《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》ヴィネラ山脈(3)

* * * * *

エディスが眠りに落ちるとライリーはそっとそのをクッションの上へ橫たえた。

リタとユナに後を任せ、馬車を降りる。

やはりエディスは力がない。

馬車に乗っているだけでも疲れたのか、あっという間に眠ってしまった。

安心したような寢顔を思い出す。

自分が傍にいることで安心してくれるのは嬉しいが、同時に男としてちょっと微妙な気持ちもある。

……いや、喜んでおこう。

それだけ自分に心を許してくれているのだ。

焚き火へ戻ると主人達がそこにいた。

「エディス嬢は?」

「休みました」

「そっか、旅って意外と疲れるからねえ」

うんうんと頷いた主人は訳知り顔をする。

椅子代わりの丸太へ腰かければ、レイスが溫かな湯気を上げるカップをライリーへ差し出した。

け取ると紅茶の香りが漂う。

を使える者がいると旅も快適だ。

「ありがとうございます」

「いえ」

相変わらず、想のないレイスだが、だからと言って気遣いが出來ないわけではない。

むしろ主人の近侍であるだけあって周囲への気配りが上手い。

カップへ口をつければ、し濃いめに淹れられた紅茶のおかげで微かにあった眠気も消える。

「やっと旅程の半分だ」

同じくカップを持った主人が言う。

騎士団だけならばもっと早く到著することも可能だが、使節団とエディスがいるため、これでも余裕を持った日程である。

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それでも一般的な日程に比べれば、なかなかの強行軍だ。

ライリーはもう一口紅茶を飲む。

「來ると思いますか」

「うん、正直、いつ來てもおかしくないね。シェルジュ國にる前には必ずあるだろうけど」

何が、と言わずとも互いに通じた。

賢者ワイズマンが雇ったというハンター崩れの賊達がいつ頃襲撃して來るかは分からない。

しかしシェルジュ國への騎士団の派遣をやめさせようと言うのであれば、到著する前には來るだろう。

シェルジュ國までは後二日ほどだ。

明日か明後日か。

襲撃する側の視點で考えれば、晝間よりも夜の方がいい。闇夜に乗じてならば対象に接近しやすく、また、夜は代で休む必要があるため見張りの目もない。

そして狙うのであればヴィネラ山脈だ。

広い森や街道よりも、狹く見通しの悪い山道の方が襲撃がしやすいのだ。

「いつ頃來ると思う?」

「私が賊であれば深夜でしょう。明日には次の街へ著いてしまいますし、明後日にはシェルジュ國へります。狙い目は今夜遅くかと」

「そうですね」

主人の問いにライリーが答え、レイスが同意する。

互いに目配せをし合うとカップの中を飲み干して立ち上がった。

「さあてと、そろそろ僕は寢ようかなあ」

一度びをした主人は「おやすみ〜」と後ろ手を振って、騎士団の荷馬車へ歩いて行った。

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「私が片付けておきます」

「ああ、すみません、お願いします」

レイスがカップを回収する。

ライリーも荷馬車から布を引っ張り出してくると、焚き火の近くを陣取り、丸太に寄りかかるように床へ座り込む。

他の騎士達と同様に眠る勢をとった。

見張りは騎士の四人とレイス、使節団のハンターが二人の計七人で十分な數である。

ライリーは布に包まると靜かに目を閉じた。

* * * * *

じゃり、と微かに土を踏み締める音に意識が浮上する。

まだ瞼は閉じたまま、聴覚に集中すれば、今度は茂みの葉同士がれ合う音がした。

この音はまだ騎士達には聞こえていないだろう。

呪いのおかげで五が鋭くなったライリーの耳だからこそ拾えた音である。

しばらくするとまた土を踏む音が別の方向からも聞こえてきた。

次に嗅覚に集中すると嗅ぎ慣れない臭いがした。

騎士団のものとも、使節団やその護衛のハンター達とも違う臭いは覚えのないものだった。

更に覚を研ぎ澄ませれば複數の人の気配と二つほどの魔力をじ取った。どうやら向こうにも魔師がいるらしい。

ライリーは小さくぎをして、さも今起きましたという風に小さく欠を噛み殺しながら緩慢なきで起き上がり、しばし焚き火をぼんやり見た。

それからゆっくり立ち上がって荷馬車に近付いた。

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荷馬車のほろをしだけ上げて、中に頭と腕を突っ込んで、荷を探るようにごそごそとく。

「フォルト殿」

囁き聲で呼べば、暗闇の中で気配がく。

「……來た?」

ライリーの目には暗闇の中でを起こしたフォルトの意地の悪そうな笑みが見えていた。

「恐らく」

そう答えたライリーは荷馬車の中にあった革製の水筒を摑むと、馬車から頭と腕を戻し、中の水を一口二口飲みながら馬車から離れた。

そうして何気なく見張りの騎士へ聲をかける。

「どうだ?」

水筒の水を飲みながら、ライリーは視線を気配のあった場所へ素早く向けた。

すると、それに気付いた騎士の目が微かに眇められ、すぐに苦笑でその仕草は誤魔化される。

「靜かなものですよ。獣一匹見かけませんよ」

「そうか、まあ、靜かなのは良いことだ」

「それはそうですが、こう何もないと眠くなってしまいますね」

互いに軽口を零し、ライリーは勵ますように騎士の肩を三度叩いた。

それから眠れなくなった人間が見張り番に絡んでいる風を裝い、殘りの騎士三人とレイスに聲をかけていった。

使節団の方のハンター達にも聲をかけた。

そちらには見張り中にでも、と干ししばかり持って行って手渡した。

渡す際に小聲で接近している者達がいると告げれば、ハンター達はにこやかに「ありがとうございます」と干しけ取った。

そうして欠を零し、水筒を馬車へ戻しに行く。

「準備は整いました」

小聲で言えば、暗闇の中で支度を済ませた主人が頷いた。

それを確認して荷馬車を離れ、元いた位置へと戻ると布に包まり座り込む。

目は閉じたものの、帯びたままの剣の柄に手を添え、いつでも抜けるようにしておく。

覚で確認すると先ほどよりも大分人の気配は近付いて來ている。もう、街道沿いの茂みの辺りだろう。

いつ彼らが飛び出して來ても不思議はない。

魔力の気配が僅かに強まる。

ヒュウ、と風が焚き火に吹き付ける。

弱かった火はそれだけで掻き消えた。

瞬間、強く土を踏み締める音と茂みを搔き分ける音が響く。

「敵襲だ!!」

ライリーは布を払いながら聲を張った。

その聲に眠っていた騎士達も跳ね起きる。

金屬同士がぶつかり合う甲高い音が闇夜を切り裂いた。

見張りの騎士に襲撃者達が切りかかり、それを騎士達の剣がけ止めた音だった。

荷馬車から主人が、ウィンターズ家の馬車からは護衛二人が飛び出し、護衛達はエディスの馬車に駆け寄ると周囲を固める。

主人は襲撃者達を見ると即座に手をばす。

「魔師は僕とレイスがやる!」

「了解!」

ライリーは返事をしながら抜剣し、自分へ向かってきた男の剣をけ流した。

勢を崩しかけた男の脇腹を蹴り上げた。

鈍い音がして、男がき聲を上げながら痛みに剣を取り落としたため、ライリーはその剣を踏みつけると、そのまま男の顔面に更に蹴りをれる。

顔面を蹴り上げられた男は鼻を吹きながら、仰向けに倒れ込んだ。

ライリーの蹴りをけて、白目を剝いていた。

踏みつけた細の剣を足で蹴り上げ、摑むと、それを振り抜きざまに投擲する。

応戦している騎士の後ろから襲おうとしていた黒服の男の肩ごと、近くの木に勢いよく突き刺さった。

木にい止められた男が悲鳴を上げる。

エディスの馬車にはまだ主人の魔がかかっているため、外でいくら音を立てても聞こえない。

もし聞こえていたら、驚いて顔を覗かせてしまっただろう。

それくらい男の聲は大きかった。

痛みに聲を上げながら男が剣を引き抜こうとするけれど、ライリーが力を込めて投げた剣は深く突き刺さり、片手では抜けなさそうだ。

その男を放置して、ライリーは辺りを見回した。

……こいつらを率いてる者がいるはずだ。

その者はすぐに見つけられた。

他の襲撃者よりもいくらかにつけている類や裝備の質が良く、そしてライリーに負けないほどの大柄な男だった。

その男もライリーに気が付いた。

視線が絡み、どちらからともなく互いに向かって走り出す。

ガキィインッと一際大きな音を立ててライリーと男の剣がわった。

ライリーは思わず口角を引き上げた。

腕にじる力の強さは、武力を誇る己の長兄に負けず劣らずあり、久しぶりに歯応えがありそうだ。

まるでライリーの心の聲が聞こえたかのごとく、剣をえた男もニヤリと笑う。

「お前、ただの騎士じゃあないな?」

酒灼けした濁聲が問う。

「そういう貴様こそ、ただの賊ではあるまい」

二度三度と剣をえる。

男の剣筋からは何かしらの法則をじる。

なくとも、我流で辿り著いたものではない。

そうしてかなり経験富であることも窺える。

「ふん、あいつらめ、騎士を殺すだけなんて言いやがって! もっと金をもらわなきゃわりに合わねえぜ!!」

あいつらとは恐らく賢者のことだろう。

