《お久しぶりです。俺と偽裝婚約してもらいます。~年下ワケあり生真面目弁護士と湯けむり婚前旅行~》21. このままで本當にいいの?(1)

春のが正午近くの庭園を白っぽく照らしている。

食堂で靜馬たちと晝食を取るため、葉月と朔也は旅館の母屋に向かって歩いていた。

空には青空が広がり、小川は穏やかに流れ、そよ風が桜の花びらと葉月のワンピースの裾をひるがえす。

しかし、二人の間には重苦しい空気が漂っていた。

「桜……綺麗だね」

「ええ、そうですね」

會話はほぼなく、時折葉月が話しかけてもすぐに終わってしまう。

朔也は毎回律儀に返事をするが、朝からずっと上の空というか、覇気がなかった。

いつもは服裝にれがないのに、紺のジャケットには皺があり、髪のセットはおざなりだ。

見上げた橫顔に表はなく、葉月の視線にも気づいていない。

──……そうだよね。昨日、あんなことがあったんだから。

今朝から話題にすらできなかったが、昨晩、葉月が朔也に抱かれたのは間違いなく現実だ。

そして、彼がそれを深く悔いていることも。

──朔也くんのせいじゃないって言いたくて告白しちゃったけど、余計に悩ませちゃった気がする。言うんじゃなかった……。

黙って考え込んでいたら、ふと向こうにすみれと靜馬が見えた。彼たちも離れから歩いてきたのだろう。

婚約者を演じなければ、と葉月は何気なく朔也の手を握った。

「……っ」

朔也が驚いたのか、小さく肩を跳ねさせる。

「ご、ごめん! すみれたちがいたから」

「いえ、俺こそすみません」

急いで離れようとする葉月の手を朔也が捕まえる。

すみれたちは楽しげに會話していて、葉月たちがこちらにいるのに気づかないまま母屋にっていった。

らがいなくなったのを確認してから、改めて手を離す。

「本當にごめんね、聲かければよかった」

「大丈夫です、俺がぼんやりしてたので……」

朔也がすまなそうに眉を寄せる。

再會した頃と比べれば、朔也はずいぶん素直にを表すようになってくれた。

だが、そのせいで彼の苦悩が痛いほど伝わってきてしまう。

「……朔也くん、昨日のことならもう平気だよ。私、気にしてないから」

さりげなさを裝って告げると、朔也が一瞬固まる。

その後いきなりぐっと顔を寄せられ、葉月はたじろいだ。

苛立ちを無理矢理抑え込んだような強張った表の朔也が、至近距離で葉月を見つめる。

「葉月さんは俺を甘やかしすぎです。本當は気にしてるでしょう? あなたも。今朝からずっと俺のこと心配そうに見てる」

「そ、それは……」

「お互い噓をつくのはもうやめにしましょう。俺も話します。さっき手を繋がれたとき驚いたのは、突然だったからだけじゃありません」

朔也は葉月から離れ、爪が掌に食い込むほど強く拳を握りしめた。

「俺があなたにれる資格なんてないと思ってるからです」

絞り出すような思い詰めた聲が、葉月のの奧に重く響く。

「……そんなこと、ないよ」

どうにか返事はできたが、聲はし震えてしまっていた。

無意識に直視しないようにしていた問題を、突きつけられた気がしたからだ。

──昨日は朔也くんを一人にしたらまずいって思った。けど、彼を一番苦しめてるのは私なのかもしれない。私がそばにいるから朔也くんは余計に……。

──……このまま一緒にいて、いいのかな。

「と、とりあえず行こう、朔也くん。すみれたちが待ってるよ」

答えが出せないまま、母屋を指差す。

今、うまく笑顔が作れているのかもわからなかった。

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