《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》デート その後
先に屋敷へ戻り、オーウェルに今日あった出來事を説明したらとても心配された。
でもわたしは特に怪我もなかった。
大丈夫だと伝えればホッとした顔をされた。
心配をさせてしまうのは良くないと分かっているけれど、心配してもらえると嬉しいのよね。
土埃で汚れてしまったので浴することにした。
自室へ戻り、リタとユナに湯の用意をしてもらい、ワンピースをぐのを手伝ってもらう。
するとリタが手を止めて聲を上げた。
「エディス様、お膝に痣が……」
あら、そういえばそうだったわね。
自分の足を見下ろせば、両膝の頭が薄っすら青くなっている。よく見れば脛の方もぶつけたのか黃味を帯びていた。
「ああ、男の子を庇おうとして地面にぶつけてしまったの。多分ね」
「庇ってって……。まさか魔獣の前に出たのですか?!」
「ええ、そうよ。ショーン殿下よりいただいた魔道があったからわたしも男の子も何ともないわ」
悲鳴のような聲を出すリタに苦笑する。
殿下のくださった魔道がどれほどのものかは分からなかったから、賭けに出た部分はあったけれど。
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そこまでは言う必要はないでしょう。
「そういう問題ではありません! ユナ、お醫者様をお呼びして。浴後にすぐに診ていただきましょう」
「はい、分かりました」
ユナは青くなったわたしの膝を、眉を寄せて見ながら頷いて出て行った。
リタに浴を手伝ってもらい、と髪を洗って、湯船にしだけ浸かったら出る。
浴での巡りが良くなったのか膝の痣が濃くなったような気がする。
戻ってきたユナと共にリタがわたしのや髪を拭いて乾かし、丁寧に香油を塗って何度も梳く。
それから寢室のベッドへ寢かされる。
「膝をちょっとぶつけただけなのに大袈裟よ」
そう言ってもリタもユナも首を振る。
「いけません、お醫者様にきちんと診ていただくまではこちらでお休みください」
「そうです。気付かない間に他に怪我をしていらっしゃるかもしれません」
眥を釣り上げた二人に監視されてしまい、仕方なくベッドの上でお醫者様を待つ。
既にお醫者様はいらしていたらしく、しして、かなり高齢のおじいさまが室してくる。
恭しく挨拶をされ、診察をける。
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診察と言っても問診と、痣になった足の確認と診をし行ったくらいだ。大層なものではない。
お醫者様は何度か頷き、持って來ていた鞄から薬を取り出す。
「足は打撲ですね。骨や筋に異常はなさそうです。痣に効く膏を出しておきましょう。痛むようでしたら、こちらの痛み止めを日に一度服用してください。お嬢様は普段あまり運をされていらっしゃらない様子ですので、もしかしたら明日は中が痛くなるかもしれませんが、病気ではありませんので激しい運はせずに普段通りに過ごされていればすぐに良くなりますよ」
そう言って膏と痛み止めをリタに渡す。
明日痛くなるって、筋痛というものかしら?
前のわたしの記憶が、普段運していないのに急に激しい運をすると後から全が痛くなることがあり、それが筋痛だと呟く。
そうよね、わたしって普段運なんてしないもの。
男の子のために走ったけれど、あれだって何年ぶりのことだったか。きっと子供の頃以來ね。
「分かりました。ありがとうございます」
「いえいえ、それではお大事にしてください」
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ユナがお醫者様を玄関まで見送りに出る。
その間にリタがガーゼを持ってきて、それに膏を塗ると痣になっている場所にって、上から包帯を巻いた。
「何だか仰々しいわね」
「貴族の令嬢にとっては大怪我でございますよ」
「そう? 見た目ほど痛くないのよ?」
「それはきっと気が昂ぶっておられるからでしょう。後から痛みはやってくると思います」
それはそれで嫌ね。痛いのは嫌いだわ。
包帯を巻かれた足をでながら思う。
「でも男の子を助けられたの。ライリー様のように戦う力がなくても、誰かを助けることが出來て良かった」
あの場で庇わないこともわたしには出來た。
走り出したけど間に合わない可能もあった。
だけど、見捨てるなんて出來なかった。
そんなことをしたらきっとわたしは後悔する。
「だとしても、もう危ない真似はおやめください」
「ライリー様にもとっても怒られたわ」
「當然です」
包帯の巻かれた足を隠すようにシーツがかけられる。
そして橫になるように促された。
「さあ、しでもお休みくださいませ。旦那様がお戻りになられたら起こして差し上げますので」
心配そうなリタの言葉を素直に聞くことにした。
「そうね、し疲れたわ」
「何かございましたらベルを鳴らしてください。隣室で待機しております」
「ええ、ありがとう」
禮をしてリタが寢室を出て行く。
ベッドに仰向けに寢転び、天蓋の天井を眺める。
……魔獣ってあんなに恐ろしいのね。
