《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》アルム村のヒューイ

* * * * *

ヒューイは十四年前、小さな村に生まれた。

仲の良い両親とし喧嘩っ早い兄、そして自分の四人家族であった。

貧しいけれども、毎日真面目な父親が働き、母親は家事をこなし、兄はなんだかんだ言ってい自分の面倒を見てくれた。

小さな家にを寄せ合って暮らしていた。

ずっと、そんな暮らしが続くと思っていた。

けれど九年前、ヒューイの世界は変わった。

ヒューイの生まれた村はガルフレンジア皇國という今は既に存在しない國の端の方にあった。

ガルフレンジア皇國は九年前、周辺國家と戦爭に陥った。

ヒューイには理由は分からなかったが、シェルジュ王國、ウィランズ王國、そしてアルステッド連合國の三國を相手にガルフレンジア皇國は戦うこととなった。

唯一參加しなかったミルア共和國はどの國にも協力しなかったが、ガルフレンジア皇國を助けてくれることもなかった。

戦爭が始まった九年前にシェルジュ王國との國境付近にあったヒューイの村はあっという間に躙された。

いながらにヒューイは覚えていた。

シェルジュ王國の真っ赤な騎士服をに纏った男達が突然村に押し寄せ、戦うのない村人達を殺し、家捜しをしてあるは全て奪っていった。

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ない金を、裝飾品を、食べを、純潔を、そして命を。

父親は母親と兄とヒューイを逃がすために殺された。

母親は口に出すのもおぞましい行いをされた上で殺された。

兄は母親を助けようとして殺された。

殘ったヒューイは戦うを知らなかった。

だからか、殺されることはなかったが、母親似の外見のせいか奴隷として売り飛ばされた。

僅か五歳で奴隷紋を刻まれ、玩奴隷としてシェルジュ王國の貴族に買い取られた。

その後の生活は酷いものだった。

敵國の人間というだけで同じ奴隷からも見下され、買い取った貴族からは毎日のように暴力を振るわれ、食事は日に一度、カビたパンと全くもなければ味もしないスープだけだった。

