《社長、それは忘れて下さい!?》4-0. Epilogue
驚いた。
これには本當に驚いた。
旭は涼花の龍悟に対する気持ちを知って驚いたらしいが、今の涼花はその百倍は驚いている自信がある。
「こんにちは。あなたが涼花ね?」
指定された待ち合わせ場所で待っていると、そこに旭の彼だという人が現れた。スマートフォンの畫面からその人へ視線を移した瞬間、涼花は驚きで後ろにひっくり返りそうになった。
「はっ、はじめまして。えっと、秋野涼花……です」
ぎこちない返事を何とか絞り出す。驚きを隠せない涼花の様子を見て、彼は可笑しそうに笑い出した。
「ミーナよ、よろしくね。見た目は全然だけど、年齢の半分は日本で過ごしてるから中はほぼ日本人よ」
流暢な日本語でそう言ったのは陶のように真っ白く、ゆるくウェーブのかかった金のショートボブに、緑と青の中間の瞳を持っている。軽そうなストレッチパンツに高めのヒールを合わせてサマーニットを羽織った彼は、にこにこと笑いながら涼花を近くのカフェにい出した。
(藤川さん! 人が外國の方なんて、聞いてないです……!)
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涼花は焦ったが、ミーナは涼花のような反応に慣れているのか、特に気に留める様子はなかった。
「その様子だと旭から何も聞いてないのね」
「ええと……申し訳ありません」
「涼花が謝ることじゃないわ。旭の事は後でちゃんと叱っとくから」
ランチを摂りながら軽い自己紹介を済ませると、ミーナが苦笑いをえながら涼花に謝罪を述べてきた。
「ごめんね。勝手に々聞いちゃって」
「いえ、こちらこそ。人に聞かせるような話じゃないのに、相談に乗って下さって……本當にありがとうございます」
旭に自分の質と今までの経緯を打ち明けた時、旭は誰にも言わないと約束してくれた。涼花は先輩の言葉を信じたが、後日旭から『自分の彼に會ってみないか』と提案をけた。もしこの話をけるなら事前に彼に事を話す事になるけど、涼花が嫌なら言わないし、斷っても全く構わないと言ってくれた。
涼花は迷うことなく旭の提案をけた。旭の人がどんな人かはわからなかったが、彼が信頼できる人なら、涼花にとっても信頼に足ると疑わなかった。
何より涼花は、専門的な知識を持った人に自分の質についての見解を聞いてみたかった。それにが相手なら、病院に行って知らない男の醫師に事を話すよりもずっと安心がある選択だった。
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「確かに私の専門ではないけど、すごく興味深いわね」
旭から事前に聞いた話と涼花の験を聞いたミーナは、顔の前に組んだ手に顎を乗せてそう言った。関心深く涼花の顔を見つめたミーナはにっこりと笑顔を作ってらしい意見を述べた。
「涼花は、キスが好きなのね」
「え、ええぇ、え……」
「ふふふ……可いわね」
油斷していたところで急に核心を突くような言葉をかけられる。唐突に龍悟とのキスを思い出したので慌てて否定しようとした。だがミーナが慈しみの眼差しを向けて『私も好きだから、恥ずかしがらなくても大丈夫よ』と言うので、恥をじつつも否定の言葉は引っ込めた。
「涼花にとって『キスをする』っていうのはすごく大事なアクションなんだと思うの。きっとキスをすると、幸せホルモンが分泌されるのね」
ミーナは涼花の照れを包み込んで、涼花が委しない言葉を選択してくれた。
彼の説明によると、ホルモンは脳から自分のに向けて放出される分泌で、基本的には自分自にのみ作用するものらしい。対してフェロモンは一般的には汗腺から分泌される刺激質で、自分以外に作用することが多いという。