持ち上げた手を広げれば手の平の側に薄っすらと爪の跡が殘ってしまっていた。
皆に心配をかけないよう気を張っていたのだけれど、今ならもう我慢しなくていい。
震える手で口を覆う。
吐き出した息も震えていて、口元にれた手は氷のように冷たい。
大きくて、禍々しくて、兇暴で、魔を使う。
一般人ではあれに抗うはない。
わたしには運良くショーン殿下より賜った魔道があったから無事だっただけで、それがなければどうしようもなかった。
……ライリー様が怒るのも當たり前ね。
戦うことも出來ない人間が魔獣の前へ飛び出したんだもの、怒らない方がどうかしてるわ。
「もう一度謝らなきゃね……」
でも今はしだけ休みたい。
じる眠気にを任せて目を閉じた。
* * * * *
軽く肩を揺さぶられる覚に意識が浮上する。
目を覚ますとリタがこちらを見下ろしている。
「旦那様が帰宅されましたよ」
その言葉に眠気を我慢して起き上がる。
「起こしてくれてありがとう。支度を手伝ってくれる?」
「ええ、もちろんです」
起き上がったわたしの足の合を確認すると、リタはあまり生地の多くないすっきりとしたドレスを選んできてくれた。
あまり生地が多いと重たくて足に當たった時に痛いかもしれないから、とそのドレスを著せてくれる。
髪を梳いて、お化粧は口紅と頬紅だけ。
ライリー様もお食事はまだらしく、わたしが起きたことをユナが伝えに行くと、一緒に夕食を摂ろうとわれる。
食堂へ行けば、先にライリー様が席についていた。
「おかえりなさいませ、ライリー様」
「ああ、ただいま」
一度ライリー様のところへ行って抱擁し、頬と頬を軽く合わせる。
お返しをもらってから自分の席へついた。
夕食が配膳されて、ライリー様と共に祈りを捧げてから食事に手をつける。
「膝を打撲したそうだが、大丈夫か?」
リタかユナからオーウェルを通じて聞いたのか。
心配そうに見つめられて微笑んだ。
「ええ、ただぶつけただけですわ。膏もいただきましたし、お醫者様も普段通りに生活していればすぐに良くなるとおっしゃっておりました」
「そうか」
ライリー様がホッと小さく息を吐く。
心配事が減ったからか、しライリー様のお食事のスピードが上がった。
屋敷では人の姿で過ごしているので、お食事も綺麗に、ゆっくり食べられるようになったのよね。
元々汚いじはなかったけれど、獅子の時は野味のあるお食事風景だったから、人の姿の時だとやけに靜かにじるのだ。
「そうだ、陛下よりエディスにお言葉を賜っている」
「えっ、國王陛下から?」
何か陛下にお聲をかけられるようなことをしたかしら?
不安混じりにライリー様を見たが、その表が明るいことから悪い話ではないことが分かった。
「ああ、君に『民を守ってくれたことに禮を言う』とおっしゃられていた」
それは男の子を庇ったこと? それとも民の導をユナやシーリス達にさせたこと?
いえ、どちらにしても陛下よりお言葉を賜るなんて、とても栄なことだわ。
婚約発表の時に祝福の言葉をかけていただいたけれど、あれはライリー様の婚約者だったからだもの。
今回はそれとは違うわ。
ああ、國王陛下よりお言葉をいただけるとは……。
で言葉に詰まる。
「っ、そ、そうなのですね……。に余る栄ですわ。とても、ええ、とても嬉しい……」
あの時、いたことは間違いじゃなかった。
あの時、震えるだけでなくて良かった。
ライリー様がらかく笑う。
「俺もエディスが婚約者で誇らしいよ」
それにわたしも心から笑い返す。
そうして和やかに食事を終えると居間へ移する。
ライリー様とソファーに隣り合って座り、いつものようにを寄せ、互いの溫を確かめる。
ライリー様の抱き寄せる腕の力がいつもよりし強いのは、きっと晝間のせいだろう。
わたしだって、もしもライリー様を失うことになったら、多分冷靜ではいられないと思う。
わたしの存在をじるようにライリー様の手がそっとわたしの頬の郭をなぞり、親指がを優しくぜる。
「ライリー様、ごめんな……っ」
言い終わる前にライリー様に口付けられる。
今までしてきた同士がれ合うだけの軽いものではなく、重なったの間から熱いものが口へ侵してきた。
けれどもそれがちっとも嫌じゃない。
いだ拍子にし空いたの間から空気を吸う。
「ん……」
「……エディス、鼻でするんだ……」
ふっと微かに笑ったライリー様にムッとする。
「ライリー様は……」
「うん?」
「こういう経験がおありなんですか……?」
前世を思い出したわたしよりも余裕がある。
それが格好良いと思う反面、もしかしたら他のとの関係の末で覚えたことかもしれないと考えると嫉妬してしまう。
わたしは前も今も合わせて初めてなのに。
睨みつけるとライリー様の目が赤く染まった。
「いや、その……実は、こういう経験は殆どない」
「本當ですの? だって、あんなに余裕のある風でしたではありませんか」
「貴族の閨教育はけたが座學だけだったし、後は先輩騎士達の話を聞いて覚えただけだ。呪いをける前も騎士としてを鍛えることに夢中で事なんて全く興味なかった。だが今は違う。……がっつき過ぎて嫌われたくないんだ」
笑ってしまうだろ、と困ったように微笑まれて、今度はわたしの顔が熱くなる。
それはつまり、わたしが初めての相手ってこと?
