《お久しぶりです。俺と偽裝婚約してもらいます。~年下ワケあり生真面目弁護士と湯けむり婚前旅行~》12. 放っといたら駄目なくらい可いって知ってたのに

晝食を終えたあと、葉月と朔也は旅館から借りた浴に著替え、溫泉街まで降りてきていた。

朔也曰く、偽裝工作のためらしい。

「俺たちは仲睦まじい婚約者なんだから、旅行初日は浮かれきってデートするはずです」とのことだ。

確かに、葉月たちのいる湯畑の周りには、浴姿のカップルや家族連れなどの観客が大勢いた。

近くには飲食店や溫泉施設があるレトロな石畳の商店街があり、そちらも賑わっているようだ。

辺りに漂う硫黃の香りがいっそう旅をくすぐるのか、観客たちはみなどこか高揚しているように見える。

いや、葉月自がそうだからかもしれない。

──湯畑ってこんなに大きいんだ! なんだか溫泉ってより滝みたい。どうしてお湯がエメラルドグリーンなんだろう……。

遊びに來たわけではないとわかりつつも、つい楽しくなってしまう。

は見たことのないものばかりだし、浴を著るのもずいぶん久しぶりだ。

白地に淡い紫の藤が描かれたしいそれを見下ろし、葉月はこっそり微笑んだ。

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「結構混んでますね。はぐれないようにしましょう」

朔也が葉月の隣で辺りを見回す。

切れ長の涼しい目元とびた背筋のせいか、彼は和風の裝いもよく似合っていた。

青灰の浴に紺の羽織をれもなく著こなし、まるで役者のようだ。

──かっこいいな……こんな人とデートできるなんて。

──って、調子に乗っちゃ駄目だ。あくまでこれは偽裝工作で、朔也くんには本當の彼がいるんだから。

葉月が朔也の橫顔を見ながら思いに耽っていたら、彼が不意にこちらを向いた。

「あれですか?」

そして、唐突に向こう側の通りを指差す。

そこには「溫泉饅頭」とで書かれた木の看板が眩しい和菓子屋があった。

店頭へ目立つように置かれた、湯気がもうもうと上がる蒸し

熱がりながらも楽しげに白い包みを開き、ぱくつく人々。

人気の店なのか、カウンター前の行列は途切れる気配がなかった。

「ち、ちがっ……!」

「恥ずかしがらなくてもいいですよ。名ですし、気持ちはわかります。いくつ食べたいですか?」

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食い意地が張っていると思われたくなかったが、朔也に見とれていたのだとも言えない。

それに、正直なところ饅頭に興味を引かれてしまうのも事実なので、葉月は観念して頷いた。

「一つ……食べたい」

「饅頭、かなり小さいみたいですけど一つで大丈夫ですか」

「うん……」

完全に大食漢扱いの対応に、心がっくりとする。

「並んできます。そこのベンチで待っててください」

「そんな、悪いよ。私も行く」

「いえ、結構です」

朔也は無表で斷り、わざわざベンチまで葉月を連れていって座らせた。

湯畑が見えるので待っている間も退屈はしないだろうが、観客の中に取り殘されるとなんだか気まずい。

「あの、やっぱり私も……」

「いえ」

食い下がってみるが、再び即座に卻下された。

──あ……もしかして、必要ないときはあまり一緒にいたくない、みたいな……?

自信のなさから、悪い想像が膨らんでしまう。

それでも「じゃあお言葉に甘えて」とどうにか笑顔を作ると、朔也は眼鏡を直した。

は薄いままだが、なぜか照れているように見える。

「下駄で歩くのは疲れるでしょう? 休んでてください。こんなの當たり前のことですけど、今度は俺にあなたを気遣わせてほしい」

「えっ?」

「晝メシのとき、フォローありがとうございました。に流されるなんて自分が恥ずかしいです」

朔也の真剣な眼差しに、葉月こそ卑屈な自分が恥ずかしくなった。

「お禮なんて。私、あのときパニクっちゃったし。朔也くんも乗ってくれてありがとう」

「……まあ、確かにちょっと驚きました。あの茶碗蒸しは」

「ご、ごめん、あれしか思いつかなくて……」

「謝らないでください、助かりましたから。溫泉饅頭買ってきたら、葉月さんにもあーんしてあげますよ」

「!?」

「冗談です。もう『あーん』はなしで」

朔也がくすっと微笑み、和菓子屋に向かう。

背の高い後ろ姿を呆然と見送りながら、葉月は鼓が一気に速まったのをじた。

──朔也くん、いま笑ってた……!?

