《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》初めての旅(6)
だが、そういえば自分の主人は結構奧手であったのだと思い出した。
そうでなければもっと早くに婚約者と式を挙げて婚姻を済ませていたことだろう。
「呼び出したのはそれが理由ですか?」
主人の赤い顔にはれずに質問する。
そうすればフォルトも我へ返り、こほんと一つ咳払いをして場の空気を変えようとした。
「あー、それもあるけど、ちょっとライリーに話があってね」
表が変わったフォルトにライリーは気を引き締めた。
「何でしょう」
「國境までの道で魔獣が出たらしい。目撃された魔獣はワイバーンだそうだ。他にビッグボアも。どちらも數は一匹ずつらしい」
「それを討伐していくということですね」
「うん、そうなるね。後は魔獣が出たらその度にってじになると思う」
ワイバーンとビッグボア。
ビッグボアだけならば特に問題はないが、ワイバーンはし厄介だ。何せ、空を飛ぶ魔獣なのだ。
だがそれはライリー一人で戦う場合の話である。
今回は魔師であるフォルトとレイスも同行しており、飛行する魔獣への対処もしやすい。
それに他の魔獣討伐に慣れた騎士達もいる。
「使節団も護衛がおりましたよね?」
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「そう。自國でも腕利きのハンター達を連れているから、多分大丈夫。我が國まで無事來れたんだし」
「では問題はエディスですか」 
ライリーやフォルト、騎士達が魔獣を討伐する間、どうしても警備が手薄になってしまう。
ウィンターズ家から護衛も連れているし、侍二人もそれなりに戦える者をつけているので、そう危険になるとは思えないが。
何より主人より賜った魔の強固さは既に知っている。
「彼には馬車にいてもらって、僕が離れる際に馬車へ魔を展開しておくよ」
「ありがとうございます」
それならば憂いなく戦える。
エディスも魔獣は一度目にしており、馬車の中にいれば安全だと伝えておけば、勝手に飛び出すような真似もしないだろう。
もし飛び出しそうになったなら、その時は侍達の手によって捕まえておいてもらうしかないが。
儚げな外見に似合わずエディスは行力がある。
思いもよらないことをする時があるので、そこには特に気を付けるよう、侍だけでなく護衛達にも伝えておこう。
「あ、必要そうなものは買い足してきたから、出発前に確認よろしくねえ」
……つまりエディスの下には戻るなと?
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先ほどの仕返しなのか、笑顔で荷馬車に積んでいる荷達の鍵を手渡される。
盜まれたり手を加えられたりしないために箱にれられた荷にはそれぞれ鍵がかけられている。
それらを確認するとしたら、今からやると出発時間ギリギリまでかかる。
それを分かっていて押し付けた。
フォルトのいい笑顔を見れば分かる。
「ライリー様、もし趣味の悪い土産がっておりましたら、構わず捨ててください」
レイスの言葉にライリーは深く頷いた。
フォルトが「何でよお」とぼやく。
荷が増えるから土産は帰りに買うというのが旅の鉄則であり、フォルトが「これいいね!」と言って手に取るのは大抵良いものではないからだ。
どこからともなく怪しいものや奇抜な見た目のものを見つけてきて、土産と稱するのはやめるべきだ。
主人の立場上、もらった側が処理に困る。
そのくせ、自分はそういったものを部屋に置いたり婚約者に渡したりはしないので、一種の遊び覚で行っているのが窺える。
渡してくるもの自はさほど値打ちはない。
前に「呪いの盾を見つけた」と言って木製の盾を渡されたことがあった。苦悶の表を浮かべた老みたいな顔が巧に表に彫ってあり、盾はのように赤黒く、大きく、確かに見た目だけみれば不気味なものだった。
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盾自からも多の魔力はじたけれど、呪いというよりかは、魔師のが塗裝に量使われたような、そんな曖昧なじがした。
人のが使われたものなので持ち帰りたくなかった。何より見た目を思うと屋敷に飾りたくもない。
そのため、渡された盾をライリーはその場で、獅子の腕力にを言わせて真っ二つにへし折った。
そして「私の呪いの方が強かったようです」と言えば、主人には「あはは、そうみたいだね! ライリーの力で真っ二つだ! 盾の負けだ!!」と大ウケした。
思えばあれ以來変なは渡されなくなった。
真っ二つにへし折った盾の行方は知らない。
ただ「まだ使えるから」と主人が引き取っていったのだけは覚えているが、あれは本當にどうなったのか謎である。
* * * * *
結局、あれからライリーは戻らなかった。
晝食を一緒に摂った時に聞いたが、フォルト様に仕事を頼まれてしまったのだと申し訳なさそうにされた。
一緒にいられる時間が限られるのは仕方ない。
お仕事頑張ってくださいね、と聲をかけたら嬉しそうな、でもし殘念そうな顔をなさっていた。
晝食後、荷を馬車へ積み込んで出発した。
街から離れると一旦停まり、そこでフォルト様がわたし達の馬車や荷馬車、使節団の馬車に魔をかける。
「何の魔ですか?」
窓から顔を覗かせて聞くとフォルト様が笑う。
「浮遊と反。ここから先、ちょ〜っと魔獣が出るらしいんだ。でも馬車の中なら安全だよ」
魔獣のいる場所を突っ切るつもり?
