《星乙の天秤~夫に浮気されたので調停を申し立てた人妻が幸せになるお話~》13. 夢心地_1

「榊のお膳立てっていうのが癪だが、まあ、いいか。とりあえず、その服じゃ気ないな」

そう言って、先生は顎に手をあてて私をじっと見つめる。

「すみません、著古した安で……」

私が著ているのは、量販店の黒いスーツ。一方の先生は、今日も仕立ての良い高そうなスーツ。先程背もたれに掛ける時ちらりと見えたジャケットの裏地には、ブルーに鮮やかな白い花が描かれていた。多分、今日はポール・スミス。今更ながら貧相な自分が、先生の隣にいるのが恥ずかしくなる。

「よし、銀座に行くぞ」

「え?」

突然そう宣言して、桐木先生は立ち上がった。

百貨店で桐木先生が選んだのは、ドレスワンピース。

黒に細い線のストライプ。シンプルなデザインだがシルエットがとても魅力的だった。

「こんなの著たことないです」

「じゃあ著て見せろ」

「えええ、もうしおとなしいじがいいです」

「君のセンスは地味なんだよ」

「先生が派手なんです!地味顔の私は服も地味でいいんです!」

すっぴん知ってるくせに……と呟くと桐木先生が真顔で言った。

「化粧してない方が綺麗だった」

「はあ?本気ですか?笑したくせに?」

「本気で言ってる。綺麗だった」

ちょっと待って、このやり取り、まるで一夜を共にした男じゃないか。

店員さんの生暖かい視線が気になって、ひったくるようにドレスをけ取って試著室に逃げ込んだ。

心臓が早鐘のようになる。

化粧してない方が綺麗?

そんなの言われた事ない。

信じられない。

ドキドキしながら著替えると、自分でもびっくりするくらいのラインがきれいに見えた。

「お客様は人で背が高くていらっしゃるので良くお似合いですね」

「ほらみろ」

店員さんのお世辭に、何故か桐木先生が得意気な顔で腕組みして頷いている。

 桐木先生は、値段も聞かずに買おうとしているが、このブランドの価格帯を考えると、ワンピースだけでも20萬円くらいするはず。

先生の腕をぐいぐい引っ張って、耳元で小さな聲で囁いた。

「あまりに過分な贈りは、お返しが出來ません」

「じゃあ後でげ」

「へ?」

「これと、この靴も。包まなくていい。このまま著ていく」

「え、ちょ、ちょっとまってください!!」

桐木先生は私の抗議が聞こえないふりをして會計を済ませている。ああ、予想通りブラックカードでした。これはマイ・フェア・レディごっこに違いない。

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