《社長、それは忘れて下さい!?》2-5. Side:President “Dragon”
「おはようございます、社長」
龍悟が執務室へると、既に旭が出社して自分のデスクで何かの作業をしているところだった。
「悪いな、旭。今日は秋野は休みだ」
「まぁ、そうでしょうね」
朝の挨拶と共に告げるが、旭は特に驚いた風もなく龍悟の言葉をすんなりとけれた。
旭のPC畫面を後ろから覗き込むとそこには『メールを送信しました』とメッセージが表示されている。宛先は同じルーナ・グループの中でも特に大規模な研究施設を擁する『アルバ・ルーナ社』の食品研究部ラボ室だった。
「昨晩は遅かったので、提出は今朝済ませました。先ほど了承のメールを頂きましたので、気長に待ちましょう。ラボも忙しいですからね」
「悪いな、まかせきりで」
「いえいえ。で、エロ親父ですが、近親者に製薬會社の相談役をしてる人がいるようですね。しかも、その會社の株式を個人資産としていくらか所有しているようです」
「はぁ……十中八九それだろうな」
旭の説明に、龍悟は呆れた溜息しか出せなかった。
予想はしていたが、やはり薬の製には製薬會社が絡んでいる可能が高いようだ。素人がその辺に生えている雑草をすり潰して作ったものなら話は簡単なのだが、正規の薬品かそれに類似するものなら、薬の分は巧妙に隠されているだろう。
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それに警察のような捜査権限のない一般人が、正確な手ルートを調べることも難しい。自分の管理下にない人間が裏に行う取引など、止めることは不可能だ。
「こっちはどうしようもないな。証拠がなきゃ手は出せない」
龍悟の唸り聲を聞いて、旭もお手上げだとをばした。旭ののきに合わせて、ワークチェアの背もたれの金がギギッと悲鳴を上げる。
「あとは薬の特徴が出てくるのを待って、その都度対策するのと……。あのエロ親父の前に、涼花を連れていかないようにするしかないですかね」
旭の聲に同意して頷く。薬について何か報があるのならばともかく、そう簡単に詳細がわかるものでもないだろう。薬への対策のしようがない以上、當面は涼花を遠ざける以外に回避手段はない。
自分のデスクに戻った龍悟は、椅子に腰を下ろしながら、杉原に『埋め合わせする』と言い殘してきたことを思い出した。咄嗟にそうは言ったが、正直何もしてやりたくはない。
「そういえば、そろそろGLSのパーティーだな」
スケジュール管理システムを開こうとしてふと思い出す。GLSとは『Grand・Luna・to・Stella』の略で、グラン・ルーナ社が経営する飲食店の中でもスイーツに特化したビュッフェ型のレストランだ。
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質の良い旬のフルーツをふんだんに使ったケーキやタルトが人気で、ウッド調のオープンスペースに並べられたこだわりの調度品も店の人気を後押ししている。
店の至るところにあしらわれた緑の彩が開放と自然の癒しを醸し出しており、ランチタイムはに、ディナータイムはカップルに人気があるのだ。
GLSのオープンは今年二店舗目、年度が変わってからは初めてになる。親のある人はオープン記念のレセプションパーティに招待しており、件の杉原にも取引先枠で聲を掛けている。このタイミングで杉原をパーティに招きたくはないが、招待狀はすでに送った後だ。
「弾きますか?」
旭の言うように、問題があるとわかった人は出りできないよう手配するのが一番だが、その『問題』を証明する証拠がない。それにこちらから招待狀を送っている手前、今さら取り消すのは難しいだろう。
「秋野だけじゃなく、他の子社員や従業員もいるからなぁ」
「取引先やメディアの出りもありますしね」
「やるなら自然な理由で弾くのが一番だが……骨が折れるぞ」
「何とか考えときますよ」
旭が口の端をわずかに上げて、龍悟の考えを肯定した。『頼もしい奴だなぁ』と呑気に呟くと、旭が意外そうな聲を出した。
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「お怒りじゃないんですね」
「怒ってるに決まってるだろ。本當なら全部の契約切ってやりたい気分だよ」
怒っているに、決まってる。