上段から振り下ろされる剣を右へけ流す。

「そうはさせん!」

今度はライリーが下から切りつける。

男は大柄な軀に見合わぬ軽いきでを引いた。

その鼻先ギリギリをライリーの剣が通り過ぎる。

下がった男を追ってライリーが踏み込み、鋭い突きを繰り出したが、男はそれを己の剣で弾く。

男がライリーの手元を狙って剣を突き出し、ライリーは手首を捻るように剣を裏返し、突きの軌道をずらす。

男はそれに気付くと後退する。

ライリーも距離を取るために一歩下がった。

ハンター崩れと聞いていたが強い。

他の騎士達も、苦戦とまではいかないが、どうやら戦いが長引いているらしい。

時折聞こえる派手な音は主人のものだろう。

あの主人がいくつも魔を繰り出している。

それだけ強い相手か、もしくは魔を複數所持しているか。どちらにせよ厄介な相手なのは間違いない。

「他の奴の心配か?」

男の聲に意識を戻す。

「まだ余裕そうだな」

「……まあな」

本気を出せば目の前の男を殺すのは簡単だ。

だが今回は生け捕りにしなければならない。

それに、あまり早く頭を叩くと、殘りの賊達が恐れをなして逃げてしまう可能もある。

それは一番避けたいことだ。

必要なのは頭だけだが、他の者に逃げられた挙句に依頼の失敗を報告されては困るのだ。

もうしばらく長引かせるか。

ライリーは真っ直ぐに構えていた剣先を僅かに下げ、意識してに回りそうな魔力を抑えた。

こういったことはしたことがないものの、要は『力を抜く』ようなものだ。

男はライリーが剣先を下げたことに眉を寄せた。

「何だあ? 手加減しようってか?」

なるほど、気付いたらしい。

その苛立ちの滲む聲に剣を握り直す。

「そうだと言ったら?」

男の顔が不愉快そうに歪んだ。

「気にらねえな!」

ガツンと両腕に衝撃が走る。

突進してきた男の剣をけ止めたこちらの剣が、しだけ刃こぼれをするのが見えた。

一般騎士の裝備では男のものより劣るようだ。

それでも戦うには十分な質である。

けた剣を押し返せば、男が驚いた顔をする。

格は同じでも、外見の筋量的には男の方が多くあるように見えており、ライリーの方がやや劣勢に見えるのだ。

だが実際はライリーには獅子の呪いがある。

それ故に筋力は外見に比例しない。

魔力を巡らせていなくとも筋力があった。

力技で押し返し切ったライリーに男の空気が変わった。

口角は引き上げているが、同時に警戒しているのが伝わってくる。

「悪いが、今しばらく付き合ってもらう!」

ライリーが地面を踏み締め、前方へ飛び出した。

瞬きの間に距離を詰められた男は慌てて下がり、距離を取りながらも、何とかライリーの剣をける。

休む暇を與えず、ライリーは剣を振るった。

斷続的に甲高い音が響き合う。

ギィンッとぶつかり會った剣から火花が散る。

ライリーが攻め、男が防戦一方になる。

「くそっ!!」

男がライリーの剣を伏せて避け、そのままライリーへ足払いをかける。

それをライリーはひょいと飛び上がって避けた。

派手な魔の音が止んだ。

主人だけが持つ笛の音が聞こえた。

ライリーは剣を構えて男へ橫薙ぎに振った。

それを男が剣でけ止める。

瞬間、ライリーは剣を手放した。

「なっ?!」

剣が勢いのまま男の剣に當たる。

男が驚いた表をする。

ライリーは剣を手放した方の手で、男の腕を摑み、握りしめていたもう片手の拳を男の腹へ叩き込んだ。

鈍い音とい筋が拳にじる。

「ぐぁあっ?!!」

それでも気絶しないだけ凄いものだ。

かなり本気で毆ったはずだが、男はふらついたものの剣を手放さなかった。

腹を押さえて前傾姿勢になった男の頭を両手で摑む。

ハッと慌てた様子で男が剣を振ろうとしたが、それよりも先に摑んだ男の顔面に魔力を巡らせて強化した膝を食らわせる。

何かの折れる鈍い音がして、離した男の顔面からは鼻だけでなく、折れた歯からもが滲んでいた。

「ぁ、がっ……!」

そして男の側頭部に魔力を巡らせた足で回し蹴りを一発。

男は悲鳴を上げる間もなく地面へ倒れ込んだ。

辺りを見回せば、他の騎士達も戦闘を終え、主人がし離れた場所で立っていた。

捕まえただろう魔師達はボロボロで、それを闇魔で縛り上げたレイスもいる。

「生け捕りとは言ったけど、痛そ〜」

気絶している男へ近寄り、顔を覗き込んだ主人の言葉に肩を竦めて見せる。

「剣では殺してしまうので」

「そうだろうねえ」

レイスの闇魔により男が捕縛される。

辺りはの匂いが漂っていた。

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