《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》デート(5)

* * * * *

エディスを先に帰らせ、現場にいた騎士の一人に犯罪者の護送用の馬車を呼ぶように頼む。

その間、リチャード=オールドカースル……いや、リチャードは左右を俺が雇っている護衛に固められ、真正面から俺に監視されて苛立っていた。

先ほどはつい怒りのあまり毆ってしまった。

そのことでエディスに怖がられてしまわないか不安だったが、彼は全く気にした風はなかった。

それに心で安堵し、同時にまた怒りが湧いた。

リチャードの狙いはどう考えてもエディスだった。こいつは最初からエディスだけを見て、エディスの名前を呼んだ。

半年も経って、何故今出てきたのかは不明だ。

オールドカースル子爵家から手紙が來たのは二日前のこと。リチャードが消えたと謝罪の言葉と共に書かれた容に、溜め息がれた。

絶対に奴は王都に來るだろうと確信があった。

だから念のため護衛を増やしていたのだ。

だが活化した魔石を所持していたところを見るに、最初から魔獣を使ってエディスを害そうとするとは。

よりにもよって人通りの多い場所で活化した魔石で魔獣を呼び覚ますなど、どうかしている。

街の者を巻き込むと分かるはずだ。

それすらどうでも良かったのか。

やって來た護送用の馬車にリチャードの襟首を摑んで、文字通り放り込んだ。

何やら喚いていたが無視して扉を閉める。

馬車をかして來た騎士の一人がすぐに外から鍵をかけ、リチャードが逃げられないようにして、騎士が者臺へ戻ると馬車は走り出す。

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俺は既に殆ど崩れている魔獣のから剣を引き抜き、元は魔獣だったものの灰塵の山より魔石を回収した。