いえ、討伐するのでしょうね。
馬車や荷馬車に魔をかければ、中に乗っているわたし達も無事というわけね。
「外が騒がしくても中にいてね」
「分かりました。フォルト様とレイス様は?」
「僕たちは外で応戦するよ」
フォルト様とレイス様の代わりに護衛の二人とユナが馬車へ乗ってくる。
扉が閉められた。
フォルト様はライリーの後ろに、レイス様は別の騎士の後ろに相乗りをする。
……お二人共、あれは絶対に前が見えてないわ。
使節団の方も雇っているハンター達が警戒しながら馬車と馬を進めて行く。
魔獣が出ると言っても線引きしてあるわけではないので、魔獣がなければ変わらない。
ただ普段よりも車窓の流れは速い。
あら? 馬車が殆ど揺れない?
思わず窓に寄って馬車の下側を見れば、フォルト様が施した魔式がほんのり輝いてくっついている。
「魔で馬車全を浮かせてるようです。これならば多荒い走り方をしても馬車に負擔がかかり難いでしょう」
クウェントが教えてくれた。
「いつも使うことが出來れば揺れなくて快適に過ごせそうね。きっと馬車酔いもしないわ」
「フォルト様、結構とんでもないんですよ。馬車ほどの大きさになると魔力の消費もそれなりにありますし、複數の対象に浮遊と反の重ねがけなんて、僕だったら二時間しか持ちません」
「そんなに凄いのね」
先頭を走る馬の後ろ姿を見る。
あんな簡単そうに魔をかけられていたけれど、さすが宮廷魔師の頂點にいるお方だわ。
クウェントが深く頷く。
「僕も魔師としては強い方だと自負してましたが、上には上がいますね。……さすが宮廷魔師だ」
嘆の混じった言葉にわたしも頷く。
「フォルト様は宮廷魔師の中でも最も地位の高い紅い石をに付けていらしたわ。あれを持てるのは本當に一握りの者だけだそうよ」
「うわ、それじゃあどう頑張っても敵いっこないですね。……宮廷魔師のトップなんてあの若さでどうやったらなれるんだろう……」
そう言いながらもクウェントの目は輝いていた。
人って自分より優れた人を見ると、妬んだり羨んだり、逆に気落ちしてしまうこともあるけれど、クウェントはそうではないようだ。
むしろ窓にくっついて馬車の下にある式を一生懸命見つめ始めた。ブツブツと呟く容を聞くに、式を自分なりに理解しようとしているらしかった。
シーリスが困ったように頭を掻いた。
「申し訳ありません。魔さえ関わらなければ、うちのパーティーでは比較的まともなのですが……」
わたしはクスと笑って首を振った。
「いいえ、努力家で素晴らしいと思いますわ」
「そう言っていただけると助かります」
窓にくっついているだけで、特にわたしにとっては問題もないし、かなり集中してるのを邪魔する理由もない。
……クウェントはい顔立ちをしている。もしかしてわたしと年頃は同じかし上くらいなのだろうか。
シーリスは二十代後半か三十くらいに見える。
「シーリスとクウェントは歳が違うみたいだけど、ハンターに年齢は関係ないのかしら?」
使節団の方にいるハンター達はそこそこ歳がいってるというか、ライリーやシーリスよりも明らかに年齢が高い。大三十半ばか四十代ほどに見えた。
「そうですね、一応十二歳以下はハンターとして登録出來ません。それも仮です。早くても十二歳で仮ハンター登録して、十六歳で正式なハンターとして認められます」
「仮の期間が長いのね」
「なりたては死にやすいですから。仮ハンターは単獨で依頼をけられないので、仮ハンター同士かハンターと共に活します。殆どは正式なハンターになるまで先輩ハンターに指導してもらいます。仮ハンター同士だけというのはあまり聞きませんね」
仮ハンター同士で組んでも死にやすいってことね。
それなら先輩方に混じって々と教えてもらいながら四年間、自分を鍛え、正式なハンターになって活する方が良い。
魔獣がいる限りハンターの仕事はなくならない。
でも魔獣との戦いは危険で、死ぬこともある。
ハンターが減りすぎないようにと考えられているのかもしれない。
「シーリス達はどうだったの? 後からパーティーを組んだ? それとも最初から一緒?」
