《家庭訪問はのはじまり【完】》第20話 予約席
何?
私は首を傾げて、瀬崎さんを見上げる。
すると、瀬崎さんが腰を屈めて、私の顔を覗き込んだ…と思ったら、そのままそこで止まる事はなく近づいて、笑い続ける私のを塞いだ。
え…?
これって…
焦點が定まらないほど近くに、瀬崎さんの顔がある。
私、今、キス、されてる?
私がようやく現狀を把握した頃、瀬崎さんの溫もりは、そっと離れていった。
あ…
目、閉じるの忘れた…
いや、今の問題は、そこじゃないし!
私、瀬崎さんと、キスした…よね?
どうしよう!?
「くくっ
夕凪、赤い顔もかわいい」
うわっ!!
私は慌てて両手で顔を隠す。
どうしよう!?
もう、心臓が壊れそう!!
「な…んで?」
私が聞くと、
「なんでって、夕凪が好きだからに決まってるだろ」
と嬉しそうな笑みを浮かべる。
「學年主任さんとは、こんな事しちゃダメ
  だぞ」
そう言われて、私は、こくこくと頷いた。
するわけ、ないでしょ!?
「なぁ、夕凪」
瀬崎さんが私の隣に腰掛けて私の手を握って言う。
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「何?」
「予約していいかな?」
予約?
「何を?」
「夕凪の人の席」
「え!?」
「今、付き合えない事は、分かってるけど、その間に他の奴に夕凪を取られたくないんだ。
春まで、予約席って事じゃ、ダメかな?」
それって、春になったら、付き合うって事だよね?
瀬崎さんの事は、嫌いじゃない。
っていうか、むしろ好き…だと思う。
でも、嘉人くんのお父さんだよ?
保護者だよ?
絶対、あれこれ言われるよね?
何より、私だっていつかは結婚したい。
春には私も28歳。
次に付き合う人は、きっと生涯を共にする人。
瀬崎さんと付き合って、もし結婚ってなったら、私は、嘉人くんのお母さんになるの?
私、大丈夫?
「あの…  ごめんなさい」
「え ︎」
瀬崎さんが切なそうな目をする。
「あ、いえ、
その『ごめんなさい』じゃなくて」
「は?」
「あの、とりあえず、今は空席です。
ただ、いろんなしがらみもあって、春になっても、瀬崎さんに座っていただけるとは限らないというか、春までにゆっくり考えたいな…と思って」
私がそう言うと、瀬崎さんはほっとしたような笑みを浮かべる。
「ありがとう。
よかった」
「え?」
今度は私が聞き返す番だった。
なんで、ありがとう?
「確かに先生と保護者である以上、しがらみはあると思う。
でも、2人で相談して協力すれば、それは、きっと何とかなるよ。
つまり、逆に言えば、それだけって事だろ?
もし、夕凪の気持ちが俺以外の誰かにあるなら、いくら頑張ってもどうしようもないけど、夕凪は、しがらみさえなければ、前向きに考えてくれてるって事だろ?
今はそれだけで十分だよ。
ありがとう」
あれ?
何で、あれだけの話で、ここまでお見通し?
「あ、いえ、別に… 」
こういう時、なんて答えればいいの?
「あ、ちなみに、嘉人の事は、気にしなくていいから」
「え?」
「ほら、もし付き合って、結婚とかなったら、嘉人のお母さんにならなきゃいけない…とか考えなくていいから。
俺は、死ぬまで嘉人の父親だけど、夕凪はあくまで、夕凪のままでいい。
嘉人の事は全部俺に丸投げで構わないから」
そう…なの?
でも…
嘉人くんは、「ママになって」っていってたよね?
もし、瀬崎さんと一緒にいる事になったら、嘉人くんとも一緒にいるんだよね。
それなのに、瀬崎さんに全部丸投げするの?
「……嫌です」
私ははっきりと言った。
「え?」
今度は、瀬崎さんが驚いた。
「私がどんな結論を出すかは、自分でもまだ分からないけど、瀬崎さんと嘉人くんを別では考えられません。
丸投げなんてしたくありません」
私は、まっすぐ瀬崎さんを見つめる。
すると、瀬崎さんは嬉しそうに微笑む。
「やっぱり夕凪は思った通りの人だ。
優しくてあったかい」
「あ… 」
恥ずかしい。
私、何、熱弁ってるんだろう。
「いいよ、夕凪の好きにして。
嘉人は、ああいう奴だから、夕凪の負擔にしたくなかったんだ」
瀬崎さんは、そう言うと、優しく私を抱き寄せる。
Tシャツ1枚の瀬崎さんのに頬が當たり、鼓が伝わってくる。
ドキドキと忙しなく鳴り続ける鼓。
こんな事しても余裕なんだと思ってたけど、違うの?
私と同じくらいドキドキしてるの?
すごく嬉しいかも…
私は、そっと彼のシャツの裾をきゅっと握った。
それから、どれほどの時間が経ったのか、しばらくしてから、彼はそっと腕を緩めて、私から離れた。
「ごめん。
そろそろ帰るよ」
そう言う彼を私はそっと見上げた。
「もっと一緒にいたいけど、これ以上いると、もっと夕凪にれたくなるから」
そう言われて、私は何も言えなかった。
だって、私も、まだ瀬崎さんの溫もりに包まれていたかったから。
外は猛暑なのに…
部屋の中でも、ちょっとけばすぐに汗ばむのに…
それでも彼にれたいと思うなんて…
「じゃ、夕凪、また電話するよ」
玄関でそう言うと、彼はまた私を抱き寄せる。
「はい」
私は彼の腕の中で返事をした。
彼が、玄関を出た後に思う。
これはもうごまかしようがない。
私は、瀬崎さんが好きだって。
だけど、瀬崎さんは嘉人くんの保護者。
春までは、絶対に特別な関係になってはいけない。
だけど、春になれば、いいの?
前の學校でも聞いた事がある。
《 あの先生、
教え子のお母さんと結婚したのよ 》
その先生はすでに50歳を過ぎていて、結婚して15年ほど経っていたにも拘らず、口のように言われていた。
もし、私が瀬崎さんとどうこうなれば、同じようにいつまでも言われるのは目に見えている。
私はそれを耐える覚悟はある?
私には、まだその自信はなかった。
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