《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》な來訪者(2)

それが出來ないということは、目の前にいらっしゃるこの方は騎士になるほどの腕はないということだ。

一応騎士団には最低の年齢規定はない。

毎年行われる団試験をけ、合格出來れば、晴れて新人騎士として働くことができる。

十七歳と言えば、早い者では既に一騎士としてを立てている場合もある。

剣の腕を上げたいと言うことは騎士を目指していらっしゃるのでしょうが、そのお歳まで団試験に落ちているということは、つまり、剣の才能はないということだ。

たとえ才能がなくとも毎日必死に努力していれば結果は違うのだろうが、この方は日に一時間程度だ。

「才覚のある方ですら日々の努力を欠かさないのに、あなたは努力をせず、の腕前を周りのせいにして、恥ずかしくはありませんの?」

ライリー様だって死にかけて手にれた力だ。

からんだ力ではなかっただろう。

そして、その力を自分のためではなく、國のために使うことを選んだ。

「っ、憧れのライリー様に稽古をつけていただければ僕はもっと努力出來ます!」

「ではライリー様に『五時間走り続けろ』とおっしゃられたら、あなた様はそれを行えますか?」

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「出來ます!!」

言いましたわね?

持っていた扇子をパチンと閉じる。

「分かりました。中へらず、外でお待ちいただくのであれば構いませんわ」

パッとアンドルーズ公爵子息の表が明るくなる。

 

わたしはニコリと微笑み返した。

「ただし、ライリー様がお帰りになられるまでこの屋敷の外周を走り続けることが出來たらのお話ですが」

「……え?」

嬉しそうな顔が直する。

あら、理解出來なかったのかしら。

もう一度申し上げないとダメね。

「ですから、ライリー様にお會いしたいのでしたら、ライリー様がお帰りになるまで屋敷の外周を走り続けてみせてくださいませ」

「ば、馬鹿なことを……! そんなこと、出來るわけがないじゃないか!!」

あら、口調が崩れておりますわよ。

「やりたくなければやらなくとも結構ですわ。一応申しておきますが、これはライリー様がおっしゃっていた條件ですのよ」

実は昨日のうちにライリー様にお許しをいただいて、條件を決めていた。

この條件には理由がある。

一つは、騎士を目指す以上は相応の力があるかどうかという確認。

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一つは、手紙に書かれていた熱意が言葉だけではないかの確認。要は口先だけではないかと疑っておられるのだ。

一つは、騎士の適の確認。苦しい時、簡単に諦めてしまうような人では騎士は務まらない。國を、王族を、民を守る時に自分では敵わないと戦うことを放棄されては困るからだ。

一つは、公爵家を追い返したと噂されないため。格上の公爵家の方を一方的に追い返したとなれば問題だが、來訪した側が無禮な振る舞いをした上に會う條件を満たせず自ら帰ったとなれば、こちら側の非はない。ギリギリ誤魔化せる。

ライリー様は斷り続けていたが、この方の夢を否定しているわけではない。

だからチャンスを與えたのだ。

ライリー様が帰宅されるまで必死に努力していたら、食いついてくるなら、新人騎士として騎士団に迎えて鍛えてもいいとおっしゃっていた。

「ライリー様が?」

「ええ、この條件を達出來るのであれば騎士団に迎えても良いと考えていらっしゃるようでしたわ」

「!」

直していた表が今度こそ明るくなった。

騎士を目指しているならば、恐らく挑戦するだろう。団試験を落ちているとしたらね。

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だけど日に一時間しか鍛錬をしていないのだから、走り続けるのは難しいでしょう。

