《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》王のお茶會(1)
夜會の翌日、手紙が屆いた。
差出人はシェルジュ國の第一王殿下だ。
この様子だと本當に昨夜か、今朝方にでも、國王陛下と王太子殿下にお伺いを立てたのだろう。
屆いた手紙には「お祖父様とお父様の許可はいただきました」と嬉しそうな、それでいてどこか誇らしげに書かれていた。
昨夜見た王殿下がを張っている姿が想像出來て、何だか気持ちが和む。
「十歳らしい部分もあるが、全的に見ると十歳には思えないな」
橫に座ったライリーも、自に屆いた招待狀を手にしている。
どちらの手紙にも昨夜の夜會での突然のお願いに対する謝罪と謝が綴られ、彼がどれほど嬉しかったか、楽しかったかが書かれていた。
丁寧に書いたのだろう。
歳の頃にしては隨分と綺麗な字と文章だ。
所々ではまだまだ子供っぽさが窺えるけれど、手紙の相手に対する好意がとても伝わってきて、もらったわたし達も思わず笑みがこぼれるようなものだった。
十歳の子が書いたにしてはマナーもしっかりしていて、きっと時季の挨拶も一生懸命辭書を引いたのだろう。
わたしとライリーの手紙はそれぞれ文章が違うので、一通一通考えて書かれたものなのは明白である。
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「明日の午後ね」
「俺達の役目は終わったから、いつ帰っても不思議じゃない。だから急いだんだろうな」
「それでも今日の午後でないところに気遣いがじられるわね」
「ああ」
そろそろ帰ろうかとフォルト様も話していたし、長くともあと數日程度でマスグレイヴに帰ることになるだろう。
王殿下もそれが分かっているのか、明日の午後を指定してきた。
今はお晝前なので、今日の午後でも問題はないけれど、それだと急でこちらが忙しなくなると考えてくれたのかもしれない。
明日の午後ならこちらも一日余裕がある。
「そうだわ、せっかくだから黃のドレスを著て行こうかしら。ライリーが初めてくれたネックレスとピアスもつけて」
「なら、俺はエディスの瞳と同じの留めやカフスをつけて行こうか。昨日見たじ、王殿下はそういうのがお好きだろう」
「ええ、きっとそうでしょうね」
お互いのをに纏うわたし達を見て、どのような反応をするかよく分かる。
サヴァナ様やフローレンス様、クラリス様はそういう話をするととても喜ばれる。
多分王殿下もそうだと思う。
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ライリーと同じ便箋と封筒を使い、出席する旨を書いた手紙をわたし達は書いて屆けてもらった。
* * * * *
更に翌日、お茶會の當日だ。
手紙に書かれていた時間になると、侍らしきがわたし達を迎えに訪れた。
夜會で王殿下の側にいた侍ではない。
しかし獅子の姿のライリーに怯えた様子はなく、微笑を浮かべたまま、わたしとライリーの案をしてくれた。
そして一旦わたし達は城の外へ出る。
そこにはしい馬車があった。
「王殿下は離宮、白百合の宮にてお待ちでございます。こちらの馬車にて宮まで送迎致しますので、どうぞお乗りくださいませ」
恐らく王殿下の馬車なのだろう。
可憐なその外観にライリーが一瞬躊躇ったのが分かり、心ので苦笑がれる。
それでもライリーはわたしに手を貸してくれて、わたし、ライリー、そして侍の順に乗った。
もう一つの馬車は裝飾が控えめで、そちらについて來たリタと護衛の二人が乗ったようだ。
馬車に揺られて五分ほどで王殿下のいらっしゃる白百合の宮へ到著する。
そして馬車を降りると目の前には真っ白な宮殿が存在していた。
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真っ白な外観にしい彫刻や金が施されている。よく見れば彫刻は植の百合を模しており、なるほど白百合の宮とはそういうことである。
騎士達が守護するり口を潛り、侍の案をけながら中へ招かれる。
中は壁も白く、床は淡く黃味を帯びて赤い絨毯
敷かれ、彫刻や金の裝飾はあるけれども、豪奢というよりかは可らしい印象をける。彫刻が彩されているからだろうか。そして調度品はあまりない。
い主人に配慮して、危なそうなものは遠ざけられているのかもしれない。
廊下やギャラリーを抜け、わたし達はついに屋敷の外へ出てしまった。
