《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》ガイザード=アインズウェルド

* * * * *

拘束され、地下牢へ放り込まれた衝撃でガイズは目を覚ました。

辺りを見回し、咄嗟に魔を使おうとしたが、首元にある魔に魔力を吸われる覚があるだけで何も起こらない。

それに思わず舌打ちをらした。

……どいつもこいつも使いにならない。

いざという時のためにあの二人には魔獣の能力を混ぜたというのに、あっさりとやられてしまった。

わざわざ力の強い魔獣が生まれそうな魔石を與えてやったが、あの程度ならば、人間と混ぜるよりも魔獣を従わせる式を研究するべきだった。

全く、無駄なことをしたものだ。

起き上がり、首元の魔れる。

シェルジュ王國のものかと思ったが、魔に彫られた紋章からマスグレイヴ國のものであることが分かった。

……やはり式は変えられているか。

己がいた頃よりも複雑に組み立てられた式に、解用の式がバチリと弾かれる。

同時に大量の魔力が引き抜かれてがよろめいた。

冷たい石造りの壁に寄りかかっていれば、複數の足音が近付いて來る。

ローブのない、広い視界に四つの人影が現れた。

獅子の姿をした者以外は見覚えがあった。

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「これはこれは、シェルジュ王國の騎士団長様にマスグレイヴ王國の宮廷魔師長様とその部下の方までいらっしゃるとは隨分と豪華な顔れではありませんか」