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ただし涼花のに起きている現象が本當に『フェロモン』によるものなのかは、ミーナにも分からないらしい。
「涼花自の記憶力が良いことも関係してるんだと思う。脳が混してる狀態でへの活ホルモンが分泌されると、『幸福』『快』『不安』『恐怖』『記憶』……んな因子が混ざり合って、相手の記憶に特異的な影響を與えてしまうと推察できるわ」
ミーナの言葉はし難しいが、要約すると『記憶が無くなってしまう原因が涼花の質にある』ことは間違いないという事だ。自分の事を忘れてしまうなんて、と相手を責めてきた今までの自分を恥ずかしいと思ったが、涼花の考えはミーナがすぐに否定してくれた。
「あの……病院に行けば、治るんでしょうか?」
「そうね……斷言はできないけど、たぶん治るとか治らないというものではないわね。それに薬を飲んでハイ終わりっていう事にもならないと思うわ」
涼花にとっては悲しい知らせだが、やはり簡単に治るものではない、というのがミーナの見解だ。
フェロモンについては、醫學や心理學だけはなく、學や微生學といった分野にまで広く研究が及ぶという。研究に協力してくれるなら引く手は數多だと言うが、涼花は実験対象として研究所に送られるつもりはない。怖すぎる提案を必死に首を振って拒否すると、ミーナは笑しながら『それでいい』と頷いた。
「今はコントロール出來てるんでしょう?」
「……そうですね。一応は」
「それなら、あんまり気にしない方がいいと思うわよ。人にはんな悩みがあるでしょう。でも全部の悩みに効く萬能な薬なんて、あるはずないもの」
結局、あれからいくら時間が経っても、本に書いてあることを試しても、レセプションパーティーの夜に失った龍悟の記憶が戻ることはなかった。だが龍悟はあまり気にしていないらしく、それよりも涼花に味しいものを食べさせて涼花の笑顔を引き出すことに執著しているようだった。
それに龍悟は、その後は一度も記憶を失っていない。最初のうちは目が覚めるたびに涼花が龍悟の記憶を確認していたが、だんだん龍悟の方から前夜の行為の一つ一つを事細かにフィードバックしてくるようになったので、あまりの恥ずかしさに涼花も朝の確認はしなくなった。
ミーナが言うように、キスをして快質が放出されても、涼花が自分のに上手く折り合いをつけてコントロールできているならば問題はないと捉えるべきなのかもしれない。もし今後同じ事が頻発するようになったら気軽に連絡して、とミーナは言ってくれた。
「涼花の事、応援してるね」
「ありがとう、ミーナさん」
「ミーナでいいわよ。『さん』なんて要らないわ」
連絡先を換すると、涼花はミーナと一緒にグラン・ルーナ社へと向かった。ミーナは旭と會社の近くで待ち合わせをしているらしい。今日の涼花は彼と會うために代休を使わせてもらったが、龍悟も旭もいつも通りに仕事をしているのだ。
終業時刻を過ぎた頃を見計らって會社の近くへ來ると、涼花のスマートフォンに龍悟から連絡がった。
『社長室まで來れるか? 旭の彼も連れてきてくれ』
用件のみ書かれたメッセージを確認すると、すぐに了承の返事を送る。
會社のエントランスにると、付擔當の社員も既に帰宅しており、カウンターの上には『本日の付は終了いたしました』と書かれたプレートが置かれていた。本來ならば來客名簿にミーナの名前を書かなければいけないが、社長直々の許可もあり仕事でもないので、そのまま素通りする。
最上階に到著すると、指定された通り執務室ではなく社長室の扉をノックした。中から返事が聞こえたので、扉を開けてミーナを先に通す。
「は……?」
社長室にったミーナの顔を見た瞬間、龍悟が驚きの聲を上げた。その反応に、涼花は自分もさっきこんな顔をしていたんだろうな、と頭の片隅で小さく反省した。