そうして整えられたしい庭園に通される。
そこには丸みを帯びた可らしい白いテーブルや椅子が置かれ、王殿下と侍がいた。
殿下はこちらに気付くと嬉しそうに破顔する。
「いらっしゃい!」
立ち上がった王殿下はこちらへ向かってくる。
ライリーとわたしは禮を取った。
「今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ突然のいだったのに來てくれて嬉しいわ」
ライリーに怯えもせずに殿下はにこりと笑う。
そしてわたしへ顔を向けた。
「さあ、こちらに座って! 二人が來てくれるのが楽しみで、手紙を送ってから、たった一日がすごく長くじたわ!」
促されてテーブルへ近付く。
そこには見た目にも可らしい、味しそうなお菓子や軽食が所狹しと並べられている。
きっと料理人達が腕をったに違いない。
とても歓迎されている雰囲気に肩の力が抜ける。
殿下が椅子に腰掛け、わたし達も用意されていた椅子に座った。
殿下を正面にわたしとライリーは並ぶように隣り合った配置で、わたし達は互いがすぐ橫にいることにしばかり安心した。
控えていた侍がわたし達の紅茶を淹れてくれた。
「! この紅茶、とても味しいですね」
一口飲むと、ほのかな甘い香りが鼻先を抜ける。
けれども味は逆にほんのりと苦味があり、そのおかげで甘すぎるということもなく、飲みやすいものだった。
殿下は嬉しそうにはにかんだ。
「そうなの、わたしの一番好きな紅茶よ。大切なお客様にだけお出しするの」
二人は特別よ、とまるで緒話のように言うので、わたしもライリーもつられて微笑んでいた。
「ありがとうございます」
「こんな味しい紅茶を飲めるなんて、良い思い出になりますわ」
「好きなだけ食べて、飲んでいってね」
殿下の言葉に二人で頷き返す。
それから、主にわたしがこれまでの出來事を王殿下にお話させていただいた。
先日の夜會では掻い摘んで説明した出會いから婚約までにあったことを、話せる範囲で細かく口にすると、殿下は目を輝かせて話をお聞きになった。
驚くことに、殿下はわたしが話している間は全く口を挾まなかった。
一通り話し終えると、それから自の疑問を口にされた。
「ベントリー伯爵令嬢は、婚約を破棄されてつらくなかったの?」
控えていた侍が焦ったような顔をする。
わたしは大丈夫だと微笑み、頷いた。
その質問をするい聲は心底不思議そうで、そこにわたしに対する否定的ながじられなかったから、不快さもない。
「ええ。五年婚約しておりましたが、相手は婚約者としての最低限の務めも果たしてくださらなかったので、元より好意はあまりございませんでした」
「そんなに酷かったの?」
「最初から義妹に懸想していらしたようで、わたしには時季の手紙も贈りの一つもくださらなかったのです」
「まあ! そんな人もいるのね! それは婚約破棄して良かったと思うわ!! わたしだったら絶対許さないもの!!」
そう言って自分のことのように殿下は怒ってくださった。ムッとした表はお可らしい。
「ではウィンターズ様はどう? ベントリー伯爵令嬢を大切にしてくださる?」
その問いには深く頷いた。
「とても大切にしてくださいます。わたしがこうしてしくなれたのもライリー様のおかげですわ。わたしを引き取り、令嬢に相応しい生活や裝いをさせてくださったのです」
ライリーを見上げれば、金の瞳が優しくわたしを見下ろしてくる。
そうして膝の上に乗った手に、そっとライリーの手が重ねられたので、しっかりと握り返す。
今のわたしはライリーがいたから在るのよ。
王殿下がほうと嘆の溜め息をらす。
「二人はお互いを信じて、し合って、大切にしているのね。見てるだけでも伝わってくるわ」
橫で侍が僅かに頷いた。
「殿下は良い方はいらっしゃらないのですか? このような方と添い遂げたいという希などは?」
それに殿下は首を振った。
「いいえ、わたしは國や王家のためとなる方と婚約するわ。お祖父様やお父様が決めた良い方と。……でもそれでいいの。わたしはその方と仲良くできたらそれでいいの」
気負った様子も無理をしている様子もなく、殿下は笑顔でそう言った。
ああ、いながらにこのお方は王族なのね。
それに、と殿下が続ける。
「素敵なお話はこの世界に沢山ありすぎて、わたしにはどれも素敵で素晴らしくじるの。それを相手に求めたら、相手は王であるわたしのために無理をすることになるでしょ? お父様がよく『夫婦とは支え合うものだ』とおっしゃっていたもの」
