《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》會(2)

「ウィンターズ様が人の姿に戻るところが見たいんです!」

これには、わたし達は顔を見合わせてしまった。

ライリーが人に戻るところが見たい?

ええっと、ライリーとお話ししたいとか、結婚したいとか、そういうお話ではなくて?

するわたし達に王殿下が言い募る。

「英雄であるウィンターズ様が獅子の呪いをけていらっしゃることは知っています。それで、ウィンターズ様はする者の、その、く、くちづけで元の姿に戻れるのだと聞きました」

口付けの部分で恥ずかしそうに顔を赤くする王殿下はものすごくお可らしい。

まだ十歳でいらっしゃるものね。

口付けというのは王殿下にしてみれば大人のに見えるかもしれない。

「わたし、昔から絵本のようなお話が好きでしたの。する者のくちづけで英雄が元に戻る。……それを聞いた日は気になって眠れなかったくらい」

……あれ、なんかこのじ覚えがある。

キラキラと輝く翡翠の瞳が見つめてくる。

そこに慕はじられず、どちらかと言えば若いの子にありがちなへの憧れのようなものをじた。

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「是非、その素晴らしい場面を見たいの。そして、もしお父様がお許しくださるなら、お二人のお話を聞きたいわ!」

……ああ、そうだわ、クラリス様よ。

この王殿下、クラリス様やフローレンス様と同じで話が好きということではないかしら?

本人が言った通り、絵本なんかに描かれる子供向けの純がきっと好きなんだわ。

だから呪われた英雄と、その呪いを解ける令嬢のわたし、という実が現れて興味があるのね。

そうと分かれば警戒する必要はない。

ふっとの力を抜くとライリーに見下ろされる。

大丈夫だと頷き返し、王殿下へ顔を向けた。

「王殿下はライリーが人になるところが見たいだけなのでしょうか?」

翡翠の瞳がキョトンとする。

「ええ、そうよ?」

それ以外に何かあるのかと首を傾げた。

今まで黙って控えていた侍がハッと気付いた様子で王殿下に何事かを耳打ちすると、彼は慌てた様子でを乗り出した。

「ま、待って! 確かに英雄様に憧れはあるわ! でもそれは絵本みたいだなって憧れで、わたしはお二人の仲を引き裂こうなんて思ってないわ! むしろ応援したいの!!」

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小さな手をあれこれとかして何とか信じてもらおうとする姿にわたしもライリーも安堵した。

やはり王殿下はそっち側らしい。

もしやライリーのことをよく口にしていたのは、英雄ライリー=ウィンターズの方がよく話題に上がるからだったのではないだろうか?

わたしの方はこの國に來て以降、特に何かをしたわけでもないので、話題に上り難い。

そうなると、自然と話題に上がる方に的を絞って聞くことになる。

それでライリーのことを口にしていたのだ。

今日の夜會への出席も、本人が口にしたように、祖父たる國王陛下と父である王太子に何度もせがんで許しをもらったのだろう。

わたし達に會いたい一心で。

そう思うと目の前の王殿下に親しみが湧いてくる。

殿下ものお話が好きな普通のの子なのね。

「殿下のお気持ちは大変よく分かりました。わたし達の、のお話、つまり馴れ初めなどが聞きたいのですね?」

そう聞けば、顔を赤くして王殿下が頷く。

もう一人クラリス様がいるみたいだわ。

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マスグレイヴ王國の王殿下も小説がお好きで、よくわたし達の話を聞きたがるし、頻繁に手紙のやり取りもしている。