やる気を出しているようだけど。

「どうなさるかは自分でお決めください。それでは失禮致します」

カーテシーをもう一度行って背を向ける。

後はこの方次第だわ。

もしかしたらということも考えて、裝いはそのままでライリー様がお帰りになるまで過ごすことにした。

時折、窓の外へ何となく視線を向けてみたが、そこから見えるわけではないので、まあいいかとすぐに気にするのをやめた。

それからはのんびり過ごし、いつもよりし早い時間にライリー様の帰宅を聞き、出迎えに下りて行った。

玄関ホールでオーウェルと話している姿を見つけて「ああ、やはりあの方は続かなかったのね」と見當をつける。

「おかえりなさいませ」

「ただいま。君の姿を見たらホッとしたよ」

近付いていって鼻先にキスをする。

が弾けてライリー様が人の姿へ戻ると、わたしに怪我がないか確かめるように抱き締められた。

「今聞いたが、彼は諦めて帰ったそうだな」

「ええ、昨日許可をいただいた方法で待っていただきましたの。効果的でしょう?」

「確かに。この屋敷の外周を何時間も走り続けるのは俺でも結構きつい」

大丈夫だと抱き締め返せば安心したのか、ゆっくりとを離し、ライリー様が笑った。

許可をいただいた時はライリー様も「そんなことで追い返せるのか?」と首を傾げていたけれど、考えてみたらかなりきついことだと気付いたらしい。

「それで、彼はどんな男だった?」

ライリー様に問われて思い出す。

「外見はじのする、貴族の貴公子でしたわ。ですが外見のわりにマナー違反ばかり。あまり事を自分で考えない方でしょう」

恐らく禮儀作法やマナーを習っても、何故そうしなければならないのかという理由まで考えが至らず、それ故に簡単に無禮な振る舞いをする。

無自覚に家の権力に甘えている。

多分、周りにそれを指摘してくれるほど親しい友人はいないのだろう。

本當に心配してくれる人がいれば、その人が教えているだろう。もしくは家族に指摘されても、家族だからちょっと口うるさい程度に捉えているのかも。

格ですが、筋もついておりませんでしたし、聞いたところ鍛錬も日に一時間しかしていないそうです」

「それで騎士を目指していると? どう考えても無理だろう。何故それでいいと思ったんだ?」

小首を傾げたライリー様に苦笑する。

友人にそれだけで騎士になった者がいるそうです」

「……単に相手が話を合わせていただけなんじゃないか? 公爵家の子息に『自分はもっと努力しました』とは言いづらかったのかもな」

なるほど、そういう可能もあるのね。

その友人が例えば爵位が公爵家よりも下で、地位の格差をきちんと理解しており、公爵子息が自分はこのように鍛錬していると話をされたとしよう。

そこで自分はこんなにも努力しているのにと愚癡を零されたら、それよりも努力していたとしても言い出し難いかもしれない。

自分より家格の高い家の者に『あなたの努力が足りないからですよ』と面と向かっては言えないわね。

わたしでもその立場だったら「そうね……」と言葉を濁して誤魔化してしまうかも。

「一応家で雇っている方に教えていただいているそうですが、期待したようには上達しないので、英雄のライリー様に習えば自分でもすぐに上達すると考えたそうです」

「多分俺よりもその方の方が教え上手だと思うんだがなあ……」

「不思議ですわよねえ」

英雄だから強くなる訣を知っているとは限らない。

特にライリー様は獅子の呪いもあったからこそ英雄になれたのだと、本人がおっしゃっているのだもの。

もしライリー様に教わったとしても、元の段階で差があるから、上手くいかないと思う。

とりあえず、いつまでも玄関ホールにいては落ち著かないということで、ライリー様は自室に戻って著替えてくることにした。

わたしは先に食堂へ向かう。

しばし待つと著替えを済ませたライリー様が食堂にってきた。

一度わたしのところへ來て、頬にキスをくださってから、自分の席へ腰を下ろした。

食事が並べられ、祈りを捧げてから食事を始める。

「だが、今回の件でもう諦めただろう」

「そうだといいですわね。あの方の相手をするのは、ちょっと疲れますもの」

いちいち説明しなければ理解してもらえない。

しかも説明しても、納得出來なければ自分のみを押し通そうとする。

おまけにこっちをポーッと見つめてきた顔。

……思い出しただけで鳥が……。

「どうかしたか?」

思わず腕をるとライリー様が不思議そうにこちらを見やる。

それに首を振って応えた。

「何でもありませんわ」

ライリー様に伝える必要はないでしょう。

切り分けた料理を口に運ぶことで誤魔化した。

* * * * *

