《社長、それは忘れて下さい!?》1-5. First sheets

涼花が慌てている間に、龍悟は部屋の扉をさっさと閉めてしまった。選んだのがいやらしいネオンがるホテルではなく、ビジネスホテルであるのがせめてもの救いだ。だが促されて中へ進むと、部屋の大きさに驚いて思わず言葉を失う。

広い室と大きなベッド。壁に埋め込まれたテレビは電源が落とされていると部屋全を映す黒い鏡のようだ。ベッドの傍には革張りのソファが向かい合って並べられ、その間には磨き上げられたガラステーブルが置かれている。窓辺には手れが行き屆いた観葉植と、部屋の隅には據え置きタイプのスチームアイロン。

設備は確かにビジネスステイ向けだが、涼花が知っている部屋より格段に広い。このホテルの中でもランクの高い上質な部屋なのだろう。

思わず頭を抱えてしまう。

普段、龍悟のことは『社長』と呼んでいるが、本當の意味で彼が『社長』であることを失念していたと気付く。

出張などで龍悟が宿泊する部屋を手配することも多いが、実際に使用する部屋の中まで立ちることはない。いざ踏み込んでみると、ハイクラスの宿泊部屋がいかに浮世離れした空間であるかを思い知る。そしてこの広さを當然のように使用する龍悟にも、異次元を垣間見る。

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し狹いが、ビジネスホテルならこんなもんだろ。予約もないのにれただけありがたいか」

あっけらかんと告げる龍悟に、涼花は再度頭を抱えた。

龍悟は大企業グラン・ルーナ社の代表取締役社長であり、一ノ宮家の曹司だ。グループ全の偉大な功績を思うと、その曹司様が使用するにはこの部屋でも狹苦しいのかもしれない。だが顔を上げて室を見回せば、やっぱりそんなはずはないと思う。

「どうした、張してるのか?」

「……っ」

棒立ちになっていると、腰に手を回されて顔を覗き込まれた。揺して咄嗟にその手を振り解こうとしたが、添えられた手に力を込められると、そのままバランスを崩してベッドに座らされてしまった。

「シャワー使うか?」

「え、いえ……その、っ……」

「俺はそのままで構わないが」

そう言ってジャケットをいだ龍悟は、ベッドの端に腰掛ける涼花の太の間に膝をれて行を制限する。肩からするっと上著を落とされると、涼花の全は更に強張った。

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「しゃ、社長……やっぱり私……っ」

こんなことはできない。

してはいけない。

そう思うのに、言葉にならない。

龍悟の言うように張しているのもあるが、それ以上に想い人とこんな形でを重ねてしまっていいわけがない。けれど、そう訴えることは自分の気持ちを打ち明けることに直結する。

言葉が出てこない涼花は、ブラウスのボタンに掛かる手首を摑み、せめてもの抵抗でふるふると首を振る。顔を上げて目が合うと、龍悟がニヤリと笑った。

「お前、どうせ月曜からの仕事に支障が出る、とか思ってるんだろ」

「それは思いますよ! だって社長が忘れても、私は覚えてるんですから……!」

「だから忘れないって」

「それはそれで困ります!!」

必死に訴える涼花に、龍悟がまた意地悪な顔で笑う。ふとブラウスのボタンに添えられていた指先が離れると、大きな手が後頭部へ回り込んだ。そのままぐいっと引かれたかと思うと、龍悟のが耳元に近付く。

「案外、お前が忘れるかもしれないぞ」

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「え……? それ、どういう……?」

「最後まで意識保っていられる自信、あるのか?」

「!!」

耳元で低く囁かれて、涼花の全は一気に燃焼した。自信があるか、と問われてもそんなのはわからない。

涼花が固まって何も言えなくなると、気付いた龍悟がを離して溜息を吐いた。

「わかったわかった。じゃあ理由をやる」

「……理由?」

「そうだ。仕事熱心で生真面目なお前には『俺の好奇心に応える』だと抱かれる理由にならないんだろ? だから別の理由をやる。――作り笑いでも構わない。俺のために『笑える』ようになれ。社長命令だ」

「……」

「秋野、仕事中は全然笑わないだろ。最初はそういう格なのかと思ってたが、友達と話していると普通に笑うんだな。俺や旭が笑わせようと思っても反応が薄いから、さっきまでは知らなかったが」

龍悟の言い分に、違和を覚える。どうやら涼花は龍悟に『あまり笑わない人』だと思われているらしい。

勿論そんなことはない。確かにへらへら笑う書なんて相手に良い印象を與えないだろうし、自分の態度が龍悟の人間関係に影響することも知っているので、仕事中はあまりを表現していない。だが面白いことがあれば普通に笑うし、可や小さな子どもを見れば自然と笑顔にもなる。

しかし仕事中はそういった場面に出會わないので、龍悟は涼花を『笑わない』と認識しているようだった。

龍悟はまた意地悪な笑みを浮かべる。

「どうして笑う必要があると思う?」

「……わかりません」

「商談のときにお前が笑顔を見せてやれば、男共がすぐ落ちるからだ。みんなこぞって契約書にサインするだろうな」

「は……? そ、そんなわけないでしょう……!」

「本當だ。まぁ、信じなくてもいいが……それも俺の戦略だと思ってくれればいい」

いつものような人當たりの良い笑顔の中に、経営者としての野心と計略が混ざり合う。そのやわらかくも鋭くもある笑顔で、龍悟は涼花をさらに説き伏せた。

「だが急に笑えと言われても、笑えないんだろ? だから秋野、お前はをしろ。を表現することを覚えろ。うちは別に社止じゃないし、仕事に支障がないなら社人を作っても構わない」