再會してから初めて見た、らかい表

頬が熱くなり、ぽわんと夢を見ているような心地になる。

──そういえば、昔もからかわれたことあったな。クールに見えてたまにお茶目なんだよね。

ふふっ、と思わず聲がれる。

親族への噓という褒められた理由ではないが、共同作業を経たことでしは打ち解けられたのかもしれない。

──……うん、そうだよ。本當はユーモアだってある、優しい子なのに……。

晝食の席での冷たい朔也を思い出し、切なくなる。

どうにか雨宮家が仲直りできる道はないのだろうか。彼らの問題に部外者が立ちるべきではない、とわかってはいるが──。

「お姉さん、ちょっといいですか?」

突然呼びかけられ、葉月はびくっと顔を上げた。

気づけば、旅館のものらしき揃いの青い浴を著た三人の男たちがベンチに座った葉月を取り囲んでいる。

緩いパーマをかけた茶髪の男、ツーブロックで顎髭を生やした男、黒い短髪の先を遊ばせたピアスの男。

年齢は二十代半ばくらいだった。みな細かつ小綺麗で、フレンドリーな微笑みを浮かべている。

だが、開いた浴元やにつけたアクセサリーがどことなく軽薄に見えた。

「は、はい。何でしょうか」

「近くに足湯つきのカフェがあるって聞いて。道をお尋ねしたいんですが……」

つい圧倒されていたものの、尋ねられて納得する。

接客業のおかげで話しかけやすい雰囲気が染みついているのか、普段からよく道を聞かれるのだ。

「すみません、私も旅行で來たので詳しくなくて」

「あーやっぱそっかぁ。地図ではここなんですけどね」

男がスマートフォンの畫面をちらりと見せる。

旅行に來る前に調べたから、地理はなんとなく理解している。

しはアドバイスできるかも、と葉月はベンチから立ち上がってスマートフォンを覗き込んだ。

すると、男が葉月の肩を抱いてくる。

「えっ……?」

「さっきから探してても見つからないんで、旅館戻ろうと思ってたんだ。お姉さんも來ない?」

突然の馴れ馴れしい口調に驚いて葉月は周りの男たちを見たが、彼らはニヤニヤするばかりだった。

──えっ、これってナンパ!? 私に? 勘違いじゃないよね……!?

すみれと一緒にいるときは彼目當ての男がよく聲をかけてくるが、一人のときにナンパされたのは初めてだ。

固まる葉月を、男が笑って抱き寄せる。

「斷んないんだ。いいねえ、家族風呂あるから皆でろうよ」

「……っ、い、いえ、私は……」

「恥ずかしがんなくていいって。お姉さん、白くて綺麗だね。もっと全見たいなぁ」

「見たい見たい」

「俺もー」

「きゃっ……!」

男の手がするりとで、葉月は悲鳴をらした。

逃げようと思うが、背後にはベンチがあるし、男三人にじりじりと距離を詰められている。

「おー、可い反応。いいじゃん」

「やめてください……!」

「今、ビクンッてしたよな。じちゃった?」

「混浴しよ、混浴。お姉さんのカラダ、皆で洗ってあげる」

耳元で囁かれ、葉月は恐怖と嫌悪に再びを震わせた。

それを違う意味でけ取った男たちが、「敏だな」と嬉しそうに葉月を連れていこうとする。

葉月の腰にはがっちりと腕が巻かれ、もはや穏便に抜け出せそうになかった。

──ど、どうしよう……!

このままではまずいとわかってはいるが、ずっと頭が混していて解決策が見つからない。

「──おい」

男たちに引きずられて葉月が一歩踏み出した瞬間、背後で低い聲がした。

振り向くと、見知った人影が立っている。

「その人を離せ」

「朔也くん……!」

恐ろしいほど険しい顔の朔也があっという間に距離を詰め、男たちを見下ろす。

格のいい長に、それだけで相手を殺せそうな鋭い眼差し。

茶髪の男が「やべっ」と小さく聲をらし、葉月の腰から手をどけた。

「すいません、勘違いです、勘違い!」

「お姉さん、彼氏と來てたなら言ってよー!」

へらへら笑って逃げていく男たちを追おうとする朔也を、葉月は慌てて浴の袖を摑んで阻止した。

「ご、ごめん、ありがとう。もう大丈夫だよ」

まだ殺気が抜けていない朔也が無言で葉月を見る。

彼は何か言いたげにしたあと、浴にかかっていた葉月の手を取り、ぎゅっと握ってきた。

「えっ……!?」

「危ないから、今日はずっとこうしてましょう」

驚くが、促されるままにベンチへ一緒に腰を下ろす。

朔也は「どうぞ」と溫泉饅頭のった小さな紙袋を渡してきた。

もう片手はしっかりと葉月の手を包んでいて、離す気はないようだ。

──まずい、怒らせた……。

朔也の眉間の皺を見て、さっとの気が引く。

ジュエリーショップ店員の嫌味からサービスエリアの車まで、彼には助けてもらってばかりだ。

だが葉月は學習せず、またトラブルに巻き込まれた。

ようやく笑ってもらえたのに、もう想を盡かされてしまったかもしれない。

「あ、あの……本當にごめんね。いつも迷かけて」

「謝らないでください。俺が葉月さんを一人にしたから」

「でも」

「……放っといたら駄目なくらい可いって知ってたのに」

叱られるのを覚悟していたのに思いがけない言葉が出てきて、葉月は目を丸くした。

──可い? 私が?

聞き間違いかもしれないが、とても聞き返せない。

確かに今の葉月は普段よりおめかししており、朔也も「似合ってる」と浴姿を褒めてくれた。

いつもの無表だったから社辭令だとばかり思っていたが、もしかしてあれは本心だったのだろうか。

葉月が混しつつ朔也の橫顔を眺めていると、彼がゆっくりとこちらを向いた。

「これからはちゃんと守りますから、あなたを」

真剣な表で告げられた一言に、心臓が摑まれる。

「朔也くん……」

握られた手が熱い。

のようなときめきが背骨を貫き、が勢いよく全を巡った。

呆然とする葉月に、朔也がはっとした顔になって眼鏡を直す。

「……ええと、その溫泉饅頭、蒸かし立てだそうです」

「えっ!? ありがとう!?」

葉月はわけもわからず持っていた饅頭を口に運んだ。

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