《お久しぶりです。俺と偽裝婚約してもらいます。~年下ワケあり生真面目弁護士と湯けむり婚前旅行~》14. それ、ドラゴンレッドだろ?
喫茶店でコーヒーを飲んでから外に出ると、もう日は暮れていた。
らかいパステルカラーの橙に包まれた溫泉街と、そこを行きう浴の人々。彼らの話し聲や石畳に響く下駄の音。
こんな場所に來たことはないはずなのになぜか懐かしくて、妙にロマンチックで。
旅館に帰らなくてはならないのに、まだ朔也とここにいたくなってしまう。
「駐車場、行きましょうか」
「う、うん。結構遊んだね。楽しかったよ」
「俺もです。久々に平和な時間でした。旅館に戻ったらまた仕事なのが嫌になります」
「えっ、仕事なの? 旅行先で?」
「無理して休みを取ったので、ちょっと埋め合わせを」
「そうなんだ。ごめん、時間大丈夫だったかな」
「ふふ……俺が連れ回したのにどうしてあなたが謝るんです?」
他もない會話をしながら通りを歩く。
最初はドキドキしてしまったが、手を繋ぐのにもだいぶ慣れてきた。
朔也の手はいつでも優しく、葉月を導いてくれる。
──慣れてるんだな、エスコート。彼とはいつもこんなじで……?
Advertisement
──……だ、駄目だ、そんなこと考えちゃ。
「ひゃっ!?」
不意に朔也と繋いでいないほうの手が後ろから引っ張られる。
驚いて振り向くと、甚平を著た五歳ほどの男の子が葉月の浴の袖を握りしめていた。
「うわああああん!」
目が合った途端、彼が火のついたように泣き出す。
──迷子だ!
仕事柄慣れているせいか、勝手にがく。
葉月はすぐにその場にしゃがみ、男の子と視線を合わせて微笑んだ。
「どうしたの、お母さんかお父さんとはぐれちゃった?」
「ママが……ママが……!」
「大丈夫だよ、すぐ見つかるからね。おまわりさんのところに行けば──」
「やだああああ!」
明るく接してみるものの、男の子は泣き止まず、歩くこともできない。
母親は、と見回してみたが、それらしきはいなかった。もしかしたら違う場所を探しているのかもしれない。
──うーん……待つしかないか……。
笑顔を作りつつ、心困り果てる。
その次の瞬間、ふわっと葉月の隣に誰かがしゃがみ込んだ。
Advertisement
「なあ」
大人の男の聲に呼びかけられ、男の子がびくっとする。
葉月も驚いた。
「それ、ドラゴンレッドだろ?」
隣の朔也が、あまりにも優しく笑っていたからだ。
──こんな顔、できるんだ……。
営業用のやたらと爽やかな笑顔でもなく、葉月の前で見せる控えめな微笑みでもない。
つい目を奪われ、葉月は表を取り繕うのも忘れてしまった。
「う、うん……ドラゴンレッドだよ」
手に持っていた赤いソフビ人形を指差された男の子が、こくりと頷く。
「やっぱり。どうしてそんな昔のヒーロー持ってるんだ?」
「それは、ドラゴンレッドがすきだから……」
「そっか。俺も好きだよ、ドラゴンレッド。かっこいいよな。人助けが得意で、どんな敵相手でも絶対に立ち向かう。心が強いんだ」
「……うん! わかる!? つよくてかっこいいよね! とくに、ここについてるつばさ!」
「わかる、裝備もいい。あと最終形態のロボットに乗ったとき、背中からも羽が生えて」
「そうそう! ぼくもあれすき! とぶところとか!」
男の子が人形を掲げるように持ち、まだ目に涙を浮かべたまま嬉しそうに笑う。
──すごい、あっという間に泣き止んじゃった……!