まあ、クラリス様は話を聞いても照れたり恥ずかしがったりはあまりしないけれど。

「ええ、わたしはお二人のお話が知りたいの!」

多分、わたし達を語の登場人のように捉えているか、そういったお話に當てはめているのかも。

そして絵本では語られない本の話が聞きたいのでしょう。

ライリーが元に戻る場面を見たい、という言い方も、それならば納得である。

今の殿下にしてみれば、わたし達はまるで絵本から飛び出してきた存在に見えているのだろう。

もう一度ライリーと顔を見合わせる。

「ダメ?」

悲しそうにそう聞かれて斷るのは難しい。

それに王殿下のお願いだもの。

見上げれば、ライリーが頷いた。

「では、一度だけ」

殿下の目が一気に輝いた。

「本當? ありがとう!」

とても嬉しそうな笑顔にわたし達は苦笑した。

そしてわたしとライリーは向き合った。

 ……凄く視線をじるわ。

思わず笑みがもれる。

ライリーも同じだったのかふっと笑う気配がした。

獅子の頬に手をばすと、いつも通り大変手りの良いモフモフした並みが手の平にれる。

促すように引き寄せればライリーの顔が下りてくる。

そっと顔を寄せ、瞼を伏せると、ライリーの鼻先へ口付ける。

パチリとが弾け、瞼を開ければ、目の前に悍な顔が現れる。

互いのが離れた。

けれど、ライリーの手がわたしの顔を両手で包むと、頬に二度三度と口付けられる。

それをれる。

名殘惜しそうに頬と頬を合わせてから、ライリーの顔が離れていった。

そうして顔を正面へ戻せば王殿下は両手で顔を覆い、その指の隙間からこちらを見ていた。

そうよね、人の口付けする場面って見てる側も実はとっても恥ずかしいのよね。

でも結構がっつり指の間に隙間があるので、ちゃっかりしっかり見ていらしたわね。

橫の侍し顔が赤い。

「……両想いなのね。素敵……」

そう呟いて王殿下は顔から手を離した。

リンゴみたいに真っ赤だが、それでも見たいと言った場面が見られて興した様子だ。

わたし達をうっとりした眼差しで眺める。

もしもヴァローナの小説を渡したら恐らくのめり込むだろう。クラリス様やフローレンス様のように。

そういう意味では殿下はクラリス様と仲良くなれそうね。お歳も近いし。

「ウィンターズ様のこの狀態はすぐに戻ってしまうの? それとも何か條件があって戻るの?」

「人の姿になるのも、獅子の姿になるのも、エディスの口付けでですね」

「まぁあ! 本當に絵本みたいだわ!」

ライリーの言葉に更に王殿下の目が輝く。

その目は「今度は獅子に戻る場面が見たい」と語っていた。

だからもう一度、今度はライリーの方からそっと壊れれるように口付けられる。

同じくパチリとが弾け、獅子の姿が現れた。

殿下は言葉にならないくらいされたらしい。

口元を押さえ、目を潤ませ、食いるようにわたし達を見ている。

「まるで語の中にっちゃったみたい」

ぽろりとれた殿下の言葉に苦笑する。

に夢見るというよりかは、語をこよなくするといったじがした。

のあまり滲んだ涙を侍が拭ってあげていた。

それから、あれこれと質問されて、それに答えている間に時間が過ぎ、わたし達は夜會の殆どを王殿下と過ごすことになった。

特に馴れ初めの話で、わたしの方から話しかけたというところで殿下は大変嬉しそうであった。

からなんて大膽ね。でも好きな人に自分からぶつかっていくのってすごく勇気が要りそう。……怖くなかったの?」

「いいえ、全く。それよりも『この素敵な方を他の人に取られてしまう前に何とかしなければ』と思っておりましたので」

「ベントリー伯爵令嬢はウィンターズ様が大好きなのね!」

「ええ、彼だけをしておりますの」

殿下はわたしの言葉に頬を上気させてうっとりとわたし達を眺める。

どことなく、劇の俳優達にれ込む達にも似てるその眼差しにわたし達はしだけ苦笑を浮かべた。

馴れ初めから婚約までを手短にお話ししたが、それでも殿下には足りなかったようで、夜會が終わる際に不満そうにされていた。

「お二人が帰る前にお茶會をしたいわ! 絶対に招待するから必ず來てね! 絶対よ!」

と、おいいただいた。

陛下にお許しをいただけたら、と言えば、しっかりと頷き返された。

