《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》賢者(4)
翌日、宰相から話し合いの場を設けたいと手紙が屆いた。
フォルト様やライリーにも同じようにお伺いがきたそうで、三人一緒ならばということで返事をすると、それで構わないと返されたので午後に會うこととなった。
リタを連れて部屋を出れば、ライリーとフォルト様、レイス様も丁度出てきたところであった。
どうやら案として使用人が來たらしい。
ライリーが肘を差し出したのでそれに手を添える。
そのままエスコートしてもらいながら、案人の後について行く。
右へ左へ曲がり、階段を登った辺りで不安になった、
また変な場所へ連れて行かれないか。
思わずライリーの腕に添えた手に力がってしまい、それに気付いたライリーに目で問われる。
……大丈夫、ライリー達がいるわ。
何でもないと微笑み返して歩くことに集中する。
しばらく歩くと、一つの扉の前で立ち止まった。
「こちらで閣下がお待ちでございます」
は扉の脇へ避け、頭を下げる。
「案ご苦労様」
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フォルト様がに聲をかけて下がらせる。
そして扉を叩いた。
中から扉が開き、男使用人が扉を押さえながら道を開ける。
フォルト様、レイス様、ライリー、わたし、リタの順に中へれば、後ろで扉が閉められた。
部屋の中には楕円形のテーブルが置かれており、向こう側に宰相とアルブレド様が座っていた。
向かい合わせに、右からフォルト様、ライリー、わたし、が座る。レイス様はフォルト様の斜め後ろに、リタはわたしの後ろに立って控える。
男使用人はわたし達の紅茶を淹れると差し出し、そして部屋の隅に下がっていった。
「まずは謝罪を。ベントリー伯爵令嬢、この度はあなたを危険に曬すような真似をしてしまい申し訳ありませんでした。皆様にも、大事な令嬢に恐ろしい思いをさせてしまったことを謝罪致します」
宰相が立ち上がるとわたしへ深々と頭を下げた。
アルブレド様も立ち上がり、同様にしている。
そんな二人をフォルト様はジッと見た。
そして困ったような笑みを浮かべた。
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「謝罪はけれます。けれど、きちんと説明していただけないことには判斷がつきません」
そう言ったフォルト様の目は全く笑っていない。
ライリーは獅子の姿で小さくグルルと唸った。
宰相とアルブレド様は顔を上げると「そうですね」と呟いて席へ座り直す。
「昨日さくじつは賢者ワイズマンの捕縛・討伐に協力いただきありがとうございました」
「いえ、あれは我が國にも害をす。早々に芽を摘み取れたのは良かったと思っております」
宰相の言葉にフォルト様が頷く。
「その賢者の手の者が王城にまで及んでいることは以前より調べがついておりました。本來ならばすぐにでも捕らえるべきだったのでしょうが、手足を叩いて頭に逃げられてはと思い、あえて野放しにしていたのです」
賢者の仲間だからと末端を捕まえれば、それに気付いた他の者達はあっという間に逃げてしまうだろう。
でもだからといってわたしを囮にする必要はないでしょう。
昨日、賢者を捕縛したタイミングで一緒に捕まえれば良かったはずだ。
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「それならば我々が出発したタイミングで捕縛すれば良かったのでは?」
わたしの心を代弁するかのごとくライリーが言ってくれる。
「……その通りです。ただ、賢者のことは公には出來ないため、他に捕縛する理由がしかったのです」
「確かに賢者のことは公にしないことになっています。その理由で捕縛出來ないにしても、他にやりようがあったのでは?」
「……」
フォルト様の指摘に宰相が返事に窮する。
それでもフォルト様は続ける。
「まさかとは思いますが、ベントリー伯爵令嬢に何かあれば英雄の婚約者の座が空くなどとくだらない考えをしたのではないでしょうね?」
