《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》彼と彼【続編完】
リチャードとフィリスの処刑から數日。
わたしは穏やかな日々を過ごしていた。
処刑當日、ライリーは見屆けに行き、そしてしばらくして帰って來ると黙ってわたしの傍にいてくれた。
処刑がどのように行われたか、聞かなかった。
ライリーも何も言わなかった。
ただ彼もどことなく沈んでいて、お互いにを寄せ合って、その日は一日を過ごした。
それから二日経って、わたしの心の整理がついたのを見計らったようにライリーは々と教えてくれた。
二人の処刑が中央広場で行われたこと。
斬首刑で、リチャードは抵抗しなかったが、フィリスの方は最後まで抵抗していたこと。
そのは數日さらされるだろうこと。
だから出かけるのは控えた方が良いとも言われた。
気分的に出かけたいとも思わなかったので、わたしはそれに頷いて、數日家に引きこもろうと決めた。
二人のはその後、罪人用の共同墓地へ葬られる予定らしい。
それからリチャードの生家、オールドカースル子爵家だが、リチャードを逃した件もあり、その責任を取るためにリチャードの兄の現當主は爵位を手放した。
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そうして子爵位はオールドカースル家の分家である別の家が領地や爵位をそのまま継ぐそうだ。
リチャードの兄達はその分家が継いだ領地で、一領民としてをにして働くという。
このまま貴族位にいても彼らに未來はなかったので、その方が良かったのかもしれない。
彼らと會うことは二度とないだろう。
「ショーン様が魔道の確認をしたいから、一度、宮へ來てしいとおっしゃられていた」
そうライリーに言われたことで、わたしは數日ぶりにお屋敷の外へ出ることとなった。
ショーン殿下にお禮を伝えたかったので丁度良い。
その話を聞いて三日後に伺うとショーン殿下は相変わらず緩い笑みを浮かべて出迎えてくださった。
「やあ、エディス嬢、いらっしゃい」
手でソファーを勧められてそこへ座る。
「魔道の件でお呼びと伺い參りました。殿下よりいただいた魔道に助けられて、本當に何とお禮を申し上げれば良いか……」
「いいよいいよ、お禮なんて。それに子供を庇ったって聞いたよ。渡した側としては有効活用してくれて嬉しいし」
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本當にそう思っているのかショーン殿下はニコニコと嬉しそうに笑っている。
どうやら建前とかではないらしい。
「じゃあ魔道をちょっと確認させてもらうね」
「外せないのですが、このままでよろしいのでしょうか?」
「うん、そのまま寛いでていいよ〜」
さすがに寛ぐのはちょっと……。
わたしへ手の平を向けたショーン殿下が魔詠唱を口にすると、一瞬、魔道のアンクレットが熱を持ったじがした。
けれど熱いというほどではない。
すぐに熱は消えて、ショーン殿下が満足そうに頷いた。
「うん、問題なさそうだね。魔力の補充も出來てる。これならビッグボアの突進くらい余裕で弾けただろうねえ」
納得した風に言われて首を傾げる。
「魔力の補充、ですか。でもわたしは魔力を持っていないはずですが……?」
ショーン殿下が頷き返す。
「ああ、うん、魔力はライリーから補充してるんだ。君達、毎日べったりしてるでしょ?  二人がれ合うと補充されるようにしてあるからね」
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「そうなのですね。……魔が展開した時に、が金にっていたのはライリー様の魔力だからでしょうか?」
「多分そうだろうね」
それなら、魔道の魔力は常にたっぷりとあることだろう。
何せわたし達は一緒にいる時はずっとくっついて過ごしているし、毎日そういう時間を作っている。
ショーン殿下が笑ったのも頷けた。
まあ、でも黙っていればショーン殿下しか分からないのだから、別に気にする必要もないわよね。
婚約者だもの、恥じたり隠したりすることもない。
「そうだ、フローラが落ち著いたらお茶會にいたいって言ってたんだけど、そろそろ大丈夫かい?」
お気にりのオレンジジャムサンドクッキーを食べながら口を開いたショーン殿下に問われる。
「え、ええ、そうですわね。フローレンス様のお茶會でしたら出ても良いかと思っております」
「じゃあ後でそう伝えておくね」
「お気遣いありがとうございます」
他の家のお茶會であればお斷りしたが、フローレンス様のところならば良いかもしれない。
ずっとお屋敷にこもっていたから使用人達もライリーも、わたしが塞ぎ込んでしまわないか気にしていたし。
わたしもフローレンス様にお會いしたい。
クッキーを食べながらショーン殿下が「どういたしまして」と言い、近侍に「ショーン様、お行儀が悪うございます」と苦言を呈されていた。
當の本人はそれを無視してクッキーを齧る。
「そうだ、エディス嬢も何かしいものがあったら言ってよ。陛下が何か與えたいっておっしゃっておられたし」
何でもないことのように言われて目を瞬かせる。
「え? わたし、何もしておりませんが……?」
「魔獣の件で民を避難させたでしょ? それをお聞きになられた陛下が是非、エディス嬢に褒を取らせたいってさあ」
初耳である。
それに、ちょっと困った。
「それはわたしに出來ることをしただけで、褒をいただけるほどの働きはしておりません」
「謙虛だねえ。でも何かもらっておくといいよ。英雄の婚約者として得る初めての褒なんだから」
ショーン殿下の言葉にハッとする。
もしや陛下はわたしが英雄の婚約者に相応しいと広めるために、あえて褒を與えてくださるのでは……?
