《星乙の天秤~夫に浮気されたので調停を申し立てた人妻が幸せになるお話~》12. 再會

電話をかけてきたのは榊さんだった。

『梓さん、お久しぶりです。お忙しい所すみません。お元気ですか?』

「はい。ありがとうございます。榊さん、クビにならなかったんですね」

『お様で!』

榊さんが相変わらず気に笑う。たった3ヶ月程なのにとても懐かしかった。

『ところで、今週、お時間頂けませんか?桐木からお話したいことがあるようなので』

榊さんの言い方にひっかかりをじたが、桐木先生に會えることが嬉しすぎて、私は即答した。

「わかりました。今日でも構いませんか?」

待合せ場所は六本木の事務所ではなく、丸ののカフェになった。私の職場のすぐそばで、パンが味しいから、時々同僚とランチに行くこともあるお店だった。

桐木先生はお仕事でこの辺りに來ているらしい。近くにいるのだと思うと落ち著かず、私は終業後すぐに待合せ場所に行った。あいにく店は満席で、テラス席ならすぐ案できると言われたので、気が急いていた私は仲通りに面したテラスへ行くことにした。

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今日は曇りだが東京は梅雨りしていて、日が沈んでしまえば寒いかなと思える気候だったにも関わらず。

「あ、來た……」

広い歩道。街路樹の向こうに、電話しながらこちらに歩いてくる桐木先生を見つけて思わず呟いた。

背が高いからすぐわかる。ちゃんと聞いたことないけど、多分長は190cm位あるだろう。私も低い方ではないけれど、いつも見上げないと話せない。

法廷で見たら格好いいんだろうな。でも企業法務専門なら、裁判になる前に話つけちゃうのかな。

あんな、どっちが有責かわかってて証もある家事事件なんて、簡単すぎて桐木先生の無駄遣いだったんじゃないかって気がしてきた。ごめんなさい……。

「榊、待て、呼び出したから行けってどういう事だ?おい!オイコラ!……チッ、切りやがった……」

舌打ちしてる桐木先生はどう見ても極道です。

本當にありがとうございました。

カフェのテラスにいる私には気づいていない様子で、桐木先生が電話をかけ直している。

「榊!お前、もうし詳しく説明しろ!」

し大きな聲で怒鳴るように話してるので、すれ違う通行人が皆避けていく。

(モーゼだ、モーゼ)と思いながら見続けていたら、ついに桐木先生は警察に取り囲まれた。

「お前のせいで久々の職質だっ!!」

そう言って電話を切ると、髪をかきあげる。まだ反抗期は続いてるらしい。

(名刺出してる……。弁護士バッジも見せてる。分証明出して、多分バッジの裏の番號と合ってるか見せてる。……まだ信用されてない……。「東弁に聞けよ!」って言ってる。かわいそうに。ああ、免許証まで出してる。噓でしょ、マイナンバーカードも持ってるの?凄い……)

しばらく見守っていると、取り囲んでいた三人の警察が敬禮して、桐木先生は解放された。

桐木先生は、それからようやく、すぐそばのカフェのテラス席で私がじーっと見ていた事に気づき、「何でそこにいるんだよ」と言いながらしばらく瞑目していた。

そして一歩近づいて爽やかにこう言った。

「やあ、待たせたね!」

「いま言うとギャグにしかなりませんよ、先生」

私がそう言い放つと、桐木先生は回れ右して逃げようとしたので慌てて引き留めた。

私のはす向かいに座った桐木先生は、どことなく落ち著かない様子だった。

私はというと、久しぶりに桐木先生に會えた事にし浮かれていた。もう會うことはないだろうと思っていたから。

離婚後の私は、何故か異様なモテ期が來ており、実はお付き合いした人もいたのだが、すぐに別れてしまっていた。

……それは、どうしても桐木先生を思い出してしまうからだった。釣り合わない、とわかっていても。

「私が『今日がいい』って言ったせいですよね。スケジュール狂わせてしまってすみません」

「いや、いいんだ……」

しばらく沈黙していると、先生が頼んだコーヒーが運ばれてきた。

それには手をつけずに先生が口を開く。

「その後、前夫から接はあったか?」

「いえ」

「仕事は順調か?」

「はい。元々仕事では舊姓を使い続けていたので、特にかわりなく……」

いつも闊達として明敏な桐木先生の歯切れが悪い。用事があるから連絡があったはずなのに。依頼のアフターケアは契約になかったはずだけど、何かあるんだろうか。

再び沈黙が続いたので、今度は私から話しかけてみた。

「先生はやっぱりお仕事、大変ですか?」

「それなりに。……いや……君の事ばかり考えて、仕事が手につかなかった……」

「えっと、それはどういう意味で?依頼人……として?……じゃなくて?え?」

私が混していると、桐木先生がふっと笑った。

その顔を見て私は先生を睨み付けて言った。

「先生からかってますね?」

「いや、からかってない。可いなと思って笑っただけだ」

「……誰にでもそう言うんですか」

「こう見えて仕事熱心なんだ。遊びはしてないよ」

揺してる私が面白いのか、桐木先生は笑って、やっとコーヒーを飲み始める。

桐木先生の綺麗な指を見ていたら、その言葉を信用してみたいと思い、ほんのし勇気を出してみた。

「私も、桐木先生の事ばかり考えてましたよ」

恥ずかしくて顔が見られない私は、自分の膝に視線を落として言った。

カシャンという、カップとソーサーがぶつかる音がしたが、私は顔をあげることが出來なかった。

拒否されてもいい。これで終わりでもいい。多分最後のチャンスだからと思って言った。

「……もしよろしければ、今度二人でお食事にいきませんか?」

その問いに対する答えは、私にとっては意外なものだった。

「今日これからでもいい」

「えっ?」

思わず顔をあげると、歩道の石畳に視線を落としたままの桐木先生の橫顔があった。

「このあとの予定は、何故か榊が空けてくれた。だから今日でもいい」

「はあ……それはつまりその……」

私たちは榊さんに嵌められた。

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