《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》休日の過ごし方(2)

「これで分かっただろ?」

耳元で囁かれ、何度も頷く。

ええ、とっても分かりましたわ! くすぐったいし、落ち著かないし、ドキドキするしでこのままだと心臓が持たないもの!!

「分かりました、分かりましたから、もうやめてくださいませ……!」

もはや懇願に近かったと思う。

わたしの言葉にライリー様があっさり手と顔を離し、宥めるように髪をゆっくりとでた。

「今後、勝手に耳と尾にらないように」

「……申し訳ありません……」

どうやら怒ってはいないみたいだが、さすがに反省した。自分がされて嫌なことはダメよね。

びして、謝罪の意味を込めたキスをライリー様の頬にすると眩しい笑顔が返される。

獅子の時も人間の時も格好良い。

それにわたしに対してあまり怒らないのよね。

何だか甘やかされている気がするわ。

「そろそろ晝食の時間だな」

スッと差し出されたにもキスを一つ。

先程と同様にが弾けて、獅子の姿へ戻った。

「人のお姿でなくてよろしいのですか?」

「人の姿でのデートはまた今度。次は外出して味しいものでも食べに行こう。その方が楽しみが増えるだろう?」

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「まあ、それも素敵だわ!」

どちらもライリー様だけれど、二人のライリー様と別々にデートしてるみたいで楽しそう。

じゃあ今日は獅子のライリー様とのデートね。

腰を引き寄せていた腕が緩んだのでを離せば、ライリー様が本をテーブルに置いて立ち上がった。

ドレスの皺をばしていると手が差し出される。

「食堂へ一緒に行こう」

「はい」

それへ手を重ねて立ち上がる。

本と刺繍道は置きっ放しでいい。

だって午後ものんびり過ごすつもりですもの。

居間を出て、ゆったりと食堂へ向かう。

食堂へ著くとオーウェルだけでなくリタやユナももう來ていた。

一瞬、遅かったかしらと心配になったが、時計を確認すると普段通りの時間だったので心ホッとした。

あまり遅くなって、そのせいで使用人達の食事の時間がズレてしまったら申し訳ないもの。決まった時間に食べる方がお互いのためにもいいと思う。

ライリー様はわたしをいつもの席までエスコートしてくれて、座る時も椅子をかして座りやすくしてくれた。

それからライリー様も席に著く。

ライリー様はオーウェルが、わたしはリタが給仕をしてくれる。リタがいない時はユナがしてくれることもあったっけ。

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食事が配膳されると手を組んでお祈りをする。

それから食事が始まるのだ。

食事容はほぼ同じだ。ただライリー様はおが多く、わたしは野菜や果が多い、とし違いはある。あとわたしの方が量がない。

それでも食べ終わるのは同じくらいなのよね。

飾り切りされたハムをナイフで分け、フォークで刺して一口食べる。

……あら、このハム味しいわ。

味いだろう?」

ライリー様の問いに頷き返す。

「ええ、とっても。あまり塩気も強くなく、脂も多くないので食べやすいです」

「エディスは食だからしでも沢山食べられるように、尚且つ俺も満足出來るようなものをと、料理長が店まで行って選んできたらしい」

「それはお禮を言わなくてはいけませんわね。こんな味しいものを見つけて來てくれたのだもの」

生家での暮らしのせいか、わたしは相変わらず食が細い。

ドレスのコルセットのせいも多はある。

それでも食事量はなかなか増えなくて周りに心配をかけてしまうし、自分でももうちょっと健康的になりたいと思う。

その、將來的にライリー様と結婚するのだから、今の細いままでは子をせるか不安もあった。

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誰もそのことにはれないが心配だった。

生家では月のものは不定期だったし、たまに來ない月もあって、今もズレることが多い。

このままでは子をし難いかもしれない。

そういうこともあって、食事は出來る限り多く摂るのを心がけている。

料理長も食事量のなさを気にしてくれていたらしい。時々料理の想を聞かれるのは、そういうことだろう。

「料理長にそう伝えておきましょう。他に何か言付けはございますか?」

オーウェルが穏やかに微笑んだ。

それにし考える。

「そうね。……今まで食べたの中であなたの料理が一番味しくて好きよ。いつも食事を作ってくれてありがとう、と伝えてほしいの」

「かしこまりました」

ニコリと笑うオーウェルは嬉しそうだ。

お世辭でも冗談でもなく、このお屋敷で口にれたものはどれも文句なしに味しかった。

味付けの濃いものもあったが、決して不味いということではなく、ライリー様の好みでそうなっていただけで、わたしが薄味やさっぱりしたものを好むと知ってからは濃い味付けは出なくなった。

