《お久しぶりです。俺と偽裝婚約してもらいます。~年下ワケあり生真面目弁護士と湯けむり婚前旅行~》3. 偽裝婚約、ってやつです(1)

「竹本さん、ばいばーい!」

「はい、バイバイ。帰ったらちゃんと手洗いうがいしてね」

元気よく手を振る子どもたちに、葉月は本の返卻カウンターから手を振り返した。

時刻は午後五時四十五分。

遅めに家へ帰宅する子らがいなくなり、會社帰りの利用者が徐々に増えてくる時間だ。

一時的に人気がまばらになった館を見回すと、本棚にられた手書きのポスターが視界にった。

葉月が擔當している子ども向けイベントのお知らせだ。

──再來月は何しようかな。低學年は読み聞かせ、高學年は絵本に出てくるお菓子作りとかどうだろう。私も食べたいし……ちょっと公私混同しすぎ?

──そうだ、先月好きな本を紹介してもらったのがすごく評判よかったから、それを発展させて。

子どもたちの笑顔を思い浮かべ、自然と葉月も頬が緩む。

昔から本が好きで諦められず司書になったが、この仕事は本當に天職だと思う。

たまに絡まれるものの接客は楽しく、コツコツと事務作業を進めていくのも好きだ。

職場の人々ともうまくやれている。殘業も苦にならないし、給料が安くたって、慎ましく一人で暮らす分には問題ない。

──……問題ない、んだけど。

ふと母親の苦言を思い出し、葉月は目を伏せた。

正規職員への登用を目指してはいるが、そもそも求人數はなすぎ、応募者は多すぎる。

ごく一部の上澄みになれる能力もコネも自信も、葉月は持ち合わせていなかった。

母の「諦めるか結婚しろ」という言葉は正しいのかもしれない。

──いまどき結婚できたからって暮らしがよくなるわけじゃないけど、今のままよりかはマシなのかな。婚活するなら私は欠點ばかりだし、たくさん頑張らないと。

──……ああ、なんか、嫌だな。

──子どもの頃は結婚ってもっと素敵なものだと思ってた。大好きな人と結ばれて永遠のを、なんて……。

「葉月さん」

突然名前を呼ばれ、はっと葉月は現実に戻った。

「すっ、すみません。お待たせしまし、た──」

カウンターの正面に立った背の高い男を見上げた瞬間、絶句してしまう。

「お久しぶりです」

憐悧な貌の彼が、にこりともせず頭を下げる。

上品な細のダークスーツの襟元には、金の弁護士バッジ。

艶やかな黒髪は流すようにでつけられ、筋の通った高い鼻梁にハーフリムの眼鏡が乗っかっていた。

眼鏡をかけても顔立ちの端正さは隠れていない。それどころか知的さを強調し、彼をより一層魅力的に見せていた。

レンズの向こうから、どこか影のある切れ長の瞳が葉月を見つめる。

その靜かで鋭い眼差しを、葉月はずっと忘れられなかった。

「朔也くん……!?」

「上がり、いつですか」

ひっくり返った葉月の聲に、淡々とした低い聲が返ってくる。

──え、どうして……!? 夢じゃないよね!?

「葉月さん?」

「あ、ご、ごめんなさい! 今日は一応、六時だけど……」

「あと十五分ですね。じゃあ、外で待ってます」

頷き去っていった朔也の背中を、葉月は瞬きもできずに見送った。

    人が読んでいる<お久しぶりです。俺と偽裝婚約してもらいます。~年下ワケあり生真面目弁護士と湯けむり婚前旅行~>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください