《社長、それは忘れて下さい!?》3-2. Impatience kiss

龍悟と二人きりになれないまま二日の時間が経過した。今日は旭が私用のために定時で帰ると言っていたので、涼花は業務終了時刻を過ぎてから龍悟と二人になるタイミングを伺っていた。

會議を終えて執務室に戻ると時計は終業時刻を通過しており、あらかじめ宣言していた通りすでに旭の姿は見當たらなかった。彼の帰宅と業務の進捗報告を確認しつつ、涼花もPCの電源も落とす。

今日はエリカと約束した合コンの日だ。仕事が終わったら連絡が來る事になっているが、スマートフォンの通知を確認してもまだ連絡はっていない。

帰り支度を始めている龍悟の背中を見て、待ちんだタイミングに恵まれたと気付く。今なら旭もいないし時間的な余裕もある。

たくさん迷をかけたのに、それを忘れてしまった事を謝らなければいけない。そしてひどい狀況でも涼花を見捨てず、ちゃんと面倒を見てくれた事にも謝を伝えなければいけない。

「社長、あの……」

「ん?」

支度を終えて龍悟の傍に立つと、広い背中を呼び止める。龍悟は涼花の呼びかけに、優しい聲音で『どうした?』と振り返った。その姿に思わず言葉を忘れて魅ってしまう。

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立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、とはしく気品があるを形容する言葉だ。だがそれは龍悟にも當てはまる気がする。立ち姿はすらりとしていて優、背もたれにゆるく背中を預けて座る姿は優雅、歩く姿はいつも凜としている。

しかし涼花は個人的に、この後ろを振り返る一瞬が龍悟の魅力を最も引き立たせる瞬間だとじている。

彼の背中には相手に興味と畏怖を抱かせるような強いオーラがある。初対面だと後ろから話しかけるのをためらうほどだ。

けれど振り返った時の笑顔は、いつも優しい。整った切れ長の目元がしだけ下がり、口元が笑みを形作る。その笑顔を見つけると、呼び止めた瞬間の躊躇は霧散し、いつも見惚れてしまう。

振り向いた龍悟がふと涼花の手元を見た。龍悟が振り返ったその瞬間、涼花のスマートフォンが震えたからだ。驚いて思わず畫面を確認すると、明るくなった畫面の中央には『滝口エリカ:仕事終わったよ。待ち合わせどうする?』と表示されていた。

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「あ……」

気付いたときには遅かった。スマートフォンの畫面には『滝口エリカ:今日は相手も二人だよ。いっぱい飲も!』とさらにメッセージが送信されてきて、次の通知が表示されてしまう。思わず背中にスマートフォンを隠したが、龍悟には見えてしまっていたようだ。

「なんだ、今日は合コンか?」

ふ、と龍悟が低いを出すので、涼花は咄嗟に俯いた。

後ろめたいことは一つもない。なにせをしろと涼花に要求してきたのは龍悟の方で、今日はそのための合コンだ。だから隠す必要はない。

「……そう、です」

「へえ?」

「あの……社長がをして、笑顔を作れるようになれとおっしゃったので……」

「確かに言ったな」

肯定する聲は涼花が聞いたことがないほどに冷ややかだった。

なぜ機嫌が悪いのだろうと不思議に思う。その表を確かめるために顔を上げた涼花は、龍悟と視線が合った瞬間思わず凍り付いた。

正面に立って涼花を見下ろす瞳は、明らかに怒りを孕んでいた。

「社長……? 怒って、らっしゃいますか?」

「……怒ってない」

噓だ。龍悟は明らかに怒っている。

なぜならその瞳には、涼花が見たことがないの炎が揺らめいている。餌を橫取りされた猛獣が、奪われた獲をもう一度奪い返そうとする本能的な怒りが。嫉妬にも似た強い炎が。

「涼花……」

突然下の名前を呼ばれた涼花は、びくりとを震わせた。今までただの一度も名前を呼ばれたことなどないのに、なぜ。

驚いていると龍悟に突然肩を摑まれ、そのままぐっと引き寄せられた。

「どうしてだ」

さらに近付いた龍悟が、耳元で囁く。低く掠れた音を耳にしただけで全が震えてしまう。

「どうしてその『』の対象の中に、俺がいないんだ」

を屈めた龍悟のが、耳朶にれそうなほどの距離にある。あまりの気恥ずかしさからを引こうと思ったが、肩を摑む力が強く、簡単には逃げられない。

していると、龍悟のもう片方の手が涼花の頬を捉えた。親指が、涼花のを優しくでる。

「ん……っ」

けれど優しいれ方だとじたのは、ほんの一瞬だけだった。龍悟は涼花の顎を摑むと、そのまま無言でを重ねてきた。

突然の出來事に驚いて直する涼花のを、龍悟の舌先がれる。ぬるりとした覚に息を詰まらせると、今度は下に思い切り噛み付かれた。

「ふぁ……」

逃れるために聲を出そうとしたら、その隙を狙ったように龍悟の舌が口に侵してきた。涼花はびっくりして腰を抜かしそうになったが、肩から腰に移した龍悟の手に更なる力が込められ、崩れ落ちることすら許してもらえなかった。

「ん、んん……ふ……ぁ」

龍悟の舌は涼花の口の中で何かを探すようにき回った。最初はを舐めていただけの舌が、徐々に深さを増すように奧へ侵してくる。

やがて目的のものを見つけたように涼花の舌を捉えると、敏な場所から溫を奪うように強く吸われて歯を立てられた。

「あ、んぅ……ぁっ」

思わず聲が溢れるが、龍悟には一切の容赦がない。息継ぎさえ忘れ、這いずり回る龍悟の舌にただ翻弄される。

いつの間にか全の力が抜けてしまったらしい。手足の先がしびれたように力すると、涼花の手からスマートフォンがり落ちた。

アクリルのケースが床にぶつかって高い音を上げると、龍悟は突然魔法から解かれたように我に返った。はっとして涼花の舌を食べるのを止めると、慌てて顔を引く。

龍悟の顔が離れてが解放されると、ようやくまともな呼吸が出來るようになった。遮斷されていた酸素が全に供給され始める。空気が足りないせいで思考が働かずにいると、を離した龍悟が不満そうに呟いた。

「俺が相手じゃ、笑えないか?」

「しゃちょ……う? 何……?」

「……いや」

龍悟は濡れたを親指の腹で拭うと、そのままフイッと顔を背けて深いため息を零した。

「もういい……楽しんで來いよ」

話を打ち切った龍悟は、鞄を摑むと涼花を殘して執務室を出て行ってしまった。

突然の暴風と突然の解放に脳が困する。殘された涼花は全からへなへなと力が抜け、そのまま掃除が行き屆いた床の上にぺたんと座り込んでしまった。

「……えぇ……と」

する頭で々なことを考える。初めて名前を呼ばれた事。突然キスされた事。龍悟が合コンに行く事に対して怒った事。

何が何だかわからない。今日は自分が最後だから、セキュリティチェックと戸締りをしていかなくちゃ、なんて一生懸命頭を働かせようとする。けれど考えれば考えるほど、と思考がぐちゃぐちゃになる。

気付けば涼花の目からは涙が零れていた。職場で泣いた事なんてなかったのに。

「……っぅ、……ふ」

龍後のキスが嫌だったわけではない。

ただ驚いて、混しただけ。

なのに涙が止められない。

自分でも理由はわからない。龍悟に謝罪と謝の言葉を伝え損ねた、けない自分に対してなのか。書として盡くしてきたはずなのに龍悟の考えが全く理解できない、不甲斐ない自分に対してなのか。

涼花の疑問と涙は、メッセージの返答がないことを心配したエリカから電話が掛かってくるまで止まらなかった。

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