相をした日は食事すらもらえない。

寒く暗い地下室に押し込められる。

生きるために従順になった。

それでも両親と兄を殺した國の人間だと思うと、心の底からじわりじわりと怒りや憎しみが湧き出したが、それでも我慢し続けた。

十二歳になるまでの三年間耐えた。

その間にガルフレンジア皇國は敗戦し、王族は皆殺しに、貴族達の半數以上も戦死し、生き殘りは降伏したという。

國土は戦爭に參加した三國に切り分けられ、國は地図から消えた。

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それをヒューイは他の奴隷から聞いた。

「お前の國は負けたらしいよ。敗戦國の奴隷なんて、今後どうなることやら」

シェルジュ王國出の奴隷はそう嗤った。

だけどその奴隷も死んだ。

十二歳の冬、買い取られた先の貴族の屋敷に賊が押しり、貴族も使用人も皆殺しにされた。

その賊はガルフレンジア皇國の國旗を掲げていた。

皇國の元騎士の生き殘りだった。

ヒューイは同じ皇國の出であることを告げ、仲間に迎えれられた。

それから一年は賊の一員として生きた。

シェルジュ王國とヴィランズ王國の境に隠れ、両國の村や、行きう商人などを襲い、燻る復讐心を宥めて過ごした。

そして一年前、賢者ワイズマンと名乗る男と出會った。

男はローブにを包み、怪しく見えたが、ガルフレンジア皇國の尊きお方に仕えていると言った。

そしてヒューイ達に賢者にるよう勧してきた。

賊の仲間は大半が元騎士だったため、尊きお方にまた仕えられると知り、喜んで承諾した。

ヒューイは尊きお方なんてどうでも良かった。

ただ、賢者にればシェルジュ王國に、ガルフレンジア皇國を消し去った三國に復讐出來ると言われたからったのだ。

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そしてそこでヒューイは力を得た。

ローブの男、ガイズが式を施した魔石をに取り込めば魔獣の力が手にる。

ヒューイは復讐のためなら苦痛など怖くなかった。

取り込んだ魔石の影響で質な鱗のようなもので覆われ、爪や歯は鋭くなり、夜目が利くようになった。

それに魔力も宿り、多の魔が使えるようになる。

この魔獣の混じったでヒューイは賢者の一員として活した。

三國の人間は數え切れないほど殺したし、活化する前の魔石を集めて式を施す手伝いをした。

賊の頭だったウルグも魔石を取り込んだ。

ウルグはクマの魔獣の魔石だったらしく、以前よりも屈強になり、尊きお方のために「いつかガルフレンジア皇國を再建する」のだと言っていた。

ヒューイは三國の人間を苦しめられさえすれば、それで良かった。

三國に魔獣を撒き散らすという計畫はヒューイにとっては最高の計畫だった。

いつ現れるかも分からない魔獣に怯えて過ごせばいい。

だからガイズとウルグに協力した。

當時の戦爭で他の國も三國に加擔していたと聞けば、それらの國へ撒き散らす魔石を必死で集めた。

化する前の魔石を集めるのは大変だ。

魔力の溜まった原石は、魔石を取り込んだ影響か本能的に分かったが、それは魔獣化する直前にならないと分からないため、時には式が間に合わずに魔獣化してしまい戦うこともなくなかった。

それでも鋭い爪と牙、い鱗、そして魔があれば何とかなった。

ずっと、そうしていくつもりだった。

…………それなのに。

「うーん、ライリーとはちょっと違うみたいだねえ」

鉄格子の向こうから覗き込まれ、睨み返す。

くすんだ金髪に地味な顔立ちの男と暗い茶髪の男、獅子の顔を持つ男、そしてシェルジュ王國の騎士がそこにいる。

首にはめられた魔に魔力を吸い取られ、目を覚ますとヒューイのは人間のそれに戻っていた。

魔石の力を失ったは非力だ。

元々、ヒューイは長期に栄養が足りず、実年齢よりもつきである。

魔獣の要素がなくなってしまった今、どう抗おうとも、彼らに勝つことは出來ない。

「地下で見た時は鱗っぽいのあったよね?」

「はい、魔を裝著させてしばらくしたら、このように人の姿になりました」

「じゃあ魔力がなくなると人に戻るってこと? ライリーはそういうのはなかったし、り方がそもそも違うのかもしれないね。興味深いよ」

まじまじとくすんだ金髪に見つめられる。

腕の拘束がなければぶん毆ってやるのに。

赤服の騎士が聞く。

「本當にこれを連れて行くおつもりで?」

「ええ、それが約束ですからね。僕達は協力する代わりに魔師をもらう。これともう一人」

「ローブの男とクマの男は我が國が処罰致します」

「本當はそっちが良かったんだけど、まあ、仕方ないですね」

その會話に思わず口を挾んでしまった。

「お前ら、ガイズとウルグをどうする気だ!」

ヒューイの聲に全員が振り向く。

「どうって、処刑するんだよ」

くすんだ金髪の男が平然と言った。

処刑? 処刑だって?

またオレから仲間かぞくを奪うのか!

「ふざけんな! 九年前お前らがオレ達の村や家族を殺したくせに! オレ達は復讐しただけだ!! 悪いのはお前らだろ?!」

赤服の騎士が顔を顰めた。

「やはりお前もガルフレンジア皇國の生き殘りか」

「オレは忘れないぞ! シェルジュ國の騎士達が村を襲ったことも! 母さん達にしたことも!!」

「……騎士達の略奪か。あれはやり過ぎだった」

ヒューイは怒りに任せて怒鳴る。

「やり過ぎだった? なら、何であんなことさせたんだ!! オレ達はただ靜かに暮らしていただけなのに!!」

床に座り込んでいるヒューイの視線に合わせるように、赤服の騎士が片膝をつく。

「すまなかった。……言い訳に聞こえるだろうが、私が騎士団長になった五年前からは、そのような行為を止している。あの戦爭を経験し、あんなことはするべきではないと學んだ者も多い」

「だから何だよ? 學んだ? 止した? ……それで母さん達が帰って來るのかよ?! 死んだ人間が生き返るのか?!!」

怒りで視界が真っ赤になったような気がした。

ヒューイにとってシェルジュ國は最も憎むべき國であり、そこに住む人々全てが憎かった。

あのような行いをしておきながら、幸せそうに笑っているのが許せなかった。

それを今更謝罪されたところで何になる?