今回は旭の機転もあり涼花が手籠めにされることはなかったが、危うく彼を犯罪に巻き込むところだった。次に杉原の顔を見たら無意識に毆ってもおかしくはない程度には怒っている。
「けど、それじゃ何も解決しないだろ。ホテルのレストランではうちの従業員だって働いてるんだ」
かといって、野放しにしておくわけにも行かない。祖父の代から世話になっている人だとしても、今のグラン・ルーナ社の社員や従業員に危害を加えるような人だと分かった以上、近いうちに相応の制裁を與えて、しかるべき対処をしなければいけないのは決定事項だ。
不意に涼花の苦しんでいる様子を思い出す。守れてよかったと思う反面、たまたま合が悪くなったタイミングでその場にいなかったらと思うと、背筋が薄ら寒い。その寒気が収まれば、今度は腹の奧底から怒りが沸き起こってくる。
昨日からこのの起伏の連続だ。これを抑えるため心を落ち著けようと思うと、その反から旭にはあまり怒っていないように見えるらしい。だが、そんなことはない。
準備の期間を設けるだけだ。龍悟は何においても完璧に報を収集し、緻な計畫を立て、幾重にもシミュレーションを繰り返し、確実に実行に移す戦略を好む。
「いずれちゃんと潰すよ」
「……社長、怖いですよ」
溢れる怒りを抑えずに低く呟くと、旭が目を合わせないまま息を詰めた。旭が冗談ではなく本當に怯えたように言うので、龍悟はフッと怒りを仕舞い込んでため息を零した。
「ていうか、アレだな。今日、秋野いないから煙草吸えるな」
「いいですけど、多分バレますよ。涼花、鼻いいし」
龍悟の提案に、旭が控えめに便乗してきた。
普段『執務室』と呼んでいるこの部屋は正確には『書執務室』で、本來社長が業務を行う『社長室』はすぐ隣に位置している。だが報共有のたびにいちいち部屋の行き來をしたりメールや電話を使用してやりとりをするのは面倒なので、龍悟が書執務室に一緒にいるというし変わった形態をとっている。
だからほとんどの人間は知らないが、社長室の立派なプレジデントデスクには、滅多に立ち上げないPCが一臺置かれているだけ。引き出しの中にも何もっていない。來客があるときだけ真面目な顔をしてデスクに座るとそれっぽく見えるが、実は見掛け倒しという訳だ。
そして執務室は全面煙だが、喫煙を好む來客もあるため社長室では喫煙することができる。とはいえ、社則では社長であろうと社長書であろうと、喫煙スペース以外では喫煙してはいけないことになっているので、あくまで涼花がいないとき限定だ。
「俺は共犯ですよ。主犯はあくまで社長ですからね」
「はいはい、わかってるよ」
執務室と社長室は中で繋がっているので、二人で社長室の窓辺に移すると、換気扇をフル稼働させる。旭がライターに火を燈すと、龍悟は分けてもらった煙草を銜え、そこへ顔を近付けた。
「そういえばお前、いつから秋野のこと下の名前で呼んでるんだ?」
肺に吸い込んだ空気と一緒に、疑問を吐き出す。ライターを仕舞った旭が煙草を銜えたまま意外そうに目を見開いた。
「割と最初からですが……嫉妬ですか?」
「ちがう」
にやにやしながら問われたので、龍悟はすぐに否定した。
「執務室以外ではちゃんと名字で呼んでますよ」
「わかってるよ」
言い訳をしてきた旭に低く頷くと、灰を攜帯灰皿に落とす。かくいう龍悟も、人目がない時は旭のことを下の名前で呼んでいる。思い返せばその始まりは、名前を呼ぶと彼が嬉しそうな顔をしたからだった。
「……嫉妬ですか?」
「だから違う」
昔の出來事を懐かしく思っていると、旭が煙に紛れてまた同じことを訊ねてきた。だから龍悟も、同じ言葉で丁寧に否定する。
龍悟の書になったのは、旭が五年前、涼花は三年前だ。
総務課に所屬していた異前の涼花は、髪をおろしてゆるく巻き、メイクも學生のように若く華やかな印象があった。しかし実際に社長書に配屬されてやってきた初日の涼花は、肩まであったゆる巻き髪を後ろで一つにまとめ、総務の制服からグレーのジャケットとパンツスタイルで現れ、龍悟に最初とは異なる真面目な印象を與えた。
「妹みたいに思ってたんだけどな……」
いつまでも生真面目で、垢抜けない。仕事を覚えるのが早く、書類の作にも、來客の応対にも、気遣いにも問題はない。目を離していても安心できるほど信頼している。それは兄弟姉妹に対する覚に似ていると思っていた。
だが、それは龍悟の勘違いだった。