苦労だった。お前達は屋敷へ戻っていい。オーウェルに今回の件を伝えてくれ」

護衛二人に聲をかければ短く返答があった。

そうして辻馬車をつかまえると王城へ向かった。

服裝を考えれば、本來ならば一度屋敷へ戻って著替えるべきなのだが、今はそれどころではない。

通常、魔道で使用される魔石は死んだ魔獣より出て來たもので、それらは魔力や魔を込められる以外に使い道はない。

しかし活化した魔石は違う。

どのように魔石が生まれるのかはまだ解明されていないが、何らかの理由により発生した魔石は最初、その中に溜まった魔力が活化する。

化すると魔力が溢れ出し、それが形をす。

それが魔獣なのだ。

不思議なことに一度魔獣を打ち倒した魔石は、その後、どれほど魔力を注ぎ込んでも二度と魔獣にはならない。

一部の學者の話では自然に溜まった魔力と人間が込めた魔力では質が違うために、魔獣が発生するほど濃度まで至らないからということだが。

つまり魔獣は最初に溜まった魔力が活化することで生まれるものだと。

そのため、それを知っている者達の間では魔獣となる魔石のことを『活化した魔石』と呼んでいる。

一般の人々にはあまり認知されていない。

それはそうだ。人の手に渡る魔石は全て、倒した魔獣から取り出されたものなのだ。知るはずがない。

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けれども今回リチャードは活化した魔石を所持していた。

そちらに関しては思い當たる點がある。

流れの魔師集団が活化した魔石に式を施して活化を抑え、売り捌いているらしい。

化した魔石を売るのは魔獣を売るのと同じだ。

それはいずれ、どこかで魔獣にる。

許し難い行いだ。

その活は他國で行われていたため、我が國では話だけ聞き及んでいたが、どうやらこの國の部にも潛んでいるようだ。

早急に陛下へお知らせせねば。

王城に著き、持っていた剣を門番に示す。

そこには國王陛下より賜ったウィンターズ騎士爵家の紋章が彫られている。國旗を背負った獅子のそれを見た騎士が背筋をばし、馬車を城れる。

これは英雄ライリー=ウィンターズのものだ。

たとえ紋章を模倣したとしても、國王陛下が直々にくださった名剣まで似せることは出來ない。

そしてこの剣を俺から奪える者はいない。

だからこそ、この剣が俺の分を示すものとなる。

ショーン様の宮へ著き、辻馬車に多めの金を渡して帰らせていると中から騎士が出て來た。

「隊長、ショーン殿下がお待ちです。どうぞ中へ」

それに頷き、案について行く。

既にリチャードは王城に著き、今は地下牢へ押し込まれていることだろう。

相変わらずショーン様は耳が早い。

街で起こったこと全ては知らずとも、捕まったのがリチャード=オールドカースルであることはもう聞いているはずだ。

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そうでなければ俺を呼ぶ理由がない。

された先はショーン様の執務室だった。

エディスと共にいる時にはここへは通されない。信用していないのではなく、殿下は基本的によほどのことがなければ執務室に人をれないのだ。

護衛ですら部屋の前で待機させるほどだ。

ライリー自、この中へ立ちることを許されることはあまりない。

まあ、執務室と銘打っているが実際は研究室に近い。この部屋の中にはショーン様が調べたり実験したり、新しく編み出した魔などがあるため、人の出りを制限している。

した騎士の背を見送り、執務室の扉を叩く。

中からすぐに室の許可が下りた。

扉を開けてれば、相変わらず雑多でほぼ整理整頓のされていない室が視界に広がった。

「來ると思ったよ」

やあ、と気楽に片手を上げて挨拶をされたので苦笑しつつも頷き返す。

「このような格好で失禮します」

「いいよ、今日は休日だったでしょ? オールドカースル子爵家からはこちらにも手紙がきていたし、ライリーがあれを捕まえたって聞いて、すぐに來るのは分かっていたからね」

「そうおっしゃっていただけると助かります」

王城にるにはあまりに簡素な格好だが、著替えている時間も惜しかったので本當に助かる。

ショーン様が機に頬杖をつきながら問う。

「それで、彼は今回何をやらかしたんだい?」

「街中で活化した魔石を使用しました」

「……へえ」

スッと細められた紅い瞳と聲が冷たいものになる。

頬杖から顔を上げたショーン様は真面目に聞く気になられたようだ。

「恐らくですがエディスを害そうとしたのだと思います。活化した魔石からはビッグボアが出現しましたが、その場で討ち取り、魔石も回収済みです」

ショーン様の近侍に回収した魔石を渡し、それをけ取ったショーン様が確認するように一瞬魔を展開させた。

「確かに、既に無力化してるね。被害は?」

「周辺の屋臺と路面が破壊されましたが、エディスや侍、護衛により民の避難導が行われたため人的被害は軽傷者が數名程度です」

あの時はエディスの行に驚いたが、同時に誇らしくもあった。

俺の婚約者はしいだけでなく、勇敢で、民を守ることの出來るなのだともした。

ただ年を助けるために魔獣の前へ飛び出したことだけは褒められたものではなかったが、それに関してはすぐに討伐出來なかった俺の不甲斐なさもじている。

「エディス嬢が民を避難させたの?」

ショーン様が目を瞬かせた。

「はい。危険なので下がらせたところ、自主的に行っておりました。それに、年が巻き込まれそうになった際には自ら魔獣の前へ飛び出しておりました」

「予想以上にエディス嬢って行力があるんだね」

「私も正直驚きました。普通の令嬢ならば魔獣を見て錯したり気絶したりしてもおかしくありませんので」

それなのにエディスは民の安全のためにいた。

魔獣を討伐した後に抱き寄せたは小さく震えていた。あれは恐怖と安堵の両方からくるものだったのだろう。

あんな細いで魔獣の前に飛び出すなんて。

「じゃああの魔道が役に立ったのかな?」

どこか嬉しそうにショーン様が微笑む。

「ええ、おかげでエディスも年も無事でした」

「そっか、それなら良かったよ」

その表らかいのは、エディスが民を守るために魔道を使用したからか。

こう見えて國心の強いお方だ。

それは一瞬のもので、即座にショーン様の表は鋭いものへと変わった。

「それで活化した魔石なんだけど、どう思う?」

「あの魔師集団が出元だと愚考します。そこ以外で活化した魔石を扱っている話は聞いたことがありません」

「やっぱりそうだよね。……ついに來たか」

ショーン様が立ち上がる。

魔石を手に、執務機を回り、こちらへ來た。

「陛下へお話しなければ」

「お供させていただきます」

「うん、城下での件の説明は頼んだよ」

メッセージカードに素早く書きつけるとそれを小さな封筒にれ、外の騎士を呼んで陛下へ先れを出させる。

それは即座に返事が屆けられた。

容を確認し、近侍にここにいるように言い置いて歩き出したショーン様に付き従い、執務室を後にする。

護衛の騎士達も引き連れ、馬車を使い王城へ向かい、ショーン様は迷いのない足取りで陛下の執務室へ歩を進める。

辿り著いた執務室の前には近衛騎士が控えている。

彼らはショーン様を見るとに手を當てて禮を取る。

ショーン様はそれに片手を上げて応えた。

近衛騎士の一人が扉を叩き、中から僅かに開けられた隙間より陛下の側付きが顔を覗かせ、來訪者がショーン様だと分かると扉を開けて迎えれた。

「失禮致しました、ショーン様」

「構わないさ」

頭を下げようとした側仕えを制し、ショーン様が禮を取る。それに倣って俺も騎士の禮を取る。

「面を上げよ」

陛下の聲に揃って顔を上げる。

執務機に向かう陛下の顔を一瞬だけ見て、それから視線は下げた。

「突然申し訳ありません」

ショーン様が言う。

「良い。お前が急ぎ儂の耳にれたいと申す以上、よほどのことなのだろう」

「はい、自領より走したリチャード元オールドカースル子爵令息が街中で活化した魔石を使用したため先ほど捕らえました。幸いライリー=ウィンターズが出現した魔獣を討伐し、人的被害は軽微とのことです」

