《ルーズリアの王太子と、傾いた家を何とかしたいあたし》22……デビュタント直前の馬車の中
最初は兄と並んで座っていたものの、14歳にしては小さく痩せているリティが、何故かピョコンピョコンと飛び跳ねる。
痩せすぎで馬車の中のソファのクッションが、逆にトランポリンの狀態になっているらしい。
ガラス窓にぶつかりかけた妹を慌てて引き寄せたデュアンが、膝に乗せる。
「大丈夫?」
「び、びっくりしました」
「お兄ちゃんもびっくりだよ。前に乗った時もこうだったの?」
「えと、前に乗った時には、ティフィお兄様がクッションを周りに置いて下さって……それに途中で寢ちゃったのです……」
「あぁ……」
ミューは呟いた。
覚えている。
布に包まれたリティを抱いて降りてきたティフィ。
後ろから降りてきたのは疲労のの濃い夫婦。
「叔父上、叔母上。突然申し訳ありません。こちらは、父の友人のアレッザール子爵と奧方です」
「あぁ、知っている。サーシアスどの、久しぶりだ」
「も、申し訳ございません。私の方から……」
「いや、お疲れのようだ。さぁ、執事に案させよう、それと醫師を」
「それよりも、お嬢様を!お願い致します」
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必死に縋るように頼み込むサーシアスとその夫人に、ティフィが、
「叔父上。私の腕の中で眠っているのが、ラミー子爵の令嬢のマリア殿です」
「はぁぁ?」
ミューとアリアは絶句する。
確か、マリアージュは今年14歳、ほとんどの家がデビュタントに出席する年である。
しかし、布に包まれていても分かる程小さく華奢なと言えば可いが、やせ細った、貴族の娘としてはありえない青黒い顔をしている。
過労と栄養失調しか考えられない。
「醫師を急いで呼ぼう。水癥狀、栄養失調、過労……點滴や病院食も必要だな」
甥から抱きとったミューは軽すぎるにこれは危険だと、家令を呼び、醫師に急に來て貰うよう伝える。
「空いている部屋……あぁ、客室よりも私達の近くの部屋に。その隣の部屋にアレッザール子爵と奧方を。事はまだ聞いていないが、客人として招くよりもこちらに匿っていることにする。客人が誰か、緘口令を敷くように」
「かしこまりました」
家令は數人の執事に命じ、あれこれとき始めた。
そして、家令は、
「旦那様。陛下には……?」
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「あぁ、マリアージュを保護していること、アレッザール子爵夫妻が過労で倒れたことをお伝えしてくれ」
「私どもは大丈夫です」
「何を言う、サーシアスどのも奧方も疲労のが濃い。何か作らせる。食べて醫師に診て貰い休んでしい……どこに行くんだ?ティフィ」
自分の仕事は終わったと、去っていこうとする甥に聲をかける。
「いえ、ラミー子爵の家を私の命で取り押さえ……マリア殿が泣いていたので、祖父のルイス殿の品と馬を売りさばかないか見張りに行って來ます。急にギルドで紹介して貰った數人のメイドや従僕たちに仕事を振り分けようと思いますし、勘違いしたラミー子爵があれこれ命令しているでしょう。命令は無視をと頼んでいますが、邪魔になりそうなら陛下にお願いしようかと思います」
「お願い?」
「ラミー子爵から爵位と領地を剝奪してしいと。折角、あの地域でシェールドで栽培されているグランディアの米とかネギ、トウガラシ、ワサビ、ウリ、ショウガ、ミョウガ、レンコンに……」
「あぁ、解った!お前はそういったものを植えて育てたいんだな」
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「それもありますが……哀しそうに、弟だったガキが、お爺様の品を鍵をかけていた自分の部屋に侵し、盜んで行くんだと言っていたマリアージュ殿が辛そうで……見ていられませんでした。領地まで走らせる馬2頭も大切にしているのだと……そんな思いを踏みにじる親や兄弟なんて、潰してやると思いました」
無表だがミューには解る。
ティフィは父親に瓜二つ。
激怒すると瞳のが深くなる。
それに口數も増えている。