初めて抱いたときに聞いた涼花の真剣な悩みの容は、龍悟には到底信じられないものだった。けれど噓を言っているようには見えなかったので、純粋に興味が湧いた。好奇心があることに対して狡猾な考え方をすることは、自分でも自覚していた。
上司の命令に背けない涼花を、多無理のある社長命令で意図的に言いくるめた。會社の利益に涼花が使えると思ったのも事実だが、実際に使おうという気持ちはさらさらなかった。當然暴にするつもりもなく、一晩でも共に過ごすならちゃんと気持ちよくさせてやりたいと思っていた。
本當は涼花がし泣いていた事にも気が付いていた。好きでもない男に抱かれたくないからなのだろうと思ったが、今までの人生でに拒否されて泣かれた経験がなかったので、余計に火がついて後半は本気で抱いていた。
それから數日間は目が合うと慌てて逸らしていて、そんな仕草が可いと思っていた。なのに時間を置くと、あの夜の出來事をなかったことにしたいとでも言うように、普段通りに接してきた。
泣かれた上に、無かったことにしようとされ、やはり笑顔も見せてくれない。それが面白くないと思っていて、気が付けば龍悟の方が涼花の事ばかり考えている。そう気付いた矢先の昨夜、涼花に薬が盛られるというインシデントが発生した。
龍悟はタクシーの中で涼花のを抱えたまま、同時に自分の頭も抱えた。
涼花のファンタジーが自分には何の意味もないと証明できたので、これ以上れるのは完全な自己都合だと理解していた。
涼花は自分を好きなわけではない。だから最初の夜に泣いていた。それを思い出すといくらが疼くという大義名分があっても、どこまでなら踏み込んで許されるのかを計り損ねた。
調不良に耐えながらも快に溺れる涼花を見ているうちに、濡れたを奪ってしまいたいと何度も脳裏を過った。自らの命令と助言の通りに人を作り、いつかこの姿を他の誰かが見つけるかもしれないと思うと、ひどい焦燥に襲われた。だがのまま踏み込もうする度に涼花の涙を思い出し、踏み止まる。
薬を抜くための行為にキスは要らない。無理に口付けたりしたら前よりもっと泣かれて、嫌われてしまう気がした。もう書なんていやだと言って、自分の元から離れて行ってしまう気さえした。
後から涼花が全ての記憶を失っていると知り、それなら無理にでも奪っておけばよかった、と最低な事を考えたところで、完全に自分の想いを自覚した。
勘違いどころかただの思い上がりだ。涼花が自分に笑ってくれないことを、面白くないと思うなんて。
本當はあの楽しそうな笑顔を、自分にも向けてしい。彼はどうしたら喜んでくれるのだろう。もし旭と同じように下の名前で呼んだら、笑顔を向けてくれるのだろうか。
「マジカルナンバートゥエルブ、でしたっけ」
「……そんなこともあったな」
ふと旭が懐かしい言葉を口にしたので、龍悟も顔を上げて苦笑した。それは龍悟が、初めて涼花に関心を寄せた出來事だ。
旭に言われて気付く。龍悟は自分が最近になって涼花の存在を気になり出したようにじていたが、きっと違う。
本當はもっと前から、自分は涼花のことが好きだった。自分では自覚していなかったというだけで。
「社長、素直になった方が楽じゃないですか?」
「そうだな……俺もそう思うよ」
龍悟よりも龍悟のを見かしたような旭の臺詞が耳に響く。その言葉を聞いて一呼吸置くと、自分の心が決まったような気がした。
窓の外で風に乗った雲が流れていくと、日になっていた社長室があっという間にで満ち溢れる。
「天気いいな」
「サボりたいですね」
「上司の前で堂々とサボりたい発言するなよ」
もうすぐ始業のアナウンスが鳴る。とりあえず、今日は書が一人ないので、考えるまでもなく忙しいだろう。
龍悟は借りていた攜帯灰皿の中に短くなった煙草を落とすと、袋の口を潰すように閉じて持ち主の旭に返す。
寄りかかっていた窓から肩を離すと、丁度始業のアナウンスが聞こえてきた。
小説家の作詞
作者が歌の詩を書いてみました。 どんなのが自分に合うか まだよく分かってないので、 ジャンルもバラバラです。 毎月一日に更新してます。 ※もしこれを元に曲を創りたいと いう方がいらっしゃったら、 一言下されば使ってもらって大丈夫です。 ただ、何かの形で公表するなら 『作詞 青篝』と書いて下さい。 誰か曲つけてくれないかな… 小説も見てね!
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