《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》ウルグ=ネルシェイク

* * * * *

ウルグ=ネルシェイクは元騎士であった。

ガルフレンジア皇國の皇族に仕え、守護する譽れ高い近衛騎士の一員で、伯爵家の出で、婚約者もいた。

當時はまだ生まれて一年足らずの第四皇子の近衛という立場ではあったが、不満はなかった。

順風満帆な人生を送っていた。

侯爵家の娘を妻にすれば自の地位も上がり、いずれは皇帝か皇妃の近衛にまで上り詰めるのが夢であった。

実際、何事もなければそうなっただろう。

だが九年前、それは終わりを告げた。

シェルジュ王國、ウィランズ王國、アルステッド連合國の三國がガルフレンジア皇國に宣戦布告したのである。

理由は皇國に非があった。

ガルフレンジア皇國は裏に近海の海賊達と取り引きを行なっていた。周辺國に向かう貿易船を襲わせ、そこから奪った金品を皇國へ橫流しさせ、皇國がそれを周辺國へ売っていたのだ。

當時、皇國は周辺國と和平を結んでいた。

それを平然と裏切ったのである。

周辺國が怒らないわけがなかった。

そしてその事実は自國民に告げられることはなかった。

ウルグがそれを知ったのも、皇族に仕える近衛騎士という分故で、そうでなければ知ることはなかっただろう。

九年前に始まった戦爭は、三年続いた。

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周辺國はまるで真綿でじわじわと首を絞めるかのごとく、皇國をゆっくりと蝕んでいった。

長く続く戦爭により國民は疲弊し、周辺國との貿易が絶たれたことで食糧事が困窮し、神的にも國庫の事的にも苦しい狀況が続いた。

やがて他國の兵は皇都に到達し、三國の協力により、皇都はあっという間に陥落してしまった。

そして皇族のいる城へも兵が押し寄せた。

その時に城にいたのは皇帝と皇妃、そして第三皇子と第四皇子、側妃が二人であった。

武に優れた第二皇子は戦爭が始まってすぐに戦地へ赴き、そして二度と帰ってくることはなかった。

皇太子である第一皇子は皇帝へ降伏するよう進言した。民を守るために首を差し出すしかないと。そして皇太子は反逆罪で牢へれられ、自害された。

第三皇子はいながらに頭が良かったが、そのせいか、この戦爭には勝てないと自室に引きこもったきり出てくることはなかった。

そして城が攻め込まれた日、ウルグは皇妃より第四皇子を託された。

まだ一歳そこらの皇子は周辺國へのお披目もされておらず、その容姿は知られていないため、逃げた先で生き延びられる可能があったからだ。

皇族しか知らぬの通路を使い、ウルグはい王子と母、數名の近衛騎士を連れて皇都を出した。

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それでも追っ手は振り切れなかった。

だけでなく他の騎士達や皇子を庇った母も怪我を負い、そのままでは死を待つだけであった。

ウルグは皇子の髪と類を使い、追っ手を引きつけ、そして皇子が死んだように見せかけた。

その間に母は皇子と共に逃げた。

追っ手は引いたが、騎士なかまは半數近くを失い、周辺國に逃げることも出來ず、ウルグ達は通りかかる旅人や商人を襲い、賊として何とか生きながらえた。

騎士としての誇りはその時に砕け散った。

それでもどこかで皇子が生きている。

もしかしたら、いつの日にかガルフレンジア皇國はもう一度立ち上がれるかもしれない。

皇帝に即位した皇子の側に仕えられるかもしれない。

ウルグはその夢を捨て切れなかった。

シェルジュ國とウィランズ國の國境にを潛めつつ、三國に侵しては村や貴族を襲い、皇國出者を集め、集団を大きくしていった。

ヒューイはその際に引きれた子供だった。

家族を殺され、奴隷として売り飛ばされ、酷い扱いをけ、三國の人間に深い恨みを持っていた。

ウルグはヒューイに真実を伝えることはなかった。

伝えたところで、皇族や皇族に仕えた近衛騎士達に怒りをぶつけられては困ると考えたのだ。

そうして賊として生きた。

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だが二年前、ついにウルグは皇子を見つけた。

殘念なことに母は皇子を庇った時にけた傷が原因で亡くなっていたが、代わりにローブを著たガイズと名乗る男が側に控えていた。

皇子は皇帝の面影が殘る顔立ちに育っていた。

戦爭の記憶のせいか、の起伏のない子供になっていたが、堂々とした姿は皇族らしいものであった。

「ああ、殿下、よくぞ無事で……」

膝をつき、涙を滲ませたウルグに皇子は言った。

「あの時は僕を救い出してくれてありがとう。お前達の働きのおかげで僕はこうして生きている。そして、これから皇國の再建のためにきたいと思っている。僕に、皇族にまた仕えてはくれないだろうか?」

八つの年にしては老齢な響きがあった。

きっと、これまで々と苦労なさったのだろう。

ウルグはその場で皇子に剣を捧げた。

「このこの命を殿下のため、皇國のために捧げます。どうぞお好きにお使いください」

「苦労をかけるが、これからも頼む」

そのようなやり取りをしてウルグは皇子の下にった。

皇子はローブの男と共に賢者ワイズマンという組織を既に立ち上げており、そこへウルグ達は吸収された。

賢者はあの戦爭に參加した三國や協力した他の國々に恨みを持つ者達で構された組織である。

頂點を皇子とし、側仕えのローブの男ガイズと近衛騎士だったウルグ、そして頭角を現しつつあった年ヒューイ、ウィランズ國の沒落した元貴族令嬢で魔師でもあるイリーナが幹部であった。

ガイズは皇國出でもなく、皇子への忠誠心も薄そうではあったが、それでも仕えているというのであれば構わなかった。

何より皇子がガイズを重用していた。

反対して皇子の心象を悪くしたくはなかった。

それにガイズは魔師であり、魔石に関する知識が富だった。

魔獣から魔石が採れることは誰もが知っている知識であったが、魔石に自然の魔力が溜まると魔獣に変化することはウルグは知らなかった。

魔獣になる前、活化する前の魔石。

それを集め、特殊な式を施すと、狀態を固定出來る。式に解除の條件を指定しておけば、好きな時に好きな場所で魔獣を生み出せるようになる。

それを三國にばら撒けばどうなるか。

ヒューイはそれを最高の復讐だと喜んだ。

そしてその魔石を売ることで、賢者は潤沢な資金を手にれることが出來、來たる日に向けて武や防などを買い溜めすることも出來る。

だが魔獣に転化する寸前の魔石は危険だ。

何より原石の魔石は寶石のような輝きはあまりなく、見つけ難い。

そのため、集めるには魔力を知出來る魔師の存在が必要不可欠である。

そうは言っても魔師を引きれるのは難しい。

どうするべきか悩み、そこで、ガイズが一つの提案を出した。

魔石をに取り込むことで、魔獣の能力を手にれる。

つまり、魔獣の能力をれることで魔力を知出來る人間を生み出す方法であった。

それは魔獣へ転化する魔石を飲み込み、ガイズが飲み込んだ者に魔力調和の式をかけるというものだった。

魔力調和とは、本來であれば魔力が枯渇した魔師に他の魔師が魔力を分け與え、魔力同士が反発しないように調える魔なのだそうだ。

それを転用すれば恐らく出來るだろう。

その話を聞いて、ウルグとヒューイは迷うことなくそれをけることを選んだ。

ヒューイは単純に力がしかった。

ウルグは力を得ると共に皇子の手助けのために盡力したかった。

そしてガイズから渡された魔石を二人は飲んだ。

ヒューイは全い鱗のようなもので覆われ、魔力を得ることが出來た。

ウルグはクマのような外見になったが、魔力は微々たるもので、魔を扱えるほどではなかった。

それでも魔石を集めることは出來た。

全てが上手くいってると思っていた。

マスグレイヴ王國からの騎士団も、追い返したという報告をけていた。

だが、それは現れた。

突然じた複數の強い魔力。

離れていても気圧される気配。

そして部下達を薙ぎ倒し、やって來たのは自分達のように魔獣の要素を持った男だった。

けれども自分達よりも圧倒的な強さがあった。

互いに魔獣の力を取り込んでいるからか、その獅子の姿をした男の強さが尋常ではないと理解出來た。

それでも負けるわけにはいかない。

ここで引くわけにはいかない。

ウルグは微かにじる恐怖を抑え込み、獅子の男へ向かっていった。

しかし結果は慘敗だった。

こちらは本気で戦ったというのに、相手の男は半分も力を出したかどうかという手応えである。

薄れゆく意識の中、ウルグは敗北を味わった。

そして次に目を覚ますと牢の中にいた。

そして牢の外には憎いシェルジュ國の騎士がいた。

捕まったのだ。

他の者は? ガイズやヒューイは?

そして彼のお方は無事なのか?

起き上がると首と手首に重みがかかる。

首にれようと上げた手が人間のものに戻っていることにまずは驚いた。

ガイズの話ではから魔石を排出しない限り、元に戻ることはないはずであった。

まさか気絶している間に取り出されたのか?

しかし、首にれるとがする。

これは魔師に使われる魔である。

魔力を吸い取る魔だ。

ならばまだに魔石はあるのか。

呆然としていると足音がした。

顔を上げれば、シェルジュ國の騎士団長と、見覚えのない男が二人、そして獅子の男が牢の前で立ち止まった。

「やあやあ、機嫌いかがかな?」

飄々とした聲でくすんだ金髪の男が言う。

こんな狀況で機嫌が良いはずもなし。

ふざけた調子の男をウルグは睨み上げた。

「あらら、だんまりか。まあ、いいけどね」

くすんだ金髪の男が屈み込んだ。

「君達は捕縛された。そして、これから尋問が行われ、最終的には処刑される」

「……そんなことは承知している」

「そっか〜」

それは失禮、と男の口元が弧を描く。

その表に何故かぞっとする。

「俺は何も喋らん」

例えウルグが拷問の末に死んだとしても、皇子さえ生きていれば、また皇國は立ち上がれる。

ヒューイは皇子の居場所を知らない。

ガイズと自分が話さなければ良いのだ。

だが男は立ち上がるとからりと笑った。

「まあ、尋問するか拷問するかはこの國にお任せするよ。でも、もし答えてくれなくても僕がいるから」

「……どう言う意味だ」

「君が喋らなくても、君の記憶を僕は直接見ることが出來る。だから好きなだけ黙っているといいよ。僕は勝手に見るけどね」

男の笑みが殘忍なものへと変わる。

似た笑みを見たことがあった。

ガイズがウルグ達に魔石を飲ませる前に実験だと、シェルジュ國の奴隷達に式を施していない魔石を飲み込ませた時、魔力調和の式をかけなかった時、似たような笑みを浮かべて奴隷達を眺めていた。

あの時の奴隷達は皆、悲慘な死を遂げた。

ある者はを魔獣に食い破られて死んだ。

ある者は魔力が反発し、全からを噴き出して死んだ。

ある者は中途半端に魔獣と融合してしまい、苦痛とおぞましさに自ら死を選んだ。

ガイズはそれらをただ眺めていた。

そしてウルグ達に安全な方法を施した。

けれども目の前の男は味方ではない。

どのような殘忍な行いをされるか。

ウルグは震えそうになるを、歯を食いしばって抑え込み、男を睨み返す。

「本當にそのような魔があるのですか?」

騎士団長が男へ問う。

「ありますよ。お教えすることは出來ませんが」

「そうですか……」

騎士団長がしばかり殘念そうにする。

そしてくすんだ金髪の男は首を竦め、どこかおどけた口調で言う。

「でも最終手段と考えてください。この魔はあまり繰り返し行うと対象、つまりこの男の神に支障をきたす恐れがありますので」

「分かりました。出來うる限り、こちらで口を割らせるようにします」

「ええ、その方が良いでしょう」

くすんだ金髪の男と騎士団長のやり取りを聴きながら、食いしばった歯に力を込める。

拷問をけても喋らないつもりではある。

騎士としての誇りはもうなくなってしまったが、それでも尊きお方への忠誠心はまだあるはずだ。

……拷問などけたことはない。

想像は出來るが、それがどれほどの苦痛なのか想像すると心が揺れてしまいそうになる。

負けるな。俺はウルグ=ネルシェイクだ。

あのお方を助け、そして仕える、ガルフレンジア皇國の近衛騎士隊長である。

拷問などに屈するものか。

「必要になったらお呼びください。いつでも協力いたしますよ」

そう言った男の笑みに、ウルグはブルリとを震わせた。

これから己がどうなるのか。

皇國の譽れ高い騎士など、もうそこにはいない。

いるのは、亡國の夢に取り憑かれ、いくつかの國を敵に回した哀れな男だけであった。

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