今は見る影もないが、ティフィの父である長兄は靜かに怒りをわにするタイプである。
そして、徹底的に叩き潰して、何もなかったように立ち去る。
権力にものを言わせる貴族や異國の王族、そしておだてられ愚かな行為に走り、最終的にはミューの家庭を破壊した次兄を、長兄は決して許さなかった。
領地に、持っていた幾つもの爵位も奪い取り、不當に得た富に貴金屬も沒収し、王宮の重職からも追放した。
実家である現在のミューたちの我が家にも立ちりを完全にじた上に、勝手に旅行なども出來ないように馬車の使用も制限された。
與えられたのは一応公爵として恥ずかしくない程度の邸と、王宮から送られるメイドや執事とは名ばかりの監視。
それ程、怒らせたのである。
慌てた次兄は両親や妹に執りしを頼んだが、三人ももうすでに次兄を見限っていた為、無言を貫いた。
ミューの元に……いや、三兄やデュアンの元に度々執りしをと愚かな使いを送って來た為に、即長兄の元にその使いを連れて行った。
すると益々激怒した長兄は、次兄を幽閉したのだった。
自分の所業を甘く考え、悔い改め、自主謹慎でもしていれば可いものだったのだろうが、特にの弱い三兄は元々の病弱、そして最後には次兄の所業に忠告しても聞きれて貰えないストレスで一気に調を崩し、デュアンの事件の一年後に亡くなった。
悲しみ嘆く両親や長兄、三兄の家族の前に立った次兄を、赦す者はなかった。
特に両親は、年老いている自分の方が先に逝けば良かったのにと泣き続け、後を追うように母が、父が逝った。
長兄は王としてではなく、両親の息子として死を悼み、三兄の時と同様に棺にすがり泣き続けた。
そして両親の葬儀に次兄を參加させず、墓地にも立ちりをじた。
だが長兄やミューたちの気持ちを全く理解しなかった次兄は、恨みながら死んだらしい。
しかし葬儀には出向かず、代理の使者も送らなかった。
「恨むなら恨めばいい」
長兄は今のティフィのように瞳を変えていた。
「僕はそれ以上に、あいつを恨み続ける!フェルに父上、母上、デュアンに、もっと前には僕がミューに預けたアリアを追い出したのはあいつだ!絶対に許すものか!」
「で、兄貴、パルスレット公爵の位は?息子が継ぐらしいが」
「馬鹿息子?ふーん。いつ潰すか楽しみだね」
長兄の嗤い聲にゾッとしたことは記憶に新しい。
「じゃぁ、ティフィ。頼まれてくれるか?陛下……兄貴には急に使いを送る。私もこの3人の様子がはっきりするまで、出仕を遅らせることと、ティフィの戻るのが遅れることを伝えるから」
「はい、叔父上。マリアージュ殿やアレッザール子爵と夫人をよろしくお願いします」
「気をつけろ。まぁお前はそこらへんの衛兵程度、一撃だろうがな」
「解っています。殺さない程度に痛めつけておきます」
ティフィは出て行った。
「……ティフィ。自分の実力過小評価するなよ?お前は、この國に10人いるかいないかの逸材だぞ」
と見送ったのだった。
小さいマリアージュ……リティは、本人はすぐ目を覚ましたと思っているのだろうが、約2日間目を覚まさなかった。
疲労にショック、そして栄養失調で點滴を目が醒めるし前まで続けていたのである。
初日は遠慮して來なかったティアラーティアが、アリアの代わりに看病をし、デュアンは、夜勤を含めた國王直屬の近衛隊長として一日戻って來なかったこともあり、2日目にヘロヘロ狀態で帰って來た息子をベッドに押し込み休ませ、目が覚めた時を見計らい丁度シェールドから屆いた婚約者からのお手紙……婚約者はまだいので、絵日記のようなものである……を渡しておいたのだ。
それからは家族になり、今日はニコニコと笑いながら、膝に乗せた妹に、
「じゃぁ、お兄ちゃんの膝に乗って行こうね。帰りはパパ」
「それは良いが、行きと道が逆になって同じ景を見ることになるぞ?」
「あ、そうか。じゃぁ、帰りもお兄ちゃんの膝の上だね〜」
「お兄ちゃん。あっ、お兄様、重くないですか?」
「そんなことはないよ」
デュアンは優しく答える。
「リティは軽い軽い。これでもお兄ちゃんは國王陛下直屬の近衛隊長なんだ。部下と訓練もするし、筋力トレーニングも欠かさないよ」
「わぁ!お兄ちゃん凄い!」
「パパも強いんだよ。それに今日來てくれる、僕たちのお兄ちゃんのクシュナ兄さんも強いんだ」