「何? 活化した魔石を? ……そうか。ライリーよ、よくぞ民を守ってくれた。そなたのおかげで救われた命も在ろう」

陛下の聲に怒りが滲む。

しかしそれがすぐに労いの言葉へと変わった。

謝の念がこめられた視線に返事をする。

「いえ、私は己の責務を全うしただけです。それに、この度の件はわたし達に関係がございました」

陛下が「ふむ」と呟く。

「リチャード=オールドカースルはそなたの婚約者、エディス=ベントリー伯爵令嬢の元婚約者であったな。自領にて生涯労働を課されていたはずだが、逃げ出しただけでなく、王都に魔獣を放つとは……」

「恐らく彼を害そうとしたのだと思われます」

そうして陛下へ事の仔細を説明申し上げた。

婚約者と共に出かけていたこと。

屋臺通りでリチャードの臭いと歪な魔力の気配をじたため警戒すると、彼が現れたこと。

護衛が即座に彼を取り押さえたものの、既に活化した魔石が解放され、ビッグボアが出現したこと。

それを討伐したこと。

エディスや侍、護衛が民を避難させたため、怪我人はなく、実質的な被害が屋臺や路面の破壊程度で済んだこと。

それらを説明し終えると陛下が機を拳で叩く。

「愚かなことを。己の行いを省みるどころか、よもや王都の中で活化した魔石を使用するなど許し難い行いだ」

魔獣討伐を主にしているハンターや騎士がいれば、ビッグボアくらいは討伐出來る。

しかし一般人には魔獣と戦うはない。

王都の、それも街の真ん中で魔獣が出現し、人々を襲っていたら多數の死者を出していただろう。

たまたまデートでエディスと一緒にいたが、もしもエディスだけで買いなどに出かけている時であったらと思うとゾッとする。

護衛達だけでも倒せただろうが、それでも被害はもっと広がったはずだ。

本當に、俺と一緒の時で良かった。

「活化した魔石の手元は?」

陛下の問いにショーン様が答える。

「陛下のお考えになられている通り、恐らく例の組織でしょう」

陛下が忌々しげに小さく息を吐く。

「我が國へもとうとう手をばしてきたか。……賢者ワイズマンなどと名乗っているが、魔獣で得た利益を貪る者が賢者であるはずもない。野放しにしておくわけにはいかぬ」

「は、早急に尋問し、手元を辿らせます」

師集団、賢者ワイズマン。

それが活化した魔石を売り捌く者達の名だ。

確かに活化した魔石の魔獣の発生を抑える技は素晴らしいものだろう。

だが、それを私利私のために使っている。

そのような者達に民の、國の安全を脅かされるわけにはいかない。

手元を確認し次第報告を上げよ。居場所を特定した後、速やかに奴らを捕縛する。これ以上我が國で自由にさせるものか。……ライリー、そなたにも出てもらうこととなるだろう」

「はっ、意に」

そのために出向くことに何ら不満はない。

むしろそれだけ信頼していただけているのだと思うと、その期待に応えたいとじてしまうほどだ。

俺の返答に陛下は満足そうに頷いた。

「それから、エディス=ベントリー伯爵令嬢にも『民を守ってくれたことに禮を言う』と。魔獣という恐ろしい存在を前に怯まず、民を助けるとは、英雄たるそなたの婚約者に相応しいであるな」

そのお言葉につい笑みが浮かんだ。

「はい、私などには勿ないほど良い婚約者です」

それは陛下に彼を認めてもらえたということだ。

これまでは、エディスは俺の姿をれられる稀有なだからと婚約を認められてきた。

けれど、今回の件でエディスは陛下より『英雄の婚約者となるに相応しい人』と稱された。

ただ婚約を認められることと、相応しいと認められることとでは全く違う。

「そうか。そなたからこうして惚気を聞ける日が來るとは嬉しいものよ」

陛下の穏やかな聲にが熱くなる。

このお方だからこそ、俺はこのを、この命を、忠誠を捧げようと思えたのだ。

今はショーン様の近衛隊長を務めているが、王國の騎士は全て、陛下に、この國に忠誠を誓っている。

そんなお方に婚約者を認めてもらえた。

これを喜ばずにいられようか。

帰ったらエディスに陛下のお言葉を伝えよう。

きっと彼は驚き、慌てて、でも、とても喜ぶだろう。

の努力はきちんと実を結んでいる。

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