《星乙の天秤~夫に浮気されたので調停を申し立てた人妻が幸せになるお話~》10. 案件終了_1

その日は、事務所にってすぐの面談ブースではなく、桐木先生のデスクに案された。機の上は綺麗に整理され、棚のファイルも幾帳面に整頓されている。広い部屋で、応接用のローテーブルと椅子もある。榊さんの機もあったが、ここまで案してくれた榊さんはいつものように明るく笑って、何故か席を外した。

挨拶するとソファに座るように促され、 桐木先生から通帳を渡された。中を開くときちんと謝料が振り込まれていた。しばらく無言でその數字の羅列を眺めていた。虛しさしかじない。

終わりか。

あっさりと終わった。

泣いて喚いて……疲れたなぁ……。

コーヒーの芳香に気づいて通帳を膝に置くと、桐木先生が湯気の昇るカップを二つ持って傍に立っていた。

「お疲れ様」

桐木先生の低い聲はとても落ち著く。コーヒーが冷めるのを待って、一口飲んだ。その間、ずっと先生は黙ったままだった。

私が口を開くのを待ってくれている。

そうだ、初めて會った時からそうだった。この人は黙って待ってくれていた。泣いていても、泣いてなくても。

「ありがとうございました。桐木先生がいなかったら、私は多分、相手のいいように振り回されて泣き寢りでした」

私は桐木先生に心から禮を言った。

「君が頑張ったからだ。俺はほんのし手助けしただけ。それに十分報酬も得られるし」

そう言って桐木先生は請求書を差し出した。功報酬は謝料の20%にしたから120萬円。それに日當や通費などの諸経費と―――。

「先生、請求書に著手金がってません」

私がそう言うと、桐木先生は首をかしげて言った。

「著手金はいらないと言ったはずだが」

「後払いの意味かと思ってました」

「いいよ。おつりがくるって言っただろう?」

そうだった。號泣してぐちゃぐちゃの素顔を見て大笑されたんだった。

「案件終了だな」

そう言って、先生が右手を差し出す。私は躊躇うことなく握り返した。

「本當にお世話になりました」

「ああ。林原……じゃなくて」

「上松うえまつです。上松梓です」

私は舊姓を告げた。

「……梓、さん」

桐木先生は私を名前で呼び、握手したその手をなかなか離さなかった。

「先生?」

桐木先生が真っ直ぐに見つめてくるので、私の心臓が早くなる。し笑って先生が言った。

「最後に食事に行かないか?」

最後……。

當たり前のはずのその言葉に打ちのめされそうになる。

そう、もう會うことはない。

「打ち上げですねー!行きましょう!」

私は、わざとらしいくらいに明るく言った。

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