きゃっきゃっと戦隊ヒーローの話題で盛り上がる二人を見て、葉月は目を瞬かせた。
朔也がドラゴンレッドを覚えていたことも驚きだったが、それ以上にこんなにうまく子どもをあやせるなんて。
意外な一面に、鼓が跳ねる。
「ドラゴンレッドなら、一人ではぐれたときどうすると思う? ずっと泣いてるだけか?」
「ちがうよ! 勇気ある赤きつばさ、ドラゴンレッド! だもん。ちゃんと最終回みた? レッドはケガしても、ほかのみんなをレスキューするんだよ。つよいから」
「お、よく覚えてるな」
楽しそうな二人に、葉月も嬉しくなった。
──朔也くんこそよく覚えてるみたい。
──もしかしたら、私が贈ったキーホルダーのことも忘れないでいてくれてるかも……。
「じゃあ、君もドラゴンレッドみたいにお母さんを探しにいこう。どこではぐれた?」
「うん! えっとね、さっき……」
「翼!」
話がまとまりかけたところで、遠くからのぶ聲がした。
「ママ!」
男の子──翼がさらに表を明るくし、駆け寄ってきた母親に抱きつく。
「ママ、このおにいさんすごいんだよ! ドラゴンレッドがねぇ」
「すみません! ありがとうございます……!」
「いえ、見つかって何よりです」
何度も頭を下げる母親に朔也が微笑む。
朔也の形ぶりに気づいた母親は目を見開いたが、すぐに慌ててまた頭を下げた。
「本當にありがとうございました! ほら翼、行くわよ」
「おにいさんおねえさん、ばいばーい!」
翼が朔也たちへドラゴンレッドを持った手を振りながら、母に連れられて去っていく。
葉月も笑って手を振り返した。
「ふふ、名前が『翼』くんだから、翼がついてるドラゴンレッドが好きだったのかな?」
「……そうかもしれません」
「ドラゴンレッド、懐かしいね」
「…………」
和やかな會話のはずが、朔也がなぜか無言になる。
どうしたのかと思って見やると、彼は眉間に深い皺を寄せて正面を睨んでいた。
──わっ! なんで怖い顔!?
朔也がギギギと音がつきそうなほどのぎこちなさで葉月の方を向く。
よく見れば彼の頬はほんのりと赤く染まっていた。
「……葉月さん。今の、忘れてもらえませんか」
「ど、どうして……?」
地獄から響くような聲に、わけもわからず尋ね返す。
「泣き止ませないと、ってついやったんですが、大人になってもガキの頃のヒーローをしっかり語れるとか気持ち悪いので……」
「えっ」
眼鏡を直しながらぼそっと呟かれて、葉月は目を丸くした。
「……っ、あはは……! 朔也くん、可い……!」
思わず大きな聲で笑ってしまう。
子どもが見たら泣き出しそうな顔で、朔也は恥じらっていたのだ。
の奧が溫かくなり、もっと彼が好きになる。
笑い続ける葉月に、朔也は「可くありません」とより照れてそっぽを向いた。
「葉月さんの笑してる顔、久しぶりに見ました。元気そうで嬉しいけど複雑です」
「ふふ、ごめん、面白がってるわけじゃないよ。朔也くんが可いから」
「だから可くありません」
「それにね、気持ち悪くもない。私もドラゴンレッドのこと覚えてるし、朔也くんがあの話をしてくれなかったら翼くんは笑ってくれなかったよ。忘れないでくれててよかった」
葉月は涙で滲んだ目元を拭い、朔也をまっすぐ見つめた。
「助けてくれてありがとう、朔也くん」
「……どう、いたしまして」
朔也がどこかぎこちない仕草で、ずれていない眼鏡を再び上げる。
「でも、葉月さんのおかげですよ」
「私の?」
「葉月さん、すぐにあの子の面倒見てあげてたでしょう? いつもはわりとおろおろしてるのに、すごく頼れるじで。俺、それで自分もしっかりしなきゃと思ったんです」
いきなり自分の話題になり、葉月は戸った。
あのときは目の前の迷子をどうするかだけで頭がいっぱいで、朔也のことは眼中になかった。
まさか彼が隣でそんなことを考えていたなんて。
「だから頑張ってしまいました。つまり、葉月さんがいなかったら、翼くんは笑わなかったってことですね。禮を言われるのはあなたのほうです」
「そんな、私は大したことないよ。仕事で慣れてるだけで」
「謙遜しないでください。葉月さんはすごいんですよ」
先ほどまで恥じらっていたのに、朔也はなんだか楽しげだ。
からかわれているだけかもと思いつつも、葉月は頬が熱くなるのを止められなかった。
「顔、赤くなってる。可いですね」
朔也が皮なのか本心なのかわからない、し意地悪な笑みを浮かべてみせる。
それが心臓に直撃して、葉月の鼓が速まった。
「も、もう……朔也くんがすごいんだよ。あのときの朔也くんだって、頼れるじで……」
照れくさくてうつむき、焦って言葉を探す。
「……ヒーロー。そう、ヒーローみたいだった。困ってる子を勵まして助けてくれるの。子どもの頃、私にしてくれたみたいに」
またやり返してくるかと思いきや、朔也の返答はなかった。
──あれ……?
