《連奏歌〜惜のレクイエム〜》第七話

毎日夜の8時くらいになると霧代から電話を掛けてくれて、たまにメールも貰う。

絵文字は使われてないけど、一文ごとに顔文字が使われてて彼の様子が伺える。

人には言えない愚癡や相談も、電話でなんでも話し合う。

というか、僕が聞くことが多いけれども、聲が通じ合う、耳で彼の聲を聞けるのはあまりにも嬉しい。

目を閉じて、こじんまりと座って、小刻みに揺れながら話をする。

その姿をお母さんに見られた時は恥ずかしくて死にそうになったのは余談である。

ただ、學校だけの関係よりは、一歩進んだ気がした――。

公立の屋上というのは、なぜ解放されないのか?

そんな無意味な疑問を抱きながら、最上階の5階ーー屋上に繋がる扉の前まで來ていた。

放課後でが頂點からし角をし、を浴びせてくる。

暖房のある教室よりは寒いけれど、ここは暖かい。

「……僕らしくない……かなぁ……」

「ううん。きっと、瑞揶くんらしいよ……」

一緒に居るのは黒髪が艶やかな、霧代。

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僕の渡した薄水のマフラーを2人で連ねて巻いて、僕は肩を狹めながら胡座をかいて、霧代は寄り添うように僕に重を預けて座っている。

