《星乙の天秤~夫に浮気されたので調停を申し立てた人妻が幸せになるお話~》小話 親の心、子知らず
夜遅くに固定電話が鳴った。最近、友人は攜帯電話に掛けてくるから、こっちが鳴るのは、町會のことかセールス、もしくは、この時間なら親戚が誰か死んだ報せかもしれない。良い容の電話じゃないだろうと思いつつ、私はワントーン高い聲で話をとった。
「はい、上松です」
『お母さん、いまいい?』
電話掛けてきたのは娘の梓だった。トーンを下げて普通に話す。
「あらーあんた生きてたの?全然連絡もしないで」
『うん、ごめん。あのさぁ、私、離婚するわ』
娘が言い出した事に多のショックはけたが、薄々じていたことでもあった。結婚後、盆も正月も一度も挨拶にこない婿とは縁が薄い。そもそも、結婚前に挨拶もなくすでに同棲していて、なんとなく結婚しようとしてるがあり、夫と共に娘にはやんわり反対していた。口は出さなかったが、結婚式・披宴をやってくれなかったのも、実はに持っていた。母親としては娘のウエディングドレス姿はやはり見たかったのだ。
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「あ、そう」
『あ、そうってずいぶんあっさりしてるね』
「母さんは反対だったからね。あんな顔だけのチャラチャラした男。浮気でもされた?」
適當に言ったが、當たっていたようで、梓が沈黙した。
『何でわかるの?』
「あんたは優しいって言ってたけど、ありゃ優不斷なだけだよ。ちょっとしんどい事からはすぐ逃げ出すやつだ」
もう別れるんなら言ってやれと思って吐き出した。
『あー……』
反対を押し切って、馬鹿な娘だよ。まあ、大人だから結婚は當人同士の事と思って任せたけど。
聞けば浮気された上に子供まで作ってたらしい。そんな酷い話が娘のに起こるとは思わなかった。怒りで目の前の壁を叩き壊したくなったが、努めて冷靜に言った。
「……話し合いはしたのかい?話し合ってもだめなら、とっとと離婚しな」
『うん……』
「母さん乗り込んで何か言ってやろうか?」
『ああ、いいよいいよ!仕事忙しいでしょ?』
「そうかい?」
うちは自営業。しがない街の時計屋だから、別に一日くらい私がいなくても主人だけで何とかなるが、浜松から東京に出ていくのは骨が折れる。どうしようかと考えていたら、急に梓の聲が明るくなった。
『あのね、すっごく頼りになる弁護士さんがついてくれてるんだ!』
「へぇーお金大丈夫かい?弁護士なんかに頼むと高いんだろ?當座のお金、大丈夫?送ろうか?」
『ああ、何かその先生が言うには絶対勝てるから、謝料もらってから算でいいって』
「なんだいそりゃ、怪しくないかい?そんなの聞いたことないよ」
絶対、なんて言う奴は信用しない方がいい。あとでとんでもない請求をされるんじゃないだろうか。新手の詐欺か何かだったらどうしよう。自営業で、老後夫婦二人がささやかに暮らすだけの蓄えしかなく、年金支給までまだあと數年ある。もし騙されてたら、梓を助けてあげられるだろうか。
『大丈夫だよ』
「どうやって頼んだの?法テラスとかそういう所?」
『あっ……飲み屋で知り合って……』
梓がふざけたことを言った。飲み屋?飲み屋で知り合った弁護士?
「なんだってえええ?!それはヤクザだよ!ヤクザ!ちゃんと分証とか見たかい?」
『ああ、最初は私もヤクザだと思ったんだー!アハハ』
アハハじゃないよ、このバカ娘!!!
『契約する前に分証も見せてもらったよ。そこは大丈夫だよ。お父様が最高裁判事でね、なんか有名な人みたい』
「……ならいいけどね。簡単に信用するんじゃないよ?あんた馬鹿なんだから」
本當に馬鹿だから心配になった。
『はぁい……』
返事も馬鹿っぽい。
親の目かもしれないが、梓は思いやりのある優しい子。でもちょっと鈍くて馬鹿で、心配事があるとすぐ胃にきてしまう。また痩せてるんじゃないだろうか。やっぱり心配だから、一度東京に様子を見に行った方がいいかもしれない。
だが私の心配をよそに、一ヶ月後に、梓はあっさりと謝料をとって離婚した。もぎ取った謝料の額を聞いてびっくりしたので、本の弁護士だったようだ。
明日からの連休で梓が久しぶりに帰ってくる。なんて労えばいいだろう?この場合は離婚おめでとうなのか。すっかり倉庫がわりにしていた梓の部屋を片付けながら、久しぶりに皆で鰻を食べに行くのも悪くないかしらと考えていた。
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