お菓子や軽食も味しいのよねえ。

おかげでちょっと太ったもの。

ドレスは多サイズを調整出來るから、健康的な型になるまで重のことはあまり気にしないことにしている。

食事を終えて、また居間へ移する。

ライリー様は本當に一日付き合ってくれるらしい。

居間へ行く前に、遠回りをしてギャラリーを見ていくことにした。

ギャラリーにはライリー様が討伐した魔獣の姿絵や角や爪などの一部が飾られていた。見たところ大型のものや珍しいものだけを飾っている風だった。

普段よく討伐する魔獣は飾っていない。

その中には獅子の魔獣の姿絵もあった。

それだけは他のものより重厚な枠に納められており、ライリー様は複雑にり混じった目でそれを眺めていた。

「どのくらいの大きさでしたの?」

ジッと見つめているライリー様に聞いてみる。

そのつぶらな瞳が細められた。

「シルバーウルフよりも大きかった。……そうだな、食堂のテーブルくらいはあったと思う」

「そんなに?」

食堂のテーブルは恐らく長さが二メートル以上はある。それくらいというと、かなり大型にじられる。

「ああ。それにとても強かった。爪も牙も鋭く、力があって、魔力も多い。強化をされると剣が通らないほどだった。おまけに魔で炎を吐いてきた」

當時のことを思い出しているのか目を細めており、グルルと唸った聲は普段よりも低かった。

きっとわたしが想像しているよりもずっと強く、恐ろしい魔獣だったのだろう。

呪いも強力なものだと言うし、魔力だってかなりあったのが想像出來る。

「心の弱い者や若い騎士は咆哮だけで腰を抜かしてしまった。俺もギリギリ耐えたが心では恐ろしかった。だが仲間を何人も殺されて、俺も皆も、この魔獣を王都に近付けてはいけないと必死で戦った」

その瞳が悲しげに伏せられ、思わず大きなに寄り添った。

ライリー様はふっと目元を和ませると「大丈夫だ」と言って獅子の絵姿を見る。

「俺も剣を手に立ち向かった。けれど獅子の方が強く、剣を折られて、俺はに噛み付かれた」

その場面を想像してゾッとした。

二メートルを超える獅子の魔獣が、ウィンターズ男爵家に飾られていたあの青年に大口を開けて噛み付いたところはとても恐ろしい。

ライリー様も死を意識したはずだ。

そんな大きな獅子の牙だ、痛みも相當酷かったに違いない。

「俺はもう助からないと思った。どうせ死ぬなら、せめて一撃でもいいから反撃がしたかった。……偶然だ。本當に偶然、先に殺された仲間の剣が噛み付かれていない方の腕にれた。それを摑んで、獅子の開いた口に突き刺したのは本能的な行だった」

死にたくなかったのかもしれない、と呟きがれる。

それはそうだ。騎士は死ぬためにいるわけではない。を張って國を、王家を、國民を守っているが、だからと言って騎士達の命は軽いものではない。

「口の中に剣が刺さると獅子は慌てて離れようとした。俺はわざとを摑んで離れられないようにして、開いた口に下から剣を全力で突き刺した」

まみれのライリー様が獅子の魔獣に剣を突き刺す。どちらも必死の抵抗をしただろう。

「俺の意識があったのはそこまでだ」

ライリー様が自分の手を見下ろした。

黃金並みと黒みがかったい皮の掌、鋭く細い黒い爪がある。

「次に目が覚めるとこの姿になっていたんだ」

その手にわたしは自分の手を重ねる。

すると緩く握り返される。

「俺を治療してくれた魔師の話によると、獅子が死ぬ直前に殘っていた魔力を全て使って俺に呪いをかけたそうだ。本來なら獅子の魔獣とそっくりになっていたはずが、どういうわけか中途半端に人の姿を保っているという。……正直、死にたくなったよ」

死を覚悟して剣を振るった。

そして目を覚ましたらその魔獣によく似た、けれどそれとは異なり、しかし人間でもない姿になっていたとしたら、どんな気持ちかしら。

驚き、怒り、嘆き、恐怖したのは當然だと思う。

殺されると思った獅子の魔獣と同じ姿になって、鏡を見る度に恐ろしい姿が目に映り、人々からは恐れられる。

もしかしたら仲間の騎士からも怯えられたかもしれない。守ったはずの國民から恐怖の眼差しで見られることは、騎士にとって辛かったはずだ。

「すぐに死のうとした。しかしこのは頑丈で、首を括ってみても、剣を突き刺してみても、毒草を食べてみても、苦しいばかりで全く死ねる気配がない。魔師はもうこれ以上変化はないと教えてくれたが、眠ると獅子の魔獣になって仲間や國民を食い殺す夢ばかり見て、夜もあまり眠れなかった」