顔を上げればショーン殿下がらかく笑う。
陛下のお心遣いにが熱くなる。
一臣下の婚約者にこうもお心を砕いてくださるなんて。
でも褒と言ってもしいものはない。
今で十分満足しているのだもの。
「……何でもよろしいのでしょうか?」
「んー、領地を寄越せ〜とかじゃなきゃいいんじゃない? それとも爵位がしい?」
「いえ、そういうのは結構です」
面倒臭いし、と心で呟く。
それをじ取ったのかショーン殿下がぷふっと吹き出した。
「ライリーと言い君と言いがないねえ」
「はございます。味しい食事を食べたいとか、暖かいベッドで眠りたいとか。でもそれらは満たされておりますので」
「へえ、そうなんだ?」
面白いものを見るような目で見つめられる。
何だか落ち著かないわね。
そこでふと良い案が思いついた。
「そうですわ、褒はお金がよろしいかと。それを一度け取り、獻上致しますので魔獣で屋臺を壊された方達のために使ってくださいませ」
自分で言いながら素晴らしい案だと思う。
それならば王家の面も保てるし、わたしも褒をけ取ったことになり、魔獣の件で被害をけた人々の助けにもなる。
リチャードはわたし達を狙ったのだろう。
それなら被害をけた人達は巻き込まれたということで、その人達のためにわたしの褒を使えば、わたし自の気持ちもしは軽くなる。
うん、そうね、それが一番だわ。
手を叩いたわたしにショーン殿下が目を丸くする。
「えっと、今回被害をけた民への補償はされる予定だけど……」
「でもそれは屋臺の修繕費や怪我人の治療費などでしょう? 屋臺が壊れていたり、働けなかったりしたらその間は生活が苦しくなってしまいます。その分の生活費をしでも出してあげてしいのです」
「ああ、そういうことね」
ショーン殿下が考えるように目を細めた。
ダメかしら? それとも余計なことかしら?
ドキドキしながらその顔を見つめれば、視線に気付いたショーン殿下がニコリと笑う。
「エディス嬢がそれでいいなら、陛下へそうお伝えする。お金を一度け取り、全額獻上する。本當にそれでいいんだね?」
「はい、お願い致します」
「分かった。きっと陛下はお喜びになるよ」
屈託なく笑うショーン殿下にホッと息を吐く。
それにお金は天下の回りもの、というそうなので、貯めているより使われてこそなのだわ。
何故か帰りに殿下のお好きなはずのオレンジジャムサンドクッキーをお土産にいただいた。
それをライリーへ言ったところとても驚かれた。
「エディスはよほど気にられたんだな」
自分の好きなものを分け與えても良いと思うくらいには気にられたらしい。
クッキーはライリーと共に食後に食べた。
* * * * *
その翌日にはウィンターズ邸へ書狀が屆いた。
そこには目を丸くするほどの額の報奨金が明記され、それを獻上したことへの謝の言葉が綴られていた。
書狀を見たライリーも驚いていた。
「これ、國王陛下直筆じゃないか?」
「ええっ?!」
思わず書狀を持つ手に力がる。
こういうのって、普通は署名だけ陛下が行って、後は代筆で済まされるものではないの?