龍悟の言葉を聞いた涼花は、かに衝撃をけた。思わず絶句してしまう。

確かに人はいない。だが、ならしている。目の前の龍悟に。しかしそれを表に出すわけにはいかないので、普段は必死にを抑えているのだ。

平靜を保っているだけで、本當はずっと憧れている。焦がれている。なのに、その相手に人を作れといわれてしまった。

龍悟は気付いていないが、涼花は遠回しに失したということになる。おまけに涼花がを表出して笑えるようになったら、會社に利益をもたらすと言う。龍悟が涼花のことを対象だとは思っておらず、會社のために涼花を利用しようとしているのは明白だ。

言葉が出てこない。元より社長である龍悟とどうこうなるとは思っていないし、実際あっても困るのだが、こうも簡単に玉砕するとなるとダメージも大きい。沈黙して俯いた涼花を余所に、龍悟はそっと溜息をついた。

「そのためには、まずそのマイナスファンタジーをどうにかしないとな。だから俺が証明してやる。俺は絶対に忘れない」

「いえ、あの……私としては忘れて頂いた方がありがたいのですが……」

「くどい!!」

ピン、と額を爪先で弾かれた涼花は、鳩が豆鉄砲を食らったようにぽかんと口を開けて目を見開いてしまう。

「いいから黙って抱かれろ。それで明日俺がちゃんと覚えてたら、お前は來週友達と合コンに行ってこい! 社長命令だ!」

「そ、そんな……!」

確かに涼花の心さえ無視すれば、表現が乏しいと勘違いしている龍悟にとっては理にかなった話なのかもしれない。

會社の利益のために、涼花は自然な表現を覚える。そのためには経験を積む。をするためにはトラウマを乗り越える。トラウマを乗り越えるためには、涼花を抱いた男が記憶を失うという『ファンタジー』から覚める必要がある。けれど。

(相手が社長である必要はないよね!? しかも私、いま振られたのに……!)

最後の抵抗が言葉になる前に、再びブラウスに手が掛けられた。ぷち、と小さな音を立て、ボタンが一つ外される。ベッドについていた手は龍悟が急に引っ張ったので、簡単に支えを無くしてしまう。

ベッドに倒れ込んだ涼花のブラウスからボタンをさらに一つ外すと、龍悟は空いている手で自分のネクタイを緩め、そのままする、と抜き取った。

「しゃ、ちょ、……待って」

咄嗟に押し返そうと思ったが、一八七センチの大柄な龍悟に、筋どころかスポーツ経験もない涼花では勝てるはずもない。込めた力はくたびれ儲けに終わってしまう。

そうしている間にも三つ目と四つ目のボタンが解放されていく。はだけたブラウスの襟を開かれると、龍悟の目の前に標準よりも大きいを曬してしまう。

「へえ……オレンジって。隨分可いな」

「……やっ、見な、で……!」

涼花の下著のを確認すると、龍悟が心したように呟く。もちろん下著はを問わず様々なものを所持しているが、オレンジはに近く外に響きにくいので、特に仕事の時は多用している。勤務中は更にインナーを一枚著込んで萬が一にもけないようにしているが、汗をかいたので今日はもう更室でいでしまっていた。

思わず目を閉じる。だが龍悟は構わずに涼花の脇腹から手をれて、今度は背中にあったホックを取り払った。縛りを解かれると、開放を待ちわびたように、がふるりと揺れる。その元をじっと見ていた龍悟が、楽しそうな聲を零した。

「隨分大きいな。辛くないのか? これだと結構締め付けてるだろ?」

「だ、って……書が、変にいやらしいと……嫌な噂に、なるかもしれないと……」

涼花が極度の恥ずかしさに耐えながら答えると、龍悟はまた一つ納得したように

「俺や旭を気遣ってるのか? 優しいな、えらいえらい」

と涼花の頭を優しくでた。

確かに下著はボリュームを抑える構造のものを選ぶようにはしている。もちろん龍悟や旭に変な噂が立たないよう気を付ける意味もあるが、自己防衛の意味もある。

ささやかな努力を知られてしまったことと、頭をでられた気恥ずかしさから視線を逸らす。すると龍悟の大きな手が下著との間にり込んできた。

「気遣いは完璧なんだ。あとは笑顔があれば言うことなしだぞ」

屈託なく笑う顔を見て気付く。

龍悟の言い分はめちゃくちゃだ。これは業務上の『社長命令』の範疇からは大きく逸している。彼に抱かれる理由として正當ではない……無理があるとわかっている。

けれど涼花にとっては、これが最初で最後のチャンスだった。

こんなにも憧れて焦がれている人にあっさりと振られてしまった涼花は、今夜を逃せばもう二度と夢のひとつも見れないかもしれない。龍悟に特別な意味でれられる機會はもう訪れないかもしれない。

(それに社長は、どうせ明日には忘れてしまう)

龍悟は信じていないようだが、涼花にはわかっている。龍悟は明日になったら、全て忘れてしまうのだ。だから今夜の思い出は、ただ自分の記憶とに刻まれるだけ。

だったら今だけ……どうせ涼花しか覚えていないのならば、今だけは夢を見ていたい。その溫度をじることを、許されたい。

自分のと同じぐらいに熱い指先が、ゆっくりとれてくる。その心地よさにを委ねることに腹を括ると、涼花はそっと瞳を閉じた。

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