《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》招待狀

「ああ、あの方ね」

ディヴィッド=アンドルーズ公爵子息の名前を出すと、フローレンス様が思い出した風に呟いた。

今日はフローレンス様よりおいをけて、ハーグリーヴス公爵家にお邪魔させていただいている。

初めは凄く張していたけれど、お茶會はお庭の一角にある人目につき難い東屋にしてくださったおかげで、ちょっと張が解れた。

お屋敷の中だと落ち著かないのよね。

調度品はどれも高価そうだし、急に公爵家の方が來たらと思うと気が抜けないし。

「お知り合いですか?」

相手のことを知っている風だったので問い返す。

するとフローレンス様は小さく首を振った。

「いいえ、直接挨拶したことはありません。でも、あの方は高位貴族の間ではちょっと有名ですもの」

「有名?」

「あの方、騎士を目指していらっしゃるでしょう? でも今のお歳まで団出來ていないから……」

それ以上は言葉を濁されたけれど、言いたいことは分かった。

騎士団に最低限の年齢規定はない。

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けれど、大抵の人は十五歳前後でるのだとライリー様に教えていただいた。

そして貴族は面を非常に気にするものだ。

何度も団試験に落ちたら恥ずかしくて普通は別の道を考える。自分に適がないと気付くだろう。

でもそれが出來ていないということは、凄く諦めの悪い格か、自分に適がないという事実に気付いていないのか、という話になる。

……あの方の場合、両方なじなのよね。

「それにかなり我が儘だと聞きますわ」

數日前のことを思い出す。

「そうですわね、お話してみてわたしもそう思いましたわ。それも無自覚に公爵家という立場に甘えている印象をけました」

手短に先日の出來事をお話すると、フローレンス様のお顔に浮かべられた笑みが段々と冷ややかなものへ変わっていき、最後には扇子をギリと握り締めた。

「そのような方が騎士になれるはずがありませんわね。元騎士としても非常に不愉快です」

まあ、そうでしょうね。

いまだにおを鍛えていらっしゃるらしいフローレンス様からしたら、アンドルーズ公爵子息の努力ははっきり言って微々たるものだ。

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努力と言っていいのかすら微妙なところだ。

それで騎士になれるはずがない。

「その『日に短時間の鍛錬で騎士になれた』という話ですが思い當たる方がおりますの」

「本當にいらしたのですか?」

「ええ。ですがその方は才能もあり、人目を忍んで鍛錬することが多いので、アンドルーズ公爵子息は勘違いなさったのでしょうね」

フローレンス様って々な報を持っていらっしゃるのね。さすが第二王子殿下の婚約者ですわ。

どのような話を振ってもそつなくお答えになるのよね。

それにお手紙ではいつも貴族間の噂話を教えてくださる。殆どは話だけれど。そういう話は貴族達も何だかんだ言って好きなのでしょう。

「その方はちょっと自尊心の強い方だから、基本的に努力している姿を見られるのを嫌っているみたいなの」

「そのような方もいらっしゃるのですね」

「しかも見目が良いので、令嬢の中には狙ってらっしゃる方も多いと聞きますわ」

剣の腕が立ち、見目も良く、騎士団にっている。それなりに出世出來そうな人であれば、案外悪くない嫁ぎ先だろう。

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それにしても表面上だけの努力を見て、自分もそれで出來ると思い込めるなんて、ある意味では凄いわね。