後悔しても殺された人々は戻らない。

反省しても時間は巻き戻らない。

むしろ、ヒューイにとってはその善人面に憎悪が増しただけであった。

「あのさあ、もしかしてガルフレンジア皇國のしたことを知らないの?」

くすんだ金髪の男が言う。

「戦爭の発端は皇國だよ。周辺國と和平を結んでおきながら、皇國は海賊と手を組み、周辺國の貿易海路を長年邪魔していたんだ。海賊が奪ったものを買い取り、それを周辺國へ高値で売り払う。その行いは和平に反する。だから周辺國の怒りを買い、戦爭に陥った。自らの行いで首を絞めたんだ」

「噓だ!!」

「噓じゃない。僕はマスグレイヴ國出だけど、ガルフレンジア皇國の歴史も學んだから知っている」

「マスグレイヴ王國はシェルジュ王國を支援してた國って聞いた! そんな國の人間の言葉なんて信じられるか!!」

ヒューイは頭を振って否定した。

くすんだ金髪の男が屈み、ヒューイと同じ目線になると、鉄格子の向こうから覗き込んだ。

「じゃあ、君は何であの戦爭が起きたのか知ってるのかい?」

「……知らない。だけどお前らが母さん達を殺したんだ! 村のみんなを殺したんだ!!」

「僕達マスグレイヴ王國はあの戦爭には一切関わってないよ。支援もしてない」

ヒューイは一瞬言葉に詰まる。

 

「でも助けてくれなかった!」

それにくすんだ金髪の男が心底不思議そうにヒューイを見た。

「何で僕達が助けなくちゃいけないの? さっきも言ったけど、先に周辺國を裏切ったのは皇國だよ。確かに民は何も知らなかっただろうし、三國の行いは褒められたものではないよ。でもね、恨むなら、そういう行いを選んだ當時の王を恨むんだね」

「っ、だって……」

王族を恨むなんて考えたこともなかった。

だって何も知らなかったから。

……オレ、なんにも知らなかったんだ。

ただガイズやウルグの言うことを聞いて、そうなんだって思ってただけだ。

「言っておくけど、君だって同じことをしたんだよ」

「え……?」

顔を上げるとくすんだ金髪の男が笑う。

「シェルジュ國とヴィランズ國の國境で人々を襲ったよね。戦爭に參加していなかった旅人や商人達を自分達ののために襲って殺したんだ。君の村を襲った騎士と何が違うの?」

ザッとが下がるのをじた。

今まではそれが復讐になると思っていた。

でも戦爭とは無関係だと指摘されて、ヒューイは確かにそうだと理解してしまった。

何の罪もない人々を襲って殺した。

憎い奴らと同じことを、オレはした?

「そんな、ガイズもウルグもそれが、復讐になるって……言った、から……」

頭を振りながら後退るヒューイに、くすんだ金髪の男が更に言葉を重ねる。

「それに戦爭に関わっていないマスグレイヴや他の國にも活化した魔石をばら撒いたね。あれでどの國も大なり小なり人的被害があるんだよ。君は、君が大嫌いだったことを、人々にしたんだ。平穏な日常が突如奪われ、する者を一方的に喪う悲しみや苦しみ、一生癒えない傷を彼らにつけたんだ」

今までの暮らしが頭の中を流れていく。

集めた魔石に特殊なをかけた。

それを手伝うとガイズもウルグも褒めてくれた。

それが撒かれれば、憎い奴らに、戦爭に參加した國々に復讐出來ると思った。

でも本當にオレが復讐したかったのは誰だ?

騎士を向けたシェルジュ國か?

助けてくれなかった他の國か?

戦爭に參加した三國か?

それとも、戦爭を招いた皇國か?

一番古い記憶が蘇る。

父親と母親、兄が笑っている景だ。

そしてそれが炎に塗り潰される。

「逃げろ!」

騎士達を抑えながらぶ父親。

「母さんを離せ!」

小さなで騎士に向かって行った兄。

「ヒューイ、あなた、だけ……で、も……」

を吐きながら倒れた母親。

ヒューイが復讐したかったのは、家族を殺した騎士達であって、それ以外の人間ではない。

、いつの間に変わってしまったのか。

でもガイズとウルグは言った。

三國の人間は敵だ。復讐するべき相手だ。

だけど戦爭に參加していない人まで傷付ける必要はあるのだろうか。

考えようとすると頭痛に襲われる。

思わず頭を抱えるとくすんだ金髪の男が立ち上がり、ヒューイを見下ろした。

「どうやら洗脳されているようです」

「洗脳?」

「恐らくですが」

せんのう? センノウ? 洗脳?

誰が誰をセンノウなんてしたんだ?

オレがセンノウされてる?

そんなこと、誰が……。

………………ガイズ?

ズキリと突き刺す痛みに思考が纏まらない。

痛い。何で。どうして。ガイズ。

「ああ、君は眠った方がいいよ。大丈夫、次に目が覚めた時には多分治ってるからね」

くすんだ金髪の男の妙にらかな聲がする。

それに促されるように眠気が襲ってくる。

……痛い、ガイズ、痛い……。

目を閉じる寸前にヒューイが見たのは、淡く輝くしい式とくすんだ金髪の男がこちらに手を翳す姿だった。

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