僕からすると右側にいて、彼の左手と僕の右手は繋がっていた。

降りかかるしは眩いオレンジ、それは穏やかさを象徴しているようだった。

「……なんだか恥ずかしいな、自分を見るの」

僕達は霧代の攜帯に表示された畫を観ていた。

僕がヴァイオリンを弾く姿が映し出されており、緩やかな音楽が片方だけつけたイヤホンから流れてくる。

僕がいつも聴いている音。

“Calm Song”という昔から好きな曲――。

「この曲はさ、実は歌があるんだ……」

「そうなんだ……」

「うん。こんなじにさ、」

calm song 幸せに

calm song 僥倖ぎょうこうを

calm song 大切に

貴方との時間を……

途中の旋律に合わせて歌を口ずさむ。

出逢いをもって幸せに、それらをもって貴方との時間を大切に。

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前半ではきっと、こんなを謳った歌。

だけど後半は平和を願った歌になっている。

ラララと歌う部分もあって、実に和やかで素敵だ。

「……僥倖、かぁ……。瑞揶くんと出逢えたのが、私の僥倖だなぁ……」

「あはは、ありがとう……」

僥倖、僕にとっては2つ。

1つは楽れ合えたこと。

もう1つは言わなくてもわかることだろう。

というか恥ずかしくて言えないが。

ならば両方言わない。

ちょっと意地悪でも、それでいい……。

「……海外に行っちゃうまでの時間、霧代のことを大切にするよ」

「……はい」

「……僕にできることはなんでも言ってね」

「うん……」

まだ留學までは數ヶ月ある。

けど、“まだ”なんだ。

行ってしまう事実は揺るがないのだろう。

きっとそれは、霧代のためにもなるだろう。

海外なら吸収するものもある筈だ。

再開した時の霧代とも沢山のお話をしよう。

それでいい――。

片耳から聴こえてくるCalm Songは儚く、僕は霧代の手を強く握った。

無力な自分への憤りか、はたまたか――。

3日後はクリスマス、だというのに今日はまだ授業がある。

明日は掃除、明後日は終業式だけど、ギリギリまで授業をさせるとは心の至り。

定期テストは安定の點數を取ったから育以外の績は問題なく、殘りの授業をのほほんと聞いて過ごす。

晝休みになって、僕は機からかずに1人で弁當を広げる。

霧代との関係は放課後だけで、これはいつもの事。

普通に考えて、毎日霧代と一緒に放課後を過ごすというだけで贅沢なのだ。

教室を見渡すと、彼の姿はない。

さしずめ違うクラスか學年の友達と談笑しながら晝食をとっているのだろう。

なんとも羨ましい限りだが、流石は人気者といったところだった。

僕も同じようになれればいいが、矢張り向的でかつ全育見學というだけで肩が狹く、とても無理そうだ。

などと考えて弁當を摘んでいるといつの間にか空になり、さっさと仕舞う。

晝休みはまだ長く時間が殘されている。

どうしたものかと考えた末、思考を數巡した結果、図書室にでも行こうとなった。

1人だと矢張り行が自由で気軽に足を運べる。

それも利點といえば利點で、友達はいらないのかなだなんてバカなことを考えてしまう。

また考えながら廊下を歩く。

いろんな生徒が走ったり談笑しながら闊歩する廊下で、腕をぶら下げて僕は歩いていた。

「……あ」

小さく、聲をあげた。

それは目の屆くところに霧代の姿があったから。

子2人に挾まれ、3人で僕の前を歩いている。

聲も、聞こえる距離だった。

「霧代ってさ、響川と仲良いの?」

片割れの子がニヤニヤと笑いながら霧代に尋ねた。

響川っていうと、クラスには僕しかいない。

つまり、話題に上がってるのは僕らしい。

3人は僕に気付かず歩いている。

が話題に上がってるからか、僕は面白半分にそのまま距離を保って歩いた。

「――フフフ」

その時、誰かが笑ったような聲がした。

嘲笑、はたまた愉悅に浸った薄ら寒い笑い聲。

すぐにまわりの騒音に掻き消され、音源の特定はできなかった。

ちょっと私は困っていた。

瑞揶くんの事を訊かれるのは初めてのことじゃないけれど、仲良いの、と訊かれると「もちろんっ」と答えたくなる。

けどそしたら響川くんに迷がかかるかもしれない……。

男子が嫉妬するとか、そういうのもあるんだってことはわかってるから。

回答は決まってる。

「……普通だよ? 友達、ぐらい」

「でも、毎日話しかけてるよね〜。他の男子も結構嫉妬してるらしいよ?」

「なんであんな暗みたいな奴に話しかけるのさ〜?面白いの?」

「う〜ん……」

面白いって答えたらどうだろう。

2人は瑞揶くんにお話ししに行きそうだなぁ……。

……瑞揶くんが他の子と話すのは嫌だけど、うーん。

「お――」

面白くない。

そう言おうとした時だった。

口がかなくなった。

なんでって思いながらも、次の瞬間には私の思っていたものと違う言葉を喋り出す。

「面白くないよ。だけどね、響川ってお金持ってるからさ」

自分で喋ってるはずなのに、頭には疑問符がぎっしりだった。

お金――?

私はそんなこと考えたこともないのに……?

「へー、財布代わりなんだ」

「そうそう。頭悪いし、近付いたらコロッと落ちたよ。ほら、私のマフラーとか帽子とか、あの人がくれたんだよ」

「うわー、羨ましいな〜。モテるは違うねぇ」

思ってもないことを言ってるのに、會話が続いてしまう。

頭は悪くないにしても、口にしていることは事実なんだ。

――え?私って、彼をそんな風に思ってたの?

そんな筈は――。

その時、一瞬私の意識は飛んだのか、隣の子が“私が何かを話した後の様に”會話をしていた。

「アンタって見かけによらずかなり鬼だね……。あーあー、私も魅力があればそういう財布の1人や2人……」

「えー、佳彌には無理でしょー」

2人が何かを話している。

何が起きたのかと、私は辺りを見渡した。

振り返って見えたのは、走り去る瑞揶くんの姿だった――。

階段を駆け下りた。

力なんて無いくせに、ずいぶん無茶をしたと思う。

息切れなんてとっくにしていて、僕はただただ走った。

行き場所は定まらないけれど、僕は力が限界に來たところでよろめきながら目の前の扉の中にる。

そこは保健室だった。

先生は出払っているのか、暗くて誰の姿もない。

僕はドアを閉めて、ぺたりと座り込んだ。

そして、さっきの言葉を思い出す。

「――長く騙されてくれてホント最高だよー。海外留學するって言ったでしょ? あれも彼の両親のご威だよ。あははっ」

「――はぁ……はぁ……!」

呼吸は落ち著かない。

「――ねー。笑えるよね〜。しかもね、響川、気付く素振りもないしさ。春までお金絞しぼらないと」

「――はぁ……くっ、うっ……!」

呼吸は落ち著かない……。

「――暗くてっぽくて私は全然好きじゃないんだけどね。まぁ、これからも家畜の飼育頑張らないとっ」

「――うぅ………うっ……」

呼吸はれる一方だった。

流れる涙を抑えようともせず、ドアに背中を預け、育座りをして、頭を抱えた。

本當だって思いたかった。

あんなに寄り添ってきたのも、

マフラーを渡して喜んでくれたのも、

好きって言ってくれたのも、

全部全部本當だって、思いたかった――。

なのに、他でもない彼本人の言葉で聞いてしまった。

私は全然好きじゃない――。

心臓を抉るようなその言葉を――。

「もうっ……嫌だっ……!」

あの聲で聞きたくなかった。

だって、あの聲は僕が一番好きな音だったんだから――。

その聲で、僕の全てを裏切る言葉を発せられたんだ――。

「ぐっ……ううっ……すんっ……」

咽むせび泣くことしかできない無力さ。

大切なものを失った儚さ。

いろんなが僕を押し寄せる。

しかし、暗い保健室で泣くこと。

誰にも気付かれずに泣くこと。

今の僕には、それ以外に何もできなかった。

「呆気ないものね……」

川本霧代の口をし借りて悪口を言っただけで、2人の仲は裂けた。

悲鳴もあげずに逃げるだけというのはつまらなかったけれど、まぁあれだけ泣いてれば良いでしょう。

「さてさて、じゃあ殘りの仕事をしましょうねぇ……」

私は黒をそよがせ、移を開始する。

さて、響川瑞揶は願いを申し出るはず。

彼は一何を願うのかしらねぇ。

フフフ――。

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