きっと五年前のライリー様は荒れただろう。

もしもわたしが出會ったのが今のライリー様ではなく、五年前のライリー様であったなら、れてもらえなかったかもしれない。

「陛下はそんな化けを人として扱ってくださった。こんな死に損ないを英雄だと讃えてくださった。陛下が懐の広い方でなければ、今度は俺が仲間の手によって殺されていたかもしれない」

否定することは出來なかった。

人間は自分と違うものを恐れたり嫌ったりする。

前のわたしの記憶にはそれがあった。

人種、、病気、障害、他にも々な理由で人は簡単に他者を迫害したり貶めたりする。

「王族の方々は俺に対して他の者と分け隔てなく接してくださった。ショーン様も、よくお聲をかけてくださったし、無遠慮な質問もよくされた」

それを思い出したのかライリー様のかった気配がふっと和らいだ。

今と変わらない、あの飄々とした態度できっと話しかけられていたのね。

きっと、當時のライリー様にとって、そういう何気ないことが嬉しかったでしょう。全ての人間に、仕える主人達に嫌われていないとじられたから、今もまだここにいてくださっているのかもしれない。

「やはりそのお姿はお嫌いですか?」

わたしの質問にライリー様は苦笑した。

口角が引き上げられて、牙がチラと見えた。

「そうだな、一生好きにはなれないだろうな」

ライリー様の目が獅子の絵姿から逸らされる。

けれどわたしへ視線が向けられた。

獅子の魔獣はわたしも怖いわ。

でもライリー様は怖くない。

その瞳には理が宿っていて、普段の何気ない仕草や行からも周囲への気遣いが伺えて、自分よりも小さくて弱いわたしが傷付かないように爪を整えてくれていることを知っているから。

「好きになるのは難しいが、最近は昔ほど嫌いではなくなったし、良いと思えることもある」

「例えば?」

「魔獣討伐で仲間を守れることが増えた。重いも持ち上げられるようになった。覚が鋭くなって危険が分かるようになった。足が速くなった。力も増えた。外見に捉われずに中を見てくれる人と出會えるようになった。あとペーパーナイフがなくても手紙の封を切れる」

「ふふ、それは確かに便利ですわね」

最後のおどけた言葉に笑ってしまう。

黒い爪を用に使って手紙の封を開けるなんて、とても平和的な利用法だった。

オーウェルは渋い顔をしたかもね。

「何より、今はエディスが傍にいてくれる」

屈んだライリー様が顔をり寄せてくる。

「たとえれてくれる人がいても、どこかで『本心では怖がられているかも』と不安だった。でも君は一目會った瞬間俺を『素敵』だと言ってくれた」

「……そうでしたかしら?」

「ああ、俺を真っ直ぐに見つめてそう言った。躊躇いなく近付いて、話しかけてくれて、ダンスにもわれて、結婚まで迫られた」

改めて聞いてみると全く淑らしくないわね。

あの時は理想の男を逃したくなくて必死だったし、婚約を一方的に破棄されて苛立っていたし、記憶が戻った直後でかなり気分が高揚していたから。

寄せられた顔をでればモフモフの並みが心地良い。

「最も驚いたのは、君からは嫌悪や恐怖というが一切じられなかったことだ」

「そういうはありませんもの」

「そう。それどころか世界一の男を前にしてるのかと勘違いしそうなほど、俺をうっとりと見ていた」

「あら」

そんなに分かりやすかったかしら?

……分かりやすかったわね。

「だって一目惚れしてしまったんですもの。放っておいたら他の方に取られてしまうかも、と思ったら我慢出來なくて……」

思い返すとちょっと恥ずかしいわ。

第二王子殿下にまで熱弁してしまいましたもの。

でも前言撤回はしませんわ。

あれはわたしにとっての事実ですから。

「分かってる。俺を見つめる瞳はいつも輝いていて、君は好意を隠そうともしなくて、俺がいるだけでいつだって幸せそうに笑ってくれる」

ライリー様の頬にれているわたしの手の上に、並みのある大きな手が重ねられる。

「エディスが喜んでくれているなら、この姿もそう悪いものでもないんじゃないかと思えるようになった」

君はよく抱き締めてくれるし、とライリー様が楽しげに笑った。

わたしがライリー様の並みをモフモフしたくて抱き著いていることは、気付かれていたらしい。

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