《連奏歌〜惜のレクイエム〜》第八話

學校を抜け出すというのは初めての経験だった。

晝間だからまだ空も青く、手ぶらで道を歩いた。

何もじず、ただ呆然と――。

「…………」

偶然見つけたのは公園。

対して広くもないが人の居ない靜かな所だった。

今の僕には丁度いい。

奧の方のベンチに腰を下ろして、膝に腕を置いた。

背筋は曲がって首も項垂うなだれ、きっとはたから見れば失職したサラリーマンみたいに見えるだろう。

僕の心境は、失職どころではないけれど――。

「――死神、いる?」

「いるわよ? 一部始終見ていたわ」

黒曜のはすぐに現れた。

とは言っても顔も上げてないから見ていないが、聲がするってことはそういうことなんだろう。

「……願いを葉えるのね?」

「……別に、願いじゃないんだけどね」

僕がんで葉えたい願いかと言われたら、それは違う。

けれど、聲で騙されただなんて、もう嫌だ。

いつからだって言えば、それは最初からなんだろう。

付き合って。

好きです。

人になって。

どれもこれも噓。

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嫌なんだ。好きだった音に騙されるのは、もう――。

「――僕の聴覚をなくしてくれ。お願いだ……」

「そんな願いでいいの? 霧代ちゃんを殺せば良いじゃない」

「……僕は……僕は、まだ好きなんだ。嫌いにはなったけど、惚れてるんだ。だから、だから――殺すことはできない」

不意に、攜帯のバイブの振があった。

攜帯を開けば50件以上の著信履歴と幾つかのメールが來ていた。

全て霧代のもの。

ダメだ、ダメだダメだ――。

もうアイツの聲は、聴きたくない――。

悔しさと彼を信じたい気持ちが歯噛みをさせる。

折りたたみ式攜帯の畫面部を右手で、パネル部を左手で持った。

徐々に力を加えていけば、バキバキッと音を立てて2つに割れる――。

殘骸を捨てて、僕は顔を上げた。

「お願いだ。僕の耳を聴こえなくしてくれ」

願いを告げる。

を纏った死神はニヤリと笑い、僕の願いを葉えた。

1日が経った。

僕の聴覚は失われ、親に相談したら直ぐに病院に連れて行かれた。

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病院では詳しい検査をしたいとの事を筆談で説明され、僕は院する事になった。

「――貴方の壽命は、3日よ。私の気まぐれで早くて悪いと思うけれど、良いじゃない?どうせ耳も悪いと、貴方は生きる意味もないでしょう?」

昨日、死神に言われた言葉。

あと3日、つまり今日を含めずあと2日。

それなら願いを葉えた意味も全く無いじゃないかと、暗鬱な気持ちに浸ることはない。

ずっと暗鬱なままなんだから。

このまま死んでもいいじゃないかって、思ってるから――。

耳を捨てるために命を投げ出した。

けど、死後に魂がどう使われるか。

そう考えるぐらいしか、今の僕にすることはない。

病室で1人、検査をけるときは先生と看護師さんが何人か付く。

それだけだ。

それだけ――。

「……死神、いる?」

あのを呼んでみる。

しかし、契約が終わったからか、もう姿を現さなかった。

昨日最後にこう言い殘したっきりだ。

「貴方に教えても仕方ないけれど、次の契約者もクリスマスに魂をもらってあげるわ。ほら、1人だと寂しいでしょう? フフフ、その次の契約者を探しに行くとするわね」

何か意味がありそうな言葉だったが、別に魂を奪われるのがいつだって僕は構わないし、他の人の壽命を早めないでしかったけど彼の気まぐれなんだからそれも仕方がない。

僕にどうこうできるような問題じゃないなら首を突っ込む必要はないんだ。

「……やる事、ないなぁ……」

呟いてみる。

けれど獨り言も聴こえない。

……ちゃんと言えたかの確認もする必要はないから構わないが、とにかく僕は、暗い表をして眠りについた。

死ぬ――その時を待って――。

瑞揶くんと連絡もつかず、1日が経ってしまった。

朝からの登校はに応え、両親に心配されながらもなんとか登校した。

クラスではいろんな人が気に掛けてくれて、しだけ笑顔を取り戻す。

けれど――學校に彼の姿はなかった。

今日は大掃除、明日は修了式で授業はないし、出席もある程度している彼なら休んでも問題ないのだから、私と會いたくなくて休むことなんて當たり前かもしれない。

もしくはを壊したとか――。

だけども――。

瑞揶くんの報を手にれたのは、朝のホームルームになってからだった。

先生の口から、彼が休むことが知らされた。

その理由も――。

「なんでも、耳が突然聴こえなくなったそうだ。彼、音楽が好きだから大打撃だろうなぁ……」

「――――!」

耳が聴こえなくなった。

どうやってそんな事になったのかはわからない。

けれど、自ら耳を聴こえなくしたんだとすればそれは――。

「…………っ」

違う、私のせいじゃない。

そう思えたらどれだけ楽なんだろうか。

けれど実際は私はあんな事を言ってしまった。

瑞揶くんを――バカにするような事を。

絶対そんなことを言うはずがないのに。

なのになんで、私はあんな事を言ってしまったんだろう――。

あれが私の本心なんだろうか。

彼を騙していた?

