《家庭訪問はのはじまり【完】》第28話 ドライブ

結局、そこでの支払いは、全て瀬崎さんがしてくれて、武先生はお禮を言って、爽やかに帰っていった。

殘った私達は、瀬崎さんの車に向かう。

「嘉人、お前、後ろな」

瀬崎さんは、そう言って、助手席のドアを開け、シートを倒す。

「えぇ〜」

不満顔の嘉人くん。

「私、後ろでもいいですよ?」

私はそう聲を掛けるけど、

「いえ、この車、後ろがほんとに狹いんで、子供が乗るのが1番いいんです。

それに、嘉人、夕凪先生は、パパの隣が似合うと思わないか?」

と言って、嘉人くんにニヤリと笑って見せた。

それを見た嘉人くんは、瀬崎さんそっくりの笑顔でニッと笑って、

「うん!」

と、後部座席に乗り込んだ。

瀬崎さん ︎

それ、嘉人くんに言う ︎

それを見屆けて、瀬崎さんは、私の耳元で囁く。

「くくっ

夕凪、顔、赤いよ。

ほんと、かわいいなぁ」

っ!!

私は、瀬崎さんが戻した助手席に急いで座り、前を向いて、嘉人くんから顔を隠した。

瀬崎さんは、助手席のドアを閉め、運転席に乗り込むと、らかに車を発進させた。

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「嘉人、ドライブ、どこがいい?」

瀬崎さんは、後ろの嘉人くんに聞く。

「ダム!」

ダム!?

「嘉人さん、ダム、好きなの?」

「ははっ

嘉人は、ダムより、ダムへ行く途中のトンネルが好きなんですよ」

瀬崎さんが笑いながら教えてくれる。

「へぇー、なんで?」

「分かんない」

ふふっ

分かんないけど、好きなのかぁ。

瀬崎さんは、山奧のダムへ向かって車を走らせる。

っていうか、私を家に送るドライブじゃなかったの?

あれは、武先生を帰す口実 ︎

映畫館で會ったのも、絶対、偶然じゃないし、瀬崎さんって、結構、策士 ︎

社長さんって言ってたし、もしかして計略とか謀略とか得意なの?

「夕凪先生、口數がないけど、車酔いした?」

瀬崎さんが心配してくれる。

「いえ、ちょっと考え事をしてただけです。

すみません」

「くくっ

何、考えてたの?

気になるなぁ」

「先生、何々?」

嘉人くんまで聞いてくる。

「別に大したことじゃありませんよ。

瀬崎さん、社長さんだったんだなぁって、思い出してただけです」

すると、瀬崎さんが橫目でチラリと不思議そうな視線をくれる。

「あれ?  ご存知ありませんでしたか?

最初にお渡しした名刺にも書いてあったと思いますが」

はっ!

そうなの?

全然、気づいてなかった。

「ごめんなさい。

肩書き、全然見てませんでした」

「くくっ

そういうとこ、夕凪先生らしいね」

「え?」

「相手を肩書きとか年収とか子持ちとか、條件じゃなくて、その人本人を自分の目で見てくれるとこ」

「そんなこと… 」

「嘉人の事だって。

今まで、こんなに真剣に叱ってくれる先生、いなかったんですよ。

いつも言っても無駄だと思われて、他の子の邪魔さえしなければ、何をしてても許されて、無視されてたみたいなんです」

うそ!?

「なんで、分かるんですか?」

嘉人くんは自宅最寄りの私立の保育園出だ。

保育參観じゃ、普段の生活なんて、分からないはず。

「嘉人の保育園は、保護者向けに畫配信サービスをしてるんですよ。

仕事中でもネットで教室の様子を見られるんです。

さすがに音聲はりませんけど」

へぇー。

「嘉人が教室を走り回ってても、見向きもしないでお絵描きとか読み聞かせとかしてました」

あ、確かに、嘉人くんの申し送り書類には「問題児」って記載があった。

普通は、自分の教え子を悪い先観で見てしくないから、「落ち著きがない」は「元気」、「行が遅い」は「マイペース」とポジティブな言い回しで申し送りされる。

「問題児」と表現されるのは、先生から嫌われてた証拠なのかも。

「だから、嘉人も夕凪先生にこんなに懐いてるんですよ」

「そうですか?