その相手の方も勝手に自分のことを努力しない免罪符に使われていたとしたら、あまりいい気はしないでしょうね。

「それよりも、今日は楽しくお喋りをしたいわ」

ぱちりとウィンクされて、わたしはこの話題をここで終えることにした。

せっかくお友達のところへ遊びに來たのですもの、今日は楽しく過ごしたいものね。

気を取り直して微笑んだ。

「そうですね」

「本當はとってもお聞きしたいのですけれど、ウィンターズ様とエディス様のお話はクラリス様がいらっしゃる時でないと後で恨まれてしまいますもの」

「それは次の楽しみに取っておいてくださいませ。それまでに、きっとお話出來ることも増えるでしょう」

「そうね、その時は沢山話してもらわなくちゃ」

その後はお互いの近況を話したり、好きなお菓子や最近流行っている劇の話だったり、のんびりとお喋りをして過ごした。

フローレンス様はわたしと話すのが楽しいようだ。

お互い、淑とは言い難いけれど、だからこそ変に気負わずに話せるのかもしれないわね。

それからフローレンス様とショーン殿下の仲についても聞いてみた。

「お手紙でショーン殿下がし変わられたとおっしゃっておりましたが、その後はいかがですか?」

以前、ショーン殿下にもっとフローレンス様と親しくなりたいと言われた。

それに対して助言というほどではないけれど、こうしてみたらどうかと話をしたことがあった。

その後、フローレンス様から「最近ショーン様の様子が変わった」と書かれていたのでし気になっていたのだ。

わたしの問いかけにフローレンス様が照れたように微笑んだ。

「元よりショーン様は好意的に接してくださっておりましたの。仲だって、良いと自負しています。でも最近のショーン様はお言葉も増えて……」

を見る限り、嫌がっているじはない。

むしろ喜んでいる風だ。

「どのようなじに増えたのでしょうか?」

「その、お會いした時に裝いを褒めてくださったり、お気持ちを伝えてくださったり。それに髪や頬にれたり、手の甲へキスをされるようにもなりましたの」

「まあ、素敵! フローレンス様とショーン様もまるで語の中の人達のようではありませんか」

思い出して気恥ずかしくなったのか、薄っすら赤く染まった頬を両手で押さえて俯いている。

そもそもフローレンス様はまれてショーン殿下の婚約者となったので、そこからして貴族の令嬢の中では羨ましがられている。

しかも婚約後も良好な関係を築いている。

そうして結婚式の日取りもほぼ決まっている。

「そうでしょうか……?」

「ええ、そうですわ! 王子と騎士の語なんて本になっても良さそうなほどです」

しかも両想いでお似合いのお二人ですもの。

「でも會う度に『君が好きだよ』とか『早く僕の奧さんって呼びたいな』とおっしゃられるので心臓が持ちませんわ……」

あら、ショーン殿下は思ったよりもグイグイ押してるのね。頑張っていらっしゃるわ。

フローレンス様は口では々言っていらっしゃるけれど、お顔が笑っているから、殿下の変化を心から嬉しいと思っているのでしょう。

でも気恥ずかしくて素直にれられないのね。

「エディス様は恥ずかしくありませんの?」

手紙でもよく惚気ているわたしなので、ライリー様とのことを聞かれているのだろう。

「恥ずかしい時もございますが、ある程度は慣れましたわ。何より好きな方からの好意はいくらいただいても嬉しいものですから」

そう、それがあるから恥ずかしくても嫌だと思うことがないのよね。

フローレンス様も分かるのか頷いた。

「ええ、好意を示していただけると嬉しいわ」

「フローレンス様はそのお気持ちをショーン殿下へお伝えいたしましたか?」

「いえ……」

ああ、だからショーン殿下はフローレンス様ともっとイチャイチャしたいと口にされたのね。

フローレンス様もショーン殿下のことを想っていらっしゃるようだけれど、恐らく奧手で、あまり好意を素直にお伝え出來ていないのかも。

「余計なお世話かもしれませんが、きちんとお伝えになられた方が良いかと思います。口に出さなければ伝わらないこともありますので」

何も言わなくても理解してしいなんてダメよ。

人の気持ちを完全に察せる人間などいないのだから、自分の気持ちは自分から伝えないと、途中で捩れてしまうわ。

それにわたしが好きだと伝えるとライリー様はとても喜んでくださるもの。

フローレンス様が伝えれば、きっとショーン殿下も喜ばれるはずよ。

