《星乙の天秤~夫に浮気されたので調停を申し立てた人妻が幸せになるお話~》06. 先生との約束

桐木先生の顔を見たら、ほっとして力が抜けた。床にへたりこんでいた私を力強く支えてソファに座らせてくれる。また涙がこみ上げてきた。

鳥居坂から広尾までは車なら10分かからない。ものの5分で來てくれた桐木先生は、荒れた部屋を見てすぐに悟ったようだった。

「會ったのか」

「はい」

「約束は守ったか?」

「はい……」

そう答えて私はスーツのポケットからボイスレコーダーを取り出した。

先ほどのやり取りが全て録音されている。

契約の時に約束した。

もしも旦那や不倫相手と遭遇したら、會話は全て録音する事。

相手を侮辱するような事は言わない事。

どんなに腹が立っても、を投げたり、暴力をふるったりしない事。

―――絶対にこちらが不利にならないように。

再生した音聲を聞きながら、桐木先生は、こめかみに手をあててうんざりした顔をしている。聞くに耐えないんだろう。私は耳をふさいでいたが、笑っている神代早苗の顔がフラッシュバックしてトイレで2回戻した。

全て聞き終えた桐木先生は、大きなため息をひとつ吐いた。

そして、白い顔でソファに座ってる私の前に跪いて、私の両肩に手を置く。

「頑張ったな……」

その言葉に、また涙がボタボタ落ちてくる。

かすかに煙草の匂いがして、この人は煙草吸うんだなぁ、どんな風に吸うんだろうか。多分きっとセクシーに吸うんだろうなと、どうでもいいことを考えていた。

そうでもしないと気が狂いそうだったので。

「えー、こりゃ酷いや。警察も呼びます?」

「そうだな……そうするか」

「夫ひとりじゃなくて他人も一緒ですもんね。勝手すぎて許せないなあ」

あとから追ってきた榊さんが、部屋の中の寫真を撮りながら桐木先生と話している。

夫婦間の竊盜は不起訴処分になる可能が高いが、今回は神代早苗や夫の両親もいたため被害屆は出すことにした。

「しかし、何か頭悪そうなですね……べらべらよくしゃべって」

「こっちは楽に証拠がとれたのでいいが……」

「あー……林原さんのダメージが大きいですよね……すみません」

榊さんが私の方を向いて頭を下げる。

「大丈夫ですよ。桐木先生がすぐ來てくださいましたし」

それを聞いた榊さんがにやっと笑った。

「そうなんですよ。飛んで行ったんです。よね?先生!」

「榊、黙れ」

「別件の打合せ中だったんですよ。なのに林原さんから電話あったら、全部放り出して車で飛び出しましたもんね。せんせー?」

にやにやしている榊さんを見て、桐木先生は額に手をあてて目をそらした。

「『すまん、河村!あと頼む!』って言って。マスタングのエンジン音がドーンって鳴って走り去っていくのを見た河村先生、なんて言ったと思います?『え、あれ右ハンドルのマスタング?レアじゃん』って。全員で、河村先生、そこ?いまそこ?ってつっこみましたよー」と榊さんの話は気さを増して勢いよく続いている。

カワムラ先生、みなさん、私のせいでごめんなさい。

「頼む、もう黙って、榊くん。あとで何でも奢るから」

「やったー!」

「私が取りしてたからですよね。大事な打合せ中にすみませんでした。ありがとうございます」

私が改めて禮を言うと二人が微妙な顔をした。

「……林原さんって、鈍にぶい?」

榊さんはそう言うと「僕が頑張ります」と桐木先生の背中を叩いていた。

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