嫌っていた?

それが本心?

わからない……。

そんなのわからない……。

もう自分すらも、信じられない……。

1日が空虛だった。

學校が終わって、誰と話したかなんて覚えていない。

ただ1人でトボトボと歩いて、電車に乗って、無気力で、家に帰るまで無気力だった。

帰ってきた自分の部屋。

らしく飾り付けた自分の部屋には、幾つかの思い出の品があった。

中でも一際大きなクマのぬいぐるみは良く映えて見える。

「……つぅ……なんで、こんな事に……」

膝から崩れ落ちる。

力がらなくて、嗚咽をらして、ズルズルとを引っ張って彼が作った人形を抱きしめた。

頰を伝う雫はぬいぐるみに染み付いて、顔をうずめるたびに冷たくなる。

はこんなに熱いのに。

彼をしているのに。

どうしてこんな事になっちゃったの……?

「ううぅっ……瑞揶くんっ……ごめんなさいっ……ごめん…うっ…なさい……」

聲も屆かないというのに彼に謝罪する。

彼はまた會ってくれるだろうか?

本當に好きだって言って、信じてくれるだろうか?

何もかも遅い?

もう彼は私を見てくれない?

そんなの、そんなのは――。

「嫌だよぉ……好きだよぉ……ううっ……なんで……」

ひっきりなしに泣きながら、人形を掻き抱いた。

彼に謝って仲直りをしたい……。

でも、私は一、どんな顔で彼に會えばいいの――?

「……流石に可哀想ねぇ」

窓の外からは川本霧代の姿が見える。

響川瑞揶の願いを葉え、取り敢えず私は彼を常に監視していた。

まぁ人に暴言吐いて平然としてられるならその関係は人でもなんでもない。

吐きたくもない暴言というのは嫌なものね。

まぁ、あの時喋ったのは私なんだけど――。

「……ま、私にとっちゃ可哀想とか知ったこっちゃないけどね。もういっちょ願いを葉えて差し上げますかっ」

家の壁をすり抜けて、私は霧代ちゃんの前を飛んだ。

人間にも可視化させ、フワフワ飛行することで意識をこちらに促す。

「うぐっ……瑞揶、くんっ……ううぅ……」

「ちょっとちょっと、こっち向きなさいよ」

「…………?」

涙で真っ赤なが私の顔を見た。

あらあら、やっぱり昔の私に似てるわね。

小顔で垂れ目で口も小さくて……私よりは人だけれど。

「……フフ、天に見えるかしら? まぁ、あなたの願いを葉えに來たっていうのは間違ってないし、どう呼ばれようと構わないわ」

「……天、様……?」

「ぷくっ、アハハハッ! やめなさいなその呼び方は。そうね……セイ、って呼びなさい。さんとか様は要らないわ」

「……セイ。私の、願いを……?」

「ウフフフフ……貴方の願いを葉えてあげるっていうのは本當よ」

「!」

剎那、川本霧代は私に飛びついてきた。

避けても良かったが、ここはなんとも救世主らしく抱きとめ、よしよしと頭をでてやった。

というか、飛んでる私に飛びつくなんて中々に豪快な事をする――といっても錯狀態だから仕方ないだろう。

「……じゃあ早速願いを葉えて差し上げましょう、って言いたいところだけれど、まぁ待ちなさいな。すぐに決めるのは総計よ。貴方には今、2つの選択肢があるんじゃないかしら?」

「……選択……肢?」

「そう。響川瑞揶の耳を聴こえるようにすること。そして、貴方と仲直りすること……」

「…………」

私は優しく彼の腕を持ち、そっとから引き剝がした。

また私はフワフワと飛んで、に話し掛ける。

「天らしくない言葉で申し訳ないけれど……貴方は選ばないといけない。“自分のために”彼と仲直りをするか、“響川瑞揶のために”耳を直してあげるか……」

「…………」

は涙を袖で拭って、真摯な瞳で私を見つめた。

腹は決まってるっていう顔ね。

まぁ、本當に年をしてるっていうのは私だってわかってるし、彼のためにやってあげようっていうのはわかってるわ。

でも、それはまだダメ――。

そしたら面白くないもの――。

「まぁまぁ待ちなさい。私が響川瑞揶の様子を一旦見に行ってきてあげるわ。耳が治っているかもしれないじゃない?」

「え、で、でも……」

「大丈夫、また戻ってくるもの――」

貴方の魂を貰いにね――。

ウフフフフフフ――。

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