違和に顔を上げると、朔也が葉月を見ている。
その表にはまだ薄い微笑みが殘っていたが、瞳は複雑なをしていた。
寂しいような悲しいような、それとも苦しいような。
「そうでしたか? 葉月さんといると自分がいい奴になった気がして困ります」
朔也は視線をそらし、自嘲的に呟いた。
彼の手が自の元辺りを摑もうとして、浴の前で宙を掻く。
その仕草が、葉月にはなぜか痛々しく見えた。
「……違うの? 朔也くんはいい人だよ」
古本屋では詮索したい気持ちを抑えられたのに、つい尋ねてしまう。
的外れなことを聞かれた、と言わんばかりに朔也は苦笑し、眼鏡のブリッジにれた。
「あなたがそんなこと言わないでください」
レンズ越しの瞳の中で何かが揺らいでいるのがわかる。
──……どうしよう。これ以上聞いたらきっと踏み込みすぎだ。
──でも、朔也くんにあんな顔させたくない。放っておけないよ……!
「じゃあ駐車場、行きましょうか」
「ま、待って!」
いきなり手を摑むと、朔也が驚いた顔で振り返る。
彼が先に話し始めたらもう聞けない気がして、葉月は急いで口を開いた。
「朔也くん、私……」
「──あっ、葉月たちもこっち來てたんだ!」
だが、核心にれる前に明るい聲が響く。
「……姉さん」
一瞬覗いていた朔也の素顔が、無表の仮面に覆い隠された。
朔也の視線の先に、浴を著たすみれと靜馬が立っている。
「お邪魔だったんじゃないか、すみれ」
「うわっ、ごめんね! 偶然見かけたからちょっとテンション上がっちゃって」
「いや、べつに」
朔也はそっけなく答え、葉月の手を握り直してきた。
先ほどまで彼の溫かくて大きな掌が嬉しかったはずだ。
なのに偽裝のために手を繋いだのだと思うと、の奧がぎゅっと締め付けられる。
「もともともう旅館に帰るつもりだったから……行きましょう、葉月さん」
「う、うん。靜馬さん、すみれ、また明日」
申し訳なさそうにしているすみれに葉月は笑って手を振り、朔也と歩き出した。
「夕食は六時半からだそうです。離れの和室に運ばれてくるから、その前に部屋を片付けておかないと」
朔也が葉月の手を引き、當たり障りのない會話を始める。
葉月は相づちを打ちつつも、質問のタイミングを失ったことを悟った。
──でも、勢いで失敗するよりかはよかったのかも。
──そもそも、私が朔也くんの悩みに踏み込む資格なんてあるのかな。勝手に首を突っ込んで、もっと彼を困らせることになったら……。
一度は思い切ったはずが、またもやもやしてくる。
手を握り返すかどうかも迷っているうちに、駐車場にたどり著いてしまった。
島流しされた悪役令嬢は、ゆるい監視の元で自由を満喫します♪
罪を著せられ島流しされたアニエスは、幼馴染で初戀の相手である島の領主、ジェラール王子とすれ違いの日々を過ごす。しかし思ったよりも緩い監視と特別待遇、そしてあたたかい島民に囲まれて、囚人島でも自由気ままに生きていく。 『王都よりよっぽどいいっ!』 アニエスはそう感じていた。……が、やがて運命が動き出す。
8 78初めての戀