ライリーとわたしは顔を見合わせた。
「それにこの額……。民への補償に使われること前提で恐らく決められたんだと思う」
「やっぱりそうですわよね? 褒賞にしてはやけに額が大きいですもの」
「ショーン殿下から陛下に伝わって、陛下がそれならばと考えたのだろうな」
でもこれだけあれば怪我をした人や屋臺を壊された人の生活費に當てても十分そうだ。
陛下が采配してくださるでしょうから、こう言ってはあれだけれど、わたしは何もする必要がない。
何だか味しいところだけもらってる気分ね。
これでいいのかしらと不安になるわ。
「これでしは気持ちが軽くなったか?」
抱き寄せられ、頬に口付けされる。
「……お見通しですのね」
「まあ、完全に分かってるわけじゃあないが、君のことだから自分のせいで人々が巻き込まれたと気にしているのではと想像したまでさ」
はいともいいえとも言えずに黙る。
そんなわたしをライリーは抱き締める。
「君は何も悪くない」
労わるように優しく髪をでられる。
「だから気にする必要はないんだ」
今回の件が逆恨みなのは分かっているわ。
何度も言われた言葉に目を伏せる。
ライリーがもう一度頬にを寄せた。
「……こんな時に言うことではないのは分かっているんだが……」
言葉を濁すライリーに顔を上げる。
するとにらかながれ、が弾けた。
閉じた瞼を開ければ獅子の姿が目の前にある。
「ライリー?」
お屋敷では人の姿でいるはずなのに。
どうして獅子の姿に?
ライリーが控えていたリタを呼ぶ。
するとリタが頷き、部屋を出て、すぐに小さな箱を手に戻ってきた。
その箱をけ取るとライリーはそれを開けた。
「エディス、俺と結婚してくれ」
差し出された箱の中には一対の指があった。
一つは小さめで、金と銀の二本のラインがわるように一つのを作り、金のラインには小粒の紫の寶石が並び、銀のラインには琥珀の小粒の寶石が並び、そして中央には鮮やかな紅い寶石が鎮座していた。
もう一つの大きい指も同じデザインだ。
金のラインはライリーで、銀のラインはエディスで、そしてお互いのラインには相手の瞳のの寶石が並んでいる。紅い寶石は王家から賜ったのだろう。
この國で、これほど鮮やかな紅い寶石をにつけられるのは王族か、王族からそれを下賜された者くらいだ。
赤い寶石は多いが、王家の方々のあの紅い瞳によく似たの寶石となると手にれるのは難しい。
思わず口元を両手で覆う。
「これからの人生を君と共に歩みたい。君の笑顔を橫で見ていたい。……職業柄、君だけの騎士になるとは言えないが、それでも君を守りたい」
頬を熱いものが伝い落ちる。
指から顔を上げれば獅子と目が合った。
初めて見た時から変わらない凜々しいお顔立ちが、真っ直ぐにわたしを見つめてくる。
聲を出したいのに、が詰まってしまう。
「どうか、俺の妻になってしい」
が震えてしまって聲が出ない。
だから代わりに何度も頷いた。
「……ぃ……はい……ライ、リー……っ」
お化粧が崩れてしまう。
頭の片隅ではそう思うのに涙が止まらない。
涙って、嬉しい時でもこんなに流れるのね……。
ぺろりと溫かいものが頬を拭う。
「しょっぱいな」
エディスの涙なら甘いかもと思ったんだが。
そう、真面目な顔でライリーが言うものだから、わたしは泣きながらも笑ってしまった。
「だって、涙ですもの」
「それもそうか」
「ええ、そうですわ……」
笑って、それから深呼吸を一つ。
震えるに意識的に力を込めた。
見下ろす金の瞳を見つめ返す。
自然に笑顔が浮かんだ。
「わたしを、あなたの妻にしてくださいませ」
ライリーがグルグルと機嫌良さそうに唸る。
「ああ、俺の妻はエディスだけだ」
抱き寄せられ、鬣に顔を埋めながら抱き返す。
あの日、見つけたのがあなたで良かった。
獅子の頬へ口付ける。
「しています」
顔を離せばライリーに左手を取られる。
大きな手が指を摘むと、慎重な手付きでそれをわたしの左手の薬指へ通していく。
ぴったりはまったそれがをキラリと弾く。
そこへ獅子の鼻先が押し付けられる。
「俺も、エディスだけをしてる」
ずっと、これからもあなただけを。
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