《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》手紙
* * * * *
人の姿に戻れることが公表されて以降、様々な手紙が屆くようになった。
魔獣討伐に対する謝狀などは元々それなりにあったのだが、それまで関わりのなかった貴族達からの時季の挨拶を名目とした手紙が一気に増えたのだ。
殆どの文面は時季の挨拶と人へ戻れるようになったことへの祝福、そこから、自の家の夜會や茶會に是非來てしいと骨に縁を繋ごうとするものや、今度夜會で出會った時に英雄譚を聞けたら嬉しいという控えめなものまである。
全的に見て、爵位の低い家の手紙は骨なものが多く、爵位の高い家からの手紙は控えめなものが多い。
その辺りは爵位による余裕の差かもしれない。
「旦那様、今日屆きました手紙でございます」
オーウェルが他の者と共に運んでくる。
銀盆の上に大量の手紙が重ねられていた。
機に置かれていくそれらは山をし、正直に言って、全てを開封して中を確認し、返事を書かなければと思うとかなり憂鬱な気分になる。
公表した翌日に比べれば減ったが、それでも大変な量に変わりはない。
エディスの方も俺よりかはないそうだが、今までよりも増えたと俺と同じく困った顔をしていた。
だがエディスの方に、たまに高位貴族の男から贈り付きで手紙が屆くこともあった。
そのことを彼は隠すことなく俺に相談してきた。
俺としてはけ取ってしくないし、そのような下心丸出しの異が彼に近寄るのは非常に不愉快だ。
その気持ちを伝えると彼は嬉しそうに笑って「全てお斷りいたしますわ」と言った。
そして、実際に彼は男からの手紙を全て斷り、相手の面のために贈りはけ取るが、れることもなく侍に指示して売り払っていた。その旨も手紙に記してあるという。
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売り払って得た金は貯めているらしい。
一度それをどうするのか聞いた時、彼はこう答えた。
「ある程度の額になりましたら王家へ納めようと思っております」
曰く、見知らぬ男より贈られたは気味が悪いので使わないし、それで得たお金を手元に置きたくない。
かと言ってその金で何かを買っても、やはり気分は良くないし、買ったに著が持てない。
それならば國に納めることで有益に使ってもらおうということだった。
確かに婚約したばかりのが他の男から貢がれているというのは貴族としても々問題だ。
だが、相手の面のためにけ取るが贈られた品は換金して國へ納めて有益使ってもらう、と相手へ斷りの手紙も送った上でそのようにするのは良い手かもしれない。
手元に殘しておけば良くない噂が立つ可能もあるが、率先して手放すことで金品によって彼をかすことは出來ないという証明にもなるし、彼の心証も良くなるし、王家へ納めるならば國のためになるので相手の文句もないだろう。
おまけに王家からは國のために己の財産を納める良き忠臣と見られる。いずれ英雄の妻となる者として國に盡くしているとけ取ることも出來る。
上手いこと考えたものだ。
俺の場合は夜會や茶會、狩猟會などはほぼ斷っている。
近衛騎士の仕事だけでなく、いつ現れるか分からない魔獣討伐も擔っているため、確実に出席出來るとは言えないのだ。
魔獣討伐の任が下されれば、夜會や茶會の約束は當然だが守れなくなる。
まあ、本音を言えば行きたくないので魔獣討伐を理由に斷っているのである。
大抵の貴族はそれで察してくれる。
だが、中にはそうでない者もいる。
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「はあ……。またこの家か」
見覚えのある差出人に溜め息がれる。