ライリーが目元を和ませて頷いた。
「そうですね。私達はまだ夫婦ではありませんが、互いに支え合いながら、思いやりながら暮らしております。王太子殿下も奧方も素晴らしい夫婦なのでしょうね」
「ええ、お父様とお母様も政略結婚だったけどすごく仲が良いの! わたしもそうなりたいって思ってるわ」
「今のお気持ちを忘れなければ、殿下もきっとそのような夫婦になれますよ」
「そうかしら? そうだと良いわね」
ライリーの言葉に殿下が照れ臭そうに微笑む。
その姿にわたしだけでなく侍や護衛の騎士達、リタなども目を下げて見守っている。
本當に素直でとても良い子だわ。
勘違いして警戒していたのが申し訳なくなる。
「あの、ベントリー伯爵令嬢、その、ずっと聞きたかったの。エディス様と呼んでもいいかしら?」
「ええ、もちろんですわ」
「ではわたしのことはミーシャと呼んで! わたし、エディス様とお友達になりたかったの!」
それにわたしはし驚いてしまった。
「よろしいのですか? わたしは八つも年上ですが……」
「あら、お友達に年齢なんて関係ないわ。お友達になりたい人がいて、その人もそう思ってくれたら、それでいいと思うの」
「……では、これからはミーシャ様と呼ばせていただきますね」
「ええ! 是非そうして!」
パアッと表を明るくする殿下、ミーシャ様にわたしも笑みを返す。
言葉はなくとも、お互いに「これでわたし達はお友達ね」と頷き合った。
橫にいたライリーがギュッと手を握った。
「エディス。友人が出來たのは素晴らしいことだが、私のことも忘れないでしい」
もふっとこめかみにらかながれる。
それにわたしは思わずへにゃりと笑み崩れてしまった。
「忘れてなんていないわ。でも、わたし達を応援してくださる方とお友達になれるのはとても幸せなことなの」
「……分かってる。すまない」
「謝らないで。いつだってわたしの一番はあなたよ。だから心配しなくても大丈夫」
側にある顔にれ、その頬に口付ける。
そうしてギュッと抱きつけば、大きくて力強い腕がしっかりと抱き締め返してくれる。
そうすると目の前のミーシャ様は更にキラキラした目でわたし達を見るので、どうやらこの方の前ではいつも通りにしても大丈夫そうだ。
むしろわたし達がを離すと殘念そうな顔をされた。
「わたしのことは気にしないで。二人がし合ってるところって素敵ね。見てると恥ずかしいけど、があったかくなるの。だからもっと仲良くして!」
両手を重ね、うっとりとミーシャ様が言う。
それに今度はリタが小さく頷いていた。
「ありがとうございます。ミーシャ様に応援していただけてとても嬉しいです」
「お恥ずかしながら、英雄という立場は何かと目立ってしまうので、殿下に私達の関係を祝福していただけると助かります」
「そうね、中には二人の関係を良く思わない人もいるでしょう。婚約者のいる人を橫取りしようなんて嫌な考えよね」
うんうんと頷くミーシャ様も理解しておられるようだ。
そうしてにっこりと笑った。
「わたし、エルミーシャ・ディエラ=シェルジュは英雄ライリー=ウィンターズ様とエディス=ベントリー伯爵令嬢の婚約を祝福するわ」
お祖父様やお父様にも言っておくわね。
そう言われて、わたし達はホッとした。
この國の王殿下の祝福をいただけるのであれば、うるさい人々もさすがに黙るだろう。
「それにわたし達はもうお友達だもの。お友達を祝福するのは當然でしょ?」
笑顔のミーシャ様にわたしも頷いた。
「わたしもミーシャが婚約したらお祝いと祝福の言葉を贈らせていただきますね」
「嬉しい! そう言われると早く婚約者がしくなるわ!」
貴族や王族は十二歳くらいで大婚約するので、ミーシャ様も遅くとも後二年ほどで、婚約者が決まるだろう。
その時には出來るだけお祝いしたい。
今、応援してもらっているお禮も兼ねて。
「マスグレイヴへ帰國しても、手紙を書きますね」
「! わたしもお返事を書くわ! すぐに離れてしまうけど、沢山お手紙を書くからエディス様もお返事を書いてね」
「はい、沢山書きます」
「約束よ?」
そうしてミーシャ様と約束をする。
國へ帰ったら手紙を出すと。
年下の可らしいお友達がわたしに出來た。
わたしには勿ないくらいの素敵なお友達だ。
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