それに覚えはなくとも知っている。

獅子の男はマスグレイヴ國の英雄だ。

混じりのガイズの聲に、くすんだ金髪の男がまじまじとガイズを覗き込んだ。

「なぁんだ、誰かと思えば五年前に國を追われた元宮廷魔師じゃないか。久しぶりだねえ」

元気だったかと問われてガイズは鼻で笑った。

國外追放されて、何ともないわけがない。

五年前、ガイズは、ガイザード=アインズウェルドは魔の先進國として有名なマスグレイヴ王國の宮廷魔師の一員であった。

生まれは公爵家の妾の子ではあったが、當時の公爵家の嫡男よりも魔力量が多く、魔の才もそれより恵まれていた。

だからガイザードは魔師になった。

そして宮廷魔師として魔石を研究していた。

あの頃はとにかく研究が楽しくて、のめり込み、寢食を忘れて魔石について調べていた。

そしてガイザードは活化した魔石を発見した。

魔石の大きさや種類にもよるが、自然の魔力がある一定値を超えると魔力が暴走し、魔石を核にして、魔獣が生み出される。

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それは一種の自然の営みであった。

魔獣は魔力が盡きるまで生き、そして死ぬと魔石だけを殘して灰塵となる。

特別な式をかければ魔獣の一部を殘すことも出來るようになった。

そしてガイザードはマスグレイヴ國王へ訴えた。

化した魔石は戦爭に使える。

いや、使い方次第では戦爭すら起こさずに他國を侵略出來るし、魔獣を國境などむ場所に配置させることも可能である。

その果をガイザードは誇っていた。

これがあればマスグレイヴ國は大國になれる。

それどころかこの大陸の覇者になることも夢ではないだろう。

國王陛下はきっと褒めてくださる。

この働きに見合った報酬や地位をくださる。

ガイザードはそう信じて疑わなかった。

だが結果は違うものだった。

マスグレイヴ國王はガイザードの研究を「悪魔の研究」と呼び、その容をに指定してしまった。

に指定された魔は使用が許されない。

褒賞は與えられたが、んだものではなかったため、ガイザードが満足することはなかった。

そしてガイザードはその研究を止めるよう言われた。

拒否すると口外出來ないように制約魔をかけられ、己の研究を口に出すことが出來なくなった。

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ガイザードは王に失した。

だからかに他國と繋がりを持って、あわよくば亡命し、そこで己の魔を広めようと思っていた。

けれども國王はそんな思を見抜くと即座にガイザードを國家反逆罪で捕え、魔力封じの刻印をガイザードのに刻みつけた。

そのせいで今でも本來の三割も使用出來ない。

一人では魔石に式を施すのも難しい。

「まさか君が黒幕だったとはね。魔力封じの刻印に、重罪人の烙印も押されて、まだ生きてるなんて驚いたよ」

再三に渡る王の言葉を無視して研究を強行しようとしたガイザードは重罪人の烙印もそのけた。

そして放逐された。

重罪人の烙印を押された者は長生きしない。

人々から見放され、酷い扱いをけ、暴力を振るわれた挙句に重罪人が死ぬというのも珍しくはなかった。

それほど、重罪人は人々に嫌われている。

ガイザードもその例にれず、に直接焼き付けられた二つの刻印の痛みに苦しみながら、酷い時間を味わった。

食べを買おうにも売ってくれない。

働こうにも雇ってくれない。

聲をかけただけで暴力を振るわれることもあった。

子供達から石を投げられるなんて當たり前で、誰も何も恵んでくれないし、貧民層の人間にすら煙たがられる。

泥水をすすって何とか生きてきた。

刻印の痛みがなくなると、集中出來るようになり、しだが魔が使えるようになった。

それで火點けや水売りなどで僅かな金を稼いだ。

「殘念だけど君には尋問も拷問もない。やることをやったら、後は処刑を待つだけさ」

騎士団長が鍵を開けて、くすんだ金髪の男と獅子の男が牢の中へってくる。

くすんだ金髪の男の手には小さな水晶がある。

「何をする気だ?」

ガイズの問いに男が笑う。

「記憶を見るのさ」

獅子の男がガイズを摑むと引っ張り、くすんだ金髪の男の前へ引きずり出す。

そして男の手がガイズの額に翳される。

バチっと魔が弾け、ガイズの脳裏にこれまでの記憶が一気に流れていった。

三年前、ミネア共和國で小さな子供を連れた訳ありそうなに出會った。

そのがガイズへよく食べを恵んだ。

だからガイズはそのに初歩の治癒魔をかけてやった。

しかしの傷はあまり良くならず、それが原因で病にかかり、命を落としてしまった。

は死ぬ寸前、どういうわけかガイズに子供と自分が何者であるかを明かした。

それを聞いたガイズは子供、皇國最後の皇族ルーディウス・エル=ガルフレンジアに仕えることにした。

仕えると言っても名目上の話である。

実際は、死んだ母に縋って泣いていたルーディウスを眠らせ、その間に小さなに隷屬紋を刻み、己の支配下に置いたのだ。

そして皇國の生き殘りを探し、ガイズと名乗り、ウルグ達と接した。

隷屬させた皇子は意外にも反抗しなかった。

そうする気力すらないようであった。

ただガイズの言う通りにく人形であった。