わたしがそうであるように、ライリー様も?
どこか不安そうに見つめてくるけるような金の瞳と目が合ってしまったら、もうどうでもよくなってしまう。
「わたしもそうですの。初めて好きになったのも、デートをしたのも、キスをするのも、全てライリー様が初めてですわ」
ライリー様の頬に自分の頬をすり寄せる。
すると當たり前のように同じ行為が返される。
互いに頬を寄せ合ってしばらくじゃれ合った後、ライリー様がポツリと呟いた。
「君の元婚約者についてなんだが……」
そこで言い淀んだライリー様に寄りかかる。
「リチャード様は処刑されるのでしょう?」
「……気付いていたか」
どうやったのかは不明だけれど王都の真ん中で魔獣を放ったのだもの、無罪放免なんてありえないわ。
重罪人と判斷されるのは分かっていた。
「重要機なので詳しくは話せないが、リチャードは王都で魔獣を発生させた。それは許されない行いだ。陛下はそれを重くけ止め、リチャードを一週間後に公開処刑に処すとお決めになられた」
「何故一週間後ですの?」
「それは……。君の妹、ではないんだったか。フィリス=アリンガムが出産を終えたため、彼も王都へ護送されている。二人の処刑を同時に行うことになったんだ」
「フィリスも……」
確かにあれから半年以上経った。
當時、フィリスが妊娠何ヶ月目だったのかは分からないが、無事出産したということは彼に殘された道は死だけである。
生まれた子はどうなったのかしら。
母親であるフィリスとは引き離されて育てられるとは聞いているけれど、その子には真っ直ぐに育ってしい。
「どうする? 最後に一目會うか?」
ライリー様の問いに首を振る。
「いいえ。わたしはもうベントリー伯爵家の娘です。あの二人とはもう無関係だもの。……會わない方がお互いのためよ」
「そうだな。あの二人は君に対して橫暴な態度を取るだろうし、君は屋敷でゆっくりしていると良い。代わりに俺が見屆けてくる」
「……お願い致します」
「ああ」
元婚約者のことはしてなどいなかった。
元妹のこともしてはいなかった。
でも、だからと言って死んでしいとまでは思ってもいなかった。
ただわたしと関わりのない場所ならば、どこへ行っても構わなかった。
あの二人が処刑される。
良い思い出など一つもないのに。
どうしてか悲しい気持ちになる。
「君は何も悪くない」
太く筋張った指が頬をでていく。
いつの間にか涙が頬を伝い落ちていた。
リチャードとフィリスが死ねば、本當にわたしは以前のしがらみから抜け出せるのだろう。
ライリー様がわたしの目元にキスをした。
「死んでしいなんて思ってないの」
「分かっている」
「嫌いだったけど、憎くはなかったのよ」
「そうか。君は優しいな。……だがし妬ける」
「やける?」
どういう意味かと見上げれば、金の瞳が近付いて來て、こめかみにキスされる。
「君がリチャードのことを名前で呼んでいることに、嫉妬してしまう。長年婚約者だったから癖なのかもしれないが」
「あ……」
そうね、もうリチャードは婚約者ではないもの。
親しくもない異の名前を呼ぶのは良くないわね。
「どうか、俺のことはライリーと。様付けしないで、晝間の時のように、そう呼んでしい」
ライリー様に耳元で囁かれる。
し掠れた聲には懇願のが滲んでいた。
……呼び捨て……。
「ライリー?」
「! ああ!」
パッとライリー様の表が明るくなる。
こんなことでそんなに喜んでもらえるとは。
「これからもそう呼んでくれ」
「人前や公の場では今まで通り様付けで呼びますよ?」
「ああ、それでいい。二人の時は呼び捨てに」
「分かりましたわ、ライリー」
それだけで機嫌良さそうに抱き締められる。
まさか元婚約者を名前呼びしただけで妬かれるなんて思わなかったけれど、何だか嬉しいわね。
ライリー。ライリー。……ライリー。
心の中で何度も呼ぶ。
まるでそれに応えるように深く口付けられた。
どこか悲しい気持ちはまだあるけれど。
あなたがいるからもう寂しくないわ。
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