エディスを部屋まで送り屆け、一人で廊下を戻りながら考える。

アンドルーズ公爵家の三男坊。

記憶にないということは面識もないわけだ。

どうしてそれで俺が剣を教えてくれると思ったのか本當に謎である。

それに、エディスは口にしなかったがオーウェルの報告では三男坊がエディスに見惚れた挙句に、図々しくも屋敷にれて話し相手をするよう遠回しに言ったという。

……非常に不愉快だ。

エディスはきちんと挨拶で俺の婚約者であることも告げていたというのに、平然と茶にうとはどういう教育を公爵家でけたのか。

俺のことだけだったなら、どうでもいい。

だがエディスに気があるような素振りを見せたのは気にらない。

これについて言わなかったのは、口にするほどのことでもないと思ったのか、口にしたくないと思ったのか。

どちらにせよエディスは気付いただろう。

は他人のに敏なので、嫌な思いをしていなければいいのだが。

自室に戻り、今日屆いた手紙の確認を後回しにして、アンドルーズ公爵宛に手紙を書く。

恐らく向こうも慌てて謝罪の手紙を書いて送ってきていることだろう。

オーウェルから聞いた報告を手短に書き、インクが乾いたら封蝋をする。

これは明日の朝に送ろう。

子息をどうするかで今後アンドルーズ公爵家への対応を変えよう。

厳正に対処してくれるならそれで良し。

甘やかして適當なことをするようであれば、以降、アンドルーズ公爵家との関わりは控える。

ショーン様を通じてハーグリーヴス公爵家との関わりがあるため、別にアンドルーズ公爵家と関わりがなくとも俺は全く困らない。

ただ向こうはそうでもないだろうが。

* * * * *

「お前は何ということをしてくれたんだ!!」

父上は僕の部屋へ來るなり怒鳴りつけてきた。

常に「公爵家として品位を落とすようなことはしてはならない」と口にしている父上らしくない。

しかも父上は僕が口を開く前に頬を打った。

何度か叱られたことはあったが、手を上げられたことは初めてで、一瞬何をされたのか理解出來なかった。

「ち、父上……?」

打たれた頬を押さえると痛みが走る。

「昨夜も今朝もあれだけ『行くな』と止めたのに何故ウィンターズ殿の屋敷へ行った?! それも婚約者しかいない時間帯に!! 國の英雄を貶める気か!!」

まさか、それでこんなに怒るとは思わなかった。

確かに父上に止められていたけれど、手紙は前もって送っていたし、それに……。

「し、敷地の中にはっていません! エ、こ、婚約者殿にらぬよう言われたので僕は門の外にいました!」

「當たり前だ!!」

父上は小さく息を吐いて「……ああ、ウィンターズ殿の婚約者に謝しなくては……」と呟いた。

何故彼に父上が謝するのだろうか。

今回僕は彼に失禮なことをしたし、ちょっと先走ってしまったかもしれないけど、大したことではなかったはずだ。

……エディス嬢、しいだったな。

公爵家の僕を前にしても堂々としていた。

びへつらうこともなく、真っ直ぐに姿勢を正して凜と立つ姿はしくも儚げな容姿に反していて、でも格好良いと思った。

それに僕の間違いや失敗を正してくれた。

あんなは初めてだった。

英雄と名高いウィンターズ様に相応しいだ。

……ウィンターズ様が羨ましい。

「お前にはしばらく自室で謹慎を言い渡す。そうして謝罪の手紙を書くように。書いたものは私が確認する」

「謝罪、ですか……」

「きちんと反省するまで部屋から出ることは許さん」

一方的に言い渡され、扉が閉められる。

外から鍵のかけられる音が妙に大きく聞こえた。

謝罪の手紙? どうして?

はかけたかもしれないが、そこまでする必要があるのだろうか。

だって僕は公爵家の人間なのに。

今までだって似たようなことは沢山あったけれど、誰もが僕を笑顔で迎えれてくれていた。

父上だって今までこんなに怒らなかった。

悪いことをしたのは僕だけど謹慎は厳し過ぎる。夜會に行くことも、友人達に會うことも、買いをすることも出來ないじゃないか。

それに剣の鍛錬も。

エディス嬢に言われて僕も反省した。

一時間では鍛錬の時間が足りないというなら、もっと時間を増やそう。師の話も真面目に聞こう。

そうしたら次の団試験にかるかもしれない。

騎士団にれれば、きっとウィンターズ様に稽古をつけていただける。

……また會えるかな。

流れるようなプラチナブロンドに鮮やかな菫の瞳、一見するとやや冷たい相貌なのに、笑うと艶やかで、でも儚げな姿が思わず守りたくなる。

だけど賢くて凜々しい令嬢。

瞼の裏にその姿がいつまでも焼き付いていた。

* * * * *

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