「クシュナお兄ちゃん?」
「そう。ラーシェフ公爵。パパのお兄さんのフェルナンド様の長男で、お兄ちゃんが小さい頃は一緒に住んでたんだ。今日はリティのデビュタントだから來て下さいって手紙を出したんだ。元々忙しいと言うか中央が好きじゃないから、領地で生の研究をしてるんだけど」
その言葉に、髪飾りを示す。
「あっ!フェルディさまが、この蝶はササキアって言って、クシュナお兄ちゃんが詳しいよって言ってました」
「あぁ。僕は學、兄さんは昆蟲や蝶などが詳しくて、言ってなかったかなぁ?ティフィは植に詳しいんだよ」
「ハーブのことを教えて貰いました」
「そうなんだね。じゃぁ、クシュナ兄さんとティフィにお話聞いてみようか」
「陛下には聞くなよ、リティ。聞いたら最後、王宮飛び出すから」
ミューは釘をさす。
約10年前、何とかなだめすかして仕事をさせて來たつけが回ったのと、次兄の愚行にキレていた長兄がティアラーティアと共に失蹤してくれたことがある。
その時はミューが懸命に行方を捜し、國王の失蹤など特に次兄にバレないようにとティフィが父親のふりをし、シェールドの國王陛下にに便りを送り、ティフィが再び留學したことにして貰った。
そして數ヶ月行方不明で、ある日ひょっこりミューの屋敷に顔を出した。
「久しぶり〜ミュー」
「こらぁぁ!兄貴!又失蹤ってなんだ!えぇ?」
「だって我慢できなかったんだもん。発掘〜。リール王國に行って來てたんだ〜」
と満面の笑みを浮かべ、そして、
「あ、そうだ。琥珀ちゃんがね?調が悪いって言うから帰って來たんだけど、良くなり次第もう一回」
「行かせるか!ティフィはよくやってるが、良い加減帰れ!」
「えー、良いじゃん。ミューのケチ!」
と兄弟喧嘩になったのだが、醫師に見せたティアラーティアが妊娠していたこともあり、言い聞かせ兄を王宮に送りつけた。
ちなみに、かしましい三姉妹に囲まれた上にストレスで、ティフィは父親に長時間説教をしたらしい。
そして、
「父上が今度こんなことをしたら、私はシェールドに永住しますよ。王位継承権放棄します。ついでに父上のこと嫌いになります」
「えぇぇ〜!ごめんなさい〜!もうしないよ〜!今度する時は、ちゃんと言っていくから〜」
リーは必死に息子に謝る。
ティフィが絶縁ではなく嫌いと言ったのには訳があり、表向き名君のリーだが家族の前では年下の妻に甘え、息子にすら我が儘を言う子供っぽいところがあり、妹たちもそれぞれデビュタント前後の反抗期だと言うのに全部を背負わされたティフィは本気で怒っていたのである。
で、難しい言葉よりもはっきり怒っていることが本人に伝わるように、嫌いと言い放ったのである。
「行くときは、ちゃんと言いますね?」
「うん!」
「それに、長期失蹤はやめて下さい!いつも、フェル叔父上とミュー叔父上が被害をこうむりますが、今回はシェールドの國王陛下にまで迷をかけたんですよ!ごめんなさいと叔父上たちとシェールドの國王陛下に言いますね?」
「解った!」
「じゃぁ、浴してから仕事に戻って下さい。良いですね」
コンコンと言い聞かせ、ティフィはようやく重荷を下ろしたのだった。
ちなみに、リーから二人の弟の家にはそれぞれルビーとサファイアが贈られ、シェールドの國王陛下の元には、あちらでは出ないダイヤモンドとペリドット、アクアマリンのカッティングされた石が送られた。
それから々あったが、デュアンは膝に乗せた妹に話をして楽しそうな姿に、隣のアリアと共に微笑み合う。
ゆっくりと馬車は、通常の馬車止まりではなく、王族や公爵家専用の馬車止まりに止まった。
「失禮いたします」
外から聲が聞こえ、扉がゆっくりと開き、簡易式の段が用意されると、
「どうぞ」
と言う聲に、デュアンは妹を元の席に座らせ自分が先に降りると、手を差し出す。
「リティ」
「は、はい」
立ち上がり扉に向かい、兄の手に自分の手を乗せ、ゆっくりと降り立つ。
「ありがとうございます。お兄様」
「どういたしまして」
にっこりと微笑む後ろではミューとアリアが降り立ったのだった。
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