「それは、そのようなことは……」
宰相は否定しようとしたけれど、それ以上は言葉を重ねることはなかった。
それにアルブレド様が驚いた顔で宰相を見た。
宰相自もどこか唖然とした様子だった。
ライリーが唸るように言う。
「私はエディス以外妻にする気はありません。例え彼に何かあったとしても、もし彼が亡くなったとしても、他のと添うことはない」
怒りの混じった聲にわたしは嬉しくなった。
それほどまでにしてくれている。
わたしもライリー以外はありえない。
他の男との結婚なんて考えたこともない。
つい橫に座るライリーの手を握ってしまった。
「わたしも、あなた以外となんて嫌ですわ。例えあなたが亡くなったとしても、わたしの心にいるのはあなただけよ」
「エディス……」
「でもわたしはまだまだ死にませんもの。あなたも長生きしてくださいな」
ライリーは靜かに一つ頷いた。
顔を戻せば何とも言えない顔の宰相とアルブレド様がこちらを見ている。
フォルト様が「この二人はいつもこうですので」と澄ました顔で言った。
レイス様もリタもうんうんと頷く。
「このように二人は強い絆で結ばれています。引き裂いたとしても英雄の婚約者、妻の座はベントリー伯爵令嬢以外にはないでしょう」
「……そのようですね」
宰相が困ったような、呆れたような顔を見てする。
アルブレド様はどこか悲しげな顔をしていたが、ライリーと目が合うとすぐにその表は消えた。
「ごほん! それで、私は賢者の手の者だと知っていながら使用人にベントリー伯爵令嬢の下へ行かせました」
逸れた話を戻すために宰相が一つ咳払いをした。
フォルト様のちょっと緩みかけた表が、また冷たさを取り戻す。
「その結果、襲われるかもしれないと理解して?」
「……はい」
「きちんと守るも用意せずに囮にするというのは、彼がどうなっても良いと言っているようなものです。この件について大々的に騒ぐつもりはありませんが、本來であれば我が國に國を絶たれても仕方のない行いですよ。それ相応の態度を示していただきたい」
宰相の顔が僅かに強張ったが、口を開いた。
「それにつきましては私の獨斷で行ったので、責は國ではなく我々にあります」
「同意した私も同罪です」
宰相とアルブレド様はそう言った。
宰相の家とアルブレド様の家、それぞれからわたしへ謝罪金と共にわたしがむものを差し出すこととなった。
そして二人は國の中樞から外れるとも。
……しいものね。
「寶飾品であれば最高級のものを職人に作らせることも出來る」
ということであったが斷った。
ドレスや裝飾品などのに付けるものはライリーか家族からのものだけにすると決めている。
「しいものはございません。婚約者に大変良くしていただいておりますので」
「そうか。……では、何か思いついたら連絡を寄越してくれれば、いつでも応じよう」
「私も、いつでも連絡を待っています」
結局、保留ということになった。
それでもフォルト様がごり押しして、宰相からは旅費の補填を、アルブレド様からは彼の自領にある鉱山で採れる良質な寶石をマスグレイヴ國へ安く輸出するという取り決めをもぎ取ったようだ。
騎士団の旅費もタダではないものね。
二十人弱が一週間半も旅をするのだから、その食事代や宿代、旅の裝備などは結構な額になる。
しかも今後は一部とは言えどシェルジュ國の良質な寶石を相場より安く手にれられることになり、フォルト様はホクホク顔であった。
一番得をしたのはマスグレイヴ國ね。
後日、ライリーの屋敷へ両家から謝罪金が送られることになった。
* * * * *
話し合いを終えて、ライリーのエスコートをけながら元の部屋へ戻る。
フォルト様はまだお二方と話すことがあるそうで、レイス様と共に殘られた。
後ろにはリタが控えている。
前には案役のが歩いていた。
この宮殿の中を歩けるのは今だけでしょうね。
そう思うと部屋に引きこもっているのが勿なくじられた。
もう賢者は捕縛したのだし、部屋にこもる必要もないのではないかしら。
「あの、し気晴らしに散歩がしたいのだけど、ライリーもいかがでしょう?」
「そうだな、部屋にこもっているというのもつまらないだろう。俺は構わないが」
ライリーは快く頷いてくれた。