きっと夜會が終わったらすぐにでも聞きに行くだろうなと思える勢いであった。

わたし達はフォルト様達と合流して部屋へ戻ることにした。

役の使用人によって部屋の場所まで戻って來ると、わたし達はフォルト様のお部屋にお邪魔させてもらうことになった。

一応、その前にリタやユナに聲をかけると、ユナがついてきた。

フォルト様の部屋にいつもの四人で集まると、フォルト様が耐え切れないとばかりに吹き出した。

「まさか、第一王がクラリスやフローラと同じだったなんて!」

あ、フォルト様も同じだと思ったのね。

あははは、と弾けるように笑っている。

ユナが紅茶を用意してくれたので、それを飲みつつ、夜會ではを食べる余裕がなかったので、一緒に持ってきてくれた軽食も摘んだ。

何か食べようにも王殿下にずっと話しかけられていて、飲みを合間に飲むくらいしか出來なかった。

それでも夜會を何事もなく過ごせたのは彼のおかげだろう。

さすがに王殿下が話しているところに無理に割り込んで來る猛者はいなかった。

だからわたし達は殿下とお喋りするだけで良かった。

「わたしも驚きました」

驚いたが、嬉しい驚きである。

慕ではなくて安心した。

ライリーが橫で頷いている。

「だが、ああいうは一度捕まると大変だぞ」

ライリーはそうぼやいた。

恐らく姉のサヴァナ様を思い出したのだろう。

確かに、ああいうに捕まると話は長くなってしまうかもしれない。

わたしは気にしないが、ライリーはああいうのが苦手なのだと思う。

「大丈夫よ。もしお茶會に招待されても、わたしが話せばいいんだもの。ライリーは時々話に付け足してくれたら十分だと思うわ」

こういう話は同士の方が弾むしね。

フォルト様が笑い疲れたのかソファーの背もたれにぐたっと寄りかかる。

「あ〜、笑った笑った〜。でも第一王が良い子で本當助かったねえ。あの様子なら他の令嬢が橫慕してきたら止めてくれそうだし」

「そうですね。それは良かったと思います」

ライリーが同意する。

……それにしても。

「わたし達の會話を聞いていらしたのですか?」

こちらが話さずとも全て知っている風だ。

確かに周りの人々も聞き耳を立てていたかもしれないが、骨に近付くことも出來ないため、全ての會話を聞くことは難しい。

それなのにどうやって聞いていたのかしら?

フォルト様がの耳を指し示す。

「これ、魔なんだ。近距離でしか使えないんだけど、対の魔を付けてる相手の周りの音が聞こえるの。互いに魔力を流した間のみだから常に聞けるわけじゃあないから普段は使わないんだ」

右耳にだけしい緑の寶石のピアスがある。

ということは魔石なのだろう。

ライリーがマントの留めを示す。

「これがその対の方だ」

そこには緑の寶石が輝いている。

「王殿下とお喋りをしてる間、フォルト様とライリーの両方が魔力を流していたのですね」

「そういうこと。だから君達の會話は全部聞こえていたよ」

「なるほど」

使い方にもよるけれど、お互いが魔力を通さなければ使えないのなら、私生活の音が聞かれる心配はなさそうね。

それに魔力のある人しか使えないもの。

今回のような時は便利だわ。

「お茶會にわれたら行っても大丈夫だよ。何なら君達の話を聞かせて、王殿下に積極的に応援してもらった方がいいかもね」

「王殿下が認めている狀況で他の者が橫から割り込めば、不興を買いますからね」

「そうそう」

フォルト様とライリーの會話に頷く。

そうね、王殿下がわたし達を応援しているのに、他の者がそれに口出しをするということは、王殿下の意見を否定していることに繋がるものね。

でも本當に安心したわ。

殿下がライリーに好意を持っていなくて。

いえ、好意的には思っているのでしょうけれど、それは絵本のようなをしているわたし達二人に対してであって、ではないと本人もおっしゃられていたし。

お茶會の招待狀が來たらお返事しないと。

もちろん、出席しますってね。

殿下の笑顔を思い出して嬉しくなる。

誰かに応援してもらえるって何度聞いても嬉しいし、幸せだし、自信がつくわ。

お茶會に行ったら殿下にお禮を申し上げたい。

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