《お久しぶりです。俺と偽裝婚約してもらいます。~年下ワケあり生真面目弁護士と湯けむり婚前旅行~》18. 雨宮家のドロドロストーリーだよ

午後三時、葉月はすみれとともに溫泉街のカフェにいた。

「ふぅ。神社よかったけど、階段長かったねー」

「そうだね。ここから十分くらいのところに有名な足湯があるらしいから、そこで溫まってこっか」

店の奧にある個室席で他ない會話をしながら、自家製ジンジャーエールを飲む。

向けの旅行雑誌の常連なだけあって、カフェはインテリアも出てくるメニューも灑落ていた。

北歐風の木製家で揃えられた、スタイリッシュだが自然な溫かみもある空間。その天井や、壁、床、機に、さまざまな観葉植や旬の花々が飾られている。

カウンターの橫には小規模な生花販売コーナーがあり、芍薬やライラック、それと桜が並んでいた。

り口側の壁がガラス張りになっているからか、店は明るく、植たちも元気そうだ。

葉月もそこから元気をもらう……つもりが、板挾みの心労のせいでそれどころではなかった。

もう後戻りできないほど朔也をしてしまったが、彼の負擔にならないようこの想いを隠し通したい。

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一方で、すみれの前では朔也とし合う婚約者を演じなければならないのだ。

