディスが頷き、ショーン様が振り向く。

「いくよ」

「お願い致します」

ショーン様が俺へ向けて両手を突き出す。

足元の魔式がり出し、パチパチと小さなが弾け、の周囲を飛び回った。痛みはない。

唐突にショーン様が口を開いた。

「エディス嬢!」

「はい!」

大きく返事をしたエディスが飛び付いてくる。

驚く俺を余所に、エディスのらかなが鼻先にれるがした。

バチっと一際大きな音が鳴り、と共に中が心地の良い熱に包まれた。

* * * * *

眩しいと共に抱き著いているんだ気がした。

そっと閉じていた瞼を開ければ、視界に見慣れた金が飛び込んでくる。

失敗してしまったのかとしっかり目を開けば、濃い金の瞳が間近にあった。

それなりに日焼けしたに、線の太い顎、高くスッと通った鼻に切れ長の鋭い瞳は濃い金で、薄く形の良いで左頬には何か大きなに引っ掻かれたような傷跡がある。々威圧を覚えるものの悍な顔立ちだ。がっしりとしたは筋質で、抱き著いていても安心があった。

まじまじと目の前の人を見上げる。

「ライリー様?」

青年というかは丈夫ね。

以前ウィンターズ男爵家で見た、呪いをける前の若いライリー様を思い出す。當たり前だけれど似てる。

青年だった五年前に年齢と鋭さと威圧を足したら、確かにこう言うじになりそうだわ。

目の前の濃い金が細められる。

「ああ、俺だ」

近付いて來た顔に頬りをされる。

あ、絶対にライリー様だわ。

獅子の姿だとわたしに怪我をさせてしまいそうだとあまり手を使わず、よく鼻や頬をり寄せて來た。

その癖はそう簡単にはなくならないのだろう。

第二王子殿下が手を叩いて聲を上げた。

功だ! これは凄いぞ!!」

その聲に我へ返り、太い首に回していた腕を離す。

それに合わせてライリー様がわたしの腰を解放した。抱き著いた時に浮いていた足が床へ著く。

わたし達がを離すと第二王子殿下が近付き、忙しなくライリー様の手や目、腕や肩などを確認していく。

その間もわたしはライリー様から目が離せなかった。

人間に戻ったはずなのに、どことなく獅子の時と雰囲気が似ているというか、面影があるような気がするのは何故かしら。

そしてライリー様もジッとわたしを見つめている。

「ライリー、に違和はない? どこか痛いとか上手くかせないとか、魔力量の減り合はどう?」

「痛みはありません。し背がんだからか視界の高さの違いに多違和はありますが、大丈夫です。魔力も減りは微量です。強化をしている時よりもないかと」

「そっか、じゃあ本當に功したんだ。呪いを解かずに戻るなんてエディス嬢は面白いこと考えるよね」

殿下と會話している間も視線は離れない。

確認を終えて殿下が離れると、ライリー様の腕がびてきて抱き寄せられた。

がっしりした軀は包容力があり、拘束されているのではと勘違いしそうなほどにしっかりと抱き込まれている。

「どうしてキスを?」

肩口に顔を埋められ、耳を掠めた吐息にドキドキとが高鳴る。

獅子の時は若干唸りが混じっているようだった聲も今は通りが良く、低く艶のある男らしい聲がに響く。

顔が赤くなる自覚があった。

「その、ショーン殿下が『魔の展開と終了の條件は婚約者のキスだからやってみて』とおっしゃられたので……」

獅子のライリー様にキスするのは恥ずかしくない。

いえ、ドキドキはしますけど、キスする場所は鼻先かの生えた口元だからあまり恥ずかしさはない。

でも獅子の姿に戻る時は人間の姿のライリー様にキスするのよね。

やだ、想像するだけで照れてしまうわ。

「ショーン様、何故キスに?」

「子供の頃、そういう絵本あったなあって思って。する者の口付けで呪いが解ける話。他の條件でも良かったんだけど、日常的な作だとうっかり魔が展開したり終了しちゃったりするからね」

「それだと私達は気軽にキス出來ないのですが」

え、気になさるべきはそこなのかしら?