とある公爵家からの手紙である。
ただし、差出人は公爵家當主ではなく、その家の三男坊からのものだ。
自分も騎士を目指しており、英雄と呼ばれるライリー=ウィンターズには昔から憧れていたので、是非剣の指導を教授願いたいという容だ。
毎回、便箋三、四枚にびっちりといかに自分が俺を慕っているか、憧れているか、目指しているかを熱く語ってくれている。
一度目は魔獣討伐を盾に斷った。
そうしたら一度でもいいからと返ってきた。
二度目は俺は男爵家出で家格が低いので、公爵家の方に教えられるような綺麗な剣ではないと斷った。
だが、実戦向きの戦いを覚えたいと返ってきた。
三度目は近衛騎士の仕事があるからと斷った。
すると休日で良いのでと返ってきた。
……何故貴重な休日を會ったこともない男のために使わなくてはならないのか。
近衛騎士の休日はない。それに帰りが遅くなることも結構多い。だから休みの日は出來る限りエディスと一緒にいたいのだ。
大切な婚約者との時間を削ってまで行く気はない。
大、剣の腕で名の知れた者は俺以外にもいる。いきなり英雄の俺に聲をかけるよりも、そちらへ指南依頼をした方がいいだろう。
剣の腕に自信がある者の中には、貴族の令息への指南役を仕事としていることも多い。
彼らをすっ飛ばして俺に聲をかけるな。
そもそも俺は獅子の呪いのおかげもあってこの強さを維持出來ているのであって、人間相手に教えられることなど殆どない。
四度目にそのことを書いて斷った。
そうして今、また手紙が屆いている。
三度目の手紙への返事を書いた時に、その父親である公爵にも手紙を送ったところ、即座に謝罪の手紙が返ってきた。
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その文面は大層恐したもので、何度も謝罪をした上で息子を説得するとも書かれていた。
けれども、この手紙が屆いているということは、三男坊の方は父親の言葉を聞き流しているのだろうな。
公爵家は英雄とを起こしたくないはずだ。
いざ強い魔獣が自領に現れた時、英雄を頼りたくとも、斷られてしまうかもしれないからだ。
王命であれば英雄は國のどこへでも行く。
けれど、王命で討伐を任じられた魔獣以外のものまで討伐してくれるかどうかは別の話である。
命じられた魔獣さえ討伐すれば、他の魔獣まで倒す必要はない。
英雄に好かれていれば、他の魔獣も討伐してくれる可能が高くなる。
逆に英雄に嫌われていたら、他の魔獣は放置されたまま帰ってしまうかもしれない。
その場合、殘りの魔獣は自領で討伐するしかない。
魔獣討伐を生業とする者達もいるが、領主の持つ兵力が主になる。それで倒せればまだいい。
倒せなかった場合、自領の被害が増える。
俺としては魔獣討伐を任じられた以上は、被害をもたらすであろう魔獣を全て討伐する腹積もりで毎回向かっている。
だが、全ての人間がそうではない。
そういうことまで考えなくてはならない公爵にとって、英雄に迷をかける三男坊は頭痛の種になりつつあるだろう。
中を見たくないが、仕方なく封を切る。
便箋を取り出して文面へ目を通した。
「…………は?」
そこに書かれていた容に目を疑った。
何度も読み返してみても、そこに書かれている容は當たり前だが変わることはない。
容は要約するとこのようなものだった。
何度も英雄の手を煩わせてしまい申し訳ない。父にも叱責されて気付いた。自分は教えてもらう立場なのだから、剣の指南をしてもらうためには自分が向かうべきであった。だから後日あなたの屋敷へ伺うことにした。
まあ、大そんなじだった。
……何で勝手に來ると決めている?
俺からの指南は諦めろと父親に言われたはずだ。
それをどこをどう解釈したら、そうなる?