「はじめまして。藤川の上司の、一ノ宮龍悟です」
「こんにちは、ミーナです」
互いに挨拶をする二人を眺めていると、隣にやってきた旭が涼花の腕を小さく小突いた。
「涼花、あれ見て」
「えっ……?」
旭に言われて、示された方に視線を向ける。社長室の壁に収められたモニターは珍しく地上デジタル放送に接続されており、夕方のニュース番組が流れていた。
その畫面の下に表示されていたテロップと、映像に映ったのが見知った人だったので、涼花は思わず驚きの聲を上げた。
「杉原社長が……逮捕!?」
テロップには『大手ホテルオーナー強制わいせつ罪の疑いで逮捕』と記されている。フラッシュがばしばしと瞬く中、俯いたまま捜査に連れられて車に乗せられているのは、間違いなくあの杉原だ。赤い枠に白字で『速報』と書かれているところを見ると、恐らく映像が撮影されたのはここ數時間の事なのだろう。
驚きで言葉を失った涼花だったが、疑問には思わなかった。むしろいつかこうなる日が來るのではないかと思っていたことが、現実になっただけのような気がする。
「誰? 知り合い?」
「うん。取引先の社長さん」
一人だけ狀況を理解していないミーナに旭がさらっと返答すると、ミーナも『ふーん』と軽い返事をした。後で旭から説明をけて、ミーナもきっと驚くのだろう。
未だニュースキャスターの話す言葉と映像に釘付けになっている涼花を余所に、旭は龍悟の橫顔を見て笑みを深めた。
「次は製薬會社ですか、社長?」
応接ソファに寄りかかりながら、旭が意味ありげに笑う。その表をちらりと見ても、龍悟は澄ました笑顔で旭の言葉をけ流すだけだ。
「さぁ? なんの話だ?」
白を切った龍悟の口調に、旭は肩を竦めた。この件に関して龍悟が何らかの手を回したことは明らかだ。痕跡を巧妙に消すために準備期間を要してしまったが、龍悟は何においても完璧に報を収集し、緻な計畫を立て、幾重にもシミュレーションを繰り返し、確実に実行に移す戦略を好む。
もちろん龍悟は汚い手を使ったわけではないだろう。正攻法で詰めても十分なほど、相手があまりに淺慮で軽薄だっただけだ。
「ところで旭。私、貴方に話があるんだけど?」
「え、なに……? 機嫌悪い? もしかして俺コレ、怒られるじ?」
テレビの畫面を見ていたミーナが、ふと思い出したように旭に聲を掛けた。涼花はすぐにミーナの怒りの原因に気付いたが、犬も食わない癡話喧嘩には介しないに限る。
怒ったように頬を膨らませたミーナと、困ったように機嫌を取り始めた旭のやり取りは、見ているだけで面白かった。
「……仲良いな」
「……ですね」
龍悟も似たような想を持ったらしく、ぼそっと呟いたので涼花もそっと同意した。
「涼花」
二人を見つめる涼花の傍に近寄ると、龍悟がそっと涼花の名前を呼んだ。旭もミーナも聞いてはいなかったが、涼花は龍悟を窘めるように聲量を落とした。
「社長、ここ會社ですよ」
「もう仕事は終わった。それより、今夜は何が食いたい? 何でもいいぞ」
「……たまには社長が食べたいものにしましょうよ」
「俺はいーんだよ。夜にもっと味いものが食えるから」
「ちょ……何言ってるんですか、もう!」
不敵な笑みを浮かべた龍悟の臺詞を聞いて、意味を察した涼花が反的にんだ。だが龍悟は涼花の抵抗の言葉を聞いても楽しそうに笑うだけだ。
「……じゃあ、カレーが食べたいです。野菜とおがたくさんったカレー。楽しみにしてますね、龍悟さん」
観念した涼花が頬を膨らませながら提案する。それを見た龍悟はとろけるような笑顔を向けて、涼花の額に小さなキスを落とした。
――Fin*
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