「そうよね……。ええ、次にお會いした時にはそうします。婚姻については了承しましたが、恥ずかしがって気持ちを伝えないままではいけませんわよね」

頬を染めながらもフローレンス様が頷いた。

お二人の仲が深まったらわたしも嬉しいわ。

そのうち今度はショーン殿下からお話を聞くかもしれないわね。

頬の赤みが引くと、フローレンス様が思い出した様子で顔を上げた。

「あら、そうでしたわ。エディス様にお渡ししなければならないものがございましたの」

フローレンス様が侍を呼び、その侍が銀盆を持ってくると恭しく差し出された。

目の前にある銀盆の上には一通の封筒。

白い封筒に可らしい菫と黃のお花が描かれている。本來、家紋が描かれるべき封蝋には本らしきものをモチーフしたものが捺されていた。

「こちらは……?」

け取ってみたが、裏にも表にも何も書かれていない。宛名も差出人の名もない。でも封筒は的で可らしい。

「とあるお茶會への招待狀ですわ。エディス様には是非、そう、是非來ていただきたいの」

念を押すように二度「是非」がった。

その場で開けてもいいらしく、添えられたペーパーナイフで封を切り、中を確認する。

しい文字で書かれた手紙の容はこのようなじだった。

手短な時季の挨拶から始まり、わたしとライリー様の婚約への祝福の言葉、自分達はそれを応援したいと思っていること、良ければお茶會に出席してもらい、是非英雄との大の話を伺いたい。

要約するとそういうことだった。

「あの、差出人の名が『ヴァローナ=サレンナ友の會』と書かれておりますが、このサレンナ様とは一……?」

聞き覚えがないので多分面識はないはずだ。

「ヴァローナ=サレンナとは數年前から貴族の間で流行り出した小説作家の名前ですわ。友の會は、その作家の支援者や支持者が集まった団で、私もその一人でしてよ」

……ファンクラブみたいなものかしら?

フローレンス様は話がお好きだから、小説がお好きと言われても不思議はない。

「その友の會が何故わたしに招待狀を?」

「友の會は話が大好きな者ばかり。當然、英雄と令嬢の大は私達にとって最高に素敵なの。他の方々も是非エディス様からお話をお聞きしたいのですわ」

「話と言いましても、クラリス殿下やフローレンス様にお話した容を繰り返すことになりますが……」

本人のお話というのが大切なのよ!」

もちろん、出席するでしょう?

そう聞かれて斷るはなかった。

それに実を言うととても嬉しかった。

からは恐れられているライリー様だけれど、わたしとの話が広まれば、怖がられることがなくなるかもしれない。

ついでに言えばライリー様に橫慕するを牽制出來るかもしれないわ。

この會には作家の支援者もいる。

つまり、それなりに地位の高い方もいらっしゃるということで、そのような方々と顔を繋いでおくのは悪いことではないだろう。

最初からこちらに好意的な人々だ。

「そういうことでしたら出席させていただきます」

手紙に書かれた日付の予定を思い出す。

その日は特に予定もないし、ライリー様もお仕事でお出かけになるから大丈夫でしょう。

わたしが頷くとフローレンス様がパッと笑顔になる。

「ああ、良かった! 場所は便箋の裏に書いてあるわ。集まる場所に変更はないから、これ以降の招待狀は日時だけになるので気を付けてくださいませ」

「分かりましたわ」

「あと、友の會に関してはに。中には厳しいお家の方もおりますので」

それにも頷き返す。

厳格な家だと娘のを嫌がることもある。

政略結婚が多い貴族において、結婚をむ娘というのは扱い難い。

場合によってはに熱を上げた挙句に人と駆け落ちしてしまうこともあるからだ。

家としてはそうさせたくない。

それ故に貴族の中では小説は平民が読むものだと敬遠されがちだ。

この友の會も公には出來ないものなのだろう。

「顔を隠せるものを持って來てくださいませ。お互いの素は気付いても、知らないふりをするのが規則ですので」

仮面舞踏會みたいなものね。

わたしは行ったことがないけれど、も男も顔を隠す仮面をつけて出席すると聞いたことがあるわ。

まあ、仮面くらいで誰が誰だか分からないなんてことはないが、一応仮面をつけている間は相手の正に気付いても、気付かないふりをするのがマナーだという。

「気を付けます」

相手が誰か気付いても、うっかり名前で呼ばないようにしないとね。

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