《社長、それは忘れて下さい!?》3-3. Feeling uncomfortable

合コンは散々だった。実際は散々というほどではないが、龍悟とのキスのことばかり考えていてしまいほとんど上の空だった。後からとても申し訳ない気持ちになったが、エリカには『多元気はなかったけど、普通に會話してたよ?』と不思議な顔をされた。

特に連絡先を換する訳でもなく、初対面の人と楽しく食事を取っただけで終わった。の実りはなかったが、無事に終えたのでとりあえず及第點だろう。およそ五年間から遠ざかっていた涼花にしては、上出來なぐらいだ。

それよりも、涼花は出社して龍悟と顔を合わせたことでさらに悩みが増えてしまった。丸めた人差し指の橫をに押し當て、ディスプレイをじっとを見つめる。涼花が考え込んでいる仕草を見た旭が、不思議そうな顔をした。

「どうしたの、涼花? どっか合悪い?」

「なんだ、お前また無理してるのか?」

旭の問いに、龍悟もデスクから顔を上げて涼花を心配するように聲を掛けて來る。

「いえ、大丈夫です。何でもありません」

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すぐに答えると二人は安堵の息をついてまた自分の仕事に戻っていく。いつもと変わらないやりとりだ。

そう、いつもと変わらない。

昨日あんなに熱的なキスをして、合コンに行くことに不機嫌な態度をとって涼花を混させた龍悟だが、今日はその直前までと何も変わらない素振りだ。それは朝から同じで、いつもの時間に出社して、いつものように涼花のれたコーヒーを飲むと、いつものように仕事を進めていく。

龍悟と顔を合わせてどんな顔をすればいいのか、昨日のことについてれた方がいいのか、無かったことにした方がいいのか。その事ばかりぐるぐる考えていた涼花にとって、龍悟の態度はあまりに拍子抜けするものだった。もちろん業務に支障が出るような態度をされても困るが、綺麗さっぱり何事もなかったような態度でも困してしまう。

だがそう思っているのは、涼花だけのようだった。

「秋野、來月のパーティーの招待名簿と出席者名簿は揃ってるのか?」

「あ、はい。データは共有してありますので確認をお願いします」

「當日の會場案図は?」

「企畫部に報告するよう通達はしておりますが、々時間がかかっているようですね。催促しますか?」

「そうだな、頼む」

龍悟の様子はやはり普段と変わらない。肺から溢れそうになる溜息をほんのしだけ鼻かららすと、殘りは全ての奧に仕舞い込む。

あまり考えても無駄のようだ。

だったらもう、涼花も昨日のことは忘れた方がいいのかもしれない。

龍悟から指示された容をメールに打ち込み終わると同時に終業のアナウンスが聞こえた。その音を聞いてようやくの力が抜ける。今日ほど一日を長くじたことはないかもしれない。

涼花の心を知ってか知らずか、龍悟も溜まった疲労を逃すように腕を上げてを大きくばした。

「腹減ったなぁ」

ついでに呟く聲を聞くと、旭が羨ましそうに呟いた。

「社長、今日は銀座の柳亭みやなぎていですよね」

「あぁ、そうだ。お前たちも來るか?」

柳亭は銀座の一等地で和食を提供する割烹料理店だ。料理は何を食べても味しいが、涼花個人的にはこだわりの新鮮卵に上品な出がきいた茶碗蒸しが一番味しいと思う。

柳亭もグラン・ルーナの経営店の一つだが、今日は仕事ではない。板前長に『新作の味見をしてほしい』と龍悟の元へ個人的な依頼があったので、食事に行くだけだ。本格的にメニューの変更があれば正式な形で連絡があると思うが、今回はあくまで『味見』らしい。

「遠慮させて頂きまーす。俺、今日はラーメンの気分で一日働いたので」

「なんだ、つまらないな。秋野はどうする?」

「ええ……と。私も本日はご遠慮させて頂きたく……」

「ははっ、秋野にも振られたか」

さほど気にしていないように、龍悟が口元に笑みを浮かべた。もちろん仕事であれば、最低でも書のどちらか一人は付き添うことになる。だが業務時間外だし、今回は仕事でもないので付き合うか付き合わないかは各々の判斷に委ねられる。

「お車の手配はよろしいんですよね?」

「あぁ、今日は酒も飲まないから自分で運転して帰るよ」

上著に袖を通した龍悟のきに合わせ、涼花も立ち上がる。龍悟は

「別にいいよ、見送りなんて」

と言ったが、涼花が旭を殘して龍悟の後ろを著いて行っても、それ以上は何も言わなかった。

エレベーターを待つ龍悟が、上著のポケットから車のキーを探すように腕をかす。近距離でくと、彼のの香りがふわりと屆く気がした。それと同時に熱夜の記憶も蘇りそうになり、慌てて首を振って思考を追い払う。

「仕事はまだ殘っているのか?」

「いいえ、本日分は全て終えております。明日のスケジュール確認を終え次第、退社予定です」

「そうか。あまり無理はするなよ」

龍悟はそう言って笑みを零すと、やってきたエレベーターに颯爽と乗り込んだ。扉が閉じるまで頭を下げていたが、完全に扉が閉じてからきっちり二秒後、涼花のこめかみはエレベーターのり口の銀の枠にぶつかっていた。

「はぁ……もう」

龍悟の意図がわからない。気を抜くとまた激しいキスの覚を思い出してしまう。

合コンに行くのを嫌がる素振りをしたということは、もしかしたらまだ可能があるのかもしれない。なんて淡い期待を持った、昨日の就寢前の自分に忠告したい。そんなわけないでしょう、あと九時間後に現実を見るのよ、と教えてあげたい。

こめかみが冷たい。二十八階建ての上三階は重役フロアで、夏の暑さにもしっかりと空調が行き屆いている。だから無機はすぐに冷たくなる。

頭を冷やすには丁度良いと思ったが、すぐに執務室に旭が殘っていることを思い出す。涼花はまだ冷やし足りない頭を名殘惜しい気持ちで持ち上げると、重い足取りで執務室へ戻っていった。

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