「ここでしばらくゆっくりしてこうよ。葉月、今日けっこう疲れてんじゃん?」

「えっ……わ、わかっちゃった? ごめん、せっかく一緒に観してくれてるのに」

「いいっていいって! もしかして夕べ、朔也に寢かせてもらえなかった?」

すみれがアイスカフェラテをストローでかき回しながら、さらっと弾発言をする。

ジンジャーエールの炭酸が気管にり、葉月は咳き込んだ。

「やだー、うちの弟がごめん」

「ごほっ……ち、違うよ。その……」

昨晩の出來事が頭に浮かんでしまい、口ごもる。

朔也のが瞼の裏にちらついて、実際に昨日はあまり寢られていなかった。

「朔也も來たらよかったのにね。婚約者放っといて仕事なんて、さっそく亭主関白じゃん?」

「そんなことないよ、朔也くん優しいから。もともと忙しかったのに無理してたみたいで……それにね、明日は一緒に過ごすって約束してくれたよ」

仲睦まじい話をでっち上げつつ、本當にそうだったらいいのにと悲しくなる。

友人に噓をつく罪悪も湧き上がり、葉月はそっと視線をそらした。

「……すみれ?」

だが、反応のない彼が気になって再びそちらを見る。

先ほどまで笑っていたのに、すみれはなぜか切なげに目を伏せていた。

「……あのさ。もしかして朔也、あたしのこと避けてる?」

「え?」

「あたしってやっぱり、姉失格だから」

の長い睫がくすみ一つないに影を落とす。

いつもとは違う沈んだ聲に、葉月も不安になった。

「ううん、朔也くんは本當に仕事が忙しかっただけだよ」

「はは、葉月は優しいね」

すみれが空元気っぽく笑ったあと、真面目な顔で葉月を見る。

鋭ささえじる真剣な瞳が、朔也によく似ていた。

「ね、朔也のことだから……あたしたち家族に何があったか、話してないでしょ?」

靜かに問われ、葉月はおずおずと頷いた。

朔也の明らかに冷たい態度が気にかかってはいたが、尋ねる勇気がなくてそのままになっている。

「だよね。うん、今日は朔也ついてこなくてよかったわ。葉月と二人きりにならないとこんな話できないしさ」

「こんな話、って……」

「雨宮家のドロドロストーリーだよ。葉月も一員になるんだし、伝えておいたほうがいいかなって。どう?」

すみれが遠慮するようなし困った微笑みを浮かべる。

──……どうしよう。私が聞いていい話なのかな。本當は一員になんてなれないのに。

──でも何があったのかわかったら、和解するための解決策が見つかるかもしれない……。

「……うん。お願い」

葉月がためらいつつももう一度頷くと、すみれは軽く咳払いし、やや小さな聲で話し始めた。

「あたしが中學生の頃……葉月が引っ越した一年後、くらいだったかな。父さんと母さんが離婚して、朔也は母さんについてったんだ。ここまでは前に話したよね」

「うん」

「本當は二人とも父さんとおじいちゃんのところにいるはずだったんだけど。あの子、優しいからさ。母さんをほっとけなかったみたい」

「……そう、だったんだ」

ずん、と石を呑み込んだように、葉月のの奧が重くなる。

すみれの話した景があまりにもたやすく想像できたからだ。

子どもの頃、朔也はすみれと母親についてたびたび言い爭い、そのたびに母をかばっていた。

「母さん、駄目な人だったからさ。すぐ新しい男作って、朔也につらくあたってたの。父さんは朔也を連れ戻そうとしたんだけど……もっと養育費ふんだくれる、ってれ知恵された母さんに妨害されちゃって」

「そんな……」

「そういう人なんだ。謝料のほうが高かったらきっと手放しただろうけどね」

すみれは自分のカフェラテに視線を落とし、また苦笑した。

の端はかろうじて上がっているが、表にどこか諦観と後悔が見える。

「その頃はもう引退してたんだけど、おじいちゃんと父さんの職業が職業だから警察沙汰になっちゃって。何人か弁護士さんに間にってもらったんだけど……うまくいかなかった」

「それで朔也くんと仲違いしたの……?」

「……うん。母さん、うちらの悪口すごい吹き込んでたみたいでさ。ちょうど連絡とか面會も制限されちゃったから……あの子はあたしたちに見放された、って考えたんだと思う」

當時の朔也の狀況を想像して、葉月は言葉が出なくなった。

思いやった母親から悪意をぶつけられ、その他の家族からは切り離されて、彼は何をじただろう。

「結局、父さんは病気で、母さんは酒飲んで男と車乗ってるときに事故って死んじゃった。朔也は雨宮家に戻ってきたんだけど……まあ、高校生だったしね。今より態度ひどかったよ」

「……そうだったんだね」

「でも、しずついろいろよくなってる。今回の家族旅行を言い出したのはあたしなんだ。どうせできないって思ってたけど、朔也は葉月と來てくれて……おじいちゃんもすごく喜んでるんだよ」

顔を上げたすみれが葉月を見て、明るく笑う。

「ありがと、葉月のおかげだね。朔也も葉月といると楽しそうだし……ふつつか者ですが、弟をよろしく!」

冗談めかした最後の臺詞を聞いた瞬間、ぎゅっと葉月の心臓が締め付けられた。

「う……うん。私のほうこそ、よろしくお願いします」

「あははっ、真面目か~?」

「も、もう、今のは真面目にするところでしょ?」

息苦しくなるほどの罪悪に襲われ、笑顔を作りつつもテーブルの下で拳を握る。

すみれは葉月を信じて話してくれた。

だが、葉月は今もすみれを騙しているのだ。

──私のしたこと、しようとしてることは、本當に正しいのかな……。

心が揺らぐが、一方で不幸な生い立ちの朔也を救いたい気持ちが膨れ上がってもいた。

そんな過去があったなら、朔也の苦悩の原因や偽裝婚約の目的はやはり家族に関わることなのかもしれない。

彼らの仲を取り持てば、すべての問題が解決するかも。

──私は偽の婚約者。でも、朔也くんのなじみですみれの友達なのは本當だ。

──私だからこそできることがあるんじゃないかな。朔也君の彼にだってできないことが……。

朔也は葉月との會話を通して、目指していた弁護士の姿を再び見つけられたようだった。

それと同じように、うまくいけば。

──けど……何だろう、このもやもやする気持ち。私はもっと朔也くんに近づきたいから、強引に理由を探してるだけなんじゃ──。

「……うーん、あたし、カフェラテおかわりしよっ」

大きくびをしたすみれの聲に、はっと思考が途切れた。

「追加で抹茶ココナッツパフェも頼もうかな。葉月も何か食べるでしょ」

「う、うん。私も同じのにしようかな」

「オッケー。すみませーん」

すみれが店員を呼び、注文する。

葉月は目を伏せ、左手の薬指にはまった指を見つめた。

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