《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》始まりの合図【続編】
婚約発表からもうすぐ三ヶ月が経つ。
ライリー様経由でショーン殿下に呼ばれ、わたしはまた登城することとなった。
子爵家にいた頃は夜會以外で城にったことはほぼなかったので、ライリー様と婚約してからは驚くほど頻繁に城へ出向いている気がする。
今まで通りショーン様の宮へライリー様と共に行けば、やはり今まで通り、すぐに案された。
「やあ、いつも急に呼び出してごめんね」
部屋にるとショーン殿下が聲をかけてくださった。
片手を上げてひらひらと振るという、王子らしくない気軽さで挨拶をされて二人で禮を取る。
「いえ、お気になさらないでください」
ショーン殿下に呼び出されるのは、大抵ライリー様関連のことだもの。
手でソファーを勧められて二人並んで腰掛ける。
「それで、今日はどのような用件でしょうか?」
殿下の近侍が用意してくれた紅茶に、お禮を述べてから口をつける。
テーブルには殿下のお好きなオレンジジャムを挾んだクッキーが並んでいた。
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そのうちの一つを取った殿下が、まるで寶石でも眺めるかのようにクッキーを裏表にかして検分する。
「そろそろね、ライリーが人の姿になれるようになったことを公表しようと思うんだ」
なるほど、その件で呼ばれたのね。
ライリー様を見れば頷き返される。
「そうなのですね。いつまでも隠している理由もございませんし、よろしいのではないでしょうか」
今は人目のないお屋敷の中くらいでしか、ライリー様を人の姿へ戻すことが出來ない。
でもそろそろ公表して、人のお姿も認識してもらえれば、今後二人で外へ出ることも可能になるわ。
「うん、それで今度の王家主催の夜會でお披目しようかって話になったんだ」
「的にはどのようにするのでしょう?」
「皆の前で戻してもらいたいなあ。ほら、始めから人の姿だと本當にライリーなのか疑う者も出て來るかもしれないからね」
「そうですか……」
つまり大勢の前でライリー様とキスをしろと。
だからわたしを呼んで直接聞くことにしたようだ。
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頬へのキスならばともかく、口へのキスとなると、普通はあまり人目のある場所ではしないものだ。
それをあえて大勢の前でせよと言うのは、淑に対してかなり際どいお願いである。
……と言いますか、いつまでクッキーを眺めていらっしゃるんでしょうね。食べる気があるのかしら。
「承りましたわ」
殿下の目がやっとクッキーから離れる。
「え? いいの?」
まるでわたしに斷られること前提で話していたような反応に、わたしは目を瞬かせてしまった。
いいも何もショーン殿下の話を聞く限り、ライリー様のお披目は王家の総意だろうし、もう決定事項だとじ取れた。
それにライリー様が人の姿に戻れるようになってからは、お見送りとお出迎えのキスは毎日口にしている。
つまり、使用人達の前でもしてるのよね。
「人前だよ? 大丈夫?」
その人數が増えるだけだと思えば多分大丈夫。
「まあ、いざとなったライリー様以外はカブと思ってしますのでお気遣いなく」
「ぶふっ! カブっ? あの野菜の?」
ショーン殿下が吹き出した。
前から思っていたけれど、殿下ってすぐに笑うわよね。別にそこまで変なことは言っていないはずだが。
「ええ、そのカブですね」
肯定すると紅い瞳がおかしそうに細められる。
「僕達王族もいるのに?」
「失禮しました、ライリー様と王家の方々以外をカブと思います。それかキャベツでもよろしいですわね」
今度こそショーン殿下が笑い出した。
笑い聲に所々「キャベツ……」「や、野菜なんだ……?」と混じっているが、ほぼ笑いのせいで言葉になっていない。
ちょっと苦しそうなのだけれど平気かしら?
