《お久しぶりです。俺と偽裝婚約してもらいます。~年下ワケあり生真面目弁護士と湯けむり婚前旅行~》23. 今度こそ逃げない(1)

溜め息をつくと、硫黃と檜の匂いがより強く鼻腔へ屆く。

葉月のいる和室が見える天風呂に行きづらく、朔也は風呂にある檜の浴槽へ浸かっていた。

今日は揺してばかりで嫌な汗をかいたし、何よりすべてを洗い流したい気持ちになったからだ。

眼鏡なしのぼやける視界の中、湯気で白っぽくかすむ天井を睨む。

──部屋に戻ったらレイラから返信が來てるかもしれない。

──はっきり斷りつつ、一ノ瀬に企みを悟られないようにしないと……。

風呂にる前、朔也はレイラへ関係を斷ち切るメッセージを送った。

一ノ瀬の不興を買いたくなくてずっと彼を突き放しきれずにいたが、ようやく覚悟が決まったのだ。

大手事務所への移籍を諦め、偽裝婚約を終わらせる覚悟が。

きっかけになったのは、晝食の席で聞いた靜馬の話だった。

わだかまりが消え去ったわけではないが、このまま家族を騙し続けていたら絶対に後悔する。

それに、靜馬の祝福と思い出話がに深く突き刺さっていた。

子どもの頃から、誰よりも大切だった葉月。

これ以上彼を裏切りたくない。

──葉月さんにしてしまったことは消せないし、彼が許してくれても俺が許せない。

──でも、まだ……正しいことをする道はあるはずだ。

──しでかしたことの後始末をする。罪をあがなう。それから……困ってる人のために戦って、助ける。

部屋へ戻ったら、刑事の勅使河原に電話して一ノ瀬を告発するつもりだ。

これまで弁護士の本懐を見失い、それがただの現実逃避だとわかっていながら出世のために奔走してきた。

だが、もうその必要はない。

本當は何がしたかったのか、葉月が思い出させてくれたから。

朔也は元に手を當て、いつもならそこにあるものを摑むように湯を握った。

──正しいことを積み重ねて、贖罪が終わったって思える日が來たら。そのとき、もし葉月さんが俺をれてくれたら……。

許されないことをしたのについ彼の優しさを期待してしまう自分がけなくて、を噛む。

風呂のせいか怒りのせいかわからないが頭にが上ってきたので、朔也は浴槽から出ることにした。

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