美男美女。リア充達のハーレム物。 とは程遠い。年齢=彼女いない歴。要するに童貞が主人公の物語。 僕が初めて人を好きになったのは高校二年の春。まさかまさかの一目ぼれだった。 しかし、それは一目ぼれではなくて必然だったんだ。 運命的な出會いのはずなのに、運命はとうの昔から動いており、僕だけがそれを忘卻の彼方に置き去りにしていた。そう、忘れてしまっていたのだ彼女のことも、あの子との約束をも。 そしてあの人のことも---。 ある日を境に見るようになった夢、性別を超えて仲のいい幼馴染、心の闇を隠しムードメーカを演じる親友、初対面なのに目の敵にしてくる男子生徒、そして僕が戀に奧手だったのも、全部意味があった。 それらに気が付いたのはもちろん偶然じゃない、必然的に一目ぼれした彼女と出會ったからである――。 それでも君が好きだから。 必ず君を迎えにいくよ。 戀に不器用な男子高校生と一途に彼を想い続ける女子高生の、青春をかけたドタバタラブコメディー。 【更新頻度】 H31.2月より週一を目処に更新致します。
8 160身代わり婚約者は生真面目社長に甘く愛される
ごく普通のOL本條あやめ(26)は、縁談前に逃げ出した本家令嬢の代わりに、デザイン會社社長の香月悠馬(31)との見合いの席に出ることになってしまう。 このまま解散かと思っていたのに、まさかの「婚約しましょう」と言われてしまい…!? 自分を偽ったまま悠馬のそばにいるうちに、彼のことが好きになってしまうあやめ。 そんな矢先、隠していた傷を見られて…。 身代わり婚約者になってしまった平凡なOL×生真面目でちょっと抜けている社長のヒミツの戀愛。
8 59我が家の床下で築くハーレム王國
この春から大學生になった柏原翔平。念願の一人暮らしも葉い、明日入學式を迎えるはずだった。だがその日の晩、彼の家の床には大きな穴が開いていて、そこから何故か女の子が現れる。しかし少女は何故か全裸だった。 これは普通の大學生が自分の家の床下で繰り広げるちょっと不思議な物語。 ※2016年10月17日、全編改稿完了及び、新裝版床ハレに際してタイトル変更しました
8 90この美少女達俺の妻らしいけど記憶に無いんだが⋯⋯
「師匠! エルと結婚してください!」 「湊君⋯⋯わ、わわ私を! つつ妻にしてくれない⋯⋯か?」 「湊⋯⋯私は貴方が好き。私と結婚してください」 入學して二週間、高等部一年C組己龍 湊は三人の少女から強烈なアプローチを受けていた。 左の少女は、シルクのような滑らかな黒髪を背中の真ん中ほどまで下げ、前髪を眉毛の上辺りで切り揃えた幼さの殘る無邪気そうな顔、つぶらな瞳をこちらに向けている。 右の少女は、水面に少しの紫を垂らしたかのように淡く儚い淡藤色の髪を肩程の長さに揃え、普段はあまり変化のない整った顔も他の二人の様に真っ赤に染まっている。 真ん中の少女は、太陽の光で煌めく黃金色の髪には全體的に緩やかなウェーブがかかり幻想的で、キリッとした表情も今は何処と無く不安げで可愛らしい。 そんな世の中の男性諸君が聞いたら飛んで庭駆け回るであろう程に幸せな筈なのだが──。 (なんでこんな事になってんだよ⋯⋯) 湊は高鳴ってしまう胸を押さえ、選ぶ事の出來ない難問にため息を一つつくのであった。 十年前、世界各地に突如現れた神からの挑戦狀、浮遊塔の攻略、それを目標に創立された第二空中塔アムラト育成機関、シャガルト學園。 塔を攻略するには、結婚する事での様々な能力の解放、強化が基本である。 そんな學園に高等部から入學した湊はどんな生活を送っていくのか。 強力な異能に、少し殘念なデメリットを兼ね備えた選ばれたアムラト達、そんな彼らはアムラトの、いや人類の目標とも言える塔攻略を目指す。 一癖も二癖もある美少女達に振り回されっぱなしの主人公の物語。
8 1037 Start
「傲慢」「強欲」「嫉妬」「憤怒」「色欲」「暴食」「怠惰」7つの欲望が交錯する青春ラブストーリー。
8 175