「エディス、本當にいいのか? 人前だぞ?」
心配そうにライリー様に問われて首を傾げる。
「あら、お屋敷でも使用人の皆さんにもう何度も見られておりますのよ? 今更ではありませんこと?」
「う、それは、そうだが……」
「わたしはライリー様のためでしたら、何だってするつもりですもの」
口ごもるライリー様に堂々とを張ってみせる。
そもそも、いずれはそうなると薄々分かっていた。
ショーン殿下やライリー様がわたしのことを慮ってくださっているのは嬉しいわ。
でもお二人の言葉に甘えて出來ることをしないまま、楽な方にばかり逃げているのはダメよ。
ライリー様の婚約者としての責務をしでも果たしたい。
「そっかあ、けてもらえて良かった〜。どうやって説得しようか考えてたんだけどね」
ようやく、ショーン殿下がクッキーを食べる。
好きな味のものだからか、とても味しそうだ。
「第一、王家の総意でしょう。伯爵家の娘に過ぎないわたしが斷る理由がございません」
「あー……、そう取ったんだね。確かにそうだけど、一応君は斷ることも出來たんだよ? 淑にさせるにはちょっとアレだし」
確かに、この國で言われる淑の中には慎み深さもあり、人前で異との過度なれ合いはあまり淑らしくないとされている。
以前のわたしだったら違った反応をしたかもしれない。
だけど記憶を取り戻した時にわたしは変わった。
前のわたしの記憶もあり、恐らく他の貴族に比べたら恥心や忌避はないと思う。
「うふふ、心配はいりませんわ。わたし、元より淑らしさはあまりございませんもの」
本當に淑であったなら、ライリー様にあんなにグイグイいくことなんてないわ。
もしも理想の淑であったとしたら、素敵な男を見つけてもすぐにダンスにはわずに挨拶だけ済ませてから後日お手紙を書いたり、次の夜會でそれとなくってもらえるように話しかけたりするくらいよ。
話しかけて、すぐにダンスにって、その直後に結婚を迫るなんて淑は絶対にしないことね。
わたしの格を思い出したのか、殿下が「そうだった」と小さく笑いを噛み殺す。
「そういえば最初からちょっと他の令嬢達とは違うじだったね。ライリーに迫ったり、ライリーについて語り出したり、々あったよね」
じゃあ心配ないかな、という呟きに微笑み返す。
それからふと疑問が湧いた。
「魔のことも説明するのですか?」
ライリー様が戻った理由や方法は誰もが気になることだろう。
ショーン殿下はもう一枚クッキーを摘むと、今度はそのまま口へれた。
「……いや、あれは々と問題があるから伏せるよ。多分、あれが知られたら魔の幅は広がるけど、同時に魔の危険も増すから」
そうよね。ずっと解けないと思ってた呪いが、解けはしないけれど、ある程度無効化出來ちゃうんだものね。
他にも々と応用出來るでしょう。
それが必ずしも良いものばかりではない。
むしろ、そういうものほど悪用されやすい。
その責任までわたし達は取れないわ。
「ですが絶対に聞かれると思うのですが……」
「そこはし合う二人の奇跡が〜的な言い方をすればいいんだよ。王族が伏せたがっているって察していれば質問して來ないし、もししてくるようなのがいたら適當に誤魔化せばいいよ。でも後で教えてね」
「分かりました」
教えた後、その人達がどうなるのか気になったが聞かない方がいいだろう。
まあ、王家があえて伏せているのに、それをわざわざ掘り下げて突っ込んでくるなんて馬鹿よね。
そんなことをすれば王家に煙たがられるわ。
一瞬、生家や元婚約者が頭を過ったけれど、あんなのがまだいるとは考えたくない。
あれだけ盛大にやったので、さすがに今は何もないはずだ。貴族達も敏になっていると思う。
ライリー様が鼻先を寄せて來る。
「すまない。君の評価に傷がつかないよう、出來うる限りのことはする」
その頬をでて首を振った。
「いいんですのよ。わたしはライリー様以外と結婚するつもりもありませんし」
淑が人前で異と過度なれ合いをしないもう一つの理由が『貞淑さ』だ。
例えば、が二人いたとしよう。
家柄、容姿のしさ、格、能力がほぼ同じだったとする。
そうなると次の決め手は貞淑かどうかだ。
片方は親族以外の男とダンスも踴ったことがなく、當然だがもしたことがない。
片方は男とダンスもしたことがあり、もして、過去に良い仲の男もいた。
貴族の男が選ぶのは前者のだ。
そして婚約を破棄されたは対象から外される。
その理由が男側にあっても、婚約を続けるほどの魅力がない、婚約者を繋ぎ留めることも出來ない、何か側にも非があるのではないかと勘ぐられてしまう。
そう考えると貴族社會って男尊卑よね。
男側はそういう遊びや人を持てるのに、側には貞淑さや純潔を求められる。
も葉もない噂であっても場合によっては醜聞となってしまう。
だから人前での過度なれ合いはない。
人目のある場所でキスなどしようものなら、その噂はあっという間に広がって、そのは持ちが悪いとまで言われてしまう可能もある。
「ああ、俺もそうだ」
「でしたら構いませんわ」
すぐに返事をしたライリー様の頬にキスをする。
人前でも解、ということにしましょう。
ショーン殿下は自分の膝の上で頬杖をつきながら、クッキーをかじり、ニコニコしている。
「やっぱり婚約者同士、仲が良いのは大事だよねえ」
橫から近侍に咎められても、どこ吹く風だ。
「僕もそういうのしようかなあ」
そういうのって、このれ合いのこと?
お茶會で會ったフローレンス様を思い出して、それはちょっとどうかと考える。
話はお好きなようでしたけど、だからといって自分もそんな風になりたいとは一言もおっしゃらなかったのよね。
単に『話が好き』ってじだったわ。
ショーン殿下とフローレンス様の仲がよろしいらしい、というのは噂で聞いておりますし、フローレンス様からのお手紙でも時々殿下のお名前が出てくるので仲が良いのは分かっているが。
「フローレンス様にですか? まずはお二人で話し合ってからにした方がよろしいのではありませんか?」
「君達は話し合ったの?」
「いえ、わたしの方から積極的にイチャイチャしているだけですわね」
だって獅子のライリー様ってモフモフで、格好良くて、紳士的で、でも時々お可らしくて素敵なんだもの。
逆に人間の姿のライリー様だと、わたしの恥心が強くて押されてしまうのよね。しかもたまに意地悪なんですもの。
でもそういうところも好きだわ。
意地悪な時ってドキドキしちゃうのよね。
結局、獅子でも人でもライリー様にれたくなってしまう。好きな人とのれ合いって安心するのよ。
「何それ羨ましい〜。僕もフローラともっとイチャイチャしたいし、もっとんな顔が見てみたい!」
何だか子供みたいね。
ライリー様が苦笑しているので、こういうことはわりとあるのかもしれない。
「それを素直におっしゃってみたらいかがですか?」
「言ったら嫌がられない?」
ライリー様の提案に眉を下げている。
好きだから、嫌われるのが怖いのかしら。
てっきりわたし達に接するのと同じようなじでフローレンス様にも遠慮なく接してるのかと思っていたが、違うのかもしれない。
「どうしてもとおっしゃられるのであれば、まずは殿下からをお示しになられてみてはいかがでしょう?」
「? 例えば?」
「わたしのように常に相手へ好意を見せるのです。日々の言葉や態度からをじられれば、フローレンス様のお気持ちも更に殿下へ傾き、お二人の距離も近付くのでは?」
「んー、そういえばフローラに好きだって言ったことはないかも。次に會った時にはきちんと伝えてみる」
今度フローレンス様に、それとなく殿下とはどうですかと手紙でお聞きしておこう。
間諜みたいでフローレンス様には申し訳ないものの、こっそりその反応を殿下にお伝えして、フローレンス様への対応の參考にしていただきましょう。
今でも十分仲が良いのだから、あまりそういうのは必要ない気もする。
まあ、他の人のややっているものの方が良く見えるというのはよくあることですものね。
「話が逸れたけど、とりあえず次の夜會でやるから。エディス嬢は覚悟を決めておいてね」
話が戻ってきたので頷き返した。
「はい、努力致します」
人前でキスをするんですもの。ライリー様には責任を持って、わたしと結婚していただかなくてはいけないわ。
あら、そう考えると意外と悪くないわね。
王家主催の夜會が楽しみだわ。
ライリー様に寄りかかりながら、心でそう思っていたのはである。
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