殿下は楽しげに笑った。

「大丈夫、同士が軽くれるだけのキス限定にしてるから。がっつり行く分には魔は展開されないから」

「なるほど、非常に助かります」

「でしょ?」

頷くライリー様に殿下がを張っている。

れるだけのキスで魔の展開と終了が決まる。

そしてがっつり行く分には大丈夫、ということは……。

思わず想像してしまって顔が熱くなる。

それって、つまり、そういうこと?!

「それじゃあエディス嬢、ライリーを獅子の姿に戻してみて」

悪戯っ子みたいにニヤニヤしながら殿下が言う。

戻すってことは、もう一度キスをしなければならないわけである。同士がくっつくキスだ。

ライリー様の期待のこもった眼差しに戸う。

わたしからしなくちゃいけないの?

え、この丈夫にわたしから?

「ん? どうした?」

し笑いの含んだ低い聲が問いかけてくる。

わたしが恥ずかしさでキスできないのを分かっているようだった。からかわれてる。意地悪だわ。

抱き締められたままの勢で、ライリー様はわたしの顔に自分の顔を近付けた。

キスはしやすくなったけれど距離がとんでもなく近い。お互いの吐息をじられそうなくらいに近い。

「ライリー様、目を閉じてくださいまし」

そうお願いをすれば素直に瞼が閉じられる。

ええい、これは実験、そう実験なのよ!

顔を寄せて、薄いに自分のそれをそっと重ね合わせる。ライリー様のしカサついて、わたしよりも大きい。

一瞬のの後、パッとが弾け、パチパチパチっとそれがライリー様の周りを駆け上がった。

同時に顔にモフモフと鬣がれる。

顔を離して見上げれば、見慣れた獅子のお顔がそこにあった。

ああ、モフモフが癒されるわ。

「うん、こっちも問題ないみたいだね」

「はい、痛みも違和もありません。それに類も」

「魔を行使する度に破けたり著替えたりすると面倒だからね、服の方もに合うようにしておいたよ」

「お気遣いありがとうございます」

あら、そういえばそうね。

って結構萬能なのかしら。

それにしても人間姿のライリー様はダメね。

格好良くて、雄々しくて、真面目そうな、でもちょっと威圧のある丈夫なんてドキドキしてしまうわ。

「まあ、功したけど普段は獅子の姿でいてもらうことになるかなあ。元の姿のままだと他國に英雄が弱くなったって勘違いされそうだし、國民のためにも獅子の英雄は必要だしね」

せっかく本來の姿に戻れるのにそうなるのね。

獅子姿の英雄は自國、他國ともに知れ渡っている。他國は場合によっては自國で対処出來ない魔獣が出た際に英雄を派遣してもらうため、この國には攻め込まないし、自國民も英雄がいるから魔獣が出ても落ち著いていられるのだ。

突然英雄の姿が人間に戻ったら、弱くなったと勘違いされる可能が高い。

國としても英雄の存在は手放せない。

だから基本的にライリー様には今の獅子のお姿でいてもらわなければならない、ということね。

安心したような、殘念なような、微妙な気持ちだわ。

「はい、分かっております」

ライリー様は心得た様子で頷いた。

 「あ、でも公表した後なら夜會とかデートとかで人間の姿に戻るくらいならいいよ」

ライリー様が嬉しそうに小さく唸る。

「それは良かった。この姿だとエディスと外出しても人目があって落ち著けなかったので助かります」

「だろうね〜。まあ、程々にね」

「はい、気を付けます」

人間姿のライリー様と夜會?

しかもデートですって?!

う、嬉しいけど恥ずかしいわ!!

あわあわするわたしを余所に殿下がニコリと笑う。

「エディス嬢はライリーの人の姿も好みなんだね」

そ、そうかもしれないわ……。

でも人間姿のライリー様と一緒にいて心臓が持つかしら。そのうち気絶しそうだわ。

あとキスがし難くなったのも殘念ね。

お見送りとお出迎えのキスは頬にしましょう。

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