でも、ほんとは怖い先生だなって思ってるかもしれませんよ?」

私がそう言って笑うと、嘉人くんが言った。

「夕凪先生、怖くないよ。

怒るけど、叩かないもん」

はっ!

そうだった。

この子は、つい最近まで待をけてたんだ。

「嘉人さん。

嘉人さんは知らないかもしれないけど、怒っても叩かないのは、當たり前の事なんだよ。

誰も嘉人さんを叩かないし、嘉人さんも誰も叩いちゃいけないの。

だから、嘉人さんがもし誰かに叩かれたら、それを當たり前だと思わずに、すぐにお父さんでも先生でもいいから、言うのよ。

いい?」

「うん、大丈夫。

ママがいなくなったから、もう叩かれないよ。

それにね、僕、夕凪先生とお約束したもん。

怒っても叩かないし押さないよ。

頑張って我慢するの!」

なんていい子!!

私はして思わず、涙ぐみそうになってしまった。

「嘉人、一つ目のトンネルだぞ!」

いつの間にか、山道に差し掛かっていて、前方にトンネルのり口が見えていた。

そこから、嘉人くんは、「ひとつ」「ふたつ」とトンネルを數えていく。

だけど、途中で関係のない話を挾んだりして、12個から先が分からなくなってしまった。

「あーあ。

また、分かんなくなっちゃった」

「くくっ

じゃあ、帰りにもう一回、挑戦すればいいよ。それでダメなら、また來ればいいんだから」

しょんぼりする嘉人くんを瀬崎さんがめる。

「嘉人さん、來年の夏休みの継続作品にトンネル調べをすればいいんじゃない?」

私は提案する。

「トンネル調べ?」

嘉人くんは怪訝そうな聲で聞く。

「嘉人さん家から、ダムまでの地図を作って、トンネルの名前を書き込んで行くの。

トンネルのり口や出口の寫真も添えて、長さとかできた年とかをまとめたら、立派な社會科研究になるわよ」

私がつい教師目線でアドバイスすると、

「うん!  來年はそうする!!」

と嬉しそうに答えた。

今日も猛暑だったけれど、夕暮れの山間部は風が心地よかった。

風がダムの上を渡ってくるからかもしれない。

車を降りた途端に、嘉人くんに手を取られて、嘉人くんを挾んで瀬崎さんと3人で手を繋ぐ。

これって、なんだか親子みたい。

真ん中の嘉人くんは、繋いだ手をブンブン振ってご機嫌な様子。

「嘉人さん、楽しそうね」

思わず、私が聲を掛けると、

「楽しいもん。

夕凪先生は楽しい?」

と嘉人くんに聞き返された。

「楽しいよ。

先生、ここ初めて來たし。」

「そうなの?

パパに言ったら、いつでも連れてきてくれるよ。

そうだ!

今度は海、行こ?

ね、先生!」

嘉人くんは、目をキラキラさせて言う。

「嘉人さん、ごめんね。

先生は、嘉人さんだけの先生じゃないから、それはできないんだ。

今日は先生のお家に帰る途中でちょっと寄り道をしただけ」

「ええ!?

じゃあ、また今度、寄り道しよ?

いいでしょ?  パパ」

嘉人くんは、瀬崎さんを見上げる。

「そうだな。

またそういう機會があれば、今度は海に寄り道しよう」

「やったぁ!」

瀬崎さんの返事を聞いて、嘉人くんは嬉しそうに飛び跳ねる。

ダムの上を3人で向こう岸まで散歩して、また戻ってくる。

こうしていると、ADHDの嘉人くんも普通の子となんら変わりはない。

むしろ、素直で明るくてとってもいい子。

きっと自分の好きな事、やりたい事をしている時間だからなんだろうな。

嘉人くんがお友達から人気があるのは、遊ぶ時は、自分の好きな事をしているから、こういういいところが前面に出ているせいかもしれない。

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