《家庭訪問はのはじまり【完】》第4話 

それからも、嘉人くんは、毎日のように々な問題を起こしてくれた。

相手の子にけがをさせた場合は、その都度、連絡帳に書く。

だけど、その連絡帳の返信の文字が、5月下旬頃から、変わった。

らしいまる文字が、お世辭にも綺麗とは言えない、樸訥とした文字になった。

これは…  お父さんの字?

ふふっ

あんなにかっこよくて、仕事も出來そうなのに、字はあまり得意じゃないのね。

ちょっとかわいいかも。

それにしても、なんでお母さんじゃなくなったんだろ?

合でも悪いのかな?

そんな事を思っていた6月初旬、嘉人くんが左のこめかみ辺りにあざを作って登校してきた。

「嘉人さん、それ、どうしたの?」

私が聞くと、

「うん、ちょっと…」

ちょっと…って、何?

私は思い出した。

保育園からの書類に、

《 母親から暴力あり。

    児相(児相談所)に通告 》

と記されていた事を。

「嘉人さん、どこかにぶつけたの?」

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嘉人くんは首を橫に振る。

「誰かに叩かれたりした?」

嘉人くんが、今度は縦に首を振った。

「誰に叩かれたの?」

「……ママ」

っ!!

とりあえず、教頭先生に報告だよね。

「そう…

痛かった?」

嘉人くんはこくんと頷く。

「そうだよね。

痛いよね。

なんで叩かれたのか分かる?」

「……僕がおもちゃを片付けなかったから」

たったそれだけで!?

「そう。

それは、嘉人くんも悪かったんだね?」

「うん」

「じゃあ、今度から、ちゃんとお片付け出來そう?」

「分かんない」

「んー、そこは、出來るようになってしいなぁ。

嘉人さんは、遊んだ後、お片付けしなくてもいいと思ってるの?」

「思ってないけど、お片付けするより、遊びたいもん」

だよね。

やりたい事を我慢できない。

やりたくない事を我慢してできない。

難しいよね。

だけど、怒りに任せて我が子を叩くお母さんも、怒りたい気持ち、叩きたい気持ちを我慢できないんだから、やっぱりADHDだと思う。

お父さんは、どう思ってるんだろ?

見て見ぬ振り?

「お父さんは、この事、知ってるの?」

「ううん。知らない。」

「なんで?」

「パパが帰ってくる前だったから」

「お父さんは、嘉人さんの顔を見ても、何も言わなかった?」

「見てないもん。

僕が寢てから帰ってきて、僕が起きたら、もういなかったから」

「そっか。

お母さんは、よく叩くの?」

「うん。

怒ると、すっごく怖いよ」

日常的に手を上げてるのかぁ…

嘉人くんは、わがままに見えるけど、空気を読むのがうまい。

普通に喋ってても、お友達がムッとした瞬間に自分が言いすぎた事に気付いて、

「うっそ〜。ごめんごめん。

冗談、冗談」

と謝る姿を何度も見た。

これは、もしかすると、お母さんの顔を見て生活してるからかもしれない。

どうしたら、彼を守ってあげられるんだろう。

私は、嘉人くんに何もしてあげられない不甲斐なさから、自己嫌悪に陥っていた。

その日の放課後、私は初めて、嘉人くんのお父さんに連絡をした。

「嘉人さんの擔任の神山です。

いつもお世話になっております」

『こちらこそ、お世話になっております。

嘉人が何かしましたか?』

お父さんの低くて渋い聲が、心配そうな憂いを帯びる。

「いえ、嘉人さんというか、お母さんの事なんですが…

お父さん、今、お仕事中ですよね?

終わってからで構いませんので、ご連絡いただけますか?」

話が長くなる事を想定して、そうお願いすると、

『今日は、殘業で遅くなりそうなんです。

もし、よろしければ、先生の攜帯を教えていただけませんか?

いつまでも學校で待ってていただくのも申し訳ありませんので』

と言われた。

「そうなんですね。いいですよ」

と私は番號を告げる。

『では、後ほど。

わざわざご連絡ありがとうございました』

ふぅ…

電話を切って、私はため息を吐く。

できれば、こんな人の悪口みたいな連絡、したくはない。

だけど、家の中で嘉人くんを守れるのは、お父さんしかいないんだから、知ってもらわなければ…

私は、気持ちを切り替えて、翌日の授業準備に取り掛かった。

明日は音楽がある。

子供達が前を向いて歌えるように、歌詞を拡大コピーする。

その後、この學校は、低學年は教室で音楽をするので、教室のオルガンで伴奏の練習を始めた。

1年生の音楽、弾くのは簡単だ。

だけど、歌ってる子供の顔を見ながら弾こうと思うと、鍵盤は見られない。

その狀態で自ら歌おうと思うと、歌いながら弾く練習をしないと授業はできない。

私は、教室でオルガンを弾き、歌う。

誰も見ていないからできるけど、客観的に見ると、1人カラオケ狀態で、かなり恥ずかしい。

何回か練習をして、もう一度…と思ったところで、廊下から、思わぬ拍手が贈られた。

「神山先生、お上手ですね〜」

そこには、にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべた木村先生。

「やだ。

恥ずかしいじゃないですか。

先生、そこは、さらっと聞いてないふりをして通り過ぎてくださいよ」

私が抗議すると、

「くくっ

すみません。

一生懸命、練習する神山先生が、あまりにもかわいらしかったもので」

と笑う。

は?

かわいらしい!?

「やめてください。

木村先生、セクハラですよ?」

木村先生、自分がイケメンだって自覚、ある?

「あ、そうですね。すみません。

次からは、神山先生の事は心の中でひっそりと思う事にします」

は?

思わず勘違いしそうな臺詞、さらっと言わないでよ。

「ひっそりとも思わなくていいです。

木村先生、いつからそんな歯の浮くような臺詞をさらっと言うようになったんですか」

「くくっ

歯が浮きますか?

正直な気持ちを言っただけなんだけどなぁ」

え?

「神山先生、今、困ってます?

でも、その戸った表もかわいいですよ」

「え、あの…」

「神山先生、覚えておいてくださいね。

僕が、神山先生をかわいいと思ってる事。

これは、テストに出ますよ」

は?

う私を殘して、木村先生は2組の教室へ行ってしまった。

わざわざ、2組へ行って聞き返すのもなんだし…

この後、嘉人くんのお父さんと対峙しなきゃいけないのに、なんだかモヤモヤが殘ったままで落ち著かない。

もう!  木村先生のいじわる!

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