《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》手紙と贈り
* * * * *
シェルジュ王國の白百合宮。
その一角での歓聲が上がった。
「ユニファ! ねえ見て! エディス様からお手紙が屆いたわ!!」
この宮の主人であるエルミーシャは両手で手紙と包みを侍へ掲げて見せた。
ユニファと呼ばれた侍はそんな主人を優しい眼差しで眺めた。
「それは良うございましたね」
つい最近、シェルジュ王國を訪れたマスグレイヴ王國の名高き英雄や騎士達。その中には英雄の婚約者もいた。
そしてエルミーシャは英雄と婚約者、特に婚約者のエディス=ベントリー伯爵令嬢と親しくなった。
帰國する前に約束した「手紙を送る」という話を彼はさっそく果たしてくれたのだ。
この國までの輸送を考えれば、帰國して二、三日以に書いて送ったのだろう。
おまけに本も同封されていた。
王であるエルミーシャに渡される前に本は中を確認されたが、こうして手元に屆いたということは、エルミーシャが読んでも問題なしと判斷されたわけだ。
「きっとすぐに送ってくれたんだわ。わたしも早くお返事を書かなきゃ」
「本をくださったのですから、そちらを読んでからご想と共に書かれるのはいかがでしょう?」
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「……そうね。お禮も書くことになるなら、読んでからの方が書きやすいかも」
そう言いながらもエルミーシャはベントリー伯爵令嬢からの手紙を見つめている。
侍は一度手紙をけ取り、ペーパーナイフで封を切ってから再度エルミーシャへ手渡した。
エルミーシャは落ち著かない様子で封筒から便箋を取り出し、開いたそれの中へ視線を落とす。
侍のユニファは主人が読み終えるのを待った。
恐らく一度読み返したのだろう。
じっくりと時間をかけて手紙を読んだエルミーシャの顔には喜の笑みが浮かんでいる。
「わたしが絵本みたいな語が好きだって話していたから、わたしの好きそうな本を送ってくれたみたい」
「どのような本かは書かれておりましたか?」
「うん、ウィンターズ様とエディス様の婚約までの実話を元にした小説なんですって」
手紙を丁寧に畳んで封筒に戻すと、エルミーシャはその手紙を大きめの箱へ納めた。
その箱は寶石やレースがあしらわれてキラキラとした可らしい見た目で、中にはエルミーシャが大事にしているものがっている。
そうして今度は本の包みを開けた。
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一度確認のために開けられただろうが、きちんと元に戻されているため、綺麗に結ばれたリボンをエルミーシャは丁寧に解いた。
包みを開ければ、やや分厚めの本が一冊。
表紙はベルベットのような上品な深紅で、植がデザインされており、書かれている題名は「黃金の腕に抱かれて」というものだった。
「『黃金の腕に抱かれて』」
「獅子の時の金の並みを表現していらっしゃるようですね」
「題名からしてなんだかドキドキするわ……」
恐らく小説なのだろう。
題名からしてそのような雰囲気が漂っている。
エルミーシャは絵本のような語が好きだと言っているが、実際には絵本のような小説が好きなのである。
英雄と婚約者の波のある語はきっと主人のお気に召すだろうとユニファは思った。
「今日は読書をして過ごすわ!」
幸い今日は授業がないため時間がある。
やや分厚い本を抱えてエルミーシャはそう宣言した。
「では紅茶を用意いたしますね」
読書には紅茶と甘いお菓子が合う。
侍の言葉にエルミーシャの目が輝いた。
主人は年相応に甘いものも好きなのだ。
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さっそく、いそいそとソファーへ移するエルミーシャを橫目に侍はベルを鳴らし、別のメイドに紅茶の用意を頼んだ。
戻ると主人は既に本を開いている。
集中力が高いのであっという間に読み終えてしまうかもしれない。
しばらくして靜かなノックが聞こえて対応すれば、メイドがサービスワゴンを持ってきた。
それをけ取り、室へ運びれるとテーブルの側に置いて紅茶を淹れる。
しばかり別のカップへ注ぎ、一口飲む。