「クウェント以外は同郷同士ですよ。最初からパーティーを組んでいて、仮ハンターの教育を主に仕事にしている先輩ハンター達のパーティーに二年ほどお世話になりました。私達は十五歳で登録したので」
「クウェントは?」
「旅の途中で出會いました」
何となく、それ以上はれてくれるなという気配をじたのでわたしは「そうなのね」とそれ以上そのことについて聞くのはやめた。
誰にだってれられたくないことはあるでしょう。
「前の貴族のところはどうだった?」
シーリスが「うーん」と考える。
「ウィンターズ騎士爵家の方がずっといいですよ」
ふとクウェントが振り向いた。
シーリスが苦蟲を噛んだような顔をした。
「それはそうでしょう」
「ご飯も味しいし、無理なことは言われないし、旦那様は実力で判斷してくれます。ハンターだからってケチったりしません」
「あー、それはありますねえ」
貴族のハンターに対する扱いは二通りあるそうだ。
一つは実力をきちんと評価して正當な報酬などを用意してくれる場合。
もう一つはハンターという荒くれ者と見なして、下に見る場合。こちらはあれこれと難癖をつけられて報酬を減らされることが多いそうだ。
関わりたがらない貴族もいるにはいる。
だが領地を持つ貴族はほぼ自領に己の騎士だけでなく、傭兵やハンターをなからず抱えているらしい。
前の貴族は典型的な後者だった。
報酬は適當な理由をつけて減らされ、與えられた部屋も使用人の中でも最低で、食事も量も味も良くなくて、といったじ。
きっと使用人達の待遇自が悪いのだろう。
「國の英雄と名高い旦那様に聲をかけられた時は驚きましたがねえ」
「部屋は綺麗で、ご飯も味しくて、報酬も減らされないのは嬉しいです」
「ウィンターズ邸は使用人の待遇も良くて、使用人の皆さんも分け隔てなく接してくださいますから、過ごしやすいです」
わたしの左右でリタとユナが何度も頷いた。
使用人達の生活が悪いと、お屋敷の雰囲気もギスギスしていて、あまり良くなさそうだものね。
シーリスもクウェントもライリーに仕えることにかなり前向きで、わたしにも好意的なのが嬉しい。
護衛はこれからも側にいてもらうことが多い。
仲が良い方がきっとお互いいいわよね。
「それにしいお嬢様の護衛も出來ます」
クウェントがシーリスの耳を引っ張った。
「旦那様に報告するよ」
「いてて、それはちょっと……」
そんな二人のやり取りに笑いがれた。
だが、唐突に二人がハッとした表をする。
「シーリス? クウェント?」
同時に窓の外を見た二人が顔を戻す。
「魔獣が出たようです」
「え?」
わたしには何も聞こえなかったが。
窓へ目を向けるが、馬車の橫を馬に乗った騎士が並走し、その向こうに森があるだけだ。
特に変わった様子は見られない。
「先ほど一瞬ですが翳りました。恐らく空を飛ぶ魔獣が現れたのかと」
「空を飛ぶ魔獣がいるの?」
「ええ、鳥型のものが。でもあまり多くありません」
鳥型の魔獣もいるのね。
獅子やイノシシ、狼の魔獣がいるのなら鳥の魔獣がいても不思議はない。
「ん、ああ、分かった、ワイバーンです」
馬車の窓からを乗り出して向かう先を見たクウェントが言い、シーリスも「ワイバーンか」と納得した風に頷いた。
一瞬、頭の中に翼の生えたトカゲのような生きが浮かび上がった。
前世のわたしの知識だろう。
「ワイバーンは強いのですか?」
「空を飛んでいるので、戦うのないハンターにとっては厄介な相手です」
「でも今回は旦那様だけでなく宮廷魔師の方々もいらっしゃいますから大丈夫です。この馬車にいれば安全ですよ」
わたしを安心させるためかシーリスもクウェントも焦った様子が欠片もない。
リタやユナも怯えておらず、全員が普段と変わらない態度でいるのでわたしも不安をじない。
だからといって心配がないわけでもなく。
しかし戦うことの出來ないわたしが出て行っても、邪魔になるだけで、周りに迷をかけてしまう。
……全員が無事でありますように。
せめて誰一人欠けることなく、大きな怪我をせずに済むよう馬車の中で願った。
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