しかも手紙に書いてある日付は明日、俺は近衛騎士として登城し、ショーン殿下の宮で働いている日だ。
突然屋敷に來られても俺はいない。
それどころか屋敷にはエディスしかいない。
いや、使用人達がいるから一人というわけではないが、若いしかいない屋敷に若い男が訪ねて來るというのは非常にまずい。
下手をすればエディスの不貞を疑われかねない。
確か公爵家の三男坊はまだ十七歳だ。
既に社界デビューもしている年齢だ。
子供ではない。
突撃して來られたらエディスの評判に傷が付く。
「そんなことは許さん」
まずは公爵宛に手紙を書く。
三男坊がまた手紙を寄越してきたこと、その手紙の容、來られないように止めてもらいたいといった旨を書いた。
インクが乾いたらすぐに封筒にれ、封蝋をし、申し訳ないが完全に乾き切る前に手紙を公爵家へ直々に急いで持って行ってもらうことにした。
後で手紙を運ぶ小姓に特別手當を出そう。
「エディスの方にも伝えておくか」
公爵は一度三男坊を止め切れなかった。
もし、また止められなければ三男坊がこの屋敷へやって來てしまう。
その時にエディスが何も知らなければ混してしまうだろうし、うっかり招きれてしまえば噂が立った時に否定の仕様がなくなる。
話の通じない人間というのは意外といるものだな。
エディスの生家や元婚約者達が一瞬頭を過る。
とりあえず、急いでエディスのところへ行こう。
オーウェルに手紙の開封を任せて、席を立った。
* * * * *
自室でわたし宛に屆いた手紙の確認をしていると、扉が叩かれる。
どうぞと聲をかければユナが現れた。
「旦那様がお見えになりました」
「まあ、ライリー様が?」
すぐに持っていたペンを置き、掌と甲、そしてドレスを確認し、立ち上がって壁にかけられた鏡の前に立つ。
……よし、顔にもインクはついてないわね。
ドレスの皺をばし、髪を整えてから隣の部屋へ向かう。
ここは寢室と書斎が一緒になった部屋で、隣に來客用の続きの間があり、ライリー様は決してこちらへはって來ない。
扉を開けて隣室へるとライリー様が立ち上がる。
すぐそこなのに、わたしをソファーまでエスコートしてくれて、當たり前のように橫に腰掛けた。
「どうかなさいましたの?」
基本的にライリー様はこの部屋へ來ない。
朝に予定を聞かれて、その時に一緒に過ごしたければ伝えるが、そうではない日もある。
最近はお互い屆いた手紙の確認や返事を書いたりするのが忙しく、午前中は大抵そちらに時間を取られていた。
ライリー様はお仕事がある日は帰宅後の夜にされていらっしゃるらしい。
それでも夕食は共に摂ってくださるし、その後も必ずお喋りをする時間を作ってくださるのよね、
朝は決まった時間に起きて、きちんと剣の鍛錬をして、一緒に朝食を食べて、支度をすると仕事へ出掛けられる。
睡眠時間が減って大丈夫かしら。
前にやんわり聞いてみたが、その時は「これくらいは何ともない」と返されたのでそれ以上は言えなかった。
合が悪そうだったらすぐにでも休ませようと思ってはいるけれど、ライリー様は毎日元気そうで、本當に何ともなさそうなのでちょっと安心した。
「実は々困った相手から何度も手紙が屆いているんだ。斷っているんだが、どうにも話が通じていないみたいでな……」
そう切り出したライリー様が、そのお手紙について話してくださった。
とある公爵家の十七歳になる三男がライリー様に剣の指南をしていただきたくて手紙を送ってくるらしい。
三度斷り、あまりにもしつこいので公爵にも手紙を送って息子を止めてもらうよう言ったそうだ。
公爵からはすぐさま謝罪の手紙が屆いた。
しかしまたその子息から手紙がきた。
「それがこれなんだが……」
読んでみてくれ、と差し出されてけ取った。
質の良い真っ白な封筒に銀で植が描かれている。中の便箋を取り出すと、が當たると薄っすら植の模様が浮かび上がり、それで綺麗に縁取られている。さすが公爵家が使っているだけあって、シンプルだけど品があっておしゃれでいいわね。
さて、と中を読み始める。
最初は當たり障りのない時季の挨拶だ。
………………?