……問題はなさそうだ。
それから主人の分の紅茶を注いだティーカップを、テーブルの上の、視界にるだろう位置に置く。
クッキーなどのお菓子もそっと添えた。
それに気付いたエルミーシャが顔を上げた。
「ありがとう、ユニファ」
それにユニファはにこりと微笑んだ。
エルミーシャは紅茶を一口飲み、本格的に読書に集中することにした。
* * * * *
それから三時間半ほどかけてエルミーシャは贈られた本を読み切ってしまった。
よほど面白かったのか、途中から紅茶を飲むことも忘れ、一心に読み進めていた。
時々ハラハラしたり、涙ぐんだり、頬を染めることもあって主人を見ていると何となく話の雰囲気だけは読み取れる。
やがて最後まで読み終えると靜かに本を閉じた。
読書の余韻を楽しむように、ほうとエルミーシャが嘆の溜め息をらす。
「ああ、とっても面白かった……! それに素敵! まるで劇を観た後みたいだわ!!」
とても大事そうに本を抱き締める姿にユニファも目を下げた。
「お二人のお話はいかがでしたか?」
「お話を聞いた時よりも詳しく書かれていたわ。エディス様もウィンターズ様もお互いをとても好きなのは知っていたけれど、本ではもっともっと仲が良いのよ」
「あれよりもですか?」
ユニファはちょっとだけ驚いた。
英雄もその婚約者も、人目を憚らずにべったりとしていたけれど、あれでもまだ控えていた方だったのか。
そうだとすれば相當仲が良い。
「そうみたい。あとがきにも『二人はこのようにしされ、今も幸せに暮らしています』って書いてあるの。手紙にも結婚式の準備をしてるって幸せそうなじがしたわ」
本の最後のページを開いた。
「これを書いた作家の名前はヴァローナ=サレンナというそうよ」
「聞いたことのない名前ですね」
「マスグレイヴ王國の令嬢の間でひっそり人気になりつつある作家なんですって。わたしが気にいるようであれば別の作品も送ってくださるそうよ。ああ、別のお話ってどんなのかしら!」
どうやらエルミーシャはそのヴァローナという作家を相當気にったようだ。
だからか「この本を貸すからユニファも読んでみて!」と言われたのには々困ってしまった。
ユニファはには興味がない。
でも主人の好きなものは知っておきたい。
結局、ユニファは後ほど本を借りることにした。
夜、エルミーシャが眠った後に、控え室で読んでみようと思う。
「さあ、手紙を書かなくちゃ。どうしよう、お禮と想を書いたらすごく長くなってしまうわね」
「良いのではないでしょうか。本を気にったことを素直に書かれるのがよろしいかと。私であったなら、相手に贈ったが喜ばれるのはとても嬉しいことですから」
「最初に手紙が厚くなることにれて謝っておけば大丈夫かしら?」
本を持って機に戻ったエルミーシャのために、ユニファが手紙を書く準備をする。
恐らくこれを使うだろうとエルミーシャ一番のお気にりである小花柄とクローバーの便箋を差し出せば、嬉しそうにけ取った。
「さすがユニファね」
ペンとインクも用意する。
エルミーシャはペンを手に取ると、インク壺にペン先を浸し、便箋に向かう。
「エディス=ベントリー伯爵令嬢様、っと。ええと、木々の青葉がしく、小鳥の囀りが……」
時季の挨拶を思い出しながら書き始めたエルミーシャをユニファは穏やかに見守った。
きっと主人から屆いた手紙を読んで、ベントリー伯爵令嬢も喜ぶだろう。
二人が楽しそうに話していた姿を思い出す。
歳は離れているものの、良い友人になれそうだ。
なかなか外へ出られない主人に友人が出來るのはとても良いことである。
願わくばこの繋がりがずっと続きますように。
* * * * *
場所は変わり、シェルジュ王國の北部。
孤児院と教會に隣接した修道院。
その裏庭で修道達が洗濯を干していた。
類やシーツなどがやや冷たい風で揺れている。
その様を心地好くエリュシアナは眺めた。
自領の修道院へったが、ここはエリュシアナを領主の娘だからといって特別扱いしない場所だった。
貴族の娘も平民の娘もここでは皆、同じ修道として生活しており、そこに上下関係はない。
……先輩後輩という立ち位置はあるけれど。
だが先輩だから威張ったり、後輩だから甘やかされたりということもない。
毎日決められた仕事をこなし、贅沢な暮らしから離れ、自分のことは自分で行う。
公爵家の令嬢であるエリュシアナには何もかもが初めての経験である。
掃除も、洗濯も、料理の手伝いや片付けも、洗濯を畳むのも、子供達の世話をするのも遊ぶのも。公爵令嬢のままだったらエリュシアナは経験することがなかっただろう。
そしてエリュシアナはこの生活が結構好きだ。
変に肩肘も張らなくて済むし、周りもエリュシアナを馬鹿にしたり変に持ち上げたりもしないし、何よりあれこれと事を聞かれない。
ただエリュシアナという一人の人間として扱ってくれる。
洗濯が上手く出來ない時は手伝いながら教えてくれるし、洗濯が綺麗になると気分がいい。
料理を作るのも楽しいし、味しいと言われれば嬉しい。一人で広い食堂で食べる豪華な食事よりも、狹い食堂で大勢と騒がしい中で食べる質素な食事の味しさを知った。
贅沢さはないから一つ一つの類やを大事に使うようになったし、そうすることで、今まで自分の生活がどれだけ恵まれていたのか理解出來た。
子供達の世話は大変だけれど、子供の笑顔を見るとが溫かくなる。暴れん坊な子や意地悪な子もいるが基本的に裏表がない素直な子達で、一緒になって外を目一杯走り回って遊ぶと気分がすっきりする。
公爵家にいた頃よりも毎日が楽しい。
朝は日の出と共に起きて、朝食を作ったら食べて、修道仲間とお喋りしながら掃除や仕事をして、晝食を作ったら食べて、子供達の世話をして、お祈りの時間を過ごして、夕食を作ったら食べて、自分の時間がしあって、夜になったら眠る。
決まったことを繰り返すだけの日々だ。
でも毎日不思議な充実があった。
「お嬢様!」
聞き慣れた聲に振り返れば、見慣れた姿がこちらへ駆けてくるのが見えた。
エリュシアナが昔拾った年は青年になった。
長年、青年はエリュシアナに仕えていた。
そうして彼は修道院へるエリュシアナの側にいると主張し、エリュシアナが屋敷に殘るように告げても頑なに首を縦に振らなかった。
結局、彼はここまでついて來てしまった。
「アレン、わたしはもうお嬢様ではないのよ」
「あっ、そうでした。申し訳ありません、アナ」
ここではエリュシアナはアナと呼ばれている。
小さな子供達はエリュシアナの名前を上手く呼ぶことが出來ず、アナと呼び始めたことから、皆がそう呼ぶようになった。
エリュシアナもその稱を気にっていた。
「それで、どうかしたの?」
「アナ宛てに手紙と荷が屆いたんだ」
「……あら、エディス様からだわ」
差し出された荷と手紙をけ取ると、そこには隨分と失禮な態度を取ってしまったの名前があった。
手紙と共に送られてきた荷はかさばるものらしく、隨分と大きい。
手紙の封を切って便箋を取り出した。
そこには時季の挨拶が手短に書かれ、修道院での生活はどうかという話から始まり、あれこれと調や気持ちを気遣う文が綴られ、最後に荷についてれられていた。
アレンに持ってもらい、荷の封を開けると膝掛けが二枚と刺繍や裁に必要そうな道が大揃って納められていた。
「こっちの黒い膝掛けはアレンの分ですって。こっちの裁道は好きに使ってだそうよ」
夜になると冷えるので膝掛けは嬉しい。
それに裁道は服を繕うのに必要だ。
刺繍用のハンカチや糸なんかも沢山っていた。
ここでの暮らしは寄付金やバザーで補っているため、刺繍用のハンカチや糸などがあれば刺繍したものをバザーに出せるのでありがたい。
そして封筒や便箋、インクもっていた。
今のエリュシアナに負擔がかからないように、わざわざ用意してくれたのだろう。
相手の心遣いにエリュシアナは泣きそうになった。
「お返事を書かなくてはいけないわね」
謝の念を込めて、丁寧に書こう。
今日一番の笑顔を見せたエリュシアナに青年も嬉しそうに小さく笑う。
遠くからエリュシアナを呼ぶ聲がした。
「アナー! まだ掃除が殘ってるわよー!」
その聲にまだ仕事が終わっていないことを二人は思い出し、顔を見合わせる。
そしてどちらからともなく吹き出した。
エリュシアナは弾けるような明るい聲で応えた。
「ごめんなさい! 今行くわ!」
しく高い聲が晴れた青空によく響き渡る。
また後でと言い置いて軽やかに駆け出したエリュシアナの背を、青年は眩しそうに目を細めて見送った。
* * * * *
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