すると前を歩いていたが控えめに口を開いた。
「でしたら庭園かギャラリーはいかがでしょうか?」
庭園はちょっと……。
昨日の今日で行きたい気分ではなかった。
「ギャラリーがいいわ。その、案していただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんでございます」
わたしの問いには頷くと歩き始める。
ライリーと共にその後を追えば、さほど時間をかけずにギャラリーへ到著した。
ギャラリーには高そうな壺や絵畫、そして恐らくシェルジュ王國の歴代の王族だろう人々の絵が飾られていた。
案役のとリタはり口付近で待機している。
ライリーと一緒にゆっくりとギャラリーを見させてもらうことになった。
「素敵な絵畫ね」
「どこかの湖か。保養地に良さそうだな」
「こんな綺麗な場所でゆったり過ごすのも良いでしょうね」
しい風景畫に、寶石がついた壺、過去の王族がに纏っていたという甲冑、國の地図などもあって面白い。
歴代の王族はやはり金髪に翡翠のような瞳が特徴らしい。マスグレイヴ王國とは正反対な合いね。
でも金髪はライリーの方が綺麗だわ。
今は並みというべきだけれどね。
ライリーを見上げれば、見下ろす金の瞳と視線が絡んだので微笑む。
獅子の目元も和やかに細められた。
その頬をでようと手をばして……
「ああーっ!!?」
突然響いた高くい聲にビクリと肩が跳ねる。
振り向けば、案のとリタが控えているり口とは反対側の扉のところに二人の人影があった。
一人はメイド服にを包んだの使用人。
もう一人はフリルやリボンをたっぷりあしらった可らしいドレスを著た小さなの子だった。
の子は輝くような金髪に大きな翡翠の瞳をした、大変整った顔立ちである。
この城の中で使用人を引き連れた金髪に翡翠の瞳と言えば、十中八九王族関係だろう。
「あなたが英雄ね!」
弾んだ聲で嬉しそうに言う。
ライリーとわたしはとりあえず禮を取った。
の子が使用人を引き連れて近付いて來る。
そうしてライリーをまじまじと見た。
「本當に獅子だわ。被りではないのよね?」
「はい、これが私の顔です」
「ねえ、人の姿にもなれるんでしょ? メイド達がすごくかっこいいって話していたわ。私も見たい!」
これには付き添いの使用人も困ったように「姫様、お客様に失禮ですよ」と止めようとした。
しかしの子はそれを聞いて怒り出す。
「だって他の子ばっかり見てずるいじゃない! 私はいっつも離宮にいなさいって言われて、何でお兄様やお姉様みたいに外にも行けないの?!」
使用人が眉を下げる。
何か言いたいけれど、わたし達の前では言いづらいらしく、チラとこちらを見ての子へ視線を戻す。
「さあ、姫様戻りましょう。一目お會いしたら戻ると約束しましたよね?」
「っ、それは、そうだけど……」
約束という言葉を出されるとの子が萎れる。
どうやら我が儘を言っている自覚はあるらしい。
し考えるように押し黙り、そして肩を落として頷いた。
「分かったわ」
それからわたし達へカーテシーを行った。
「ご歓談中、失禮いたしました」
「いえ、私達は大丈夫ですよ」
ライリーが言えば、の子はニコリと笑う。
安堵した様子での子は使用人と共に離れていった。
名乗らなかったけれど、外見で王族か近しい立場だということは分かるし、あえて名乗らなかったのかもしれない。
「彼、ライリーを怖がりませんでしたね」
大人でさえ怖がる者はいるが、の子は怖がるどころか興味津々といった様子で近付いて來た。
案外、子供の方が外見に左右されないのかしら。
「そうだな、し驚いた」
「ああいう子が増えてくれるといいですね」
その後、ギャラリーを一回りして、わたし達は部屋へ戻ることにした。
案のにの子についてそれとなく聞いてみたものの、曖昧にはぐらかされてしまったので、恐らく王族なのだろうなと見當がついた。
……可いの子だったわね。
多分、まだ十歳にもなってないくらいだろう。
あの歳で離宮に閉じこめられるのは面白くないでしょうし、こっそりライリーを見に來たのかもね。
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