《社長、それは忘れて下さい!?》2-1. Faint gaze

「藤川さん、リストの反映完了しました。それと午前中の議事録上がってきてるので、チェックお願いします」

「オッケー。俺も稟議書の力終わったから後で確認しておいて」

「日付順でソートしたんですか?」

「いや、部署順。その方が後から検索しやすいかと思って」

「そうですね、了解しました」

社長が業務を円に進めるためには、書である涼花と旭にも迅速で丁寧な作業や対応が求められる。

いつものように様々な部署から持ち込まれる案件の全てに目を通し、さらに査する。この中から龍悟に報告するものはおよそ半分程度になるが、忘れたころに『社長に報告した』と言い出す社員もいるので、書はすべてを把握して完璧に処理しておく必要がある。中には面倒な案件もあるが、二人で取りかかれば作業は早い。

とりあえず本日中に終わらせるべき仕事を終わらせると、揃ってPCの電源を落とす。二人のPCがシャットダウンされたことに気付き、龍悟も顔を上げた。

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「お疲れさん。今日はもう一仕事だな」

龍悟の労いの言葉の後ろには、本日最後にして最大の仕事を思わせるワードがついている。接待だ。

「帰りたいです」

「俺だって帰りたいよ」

旭の文句をけ流すと、龍悟も自分のPCの電源を落として立ち上がった。ジャケットに袖を通しながら腕時計の時刻を確認する。つられるように涼花と旭も壁に掛けられた時計を見上げた。今から約束の料亭に向かえば、多道が混んでいても余裕を持って到著できるだろう。

「涼花、今日はほんと気を付けて」

「? 何がですか?」

「向こうの社長。すっげーエロ親父だから」

「えぇ?」

準備をしながら真顔で忠告する旭の言葉に、涼花は怪訝な聲をらした。會話を聞いていた龍悟も肯定するように畳み掛ける。

「そうだな。向こうが席を離れてる間は、秋野も席を立つなよ。廊下や手洗いで二人にならないほうがいい。萬が一俺と旭が同時に席を離れるようなことがあれば、お前も適當な理由をつけて俺か旭のどっちかに付き添う形を取れ。普段なら相手を放置して全員同時に席を立つのはどうかと思うが……今回はいい。何か言われたら、俺の名前を出して構わない」

「そ、そんなにですか?」

「そんなに、だ」

「あと更室に著替えがあるなら、スカートじゃなくてパンツにした方がいいと思うよ?」

「そっ、そんなにですか!?」

「そんなに、だね」

龍悟と旭に同時に言われ、背中に嫌な汗が伝う。今回の接待は、首都圏を中心に都市部でシティホテルの経営をしている社長の杉原すぎはらとその書、杉原の部下である役員との會食だ。

この度杉原が新しくオープンした溫泉観地のスパホテルの一階と最上階に、グラン・ルーナ社が経営するレストランとバーがることで業務提攜が結ばれた。契約に攜わったグラン・ルーナ社の擔當者たちとは既に記念會食を終えたらしいが、先方が『一ノ宮社長とも是非』と申し出てきたのだ。

龍悟は面倒くさそうだったが、相手は龍悟が社長になる以前からグループ全が懇意にしている人らしく、簡単に無下には出來ないようだった。

「私、杉原社長にはお會いした事ないんですよね……」

契約を提攜するに先立って催された會食には、涼花は同席していなかった。なぜなら。

「お前、インフルエンザで出勤停止中だったからな」

「……申し訳ありません」

龍悟の指摘にこまると、隣にいた旭が可笑しそうに笑う。三人でエントランスから外へ出ると、り口のロータリーには社長専用車が橫付けされており、近くには専屬運転手の黒木くろきが控えていた。

「割と早い段階で『會わない方が良かった』と思うよ。きっとね」

駄目押しで旭が忠告するので、涼花は後部座席に乗り込みながら苦笑いを零した。もちろん事前の助言通りにスカートスタイルからパンツスタイルに著替えてきている。

車の座面に腰を落ち著けてスマホの通知をチェックすると、エリカから『明日のイベント、會場まで一緒に行くよね? 何時に集合する?』とメッセージがっていた。涼花はし考えてから『仕事終わったら連絡するね。一番近い駅に集合でいいよ』と返信する。

ふと顔を上げると、隣に座っていた龍悟が窓の縁に頬杖をつきながら涼花の手元をじっと見つめていた。

「どうかなさいましたか?」

「いや、何でもない」

涼花が首を傾げると、龍悟はすぐに目線を外して窓の外に顔を向けた。どうやら涼花がちゃんとイベントに行くのかどうか、監視されているらしい。

次に龍悟と目が合ったら『心配しなくてもちゃんと行きます』と伝えようと思う。もちろん、助手席に座る旭には気付かれないように。

しかしそれから約束の料亭に著くまでの間、龍悟と目線が合うことはないままだった。

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