読み進めていくにつれて眉が寄っていく。
顔を上げれば、ライリー様が三通の封筒を差し出した。
「これが一通目」
差し出された同じ封筒をけ取り、中の便箋を取り出して容を読む。
容は時季の挨拶が一割、ライリー様を讃える文章が五割、剣を習いたいという熱意が三割、終わりの挨拶が一割くらいの割合で書かれていた。
「俺はそれに魔獣討伐で急に予定が狂うことが多いため、と斷った。そして二通目がきた」
また差し出された封筒をけ取り、今持っていたものをテーブルへ置き、け取った封筒の方のお手紙を読んだ。
こちらは時季の挨拶が一割、ライリー様に教わりたいのだという熱意が八割、終わりの挨拶が一割。
「それには公爵家の方に教えられるほど綺麗な剣ではないので、と斷った。そして三通目がきた」
三通目をけ取り、二通目を一通目の橫に並べ、それを読んでいく。
時季の挨拶が一割、ライリー様への賞賛が三割、教わりたいという熱意が五割、終わりの挨拶が一割。
改めて最初に渡された手紙を読み直す。
時季の挨拶一割弱、謝罪の文二割、自の考え五割、ウィンターズ家への訪問を告げる文一割、終わりの挨拶一割。
挨拶を必ずれているところから真面目さは窺えるが、その容は四通全てにおいて一方的さがじられる。
ライリー様のお斷りの手紙をけても「そうですね、でも自分は教えてしいのでこうしましょう」みたいな、こちらの話を聞いてるようで実は全く聞いていないものだった。
「三通目には近衛騎士の仕事があるので、と斷った。そうしたら今日、それが屆いた」
「……この日付、明日ですわよね?」
「ああ、明日だな」
そもそも騎士爵位の家に公爵家の者が訪れるというだけでも、本來は大変な大ごとである。
迎える側は、通す部屋を出來る限り整え、食事をされていくかもしれないと食事を変更し、紅茶なども公爵家の方に相応しいものを用意して、と訪れる方の好みも事前に聞いておいた上で々と準備が必要なのだ。
友人をちょっと家に招くのとはわけが違う。
考えてみてしい。
騎士爵位は一代貴族で、公爵位は王家に近い世襲制の高位貴族。格式も家格も違うのだから暮らしぶりも違う。
公爵家であれば他の貴族を招くことも、何なら王族を招いたって、問題なく過ごせるだろう。
普段から生活の質が高いのだ。
だが騎士爵位は?
ライリー様は騎士爵位の中でも特殊な部類である。
普通の騎士爵位は貴族と言っても大抵は平民よりもし良い暮らしぶりという程度で、このウィンターズ家のように大きなお屋敷もなければ、仕えてくれる使用人を何人も雇うことも出來ない。
平民の家よりかは多大きな家に、二、三人ほど使用人を雇えれば騎士爵位にしては上等な方である。
ライリー様ははっきり言って異例中の異例ね。
まあ、國の英雄が貧しい暮らしをしていたら様にならないので王家が屋敷を與えたり報奨を與えたりするのは分かるわ。
でも、だからといって公爵家の方を呼べるほどではないのよね。
「日付を來月と書き間違えた、という可能はありませんの?」
「ないな。貴族は手紙を出す前に何度も読み返すし、一文字でも書き損じたら新しく書き直す」
「そう、ですわよねえ……」
つまり、相手は至極真面目にこれを書き、読み返して問題なしと考え、送って寄越したのだ。
英雄を軽く見ていると勘違いされても仕方のない行為だった。
と、言いますか、無意識に下に見てるわね。
全く話を聞いてないし、こちらの意図を読む気もじられないし、訪問の日程について問うこともなく一方的に通知してるところに公爵家という爵位を盾にしているじがするわ。
公爵家の言葉を無視出來ないだろう。
公爵家の頼みを斷ることはないだろう。
自分がこんなに頼んでいるのだから、ライリー=ウィンターズは教えてくれるはずだ。
そういう傲慢さのようなものがあった。
「急いで公爵に手紙を送ったが、もしかしたら、公爵の制止を振り切って屋敷へ來てしまうかもしれない。というか、恐らく來る」
「そうですわね、さすがに公爵家とは言っても騎士でもなく、用件もない者を王城へれることはないでしょう。文面からお相手の方の格を察するに『いないなら帰りをここで待つ』と言い出す可能が高いと思われますわ」
「そうなると余計に面倒なことになる」
ええ、ええ、そうでしょうとも。
「でも大丈夫ですわ、ライリー様」
心配そうにこちらを見やるライリー様に笑いかける。
安心していただけるよう、満面の笑みで。
「わたしの方が年上ですもの、年下が間違っている時には人生の先達たる年上が正して差し上げるのが筋というものですわ」
何故かライリー様の頬がヒクリと引き攣った。
あら、悍なお顔だとどのような表をされてもやはり格好良いのね。
うふふ、と笑ったわたしにライリー様が「危険なことだけはしないでくれよ……?」と言った。
もちろん、危険なことはありませんわよ。
ただお話するだけですわ。
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