ウルグを筆頭に皇國の出者や三國に恨みのある者達は、そんな人形に涙を流しながら仕えたのだ。

皇國の再建などどうでも良かった。

マスグレイヴ國に復讐出來ればいい。

狙われたのがマスグレイヴ國だとバレないように、他國へも魔石をばら撒いただけだ。

それを他の者達は喜んでいた。

ガイズにいいように使われているとも知らずに。

ウルグもヒューイも実験の一端に過ぎなかった。

魔石を使い、最強の戦士を生み出そうとした。

だが思ったよりも魔獣の能力を二人が得ることはなく、それ以前の者達も、失敗作ばかりであった。

それでもガイズは賢者の人數が増えていくと、段々、皇國の再建も悪くないと思い始めていた。

この傀儡の皇子を皇帝にして自が裏で牛耳る。

そして自分の生み出した魔獣の能力を持つ戦士達と放した魔獣が他國を躙し、やがて大陸の覇者となる。

想像するだけで何と甘な話だろう。

いずれはそうなるのも悪くない。

そう思っていたが、シェルジュ國へマスグレイヴ國から騎士団が派遣されると聞き、ウルグを通じてヴィネラ山脈付近にいる山賊を雇い追い返させた。

山賊の頭からも報告があった。

それなのに、今日、マスグレイヴ國とシェルジュ國の騎士達が拠點へ押しかけてきた……。

「なるほどねえ」

翳された手が離れる。

途端に意識が現実へ引き戻された。

「ぅ、ぐっ、がぁ……!」

酷い頭痛と吐き気に襲われる。

まるで魔力が枯渇した時のような癥狀だ。

だがこれがそれではないのは分かっている。

恐らく、この癥狀は記憶を無理に引きずり出されたせいだ。

目の前にいるくすんだ金髪の男の魔による副作用であり、しばらくすれば治る。……はずだ。

しかしズキズキと突き刺すような痛みは治る気配がじられず、嫌な不安がじわりじわりと足元から這い上がってくる。

による副作用の痛みなのは理解している。

だがこのような魔は聞いたことがない。

つまり、の類いであろう。

というのは人間にとって非常に害のある魔や悪用された場合の被害が甚大な魔が、それに割り振られる。

この他者の記憶を見る魔も使い方次第だ。

そしては殆どの場合、それを行った人間か、あるいは行われた人間に大きな反があることが多い。

目の前の男はを使用したというのに平然としている。

それは、このの反は行われた側。

つまり、ガイズに返ってくるということだ。

他者の記憶を見るなどという高等魔が、こんな痛み程度で済むのだろうか?

「何か分かりましたか?」

騎士団長の言葉に男が頷く。

「ええ。々お待ちください」

そうして男がもう一度手を翳す。

それから逃れようとを捩るが、獅子の男の腕力は凄まじく、逃げることは出來なかった。

男が長い詠唱を口にする。

それほど長い詠唱など一度も聞いたことがない。

ぞっとするほど長い長い詠唱だった。

男の手が淡く輝き、ガイズの式が包み込む。

「はい、もう一度〜」

緩い口調が楽しげに言う。

もう一度? もう一度だと?

「や、やめ……」

言いかけた言葉が途切れた。

を記憶が駆け抜ける。

まるで誰かが直接脳をこね回しているような、仕舞われた記憶を引きずり出すような、何とも言えない覚と激痛が全を襲う。

「ぁあああああああっ!!!」

痛みのあまり自分がんでいることすら分からない。

を、太い針で隙間なく刺されている。

そう錯覚してしまいそうな痛みだった。

こんなに痛いのに死ぬことは葉わない。

それが數秒なのか。一分なのか。

かかった時間は分からないが、ガイズには永遠のような時間にじられた。

終わりをんでも終わらない。

それが唐突にふっと遠ざかる。

「んー……、よし、こんなものかな」

翳されていた手が視界から外れる。

しかし視界はぼやけてしまっていた。

獅子の男が不愉快そうにガイズを離すと、ビシャリとの上にが落ちた。

それすら激痛にじられる。

「ぅ、あ、うぅ……」

式も消え、もう魔は終わっている。

それなのに全を刺す痛みが消えない。

鼻をつく異臭に、の下のが、自分がらしたものだと気付いたが、く気力もなかった。

痛みのせいで思わず自分のを抱きしめようとすれば、れたところから更に痛みが襲いかかる。

れた場所が焼けるように痛い。

それなのに視界に映る自分のにはこれといった変化は見られない。

「結構痛そうだねえ。昔の記憶までちょーっと遡ったから、その分、痛みも強いのかも? 大丈夫?」

水晶玉を騎士団長に手渡した男が覗き込んでくる。

ぎろりと睨めば、嬉しそうな笑みと視線が絡む。

「あ、良かった、ちゃんと意識はあるみたいだね。処刑まで自我を保ったままでいてもらわないと困るから、出來てもあと一回かなあ」

その言葉にビクリとが震える。

あの痛みをもう一度?

最初ですら酷く痛かったのに、二度目はそれを更に上回る痛みであった。

追放される前に刻まれた制約と重罪人の刻印など、この痛みに比べれば大したものではなかったと言えよう。

次にあの痛みをけたら正気でいる自信はない。

「こっちはシェルジュ國の分だけど、我が國の分も必要だよね? ないと説明に困るし」

見上げた先。

悪魔がニコリと無邪気に笑う。

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